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夏休みの教室

作者: 雨世界

 夏休みの教室


 プロローグ


 夏だね。


 本編


 君が笑ってくれたから。


 夏休みの教室に入ると、そこには君がいた。

「あれ? どうしたの?」

 教室の窓は開いている。

 そこから、夏の気持ちの良い、蒸し暑い風が、僕と君以外に誰もいない真っ白な教室の中に吹き込んでいる。

 白いカーテンが揺れている。

 君は、そんなカーテンの揺れる、教室の窓際に立って、そこから夏の、青色の空をじっと見つめていたようだった。


 君は、そこから僕のところまでやってくる。

「夏休みだっていうのに、なにか用事でもあるの?」君は言う。

「うん。受験勉強の特別教室」僕は答える。

「ああ。そうか。君、頭良いもんね。特進教室なんだっけ?」

 にっこりと笑って君は言う。


 君は夏服の制服を着ている。

 白いシャツと紺色のスカート。うっすらと汗をかいている。その大きな瞳の中には、僕の顔が写っている。

 

「そっちはどうして?」僕は言う。

「……うん。まあ、ちょっとね」にっこりと笑って君は言う。

 そのときになって、僕はようやく、君の目が少しだけ赤いことに気がついた。


 君は泣いていたのだ。


 誰もいない教室で泣いていた。

 夏休みの教室で。


 どうして泣いていたんだろう?

 どんな悲しいことがあったんだろう?


 そんなことを君に聞いてみたかった。

 でも、聞くことはできなかった。


 僕は、臆病者だから。


「じゃあ、またね」

 君は言う。

 君は机の上に置いてあった自分のカバンを手に取ると、そのまま夏休みの教室から出て行こうとする。


「待って」

「え?」


 僕は、自分でもなんでこんなことをしているのか、よくわからなかったのだけど、そのとき、僕は君の手をぎゅっとつかんでいた。


 君が遠くに行ってしまわないように。

 その手をつかんで、君のことを自分の近くに止めていた。


 僕は君に、僕のそばにいてほしいと思っていた。


「えっと、どうかしたの?」君は言う。

「……あのさ、ちょっと話があるんだ」僕は言う。


「話? ……話って、なに?」君はなにかに気がついたような顔をする。

 その君の顔を見て、僕は自分の気持ちに、ようやく追いつくことができた。


「……実はさ」


 夏の日。

 夏休みの教室の中。


 僕と君だけしかいない。


 僕は君のことを見つめている。

 君も、僕のことを見つめている。


 真剣な眼差しで。

 なにかを、強く訴えかけるような瞳で。


 僕は言う。


 大好きです、と君に言う。


 だって、君には笑っていて、ほしいから。

 君にはずっと、笑顔でいて、ほしいから。


 君の笑顔が、見たいから。


 誰もいない夏休みの教室には、今、僕と君の二人がいる。……僕と君の、二人だけがいる。

 世界には、白いカーテンをゆらす、夏の蒸し暑い、気持ちのいい風が吹いている。静かな時間。君の呼吸。

 ……まるで、その瞬間、時間が止まったように感じた。


 その日の帰り道、僕は世界で一番の幸せ者だった。


 だって、君が笑ってくれたから。


 夏休みの教室 終わり

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