プロローグ1
桜の木の下で
〜プロローグ1〜
「なんかまだ眠いな。」
起きたばかりの私は、すぐにキッチンに向かい、フライパンを手に持った。冷蔵庫から卵を出し、それを角にぶつけ、ひびをいれた。そこで母の声が聞こえた。
「行ってくるね。」
「朝ごはんは?」
「時間なくて、食べられそうにない。ごめんね。行ってきます!」
母はそう言って飛び出していった。
私の名前は、桜木奏。母子家庭で育った私は、父の顔をしらない。
知りたくもないけど。だから、毎朝自分の弁当とお母さんの弁当も作って、朝ごはんも……朝は忙しい。
先月の一日に始業式を迎え、今年で中学二年になる。多忙な中学生だ。
寝ぼけたまま制服に着替え、かばんを持ち、玄関を出た。今日は時間があるので、寄り道をして学校にいくことにした。その場所は小さなころよく遊んで、今でも暇なときにでかけることもある。本などを持って。
長い坂を上り、公園についた。このすぐ近くに長い階段がある。そのさきに例の神社がある。でも、その前に長い階段がある。これが大嫌いだ。
「はぁ。はぁ。長いなぁ。」
日ごろの運動不足か。部活動に所属していない私はこの階段でいつも息があがる。
「やっとついたぁ!」
口の閉じたものと、開いたものがある二種類の狛犬が私を出迎えた。その先には、今にも崩れそうな神社がある。瓦は落ち、ふすまは壊れ、廃墟という言葉がぴったりだった。私はその神社の裏に回った。“彼”に会うために。
「久しぶりだね。桜の木さん。」
私はその大きな幹に手を当てた。この桜の木は不思議な形をしている。幹の真ん中に人が入れるくらいの空洞があり、クスの木のように巨大なのだ。でも、生きている場所が悪く、桜の花が咲いても、誰も花見には来ない。来たとしても私ぐらいかな。
「そろそろ行こうかな。また来るね。桜の木さん。」
ちらほら咲き出した、桜の木を背に、私は学校に向かって歩き始めた。
席に着くと、すぐにあいつが話しかけてきた。
「かな、おはよう!」
「朝からうるさいなぁ。」
「お前さ、朝公園でみかけたんだけど、何してたの?」
寄りにも寄ってこいつに見られていた。同じクラスの松永裕樹。
小学校のときから一緒で、ユウキともよく一緒にあの木に遊びに行っていた。今ではまだ行ってるなんて恥ずかしくて言えなかった。
「関係ないでしょ。」
「まぁな。…朝から田中の授業だなぁ。」
「あ!宿題してない!」
「げ、お前もかよ。」
田中は授業のたびに宿題を出す。やってこないと授業はさんざんなことになる。生徒からしたら、鬼教師だ。そんな焦っている二人に、一人の女子が近づいてきた。
「どうした?まさかまた宿題してないのか?」
この男口調の女子は、桐島美沙都さん。大きな会社の一人娘で、かなり美人だ。ちなみに、私が通っているこの学校も、桐島グループがあって成り立っているらしい。部活はフェンシング部に入っている。言い忘れたが、ユウキは帰宅部である。
「あぁ!桐島さん!できれば助けてくれない?一生のお願いだから!」
「これで11回目のお願いだな。」
「う…」
ユウキのお願いも、ミサトさんに流されてしまった。
「だが、今回は奏も忘れているようだな。彼女に免じて今日はみせてあげよう。
」
「え?ありがとう!」
「ノートは机の中にある。好きに見てくれ。私は忙しいので、これで。」
そういうとすぐに教室から出て行った。彼女は生徒会長であり、かなり忙しいらし
い。なぜか、初めて会ったときから私は気に入られているらしい。ユウキはすぐにノートを借り、写していた。私も横でみせてもらいながら、ペンを走らせた。すると、もう一人うるさいやつが来た。
「お!ミサトさんのノートじゃん!よく借りられたな?」
「おぉ!かずき!」
彼の名前は御手洗和紀。サルのような顔が特徴で、トラブルメーカーである。ユウキの相方だ。
「俺も写させてよ!」
結局、3人でミサトさんのノートにたかった。そのお陰で、なんとか1時間目を乗り越えた。
「はい。じゃぁ今日はここまで。次回までにワークの37ページから47ページまでやっておくように!数学は積み重ねが大事だからな。」
起立。礼。ありがとうございましたぁ。
「はぁ。なんだよ10ページって…次回までにって明日あるし!じゃぁ明日までって言えよ!あー!ムカツク!」
隣でユウキが文句を言っていた。気にせず次の授業の準備をした。次は国語だ。そこにカズキがやってきた。
「なぁなぁ聞いてくれよ。この前電車でさぁ、おっさんに肩ぶつけられて、舌打ちされたんだよ!」
二人で盛り上がってもらって私は移動教室なので、教室を出た。廊下にはミサトさんが立っていた。
「…遅かったな。国語。いくぞ。」
どうやら私を待っていてくれたらしい。たまにこういうことがあるのだが、今日はミサトさんがソワソワしている。どうしたのだろう。沈黙のまま階段を上っていると、急にミサトさんが口を開いた。
「…奏。」
「はい?」
「よかったら…今度遊びにいかないか?」
突然のことに私は立ち止まってしまった。あの、桐島美沙都さんが私を?返事をしない私をみて、ミサトさんはかなり恥ずかしがっていた。
「いや、忙しいならいいんだ!すまない…」
「そんなことないですよ!一緒にどこかいきましょ♪」
「そうか?よかった。今度の日曜だがいいか?」
「はい!喜んで。」
興奮していたのは私のほうだった。日曜日が待ち遠しい。階段を上る足も軽い。その日一日は、妄想で時間がつぶれてしまった。
放課後、HRも終わり、帰る用意をしていた。
「かな!一緒に帰らね?」
ユウキが話しかけてきた。中学になって一度もそんなことを言われたことはなかったので、私は驚いた。
「え?い…嫌よ!カズキと帰ればいいじゃない。」
つい、“嫌”と言ってしまった。そこに空気の読めないカズキがきた。
「おーい。ユウキ帰ろうぜ!ん?どした?」
「いや、なんでもない。じゃあな、かな。」
そのときばかりは、カズキに感謝だ。あのままでは間違いなく重苦しい空気が流れていただろう。それを見ていた女子が近寄ってきた。
「ねえ。かなってユウキくんのこと好きなの?」
「な、何よ!?そんなわけないじゃない。」
気が動転して、少し大きな声が出てしまった。そのまま私は教室を飛び出した。
帰り道は、ユウキのことをずっと考えていた。別に好きなんかじゃないのに――
夕食を食べた後、お母さんとテレビを見ていた。
「えぇ、ニュースです。先ほど、包丁を所持した男性がコンビニに押し入り、現金10万円を奪って逃走中です。」
「やだ、近くじゃない。あんたも気をつけなさいよ。」
「うん、そうだね。」
テレビなんてどうでもよかった。私の頭の中は、ミサトさんとユウキのことでいっぱいだった。いろいろ考えているうちに眠くなりその日は早くベットに入った。
何もない真っ暗な空間に私は立っている。ここはどこ?そんな問いかけも吸い込むかのように、闇が広がっていた。不安が広がり、寂しさが蔓延した私の心に、声が響いてきた。
「力がほしいか?何かを得るには何かを捨てなければならない。」
「だれ?」
「考えろ、本当に自分が必要としているものを。」
それっきり声は消えた。私も、深い眠りに落ちていった……