表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

嵐は突然やって来る


「一目で貴女に惚れました」


 爽やかな笑顔でそう言いきったのは、褐色の肌に黒い髪、そして見慣れぬ赤い瞳。

 クリスティーナが答える前に、カレンは彼女を制した。

「ダメよ、あいつは半魔。異国の王子とは言え、裏に何がいるか分からないわ」

 東からやってきた王子は、クリスティーナを見るなり彼女の手を取りそう言った。

 一目惚れですって?その言葉、彼女に言うのが貴方が初めてだとでも思ってるの?

 クリスティーナの隣にふわふわと浮く守護神は、腕を組みながら男を睨みつけていた。



 異国からの留学生。それがあの、東の国の王子だ。

 魔法の文明が特に発達した我国には他国からの留学生が多い。しかし、王族が留学するというのは初めての話らしく、最初くらいはもてなせばならんと丁度手が空いていたクリスティーナが対応する事になったのだ。

 赤い目を持つ人間はこの国には存在しない。というか、基本的には他国にも存在しない。しかし彼は素性を隠し、母国では稀に産まれるのですと説明した。

 女神カレン様にはお見通しだというのに。

 赤い目は魔族の特徴だ。人間には色素異常以外にその目を持つシステムは無く、染色体レベルで異なる生命体の証拠であるのだが、その事を解明できる方法はまだこの世界には存在しない。

 けれど、魔族を見れば一目瞭然だ。彼らの大半はこの男同様に赤い目を持っているのだから。

 何も知らないクリスティーナは、宝石みたいな瞳だと興味津々である。本当に、この馬鹿ときたら。

「悪い人じゃ無さそうだよ?」

「いい?魔族と人間は基本的には対立関係にあるの。云わば敵国。私が言うのも何だけど、あの人種は必ず腹の中に一物抱えてると思っていいわ」

「嫌いなの?」

「めんどくさいの、あいつら!人間よりタチが悪いわ!」

 私が元人間ということもあるが、それを抜きにしたってエルフの根に持ち具合と魔族の場を掻き回したがる癖は本当に悩みの種なのだ。もちろん、人間の欲深さだってそれなりなのだが。

「本当に一目惚れならお花畑ね。良かったじゃない、クリスティーナ」

「えええ、でも私、まだそういうのは早いというか」

「好きな人いないでしょ?人生何が起こるか分からないんだし、キープしといても損はしないわ」

「きっキープ!?」

 東の田舎国からの留学生。半人半魔。これは絶対何かある、と女神センサーがアラームを鳴らしていた。



「という訳で、調べて欲しいんです。この私に一目惚れした男について」

「ご自分でお調べになった方が早いのでは?」

「末の王女に大した権限は無いですよ。有用な下僕もいないし」

「ま、本当でしたら怪しいですね」

 この国に関わる事かもしれない、と可能性を示唆すれば宮廷魔法使いである彼も見過ごす訳にはいかない。

 クラウスは私の部屋にある様な豪華な机に両肘をつき、何やら思案していた。

 なんの鳥のか分からないけど美しい羽根ペンに、整頓された書類の山。後ろの窓ガラスは魔法で春の景色が映し出されている。

 この男、本当に春が好きだな、と。

 いつ行っても彼の部屋の景色は春だ。花が特別好き、というわけでもないのに不思議である。一年中見ていたいほど好きな季節は流石に無い。

「クリスティーナ様に一目惚れ、というのが何とも哀れな理由と言いますか」

「はい失言、私を誰だと思っているんですか」

「かなり変わった末の王女様、でしょう?」

「…………別に、好かれてないわけじゃありません」

 私の時はどうだか知らないが、クリスティーナの人格が表に出ている時は比較的兵士達が寄ってきては何かと構おうとする。守ってやりたいオーラが出ているらしいのだ。

 クリスティーナは私も認める美少女である。子供すぎる面が無ければ、今頃は美形の婚約者でも出来ていただろう。

 だが、守護神である私にうぇーん!などと泣きついている間はダメだ。ダメダメだ。嫁に出すなど論外だ。

「手配はしておきますが、やはりご自分で動かれた方がいいかと」

「私、はともかくあっちにそんな芸当できるのでも?」

「おや。私はそんな風に貴女を育てたつもりは無いのですがね」

 魔法で調べてみろ、と言っている。それだったらクリスティーナにも出来る。何せ彼女の魔法はクラウスを除けば国家一だ。質も量も最高な魔法使いである。

「しかし、よく魔族だと気づきましたね」

「……昔読んだ文献に、そう書いてありましたから」

「エルフと違い、赤い目は目立ちますね」

 クラウスの執務室から出ると、クリスティーナは「やっぱり今日も怖かった」と泣き言を吐いた。

 確かに、今日は何だか不機嫌だった。女性の生理みたいに。男性にも似た症状がある、と最近どこかの学会が発表していたので、まあ更年期障害でない事を祈ろう。

(でも留学かあ。私も外の国、行ってみたいなぁ)

