Act.9-108 求婚難題とレイリア=レンドリタの秘密。 scene.1
<三人称全知視点>
その日、午後からプリムラは神学の授業を受けるために護衛のジョナサンと共に馬車に乗って神殿に向かっていた。
そのプリムラの表情がどこか強張り、視線が窓の外に向いていることにジョナサンは気づいていた。見気を極めているジョナサンにはプリムラの心の中が手に取るように分かる。
「ソフィス=アクアマリン伯爵令嬢は恐らく大丈夫だと思いますよ?」
「……何故、私がソフィスさんのことを考えていると思ったのかしら?」
「僕は見気を極めていますからね。何かしらの防衛措置を取らなければ心の中が手に取るように分かります。これから神学の授業ですが、上の空では折角馬車で移動しても意味がありません。私が何かを言ったところで姫殿下の不安を完全に払拭できないとは思いますが……そうですね。時空騎士は防衛の要、その選抜を潜り抜けるためには一定以上の強さが必要です。ソフィス伯爵令嬢はその点しっかりとボーダーは超えています……まあ、流石に上位陣には含まれませんが。そうした上位陣とは異なり、彼女が派遣されたのは恐らく激戦区ではない、比較的安全な、彼女でも勝利できると判断された場所です。あの方は味方に犠牲者が出ることを誰よりも嫌います。例えどんなに戦果を得られるとしても、犠牲者が出た時点で負けである……それくらいの戒めをもって戦場に立っておられるのです。あの方が許容するのは唯一、自らの身くらいです。あの方が最も熾烈な戦場に立つのは、誰よりも自分自身の力を信じているということもあるでしょうが、同時に誰も傷つけたくないという意志の現れでもあるのですよ」
――まあ、それをきっとオルパタータダ陛下達は許容できないんだろうけど、とジョナサンは内心で続ける。
圓の生き方は、本人にその意思がなくとも自己犠牲そのものだ。彼は例えどれほど自分のことを罵倒されようと、傷つけられようとも皮肉混じりに笑ってやり過ごす。
彼が怒りを露わにするのはいつだって大切なものを傷つけられた時だ。誰よりも自分に無頓着、平気で身を削って自分のためにと言いつつ誰かのために動き続けている。本当は好きなだけ趣味に講じていたいのに、小説や漫画を書いて楽しく暮らしていたいだけなのに、誰かのためにと引き受けた仕事のために幾度となく一日をやり直す。常人なら発狂しても仕方ない生活を続けている。
「アネモネ閣下って……リーリエ様って本当に女神様みたいな方よね。優しくて慈悲深くて……しっかりとお話しする機会は無かったのだけど、内面も容姿もとても美しい方だと思うわ。天上光聖女教の理想の聖女そのもののような方だと私は思うの。……ジョナサンさんもそう思わないかしら?」
プリムラは一点の曇りもない純粋な気持ちでジョナサンに尋ねようとして……何故かジョナサンの顔を直視することはできなかった。
ジョナサンは笑顔のままだが、その目は冷たい。怒りを孕んだ瞳を見ようとすると、背筋が凍りそうになる。
「あの方の在り方は、確かに聖女そのものかも知れませんね。ただ、私も、姫殿下のお父様も、国王陛下も、あの方のことを生贄などにはしたくないと思っていますし、思っている筈です。自分の命を削って、大切な人を守る……志は正しいですが、限度問題がある。それで死んだらただの阿呆ですよ。そんなこと誰も願っていませんし、もし願っているならそんな奴は大切に数えられるべきではありません。それでも、あの方はきっと生き方を変えません。だから、僕達だってあの方が望まなくともあの方の力になれる方法を模索するしかないのです。――祭り上げる群衆は身勝手です。勝手に崇め奉り、自分達にとって利益を生み出さないのであれば好き勝手文句を言い始める。何も責任がないから、何を言っても許される立場だから、お前達は身分を、権力を与えられているのだから我々のために全てを捧げよ、と、まるで自分達が正義のように宣い、その正義という名の麻薬に酔いしれるのです。勿論、それは群衆の中でも少数派ですが、そういった者達の声は大きい。国政を敷くのであれば、そう言った持たざる弱者との対峙は避けては通れません。……まあ、あの方に関しては前世で痛いほど味わったので知らぬということはないでしょうが。……みんなのために、なんで言っているのはとりあえず怪しいと思った方がいい、限られた、目に見える大切な誰かのために頑張るのが正しい在り方です。……勿論、あの方のように極端過ぎるのもダメですが。姫殿下、今後も貴女にとって本当に大切なものが何なのかを見失わないことを祈っています」
金色の一陣の風が吹き抜けたと錯覚し、続いて覇道の霸気の最終領域・覇王神の力で求道の霸気の最終領域・求道神の圧倒的な防御力がプリムラとジョナサンに宿った。
「……温かい、とても温かいわ。……かあさまの、かあさまのものに、よく似ている。でも、おかしいわ。ローザは王女宮にいる筈よね? なら、これは一体何なのかしら?」
プリムラが困惑する中、ジョナサンは視線を空へと向けた。
――ああ、圓さん。貴方がそれほど追い詰められる状況に陥ったというのか。……世界を破壊する者との戦いか……僕も行きたかった。臨時班に選ばれたかったな。……でも、無茶し過ぎだよ。そんなことをしていたら、流石の貴方も限界が来てしまう。僕はね、オニキスさん達を悲しませたら、絶対に貴方を許さないよ。
◆
魔法の国事変から数日後、アルベルトの姿は王国宮廷近衛騎士団騎士団長――シモンの執務室にあった。
アルベルト側から願い出てシモンに時間を取ってもらったのは今回が初めてだ。珍しい申し出に、一体どのような話なのかと不思議に思っていたシモンだったが……。
