プロローグ2
桜の木下で
〜プロローグ2〜
「かなー?いつまで寝てるの?」
寝ぼけた頭を起こし、目覚まし時計に目をやった。短針は7と8の間にあった。状況の把握に数分かかった。
「…え?遅刻!?」
服を着替え、階段を駆け下りると母は玄関で靴をはいていた。
「あなたが寝坊なんて珍しいわね。」
「起こしてくれてもいいじゃない…」
「自分で目覚ましを消して、私の声も3回無視してよく言うわね。」
「…そんなに?」
母は小さくうなずき、立ち上がった。
「急ぎなさいよ。いってきます。」
母は朝食と弁当を作ってくれていた。朝食は食べる暇がなく、弁当をかばんに詰め、家を飛び出した。鍵を忘れずに。
長い坂を走って上り、細い道を抜け、私だけが知っている秘密の近道だ。ここを使えば10分近く短縮できる。走っている途中、猫が草の上で寝てた。あぁ、うらやましい。でも頑張らないと。さぁもう少しだ!
キーン、コーン、カーン、コーン
間に合った。
教室で息を切らしている私を見て、ミサトさんがやってきた。
「どうした?きついのか?」
「はぁ、はぁ、いえ…大丈夫です。」
「そうか。無理するなよ。」
何度も私を見て、ミサトさんは教室を出て行った。心配してくれるのはうれしいが、今はそれどころではない。とにかく、疲れた。机に顔を乗せていると、“あいつ”がやってきた。
「かな!お前寝坊か?珍しいな。」
ユウキ昨日のこと何とも思ってないのかな。声を小さくして答えた。
「…私だって、寝坊ぐらいするわよ。」
「どうした?」
「なんでもない!」
「そうか。」
昨日回避したはずの沈黙が流れた。その空気に耐えられないかのように、ユウキは喋りだした。
「お前、宿題した?」
「あ!!」
頼みの綱のミサトさんは教室にいない。残るは…
「おぅ!おはよ。」
カズキだ!こいつはたまにすごいことをする。例えば、田中に集中的に当てられても、全問正解したり、大学生レベルの問題を解いたりなど、今回もきっと!私たちはカズキの顔をみつめた。
「その期待してる顔で悪いけど、してないよ。」
期待した私が馬鹿だった。
「そうだよなー。あきらめて田中にいじめられようか。」
私たちは覚悟して、田中の授業を迎えた。
起立、礼
「はい、じゃぁ宿題してない人、立ちなさい。」
私と、ユウキとカズキ…だけだと思った瞬間、ミサトさんが立ち上がった。教室がざわめく。
「桐嶋さん。めずらしいですね。どうしました?」
「家での書類整理に手間を取られ、宿題まで手が回りませんでした。」
「そうですか。ほかの人は聞かなくてもわかりますね。とりあえず座りなさい。」
座らされたが、授業中は立っている時間のほうが長いのではないか、というぐらい当てられた。ミサトさんは全て答えていたが――
「はい、次回までにワークの67ページから82ページまでやっててくださいね。あと、土日はさみますので、プリント5枚出しときます。忘れないようにね。」
起立、礼
「あぁ!なんだよ。毎回毎回…泣きそうになるよ。」
私は田中の授業が終わるたびに聞こえるユウキの愚痴がいやになっていた。でも、なんでミサトさん、宿題を忘れたんだろう?彼女らしくない。直接本人に聞いてみることにした。ミサトさんは机につき、黒板を見つめていた。
「あの、ミサトさん。」
「あぁ、奏か。どうした。」
「宿題忘れるなんて珍しいね。書類整理って?」
私の質問の後、ミサトさんは顔を赤くして、黙っていた。
「ごめん、聞いちゃだめだった?」
「そ、そんなことはない!少し…恥ずかしくてな。実は…日曜日に着ていく服を選んでいて…気付くと、夜中の4時だったんだ。」
少しだけ吹き出してしまった。あんまりにもミサトさんがかわいかったから。
「大丈夫ですよ♪服なんて気にしないでください。」
「そうか。」
私が笑いながら話していると、チャイムが鳴った。
「次移動教室か。いきましょ、ミサトさん」
私たちは話しながら教室に向かった。
6時間目が終わり、放課となった。今日はユウキに出会わないように教室を出た。
坂を下り、公園の横を通り、家についた。
「ふぅ、やっと週末だぁ!日曜日楽しみだなぁ。ミサトさんどんな格好でくるのかな。」
一人で妄想しながら、テレビを見ていると、お母さんが帰ってきた。
「ただいま。遅刻した?」
「ぎりぎりセーフだったよ。」
「よかったね。ご飯作ろうか。」
朝ごはんは私の担当だが、夜ご飯はいつも二人で作る。この時間が親子の時間であり、安らぎの時間だった。今日は何を作ろうかと冷蔵庫の中を覗くと、じゃがいもと、にんじんに肉。二人で顔を見合わせ、うなずいた。もちろんシチューではなく、カレーだ。私は炒め役、お母さんが材料を切る役。とても楽しかった。でも、その雰囲気を壊すニュースが流れた。