「マナーがきちんと身についたら行けるんじゃないの」

(ううっ、それを言われると)

 独り言のようにクリスティーナと会話していると、誰かの足音が聞こえてきた。

「おや、そこに居るのはクリスティーナ様ではありませんか」

 噂をすればなんとやら。まだ城をうろついていたのか、と睨みつけようとして今はクリスティーナの体に憑依していることを思い出し、咄嗟に抜け出した。

「ご、ご機嫌よう、えっと」

「アーデル」

「アーデル様」

 私に一目惚れしたのかな?なんて照れていたのに、相手の名前を忘れるか普通。こういう抜けたところがあるから、彼女もまだまだなのだ。

「ご機嫌よう。そうだ、この後時間はありますか?」

「え、ええ」

「でしたら宜しければ学園を案内しては頂けないでしょうか?クリスティーナ様は卒業生だと伺いました」

 クリスティーナはマナーも精神もなっていないが、魔法に関しては抜きん出ている。最年少で魔法学園に入学し、最短で卒業した。既にクラウスを師として教えを受けていたのもあるが、最短なのは彼女の実力の証だ。

 だからこそ、齢5つにして私を守護神として喚び寄せた。

──ははーん。

 そこで、ピンと来てしまった。成程、それを利用したいのか、彼は。

「ええっと、午後なら確か、空いてますけど」

「ではお願いできますか?」

 女に慣れているのか、あざとく困り顔で頼んで来る。さりげなく、クリスティーナの左手を握りながら。

 クラウスも美形だが、彼も美男子だ。生娘であればコロッとやられるのが落ちだろう。

 だが、私がそうさせない。

「では、護衛を付けさせて頂きますね。卒業生とは言え、私は既に唯の王女ですから」

 戸惑うクリスティーナの口を勝手に動かす。後で文句を言われるだろうから、メイドに菓子でも持ってこさせよう。


「うーん怪しい」

「ええっ、今のどこが!?」

 クリスティーナの自室に戻り、文句を言われる前にメイドを入って来させる。批難の目を向けられるが知らん顔。

 クリスティーナの見えない誰かに対する不自然な行動に、メイドは終始首を傾げていた。

「なんで城を徘徊してたの?特に手続きとかないでしょう?クラウスが何か手を打ってあると思うけど、野放しにするのは流石に」

「んもう、女神様なら不自然な力でちょちょっと調べられるんじゃいの?」

「いいんだけどさあ、それくらい。でもそれじゃあ面白くないし、それに」

「それに?」

「これくらい、自分でどうにか対処できるようにしないと。将来どこで寝首をかかれるか分からないよ?」

「うっ、ううう!」

 ふふふ、と笑う。笑って誤魔化す。

 私は女神。この世界を管理する唯一神。でも、神様だからなんでもしていいってわけじゃない。

 クリスティーナには教えない。誰にも教えない。

 守護神は確かに呼び寄せた主人を守るものだ。けれど、女神は「手を差し伸べる」立場じゃない。

 それに気づけた時、彼女はなんと言うだろうか。



 とは思ったが、私が個人的に彼の背景を知る権利はある。さあて全知全能女神様のパワーを見せつけてやろうではないか。私個人に。

 ポン、と本を出現させる。それに念じれば、後は該当ページが勝手に開いた。

「ああ、うわ、ふーん」

 蓋を開けたらなんと言うか。とんでも地雷男だった。

 ああよくいるよね、こいう乙女ゲームキャラ。と前世だったらそんな台詞を口走っていただろう。私はあまり好みではないが、クリスティーナはどうだろうか。

 だが、この件を解決するのはこの国の人間だ。結末を選ぶのも人間達の仕事である。女神はそれに介入しない。

 私はクリスティーナへの危険から守ることだけをする。他なんて正直、どうなろうが無関係なのだから。

 さて、クラウスとクリスティーナ師弟のお手並拝見である。

 せいぜい頑張れ、魔法使い。







女神の前世は割と俗世にまみれたものでした。

次回は魔法使い、動きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