「なるほど、圓様からの婚姻難題ですか。その件でラインヴェルド陛下に教えて頂きたいことがあるのでラインヴェルド陛下と話をする時間を作ってもらいたいと。……例え近衛騎士であろうと王族側が求めなければ王族と言葉を交わすことはできません。しかし、陛下がアルベルトの恋を応援すると仰ったのなら面会は可能だと思います。……私も人選そのものは正しいと思いますよ。圓様に聞くというのは難しいですし、国王陛下の元には情報が集まる。独自に影を持つアクアマリン伯爵家やローザ様の生家のラピスラズリ公爵家を頼るのも手ですが、流石に恋敵の生家やローザ様の生家に頼る訳には行きませんか。……ヴァルムト宮中伯家も情報網を有していると思いますが」
「今回の件はそのヴァルムト宮中伯家に深い関わりがあるものですので」
「……なるほど、アクアマリン伯爵家のパターンに似ていますね。となると、王太后様か、王妃様ですが、どちらもツテがない……国王陛下しかいらっしゃいませんね、相談できる相手は。分かりました。統括侍女殿に予定を調整してもらえるかお願いしてみます……ただ、あの陛下のことですから予定ガバガバでしょうし、フットワークが国王とは思えないほど軽過ぎますし、そう遠くないうちに面会の許可は出ると思いますよ」
そのシモンの予言の通り、ラインヴェルドとの面会は翌日の早朝に早々と決まってしまった。
「まさか、お前の方から時間が欲しいって言ってくるとは思わなかったぜ。それで、どうした?」
「圓さんに告白した際に、達成しなければならない難題というものを与えられたのですが、その内容に関することで情報が欲しいと思いまして。……ヴァルムト宮中伯家のレイリア=レンドリタとの和解という難題なのですが、圓さんが難題に選ぶということは私と何かしらの関わりがあるのではないかと思いまして……ヴァルムト宮中伯家の一メイドの話ですから、陛下もご存知ないかも知れませんが」
「……もうちょっと早く相談してくれても良かったんじゃねぇか?」
「流石に圓さんのいる場所で聞くことはできませんし、魔法の国への臨時班派遣のこともあって忙しかったですから、魔法の国の件が終わった後に面会の機会を設けて頂けるようにお願いしようと思いまして……」
「まあ、いいや。……レイリア=レンドリタか。アイツらしいというか、しかし、また厄介な奴を。……俺が教えてもいいんだが、他に適任がいる。ただ、ちょっと今忙しいらしくてなぁ。とりあえず、連絡はしてみるがアポがすぐ取れるとも思えないし……まあ、気長に待ってくれ。準備ができたら何らかの形で連絡を入れるように伝えておく」
「ありがとうございます、陛下」
「別にお前のためじゃないしなぁ、俺は別にいいぜ。プリムラと圓を幸せにするためにはお前に頑張ってもらわないといけないっていうだけだし。……まあ、最近はちょっと後悔しているんだけどなぁ。外聞とか気にせず最初から圓をプリムラの婚約者にすれば良かったんじゃないかって……そっちの方が勝率高かったし、プリムラも幸せにできたんじゃないかってなぁ。……ああ、まだ婚約した訳じゃないからワンチャン……」
「圓さん相手じゃルークディーンでも太刀打ちできなかったので陛下の采配には本当に感謝しています。……ルークディーンも姫殿下のことを意識していますし、デートも重ねています。ここから舵取りは不可能なのではありませんか?」
「まあ、プリムラもルークディーンのことを意識しているし、もうどうにもならないけどなぁ。……いい笑顔しやがって、お前って意外といい性格していやがるよな?」
「お褒めに預かり光栄です」
アルベルトはポーカーフェイスを浮かべつつも内心冷や汗を垂らした。
ルークディーンとプリムラの婚約も、そしてローザと恋仲になるチャンスに恵まれたのもラインヴェルドが意図して状況を動かしたということが大きい。もし、プリムラと圓を最初から恋仲にしようとしていれば、周囲の反対はルークディーンの時以上だったとしても少なくともそれより難題の圓に想いを受け取ってもらえるハードルは低かったと思われる。
もしかしたら、今のソフィスよりも高い親密度の関係になっていたかも知れない。
ラインヴェルドがその選択肢を選ばなかったからこそ、今のルークディーンやアルベルトがいるのである。もし、ラインヴェルドが別の選択をしていたらと思うとゾッとする。
アルベルトが部屋を退室すると、ラインヴェルドはパイプ椅子に深く腰掛けて目を瞑った。
既にアルベルトの求める情報を打ち明ける適任者は思いついていたが、ラインヴェルドは圓がアルベルトに求めた求婚難題の内容を聞き、より確実にその求婚難題を攻略できる方法を検討していたのである。
「……まあ、どうせ圓のことだ。難題の解決のために圓を利用することも視野に入れているんだろう? アルベルトは分かった上でそれでも自力解決しようとするだろうが、俺は面白いことが大好きで、追い詰められて青白く震えていく様を目にして楽しむようなクソ野郎だからな! アルベルトの気持ちは度外視だ! ってか、どう考えてもそっちの方が勝算あるし、無理に一人で抱えればいいってもんじゃねぇよ。そうと決まれば……まあ、時期が来るまでは打って無しだな。アルベルト、ローザ! この話を俺が聞いたからには俺のシナリオで進めさせてもらうッ! クソつまんないシナリオを、俺がクソ面白いシナリオに書き換えてやるぜ!」
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