「……先日、刃物を持った男性がコンビニに押し入り、現金を奪って逃走するという事件が起きました。警察は捜査を開始しましたが、未だに発見されておりません。住民のみなさんは気をつけて……」
昨日やってたニュースだ。まだ犯人が捕まってないらしい。
「あんた、登下校気をつけなさいよ。」
「わかってる。はやく作ろ。お腹減ったよ。」
その日は、早めに自分の部屋に行きベッドに入った。
まただ。真っ暗な闇の中。でも、昨日とは違う。遠くに緑の光が見えた。なんだろうか。手を伸ばしてみた。すると、その光は私に近づいてきた。
「力を望むなら、失う恐怖を忘れるな。」
なんのこと?ねぇ、教えてよ。あなたは何なの?
「我は、形無き具現者なり」
…具現者?力ってなに?
しかし、私の問いかけには答えず、緑の光は消え去った。そして、また闇を彷徨った。
「うわ!!」
朝目が覚めると、私は汗びっしょりで跳ね起きた。とても怖い夢をみた。人の叫び声や、鳴き声の中、聞こえた声。形無き具現者。なんだか気持ちが悪い。ベッドから出て、洗面所に歯磨きをしに向かった。
今日は何して過ごそうかな。洗面所についたときには、夢のことはすっかり忘れ、今日の予定を立てていた。
「暇だし、桜の木さんのとこ行こうかな。宿題は…あとでいいや♪」
「後で?」
まずい。今の独り言をお母さんに聞かれてしまった。
「宿題終わらせてからね!今日私休みだし、外に出さないよ。」
監禁タイムが始まった。しかたないので、素直に宿題をすることにした。午前中に終わるだろうと思ったが甘かった。毎週出るプリント2枚に加え、田中の宿題、さらに国語のプリントもあった。こんな量午前中に終わるわけもなく、終わったのは午後3時だった。
「はぁ。疲れた…。」
「はい、お疲れさん。これで今日明日、自由の身だよ。」
ヘトヘトになりながらも、私は本を持って神社に向かった。
もちろん、神社に着いたとき息は切れていた。階段のせいで。いつものように、神社の裏に回り、桜の木の下に座った。2時間弱しかないが、私は読書を楽しんだ。たまに落ちてくる、花びらがとてもきれいで、何度も活字から目を離した。こうやって、時間をゆっくり使うのが私は大好きなんだ。
5時を過ぎると、辺りが暗くなるので早く家に帰った。家ではお母さんが、テレビを見て爆笑していた。
「あぁ、お帰り。ご飯ならもう作ってるから食べようか。」
今日は少し出遅れてしまったらしい。手を洗い、久しぶりに“お母さんだけ”の料理を食べた。やっぱりお母さんの味には敵わないな。すごくおいしかった。食事が終わると、手伝えなかったので、私がお皿洗いをした。今日は宿題のせいで、いや、お母さんの監禁のせいでかなり疲れたので、10時には眠りについていた。なぜかその日は、夢をみなかった。
日曜日、午前11時。Cafeリーオンで私はミサトさんを待っていた。5分遅れで、ミサトさんはやってきた。
「すまない。待ったか?」
ミサトさんの服装に私は言葉がでなかった。中学生とは思えないぐらい大人っぽくて、きれいだった。それに比べ、私はジーパンにジャケット…まあ、そんなことはどうでもいい。実はこれからどこに行くか、まだ決めてなかったのだ。
「ミサトさん、これからどこ行きますか?」
「そうだな…。奏にまかせるよ。正直、普通の女の子が行く場所わからなくて…すまない」
「いえ、そんなつもりじゃ…とにかく、何か飲んで決めましょ。」
私はジュースを頼み、ミサトさんはコーヒーのブラックを注文した。話しているうちに、行く場所を決めるだけなのに、男子の話や、先生の話、ミサトさんの話なんかもしてしまった。話が盛り上がって、私は3杯、ミサトさんは2杯も飲み物を飲んでいた。
「あ、話しすぎちゃいましたね。」
「そうだな、つい楽しくて…。ん。そうだ、頼みがあるんだがいいか?」
「なんですか?」
「最近やってる…君の元に続く道という映画をみたいと思ったんだが。だめか?」
「いいですね!私もみたかったんですよ!」
ミサトさんの意見により、目的地が決定した。さあ、出発しようかというときに事件は起きた。
「おーい!なにしてんの?」
そこにいたのは、私服姿のユウキだった。私たちをみて手を振っている。休日まであいつには会いたくなかったが、私の言っている事件はこのことではない。私が、関係ないでしょ!っと言おうとした瞬間、ユウキの着ていた服から刃物が飛び出し、腹から血が流れた。
キャー!!うあー!!
