Act.9-110 求婚難題とレイリア=レンドリタの秘密。 scene.3
<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>
「パーバスディーク家の分家の一つに、デューラノヴァ子爵家があります。これが、幼少の頃にアルベルト様の教育係を務めていたレイリア夫人の生家です。パーバスディーク侯爵家の常套手段ですが、彼の家は部下の家に娘を嫁がせることで権力を拡大させてきました。彼女が嫁いだレンドリタ子爵家もその一つです。彼女はヴァルムト宮中伯家の信頼あるレンドリタ子爵家の若旦那に嫁ぎます。その後、子を成して幸せな生活を送っていましたが、流行病で夫と子を亡くしてしまいます。失意の中にある彼女を案じたのは、ヴァルムト宮中伯様です。彼女がヴァルムト宮中伯家に忠誠を誓うのは、計り知れない恩をヴァルムト宮中伯様から与えられたことが一つ、もう一つは恩人たるヴァルムト宮中伯様とヴァルムト宮中伯家に対して恩を仇で返してしまった故の負目でしょうね」
フレイ嬢に全てを言われるまでもなく、私はレイリア=レンドリタと私の因縁を理解した。
フレイ嬢も私が気づいたことに気づいたのかもしれない。しかし、話を止めることはなくそのまま続けた。
「当時、ヴァルムト宮中伯夫人は婚約者の状態でヴァルムト宮中伯様は独身でした。しかし、結婚間近という状況で失意のうちにあるレイリア様とヴァルムト宮中伯様は急接近し、一夜の過ちを冒していました。正気に戻ったヴァルムト宮中伯様は頭を抱え、責任を取って彼女を愛人にすると言いましたが、レイリア様は畏れ多いと自殺未遂を起こす始末。尊敬するヴァルムト宮中伯の子を身籠ったことですら喜びよりも、罪の意識を感じたのでしょう」
「……まあ、あの方ならそれくらいしそうですね」
「その子供がアルベルト様であることはもうお分かりだと思いますが、話を続けます。自殺をしようとするほどです、彼女にとっては人生における最大の汚点であるアルベルト様をあの人は消し去ろうと考えることは容易く想像できます。ヴァルムト宮中伯様はアルベルト様が生まれてすぐにヴァルムト家の長子として認めることでレイリア様の手に届かないものにしました。そのようにしてアルベルト様のことを守ろうとしたのです。そうしてアルベルト様を守りつつ、レイリア様の精神が回復した領地内のどこかで穏やかに暮らさせるつもりだったのでしょうが、まあ、所詮は脳筋の浅知恵、結果は事態を悪化させるばかり」
「……フレイ、流石にヴァルムト宮中伯を脳筋呼ばわりはやめておいた方がいいのではありませんか?」
「私って、正直、レイリア=レンドリタもクラインリヒ=ヴァルムトも嫌いなんですよ。夫が真実も告げられずに自分が全て責任を取れば丸く収まるなんてゴミクズみたいな甘い考えを抱いている中、色々と思うところがあったとしてもそれを心の中に仕舞い込んでアルベルト様を家族として迎え入れる覚悟を決めていたサフラン様のことは一女性として心の底から尊敬していますが。……さて、ここからはもう一つの歴史の未来についてお話ししましょう。アルベルト様はある日、実の母親がレイリア=レンドリタであることを知ります。『伯爵家にとって汚点、剣聖という優れた能力だって本来は弟のルークディーン=ヴァルムトに与えられるべきだったのにお前が生まれたせいだ』……そう面と向かって言われ、アルベルト様は絶望してしまわれるのです。腹違いで正統性から大事にされる弟、懐いてくれて可愛いけれどどこか羨ましくてたまらない存在、父親は自分のことを疎んじているし、義母はきっと貴族の正妻として義務を果たしたに過ぎない……自分の家族が仮初のものだと気づき、自暴自棄になってしまったところにヒロインが現れ、彼女と互いに支え合いながら家族を捨てて冒険者として二人で新たな生活を始めるのです」
点と点がつながっていく。エルヴィーラ嬢はマリエッタが「彼を助け出せるのは、自由にしてあげられるのはあたしだけ」と言っていたと話していた。……つまり、ヒロインである自分ならば私を救うことができると思っているということか。
その考えに胃の腑が冷たくなるものを感じるのは私だけなのだろうか? 彼女の言う「みんなの幸せ」といい、自分の所有願望を正当化するための方便にしか聞こえない。
……彼女は、マリエッタはこの世界がゲームだと本気で思っているのかもしれない。私のこともトロフィーか何かと勘違いしているのかもしれないな。
ゲームであると高を括り、ヒロインとして振る舞うマリエッタと、自分の作った三十のゲームに向き合いつつも、一人一人の人間と本当の意味で、苦しみながらも必死で向き合い続けている圓殿……どちらが好ましいかなど、火を見るより明らかだ。
「……大丈夫か? アルベルト?」
「あまり、驚いている様子ではありませんね」
「まあ、大凡想像の範疇でしたから。父のことはまだ納得できませんが、義母が私のことを思ってくれていることは分かりました。それに、ルークディーンが私の大切な家族であることは変わりません。……ただ、そうなるとレイリア=レンドリタとの和解というローザ様の与えた試練を越えるのは難しそうですね」
