Act.9-102 その名状しがたき感情は、悍ましい色をしていた。
<三人称全知視点>
雪菜と黒華はその瞬間、本能的な怯えを感じて背後を振り返り、振り返ったことを即座に後悔した。
黒一色に塗り潰され、悍ましいほど濁ってしまった瞳は何故かその闇に反するように炯々と輝いていて見える。濁り切った瞳の漆黒の黒い何かは渦を成していて、今にも氾濫して世界の全てを黒く塗り潰すべく広がっていくのではないかと錯覚する。
いよいよ悍ましいナニカは瞳の枠に収まることができなくなり、氾濫した。渦を成した名状しがたき力の奔流はリーリエを中心に広がりを見せると思われたが、その力が即座に『漆黒魔剣ブラッドリリー』に収束、武装闘気や覇王の霸気を纏う時と同じように剣に宿り、漆黒の靄のように姿を変えた。
「……あれは、霸気……なのよね?」
黒華はその性質が霸気に酷似していることを見抜いたが、黒華が圓に教えてもらった闘気や霸気のどれとも違っていた。
「……なんて、冷たくて、悲しい感情なの」
雪菜は今にも泣き出しそうな顔になっていた。
かく言う黒華も雪菜と同じような気持ちになっている。
その悍ましさは希望よりも熱く、絶望よりも深い原初の感情――愛に似ている。しかし、そのように言葉で表すことができるものではない。というより、言葉で表そうというのがそもそも間違っているというしかない。
もし、この感情を言葉で表そうとするならば既存にはない新しい言葉を一つ生み出すしかないだろう。
長い年月をかけて歪み、本来の原型が何だったのかも分からなってしまうほど矛盾を内包してしまい誕生したナニカ。
しかし、その感情がどのような目的のために発露しているのか。
それはその感情を向けられていない本能的に認識することを拒み、目を逸らしてしまった雪菜と黒華には説明されるまでもなく分かっていた。
「目的のためなら人殺しだろうが人間性を捨てることすら厭わず自分の目標を達成しようとする強固な意志、凝縮された殺意の具現というところかな?」
圓自身気づいていなかったが、この力は随分前に、それこそ圓が『王の資質』を開花させる以前から彼に備わっていたものだった。
これまでも漆黒の瞳として無意識に僅かな片鱗を見せていたその力の正体は冥道の霸気――『王の資質』を持つ者の中でも選ばれし者『真の王』のみが覚醒させることができる力である。
並外れた怒りと殺意、その凝縮に等しい黒い靄を剣に纏わせたリーリエは俊身を駆使して『救済の魔女』に迫る。
「不思議な感覚だ。さっきまで消耗していた霸気が、意志の力が増している。……これなら霸気を維持したまま戦うこともできそうだねぇ」
『もう、邪魔しないでよ! この世界を原始海洋まで巻き戻すことが、生き物のいない世界を作ることが本統の幸福なんだよ!』
「分かってたまるかッ! そんなこと、お前しか願っていない! 独りよがりの善意の押し付けでお前がやろうとしていることは誰も望んじゃないんだよ! この世界は、お前だけのものではない! この世界の人々のものだ。幸福も苦しみも、全て背負ってこの世界の人々は生きているんだッ! それを否定する権利はお前にはないッ! ――そんなに救われたいならボクが救ってあげるよ。二度と生きる苦しみを味わうことがないように、お前を消滅させてやるッ!」
連続で放ってくる槍を見気の未来視と紙躱を駆使して全て躱しつつ『救済の魔女』との距離を詰めていくリーリエ。
一方、『救済の魔女』は人間体から全身は吸い込まれそうな黒一色で無数の目のようなものが浮かび、身体の各所から手のようなものが伸びている八岐大蛇の姿――『救済の魔女』本来の姿へと変化し、無数の手を伸ばして攻撃を開始した。
当たれば瞬時に風化し、跡形も無かったように消滅する文字通り死のエネルギーの塊である黒い手の攻撃も求道神の力に守られたリーリエには届かない。
「虚空ヨリ降リ注グ真ナル神意ノ劒」
侍系四次元職の征夷侍大将軍の奥義を発動して刃渡り百メートルを優に超える巨大な剣を一振り、『救済の魔女』の上空に顕現して伸ばした『怠惰』の権能《神の見えざる手》経由で膨大な冥道の霸気を込めたリーリエは、『救済の魔女』に刃が届く範囲に入ったのと同時に巨大な剣を落下させた。
「――圓式比翼!!」
『ぼくはこんな結末、絶対に認めないッ! ぼくはみんなのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのほんたうのさいはひをみんなにもたらすまで死ねないんだよ!』
『救済の魔女』は必死で無数の手を伸ばしてリーリエの斬撃を受け止める……が、リーリエの剣は一撃で腕を切り落とし、『救済の魔女』の心臓部へと迫っていく。
『救済の魔女』はリーリエの攻撃に対抗するために無数の手を伸ばす。
この戦いで生き残り、自分の願いを――全ての生き物を幸せにするという願いを叶えるために。