辺りは悲鳴と叫び声に巻き込まれた。その中に私の声もある。ミサトさんは声も出ていなかった。
「ユウキ!!!」
怖かったけど、でも、ユウキが心配だった。だから走った。ユウキのところに。人々の波に逆らいながら見たのは、片手に刃物を持った男だった。男はその場から走って逃げていった。
「ユウキ!しっかりして!」
「かな…俺さ。死ぬのかな…。」
「死なないよ!絶対に!だから話さないで。誰か救急車を!!」
「…覚えてるか。小さかったとき、桜の木の下でした…約束。」
びっくりした。とっくに忘れてると思ってた。あの日した約束。いつも、いじめられて桜の木の下にいた私と、一緒に遊んでくれて、ユウキがいつも別れ際に言ってた言葉。
「俺の…お嫁さんにしてやる…」
「ばか…しゃべらないでよ…」
涙が溢れた。止められなかった。結局いつもユウキに気付かされる。小さな時だって、自分に自信をもてばいじめられないってユウキに言われて、いじめられなくなった。その自信はユウキと一緒にいたから自分の中から湧き上がってきた。私は一人じゃないって。今日だって、自分の気持ち教えてくれたのはユウキだった。
「私…ユウキのこと好き…だから死なないで…」
「よかった…ありがとう…」
そのまま、ユウキは息を引き取った。最後の言葉がありがとうなんて――
ミサトさんがすぐに救急車を呼んでくれたみたいだったが、傷が深く、出血多量でユウキは死んだ。犯人は事件の2日後、放心状態のまま血のついた刃物を持って警察に発見され、逮捕された。ユウキの通夜と葬儀で泣けるだけ泣いてやった。もう、最初で最後なんだから――
泣きつかれて、ベッドの中。またあの夢をみた。今度は、緑の光が大きくなっていた。
「お前は、大切なものを失った。失うことはつらいことだ。」
そんなの、もうわかってる。あなたは一体何がしたいの?もしかしてあなたがユウキを殺したの?答えなさいよ!!
「私は、形無き具現者。喪失の代価として“力”を与える。」
私は、緑の光に包まれ、意識がとんだ。
気がつくと、午前11時。お母さんの弁当また作り忘れたな…。
リビングに行くと、ご飯と手紙があった。
「おはよう。今日は学校だけど、きついでしょ?休みとったから、ゆっくりしな。」
たしかに、今日は学校に行く気にはならなかった。ユウキのことが頭から離れない。ご飯を食べながらも、ずっとユウキのことを考えていた。もっと自分の気持ちに素直になればよかったな。突然涙がこぼれた。昨日、いっぱい泣いたのに…。そうだ、桜の木さんに会いに行こう。少しは気が落ち着くかもしれない。思い立ってすぐ、本を持って、家を出た。
桜の木の前に来ると、ユウキとの思い出がよみがえってきた。落ち着くどころか、逆効果だった。木の下でひざまずき、土を濡らした。すると、桜の木にある穴から青い光があふれ出した。何が起きたかわからず、ただ呆然とそれが起こるのを見ていた。光が収まると、中から人が降りてきた。服装はきれいとは言えないもので、腰に剣のようなものを携えて、手袋をしていた。顔を見た瞬間血の気が引いた。その、不思議な格好をしているのは、ユウキだったのだ。目の前の光景が信じられず、何度も彼をみた。確かにユウキだった。
「よう。人を探してるんだけど。」
二人の間には、沈黙と花びらが舞った。




