Act.9-107 ダブルまどか、クレセントムーン聖皇国にて引越しの挨拶回りをする。 scene.3
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
「甘味処菓子工房 パティシエール・シュガー」は家族経営の洋菓子販売店である……といいつつ、半分くらいはパン屋の領域に片足を突っ込んでいるけど。
ケーキ、タルト、プリン、シュークリーム、フィナンシェ、スコーン、ラスク……品揃えは豊富でクロテッドクリームや蜂蜜、メープルシロップ、ジャムといった洋菓子に合わせる商品も豊富に取り揃えている。ラスクに使うバゲットを焼く必要がある、共通する材料のものが多いという理由からパンも焼き始めたようだねぇ。
ちなみに、高い人気を博しているのは上にパンを敷き詰め、プリン液に浸したまま固めたパンプディング。一番人気で一時間で完売するほどだとか……勿論、他の洋菓子やパンも含めて味はどれも一級品、何を買っても外れはないと自信満々にお勧めできるよ。
結城は母子家庭で二人の兄と姉一人、妹二人と共に生まれ育った。結城の夢はパティシエールでケーキ屋でアルバイトをしつつパティシエールになるための修行を積んだ。
結城が夢を追いかけて積み上げてきたものが、今は甘蔗林家の家計を支えている。しかし、結城だけがプロ級の腕を持っているという状況ではお菓子作り、パン作りは当然ながら結城一人の手で全て行わなければならない。
結城の家族――母の甘蔗林菜七子、長兄の甘蔗林恭平、次兄の甘蔗林晴雄、長女の甘蔗林明那、三女の甘蔗林陽葵、四女の甘蔗林春妃はレジや接客の仕事で協力しているけど、残念ながら結城抜きではお菓子工房「甘味処菓子工房 パティシエール・シュガー」は成立しない。
到着したのは夕方だったけど、客足は衰える様子もなく、結城も必死で洋菓子とパンを焼いていた。
ボク達の姿を認めた結城は仕事の手を止めてボク達の方に来ようとしたけど、ボクは彼女を制して菜七子に声を掛けた。菜七子は二階から三女の陽葵を呼んで接客を交代し、恭平、明那、陽葵の三人体制で接客を再開した。
晴雄と春妃の姿は店内にはない。異世界でもしっかりと生きていけるように教育を受けさせたいと願った菜七子の求めに応じて派遣したビオラ所属の家庭教師の授業を受けているのだろう。
店番の仕事もあるので、甘蔗林家の子供達は交代制で家庭教師から義務教育、高等教育相当の授業を受けている。勿論、地球のものそのままではなく、異世界で生きていくのに必要なものをメインに据えたものだ。
家庭教師のイレイナ=ウヴァロヴァイト女伯爵(元ウヴァロヴァイト伯爵家の六女で魔法学園を主席で卒業した経歴の持ち主。ただし、婚姻によって貴族に必要な家と家との繋がりを作り、家を存続させると共に更なる繁栄を追い求めるという貴族の性質とは相性が悪かったらしく、婚約を結んでいた相手の貴族令息は真面目なイレイナよりも女の武器を惜しみなく使う年下の令嬢に恋をして婚約破棄を叩きつけ、ウヴァロヴァイト伯爵も傷物になったイレイナでは政略結婚の道具には使えないからと絶縁を切り出した。まあ、そのイレイナの婚約者の家も婚約者を奪った子爵令嬢の家も、ついでにウヴァロヴァイト伯爵家もフンケルン大公家の派閥で例の断罪騒ぎで纏めて吹き飛び、平民落ちや人によっては処刑。勘当されていたイレイナだけが罪を免れるっていうよく分からないオチになったようだけど。ちなみに、当主不在となったウヴァロヴァイト伯爵の領地と爵位はそのままイレイナに継承されることになったので、元伯爵令嬢から女伯爵に出世を遂げている。まあ、本人は家庭教師の仕事で忙しいので、家族の中で唯一イレイナのことを尊敬し、絶縁されて以降も連絡を取り合っていたイレイナの妹のステファーヌ=ウヴァロヴァイトが女伯爵代行として領地経営に励んでいるそうだけどねぇ。ちなみに、彼女は完全に巻き込まれ事故で貴族令嬢の地位を失った被害者だよ)に会釈をしてから、ボクと円華は案内されるままに奥にある客間に進んだ。
「ところで、そちらの方は圓様のご友人でしょうか?」