「ローザ様は『和解』と仰られたようですが、正直、私は勝手に拒絶したレイリア=レンドリタにアルベルト様が歩み寄る必要は正直ないと思います。なので、今回の件についてお話を頂いた際にローザ様に私のアルベルト様の周辺についての私の認識が正しいのかをお聞きすると共に、周辺情報をお教え頂いた際にそのままの流れでお聞きしたのですが、ローザ様は『レイリア=レンドリタとの関係に何かしらの答えを出す』ことを求めていると仰られました。和解するもよし、互いに理解できないという一点で折り合うも良し、ただ、この件に決着をつけて前に進む――その覚悟を見せよ、と」
「フレイ嬢、第二王子殿下、本日は本当にありがとうございました。……情報が揃ったので、後は私が頑張るだけですね」
そのまま挨拶をして退出しようとしたタイミングでルクシア殿下は「最後に一つ伝えたいことがある」と仰られた。
「アルベルト殿は今回の件を父上に相談した……それについては悪い判断では無かったと思います。結果として、アルベルト殿はフレイから必要な情報を得ることができた訳ですから。しかし、この件でローザ様の難題の内容を知った父上がこのまま何も手を打たないとも思えません。……これは、アーネスト宰相にお聞きした話ですが、ヴァルムト宮中伯は全てを馬鹿正直に父上に話したそうです。それを父上は何一つ感情の篭っていない冷たい瞳で睥睨していた。……父上にとっては、ヴァルムト宮中伯も、レイリア=レンドリタも、アルベルト=ヴァルムトという存在のことも心底どうでも良かったのでしょう。それでも緘口令を敷いた会議室で王として対応したようですが。……父上はこの国の殆どの貴族を憎んでいます。父上の最愛の人を、メリエーナ様を無言のうちに奪った全ての貴族を、この国と共に。……ヴァルムト宮中伯は長く王家に仕えてきましたが、父上にとっては長く忠誠を尽くしてこようとどうでもいい、あの時、メリエーナ様のために東奔西走した者達だけが庇護すべき対象なのです。……父上は合法的に復讐ができる機会を求めています。理由を求めています。今回の件で父上も動くと思いますが、万が一にも父上の機嫌を損ねればヴァルムト宮中伯家はこのブライトネス王国から永遠にその名を消すことになります。くれぐれも、そのようなことにならないように細心の注意を払ってください」
……正直、最後のルクシア殿下の発言が一番応えた。
あのヴァルムト宮中伯を第一に考えるレイリア=レンドリタが万が一地雷を踏み抜けば、ヴァルムト宮中伯はその長い歴史を閉じることになる。陛下にとっては忠誠など塵に等しい……いくら弁明をしても覆すことはできないのだろう。
……場合によってはパーバスディーク侯爵家の二の舞になるかもしれない。
しかし、陛下も姫殿下のことを思えばそんな横暴は……どうだろうか? あの陛下ならやりかねない気がする。
レイリア=レンドリタが私の母親だったという話は思ったよりもすんなり受け入れることができた……が、ルクシア殿下の言葉が消化しきれない。
……どうか、最悪の事態にだけは絶対にならないでくれ。
◆
「しかし、王女宮筆頭侍女様って本当に何者なンだろうな?」
「いきなりなんですか?」
その日の夜、近衛の任務を終えて寮に戻ると、何の脈略もなく突然リジェルがそんなことを言い出した。
「だっていくら公爵令嬢といってもおかしいだろう? 緘口令を敷いたヴァルムト宮中伯家の秘密にも通じているようだったし、いくら国王陛下から覚えめでたいって言っても限界があるだろう?」
「正直、私もどこまで教えていいのか分かりませんが、一つ確かに言えることはローザ様は国王陛下から情報を得た訳ではなく全てを識っていたということです。しかし、私は例え識っていなくとも彼女は最良の道を私に示すことができたのだと思います。そういったことが昔から得意なようですから。先を見通す常人離れした観察力と読みの力……国王陛下とフォルトナの国王陛下は陛下達ご自身の意思とは裏腹に王として必要な資格を全て兼ね備えています。そんな陛下達と互角の力を……場合によってはそれ以上の力を彼女は持っているのだと思います。本来、私如きが恋人になどと考えること自体が恐れ多いことなのかもしれません」
「ふうん、まあ、真面目なアルベルトが言うんだし嘘はないんだろうけどなぁ。……聞けば聞くほど乖離してくるんだろうなぁ、噂のイメージと」
「そりゃ、意図的に流させている節がありますからね。実際のローザ様を知れば、もっと極端な評価に分かれると思いますよ」
「もっと極端な評価……ねぇ」
「優しい方……か、恐ろしい方ですね。もし、ローザ様のことを理解した上で敵対しようとする人がいれば私は正気を疑います。……特に彼女の大切なものを傷つけようなどとすればどのような事態になるか。……憧れはありますけどね、その怒りは愛の裏返しですから。……まあ、守られるよりも彼女を守れる騎士になりたいですが」
「ふーん、ラブラブじゃん」と生暖かい視線を向けてくるリジェル。まあ、間違っている訳ではないし、これくらいの冷やかしは甘んじて受けるとしよう。
一歩前進した喜びと、一つ間違えば全てが崩壊するという恐怖を抱えた私は、その夜、なかなか寝付くことができなかった。
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