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プロローグ

 



 異世界恋愛もので定番なのが、悪役令嬢に転生。聖女としてトリップ。前者だとしたら自分に降かかる火の粉を祓うため原作改変を、後者だとしたら世界を救うために切磋琢磨することになる。

 だが、私は違った。


「いつまで泣いてるの」

「うう、だって、怖いんだもの」

「はあ、なんて情けない!」

 雪のように白い肌。砂金のように美しい髪。草原のように爽やかな瞳。長いまつ毛、血色の良い唇。10人が10人、美少女であると口を揃えそうな少女が、豪華絢爛な一室で泣いていた。

 彼女はこの国の王女様。気が弱く、泣き虫で、世間知らず。けれどこの国一の魔力の才を持つ、聖女の子孫。

 クリスティーナ王女。それが彼女の名だ。

「お願いカレン、入れ替わってよぉ」

「嫌だ。私だってあの嫌味な魔法使いに会いたくないもの!」

「カレン、お願いぃ。私じゃ無理なの!うぇーん」

 もう16歳だというのに、子供の我儘だ。甘やかされて育った彼女は、精神の成長が人一倍遅れているらしい。

「やめなさいよみっともない。泣いたって無駄よ、私は嫌」

「うぇーーん!」

 これが5歳児相手なら、仕方ないと怒りつつも代わってやっただろう。しかし彼女は来年成人する。どうしようも無い親、彼女に関心のない兄弟達に代わり、私が彼女を叱ってやるしかないのだ。

「なんでよ、私の守護神様でしょうー!うぇーーん!」


 そう、私はこの世界に転生もトリップもしてない。ましてやこの世界の人間でもない。

 私は神様として転生した、それはそれは高位な存在なのである。えっへん。


 前世を謳歌し、最早悔いはないと死んだところを、とんでもない美女に捕まった。それが女神。なんでも下僕を探していたらしく、拒否権を与えられぬまま私は神様として生まれ変わった。

 これってひょっとして、どの異世界転生よりチートなのでは?と浮かれていた私に、女神は綺麗な顔が嘘みたいな鬼教官と化し、徹底的に神様とは何ぞや、どう力を使うべきかなどなどをスパルタで叩き込んだ。その間に私が生きていた時代は次の世紀に進み、漸く1人の女神として表に出せると言われる頃には、地上には私の知り合いなんて1人も生き残っていなかった。

「さて、一人前のしもべゲホゲホ……一人前の女神になった貴女にはまず、他の世界を管理して貰いましょう」

 笑えば女神。怒れば般若。そんな可憐な女神は、自分に同様に可憐になるようにと「女神カレン」という新しい名を私に与え、クリスティーナのいる世界へとぶち込んだ。

 そこはまさに、異世界だった。魔法や魔物が存在し、文明は中世に似ているようで似ていない。科学という文明を知らずに魔法頼りに発展した結果こうなりました、という感じの世界だった。

 私の女神(以降は師匠と呼ぶ)は、同時にいくつもの世界を運営しており、この世界は比較的新参者らしい。なので管理を任されたのだが、具体的に何をすれば良いかわからない、と剣の魔法と魔物な世界を旅行気分で見回りながら悩んでいたところを他の姉弟子に悪戯された。

「ほらほら、ひよっこは天上から眺めてないでとっとと下界を見てきなさい」

 私の部下である天使達の慌てた声と共に、何百歳も年上の姉弟子が私を地上へ突き落とした。

 あまりの高さに気絶して、気づけば幼い王女クリスティーナに召喚されていたのだ。

 女神としてではない。彼女のおもり、守護神として。

 女神として世界に降臨するのと、一人の人間の守護神として召喚される主な違いは、前者は全ての生物に、後者はたった一人の人物にしかその姿が認識できないのだ。

 この世界は師匠から私に託されたので、他に降臨する女神はいない。なので世界は今、天上から見守る絶対的存在が留守なのだ。

 けれどそこはまあ、姉弟子が何となくどうにかしているのだろう。でなければ問題が起きる度に私は姉弟子に引っ張り上げられ、どうにかしろと無茶振りを言われていそうなのだから。