「彼女は四季円華さん。この近所に住むことになるので、挨拶回りをしつつ案内していたんだ。こちらは甘蔗林菜七子さん。二男四女を女で一つで育ててきた尊敬できるお母さんだよ。家と併設されている『甘味処菓子工房 パティシエール・シュガー』は次女の結城さんのお店でねぇ、家族構成は他に長兄の甘蔗林恭平さん、次兄の甘蔗林晴雄さん、長女の甘蔗林明那さん、三女の甘蔗林陽葵さん、四女の甘蔗林春妃さんがいる。『天恵の巫女』は次女の結城さんだよ。まあ、彼女は洋菓子屋として生きていくことを決めたから他の人達と任務で会うことはないけどねぇ。ここの洋菓子もパンも絶品で売り切れてしまうことも多いけど、是非購入をお勧めするよ」
「悪いわね、圓さん。宣伝してもらっちゃって。初めまして、菜七子です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、初めまして。四季円華よ。ご近所になるので、これからよろしくお願いします」
「互いに自己紹介を終えたところで、今回のボクの目的なんだけど、こっち来てからそこそこの時間が経ったけど困っていることがあったら遠慮なく言って欲しいと思ってねぇ。できる範囲でだけど、対処はさせてもらおうと思って」
「娘の願いを叶えてもらって、こちらに来ることができて、その上色々なものを手配してもらって正直、なんとお礼を申し上げれば良いのか分かりません。これ以上のものを求めるのは、正直罰当たりだと思いますが……子供達を学校に通わせたいな、と思っています」
「……学校、ですか」
「イレイナ先生は真摯に子供達と向き合ってくださいますし、不満はありません。……ただ」
「学校という共同体には、勉学以外にも目的がありますからねぇ。集団生活を学ぶ場という側面は大きい……勿論、そこには光と影もありますが。正しく、世界の縮図ですからねぇ。通う、通わないはボクも自由だと思います。かくいうボクも小学生で義務教育をリタイアし、自力で高卒認定を取って大学に入って教員免許を取得して卒業しましたから、あんまり大きなことは言えません」
「……それ、十分に凄い……というか、結局、大学という学校には通っているし、しっかりと学業を修めていると思うのだけど」
「学校に関しては考えていることがありますが、実行にはまだ時間が掛かりそうです。ブライトネス王国の国王陛下と魔法学園の理事長と相談後、多種族同盟の議会に議題として出して理解は得られましたが、正直、実行には財力と理解が必要です。教育を受けさせる義務が置かれ、識字率九十九パーセントになっている大倭秋津洲においても、最初はなかなか理解を得ることができませんでした。貴族子女ならともかく平民が学んでも意味がない、そうした風潮との戦いをこれから繰り広げていくことになるでしょう。円華さんも、菜七子さんも当然ご承知のことだとは思いますが。まあ、ボクは諦めませんけどねぇ。この世界を平民も貴族と誰もが教育を受けられる世界にすること、それが今のボクの夢の一つですから」
まずは魔法学園の講師になってからだけどねぇ。色々な意味で時間の掛かる仕事になるとは思うけど、いつの日か絶対に達成したいと思っている。
「……そうよね、圓さんが考えていない筈なぃよね」
「ただ、これに関しては時間が掛かるので……一応、平民向けの私塾的なものもあるにはあるんですけどねぇ。地球レベルの義務教育をってなると、まだまだ難しい状況です。そもそも、ボクも手を出せていませんし」
「……寧ろそれを求める方がおかしいと思うわよ! それって多分一生捧げてようやく確立するものだと思うわ」
まあ、確かに『異世界に転生したけど教育のレベルが低過ぎたので、婚約破棄された私は教師になることにしました』みたいに一つの作品テーマとして使えそうな仕事ではあるよねぇ。……手広く仕事やり過ぎて、どこまでが普通の転生者の限界か分からなくなっているんだけど。……ってか、ボクも普通の転生者だった。
他の希望は特にないらしい。菜七子に子供達に困っていることがないか聞いておいて欲しいとお願いしてから、ボクは円華と共に甘蔗林家を出発……しようと思ったタイミングで菜七子からパンと焼き菓子を手渡されてしまった。
円華にはお近づきの印と菓子折りのお礼として、ボクには新作の意見を聞かせてもらいたいということでそれぞれ用意してくれたらしい。
……まあ、折角来てくれたのに応対できなくて申し訳ないという気持ちも入っていると思うけど。本当に律儀な子だよねぇ。
今度感想と一緒にお礼の品を送ろうと決め、ボクはパンを抱えて円華と二人で帰路についた。
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