Act.9-146 ヴァルムト宮中伯領の危機 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
レイドゾーン発見から五日後、今日はヴァルムト宮中伯令息のルークディーンとプリムラのお茶会が行われることになっていた。
しかし、ヴァルムト宮中伯家が土壇場で予定をキャンセルしたことで午後の予定が空白となっている。
「ルークディーン様、大丈夫かしら?」
プリムラは憂いの表情を浮かべながら窓の外を見ている。
プリムラは折角のルークディーンとの逢瀬の機会が失われたことについてはそこまで不満に思っていないらしい。それよりも、今のルークディーン……というか、ヴァルムト宮中伯家が置かれている状況に不安を覚えているのだろう。
「ルークディーンは大丈夫だと思うぜ。……ルークディーンの身に危機が迫っているっていうなら状況は最悪の局面だ。いくら騎士見習いだとしても宮中伯令息が戦場に立つことはない。最も守りの堅い屋敷に家族と共にいるだろうぜ。だが、それでも時間の問題だ。ヴァルムト宮中伯家側に決定打はないからな」
「……お父様」
「相変わらず、呼んでもないのに勝手に湧いて出てきやがりますね。……仕事は?」
「サボったぜ!」
「帰れ」
最初は国王陛下に対して失礼があってはならないと思っていた王女宮の使用人達も少しずつ「実は礼儀を尽くす必要な相手ではないのではないか」と気づき始めたようで、侍女達全員からジト目を向けられることもしばしば。流石に公式の場では互いに王族と貴族に相応しい態度を取るけどねぇ。
「そもそも、レイド参加の条件はしっかりと国王陛下としての職務に励むことだったと記憶しておりますわ。本当に陛下は約束を破るのがお上手ですわね」
「ソフィスの笑顔がマジで怖いんだけど……ってか、別にサボっている訳じゃねぇからな? プリムラがルークディーンのことを心配しているだろうと思って最新の情報を提供しに来たんだぜ?」
「可愛い娘を見て癒されるために……の方がメインなんじゃないの?」
「まっ、そうとも言うけどなぁ。ストレス社会の特効薬は可愛い可愛い俺のお姫様との時間なんだぜ」
「ストレス社会で生きているってより、ストレス振り撒いている側なんじゃない? 自覚持とうよ、ストレス製造機な国王陛下」
「俺としては国王やっているのが既にストレスなんだよ。……まあ、そんなこと言ってても仕方ねぇな。ヴァルムト宮中伯からついさっき正式な要請があった。『ヴァルムト宮中伯領に出現した高難易度大迷宮、仮称【アッチェフェッフェ大迷宮】の被害を食い止めるためにブライトネス王国の騎士団を派遣して欲しい』ってな」
「それで、お父様はどう返答したのかしら?」
「勿論、派兵は無しだ。そもそも、騎士団と高難易度大迷宮の相性は最悪なんだ。国と国との戦争みたいにただ物量で押し込めば勝てるって訳でもない。重要なのは補給面だ。技量の高い俊身使いが神速闘気を使っても正攻法でクリアするには最速で五日。その間、飲まず食わずという訳にもいかない。階層主達は確かに強敵揃いだが、仮にそいつらに勝てても空腹でやられる。行き帰り考えたら十日か……水は魔法で用意できるとしても、常に全身運動の戦闘の連続でカロリー消費が大きい以上、食糧の持ち込みは必須。補給部隊とか人数増えたからコスト嵩むしなぁ。それに、それだけやっても勝てる可能性は限りなく低いだろ? だから、ブライトネス王国としては騎士を動かさない。まあ、安心しろって。まだ相談してないが、アネモネ閣下が動けばすぐに問題は解決できる。多分大丈夫だろ? アイツには高難易度大迷宮をどうしても攻略しないといけない理由があるからな!」
相談してないけど、ってか、この会話が既に相談だよねぇ。
仮称【アッチェフェッフェ大迷宮】……つまり、【ゼータの深淵迷宮】がヴァルムト宮中伯領に出現し、攻略されているという情報は掴んでいた。そして、現在、【ゼータの深淵迷宮】は攻略されていない……ということは、残る十五日で攻略されるということを意味する。まあ、大凡過去に戻ったボクらが攻略することになるだろうことは予想がついていたんだけど……。
……なんか、ラインヴェルドの掌の上な気がするんだよねぇ。
「何か企んでいる気配がするのは気のせいなのかな?」
「気のせいだと思うけどなぁ? 考え過ぎじゃない?」
いや、ヴァルムト宮中伯領の迷宮出現の表示を見つけた瞬間に明らかにニヤって笑ってたし、絶対に何か企んでいるよねぇ。
まあ、大凡察しがついているけど。ヒントは第二王子の婚約者のフレイ経由で与えたし、ボクとしては後はアルベルトに頑張ってもらおうと思っていた。アルベルトだってそう思っている筈だけど、ラインヴェルドはアルベルトの力だけじゃ解決できないと決めつけて……いや、違うか。手っ取り早く条件を満たさせるためにレイリア=レンドリタとの接触……一触即発の機会を意図的に作り出そうとしている。
そこに、アネモネの姿で……とはいえ、ボクを絡ませることで勝算を高める。やりたいことは分かるけど、もうちょっとアルベルトを信じてゆっくり待ってあげてもいいんじゃないかと思う。
まあ、無理か。ラインヴェルドにとってはアルベルトはルークディーン共々ボクとプリムラの関係を繋ぎ止める道具の一つに過ぎないんだから。ラインヴェルドがアルベルトの思いを汲んでとか、そんなことある筈がないか。
「そういえば、アネモネ閣下が試してみたいものがあると仰っていました。丁度いい機会かも知れませんね」
「試したいものか……クソ面白いものの気配がするぜ! よし、俺も行くとするか! ヴァルムト宮中伯領に!!」
「ラインヴェルド陛下、アネモネ閣下との約束、忘れた訳ではありませんよね?」
とりあえず、ラインヴェルドの参加は阻止。ちゃんと国王としての職務に従事してもらわないとねぇ。
だけど、まだ嫌な予感が拭いきれない。……まさか、ヴァルムト宮中伯領に転移してくるとか、流石にないよねぇ?