 時々天使達が心配になって様子を見に来ることもある。けれど、初めは天上に戻せと泣き叫んでいた私だが、最近ではお子ちゃま王女様の護衛にも慣れてしまった。

「クリスティーナ。貴女、私が誰だか知っていて?」

「私の守護神でしょう!」

「女神カレンよ!」

「守護神カレンよ!」

 クリスティーナが先程から駄々をこねるのは、舞踏会に出たくないからだ。彼女は人気の多い所を嫌う。シャイを通り越した臆病者だからだ。

「カレン、お願い!なんでもするからぁ」

「あのね、私は女神なの。貴女が出来る程度なら人差し指1本でどうにでもできちゃうのよ?」

「そんな事言わないでよぉー!」

 婚約者のいない彼女のファーストダンスは、彼女の魔法の師匠である嫌味な宮廷魔法使い、クラウスが担当している。しかしクリスティーナはこのクラウスが大層苦手だ。いや分かる、あんな美人な男に「よくも私の足を踏みましたね?」と笑顔で脅されたら怖い。

「ならもう体調不良でサボっちゃえば?」

「無理無理無理、そんなことしたら!」

「お叱りどころじゃ済まないものねえ?」

「ホントのホントにお願い!こっ今度お姉様にクッキーを作って貰う様に頼むからぁ」

 そう言って彼女は泣き崩れた。仮にも10年弟子をやっているというのに、彼女は未だに師匠への免疫が無いらしい。

 彼女の姉が作るクッキーは絶品だ。なぜなら彼女の手には、精霊の加護が宿っているから。あれだけは世の中の何処を探しても上位互換は見つからない。

「貴女の為にならないと、分かってるんでしょう?今回までだからね」

 仕方ない、と私は彼女の肩に触る。すると次の瞬間には視界が切り替わった。

 私は守護神としてクリスティーナに憑依することが出来る。命の危険がある時や、こうして駄々をこねる時に昔から使っている技だ。

「ありがとう、カレン」

 彼女の体の中で彼女の魂が私に語りかける。まだ泣いているらしい。

 全く、本当にしょうもない王女様である。



 この世界の宗教は女神信仰が大半だ。問題がありそうな集団は一通り解散させておいたので、当たり前なのだが。

 それでも、この11年間で目が行き届いていない場所が増えた。基本的には天使達に任せているが、最近魔族の動きも活発化しているらしい。まったく、人の世界で何好き勝手しているのだアンチクショー。

 エスコートされながら、気をそらす為に色んなことを考える。勿論私は相手の足なんて踏まない。女神パワーで踊りなんて一瞬で記憶した。

 王女クリスティーナは二重人格。一部の人間はそう思っている。そしてそれは、目の前の男も同じだ。

「また貴女なんですね」

「ええ、お久しぶりですねお師匠さま」

 何せ彼女がご歳の時から守護神をやっているのだ。直接彼女を育てていない親、6歳の時から彼女の師をやっているクラウスより、この世界にいる誰よりも彼女を知り尽くしているし、この世界も誰一人として私達の存在を疑うことは無い。

「そう言えば来月はお誕生日でしたよね。確か、40になるんでしたか」

「何ですか、その意味深な笑みは」

「いえ、エルフの血が混じっている師匠はいつ見てもお若いなと」

「嫌味ですね」

「ええ勿論、決して女みたい、童顔、などとは思っていませんけれどね」

 体の中でクリスティーナが真っ青になって倒れそうだ。

 彼は女神信仰者ではない。無宗教、とまではいかないが、何故か女神の話題を避ける傾向がある。なので私は個人的に彼が嫌いなのだ。

 別に自分を崇めるから好き、とか崇めないから嫌い、とかではない。ただ彼は、「女神なんていう、見たことも無い存在を信じるのですか?」と言っていたのだ。もう5年以上も前の話だが、あれを境に私の態度は年々悪くなっている。