『救済の魔女』の願いを塗り潰して無効化している謎の力が消えるまでリーリエの攻撃を耐え切ればいい。
リーリエだけに集中していた『救済の魔女』は上空から降り注ぐ剣に気づくこともなく、リーリエが撤退し始めたことを好機と捉えて無数の手を嗾しかけ――。
撤退するタイミングを見誤った『救済の魔女』は降り注ぐ剣に刺し貫かれた。
『酷い……よ。ぼくは、みんなを、しあわせに、したかっただけなの、に』
「みんなを幸せにしたい、その志は立派かもしれない。……身近なボクの大切な人達を守りたいと願うボクとは相容れないけど。ただ、その方向性は間違っている」
少しずつ死へと向かっている『救済の魔女』からリーリエは『管理者権限』を回収すると、冷たい目を『救済の魔女』に向ける。
「ボクは君を幸せにしてあげるよ。最大の慈悲を与えてあげる。――もう、苦しまなくていい。食物連鎖の牢獄、君の言う地獄から永遠に解放して涅槃に送り届けよう。もう君は二度と輪廻の輪に乗ることはない。三位魂霊崩壊」
リーリエが「吸血姫の翼」を顕現して撤退する中、『救済の魔女』は発生した膨大な光に呑み込まれて魂諸共消滅した。
◆
リーリエは『救済の魔女』を撃破した瞬間に霸気の使い過ぎで意識を失った。
そのため、魔法の国侵攻の戦後処理はリーリエが目を覚ました後に行われることになった。
話し合いの場となったのはQueen of Heart、『救済の魔女』との戦いの舞台となったハート魔導城――その城内にある会議室の一つである。
多種族同盟、黒の使徒連合からはローザ、スティーリア、雪菜、黒華、桃花、篝火、美結、小筆、ラインヴェルド、アクア、ディラン、オルパタータダ、ルーネス、サレム、アインス、エイミーン、マグノーリエ、プリムヴェール、ミーフィリア、レミュア、メアレイズ、アルティナ、サーレ、汀、クレール、デルフィーナ、レナード、トーマス、ノイシュタイン、オスクロ、セイント・ピュセル、拳法姫の娘々、紅桜が、魔法の国からは元五老臣のカルファ・ミディ・ベルン・エディア、四季円華、人事部門部門長のウェネーフィカ、人事部門副部門長のペンナ=プルーマ、監査部門部門長代行として【明王】森羅鬼燈、研究部門部門長代行のステラ=オラシオン、刑務部門部門長ポイズンヴェリー、大魔公安処罰班班長のマリオネットパペット、退魔局所属の魔法少女の巫水羽、警備企画課参謀第零部所属の魔法少女リュネット、独立魔導小隊の小隊長ヴァレンシュタインが出席する。
今回戦争に参加した多種族同盟側の残りのメンバー、菊夜、沙羅、美姫、火憐、シーラ、ラファエロ、ミリアム、アルベルト、欅、梛、樒、椛、槭、楪、櫻、榊、槐、椿、榎、楸、柊、カレン、ソフィスにはリーリエが目を覚ましたタイミングで帰国の指示を与えて帰国してもらっている。
ネストは人事部門所属の暗殺チームの三人の魔法少女を勧誘して次代のラピスラズリ公爵家のメイドとして雇い入れることに成功した後、三人を連れて先にラピスラズリ公爵家に帰国した。……難航するかと思っていたけど、事前にウェネーフィカ達に話をつけていたみたいで契約の交渉はかなりすんなり進んだみたいだねぇ。
魔法の国側も今後の魔法の国の未来を決定する会議であるという点で参加を願う者達は多かったが、船頭多くして船山に登る可能性を踏まえて今回は各部門の責任者のみに出てもらうことになった。
「……大丈夫か? 親友?」
「まあ、かなり霸気を消耗したからねぇ。……本調子じゃないから、その会議が終わったら一回ラピスラズリ公爵邸に戻って休んでから王女宮筆頭侍女の業務をするよ」
「お嬢様、今日くらいは休んだらいいんじゃないですか?」
「そうだぜ? 親友……なんか予定外な奴と世界の存亡を賭けた戦いをする羽目になったんだろう?」
アクアとディランがローザを気遣うが、当の本人は「大丈夫大丈夫、ちょっと疲れただけだから」と意に返さない。
そんなローザを申し訳なさそうに見つめているのは桃花、篝火、美結、小筆、汀、クレール、デルフィーナ、レナード、トーマス、エイミーン、鬼燈、円華――イドルフの屋敷の制圧に向かったメンバーだ。
「ごめんなさい、那由多彼方をあの時にしっかり始末していれば」
「仕方ないよ。那由多彼方の魔女化は従来のものから大きく外れたものだったし、ボクでも厄介な魔法を封じるために魔女化をさせる方向で戦っていたと思う」
「いや、俺とラインヴェルドがミューズとリツムホムラノメノカミの力を奪ったタイミングで撃破していれば……」
「まあ、そういうタラレバの話はしても際限ないからねぇ。とりあえず、集まってもらったから今回の戦争と今後の魔法の国に関する話をしようよ。そのために、わざわざこれだけのメンバーに集まってもらったんだしねぇ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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