◆
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
王国宮廷近衛騎士団所属の近衛騎士であるアルベルトもヴァルムト宮中伯領での高難易度大迷宮出現を受け、ヴァルムト宮中伯クラインリヒの指示で増援としてヴァルムト宮中伯領に戻ることになった。
そのタイミングでボクもアネモネの姿でヴァルムト宮中伯領に向かうことになり、じゃあ、行き先同じだし、ということでアルベルト、クラインリヒと三人でヴァルムト宮中伯領を目指すことになった。
実はアクセスが悪いヴァルムト宮中伯領。地下鉄でも移動できないし、転移門も近くにないからねぇ。一番早いのは空の旅ということで、久しぶりに『飛空挺インヴィンシブル・ジッリョネーロ』に乗って優雅に空の旅を満喫している。
『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』に比べたら小型で乗れる人数も少ないけど、割と愛着があるんだよねぇ。
速さも『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』に劣るけど、別に大海原を越えて別の大陸に行く訳でもないから飛距離は短いし、到着までの時間も誤差レベルしかないんじゃないかな?
コックピットで片手で舵を操りつつ、温かいコーヒーを飲むこと二時間半、ヴァルムト宮中伯領領主の館が見えてきた。
「これほどの速度で戻ってくることができるとは……」
クラインリヒが現実を受け入れられずに固まっている。
その後、復活したクラインリヒがこの飛空艇を売って欲しいと言ってきたけど、丁重にお断りした。思い出が詰まった品だし……それに、飛空艇って【万物創造】のような反則技を使わなければ再現不能な品なんだよ。ビオラで販売するとしても大貴族の財産が吹き飛ぶくらいの値段設定になるんじゃないかな?
クラインリヒはサフランとルークディーンに増援の目処が立ったことを報告するために先に屋敷に入った。
ボクとアルベルトはそれが終わるまで自由時間。……高難易度大迷宮に挑むにしても、まずは許可を得ないといけないしねぇ。一応、戦略級兵器のテストも兼ねた迷宮攻略になる訳だし。
「圓殿、飛空艇の中でお話ししていた今回の高難易度大迷宮……【ゼータの深淵迷宮】に投入する戦略兵器ですが、具体的にどのようなものなのでしょうか?」
「それは、投入するまでのお楽しみですよ。ただ、一つ投入するだけで国防の概念が大きく変わってしまうものですねぇ。もし、量産を行えば騎士団は間違いなく不要になる、VSSCが誇る最高戦力。ビオラの最高戦力の一つと言えるかもしれませんね」
近衛騎士であるアルベルトにとっては存在意義を奪うような存在が量産される可能性があるということは恐ろしいことだよねぇ。表情が翳るのも当然。
「安心してねぇ、他国には提供しないから。それに、新兵器がブライトネス王国に向けられることはない。まあ、向けられてもラインヴェルド陛下が死に物狂いで戦えば勝てると思うよ。……まあ、今のラインヴェルド陛下でも代償は避けられないと思うけどねぇ。最悪で死亡、腕一本程度はデフォルトで持っていかれると思うよ」
「……あの陛下ですら犠牲が免れないとは、恐ろしい兵器ですね」
「これは半分予想外だったんだけど、かなり霸気のレベルが高くてねぇ。……まあ、流石にラインヴェルド陛下とアクアとか、霸気のレベルが高い人を二人以上相手する場合は分が悪いけど」
まあ、霸気以外にも攻撃手段があるというか、メインは別にあるんだけど。
一騎当千型と軍勢型をいいとこ取りした生体戦略兵器――高難易度大迷宮の魔物達相手にどこまで通用するのか、楽しみだねぇ。
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