 お前の目の前にいるのがその女神だよ!と何度叫んでやりたかったか。

「本当に真逆ですね」

「似ている二重人格なんて存在しませんよ、お師匠さま?」

 曲が変わり、ダンスを終える。この後はフリータイムだ。王族の席に座り鑑賞するのもよし、食事に没頭するのもよし。末の王女であるクリスティーナは、周囲から特に咎められない。

 今一番の注目はクリスティーナの2つ上の姉、キャサリン王女だ。クリスティーナとは違い母に似て桃色の髪が特徴的な美女である。

「キャサリンは相変わらずですね」

「男好きな姉ですから、今も色んな男達を天秤にかけているのでしょうね。師匠もどうですか?」

「結構です。私は心に決めた女性がいるので」

「またまたぁ」

 美人な男であるクラウスは、その半分以上がエルフの血を引くということもあり纏う雰囲気すら異なる。お伽噺から抜け出してきた妖精の王様、そんなイメージが付きやすいらしい。前髪は柔らかい癖毛を分け目から分けているし、後ろ髪だって癖が面倒だからといつも三つ編みだ。どっちかと言うと北欧の王子様、そんなイメージが付きやすいがこの世界にはそんな文化も単語もないので仕方ないのだろう。

 39歳なのに20代後半の見た目を保ち続けている。半エルフなので寿命は300歳くらいあるが、その容姿が老いるのは200を過ぎた頃かららしい。恐ろしく美に特化した生物である。

 なので、彼は大層おモテになる。けれどその度に、「心に決めた女性がいるので」と断っているらしい。最早決まり文句なのだが、私は10年間、一度もその女の話を聞いたことがない。要するに嘘なのだ。

「結婚する気はないんですか?」

「私は半エルフですからね。人間とそうなるつもりはありませんよ」

「なるほど」

 その気持ちは少しわかる。私も女神になって、人間の寿命の短さを実感しているのだから。





 クリスティーナはいつも一人ぼっち。

 兄達は勉強、姉達はお茶会。彼女を甘やかす侍女や母親も、一緒に遊んでくれるわけではない。

 聖女の血を最も濃く継いだ、聖女の生まれ変わり。

 彼女はそう育てられた。父親に見せられた絵を見て、確かに似ているとも思った。

 だから、上の子達とは違い、特別扱い。生まれた時から魔法が使える天才だから、育て方も異なった。

 だから彼女は、召喚の魔法について学んだ時、真っ先に遊び相手を喚ぼうとした。けれどそれがまさか、守護神を喚ぶものだとは思っていなかったのだ。

 現れたのは、クリスティーナが今まで見てきた中で何よりも美しい黒髪の女性だった。

「え、嘘?私もしかして召喚されたの?引き寄せられたの?私が?守護神!?」

 なのに口を開くと誰よりも子供らしくて。クリスティーナの周りはいつも綺麗な言葉ばかりを使い、クリスティーナもそれを強要されている。

 けれど、ああ。彼女こそが。彼女こそ、私が望んだ友達になれる人なのかもしれない。

「あのね、私ね、クリスティーナっていうの。あなたが私の守護神さま?」

「違うわ、私は女神カレン。知ってる、女神カレン!」

「守護神カレンさまなのね、よろしくね、カレン」

「秒速で様付けを捨てるの!?信じられない、何なのこの子……」

「うふふ」

 それが11年前、彼女が行った最大の秘密。たった1人の、友達と出会った時の話だ。




ちょっとした設定。


・女神カレン

本名は違う。ある程度育て上げられた世界を任された新人女神。元人間。

やろうと思えば世界を滅ぼせる。


・王女クリスティーナ

聖女の血を引く、聖女の生まれ変わり。特別な環境で育てられ、兄弟との仲も薄い。典型的な美少女。

魔法使いとしての才能は一級品。


・師匠クラウス

半エルフ。カレンが悪態をつきたくなる程の美人。女と間違われるのが嫌で、エルフらしく前髪を伸ばすのを嫌う。声は低い。

魔法使いとしては最強。クリスティーナが6歳の時から師匠をやっている。御歳40。見た目は28とかそのへん。



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