Act.9-93 魔法の国事変 scene.33
<三人称全知視点>
「認識した瞬間に消滅するなら、認識される前に攻撃すればいいだけ。幻想戯画・神祖の吸血姫」
ここまで一切戦闘に参加して来なかった小筆が全魔力を消費してリーリエを描き上げる。
圧倒的な力を持つ百合薗圓を警戒し、イドルフの屋敷に攻撃を仕掛けた面々の中に圓の姿がないことに思わず安堵した那由多彼方と太多繁松にとっては完全に予想外の状況だ。
那由多彼方と太多繁松――どちらも冷や汗を拭って気を引き締め直す。太多繁松に至っては神瞳通だけでは勝利は厳しいと判断して魔法少女に変身してしまうほどリーリエに警戒心を向けていた。
太多繁松が変身した魔法少女は海を彷彿とさせる群青のドレスと滝を彷彿とさせる羽衣を纏った青から灰色へと変化する長い髪を持つ美女だ。羽衣はウロボロスを髣髴とさせるように無限大の形で繋がっている。髪には孔雀の羽で作られた髪飾りをつけ、胸元には孔雀の羽の形をしたエメラルド色の宝石のネックレスを嵌めている。
瞳は灰色の月そのもので、白眼の部分が黒に反転しており、額には中央部に二重十字の白い文様が浮かんだ第三の目を持っている。
この異形の魔法少女に変身することで神瞳通の力は更に増すことになる。この力でリーリエを認識し、消滅させようと目論んでいたが、太多繁松がリーリエを認識した時には屋敷の上空に既に刃渡り百メートルを優に超える巨大な剣が出現しており――。
「虚空ヨリ降リ注グ真ナル神意ノ劒」
一斉にイドルフの屋敷に向かって落下――那由多彼方は咄嗟に屋敷の壁を得物の槍で貫いて脱出するが、リーリエの撃破のために認識の力を使っていた太多繁松は攻撃を躱し切れずに虚空属性の大剣に刺し貫かれた。
「私は……こんなところで、死ぬ人間じゃ、ない! こんな結末は認めないッ!」
その瞬間、時間が逆流するように遡り始めたことを「時空支配から解脱せよ」を基に開発したローザのオリジナル時空属性魔法「時空解脱」を時空属性魔法対策に使っていた桃花、篝火、美結、小筆、汀、クレール、デルフィーナ、レナード、トーマス、エイミーンは理解した。
本来ならば滝のように流れる筈の時間の流れを円環する海のように変貌させるという太多繁松の固有魔法「豊穣なる時間の支配」が発動したのである。
巻き戻ったのはほんの僅かな時間、しかし、その一瞬の判断が明暗を分ける。
太多繁松は那由多彼方と同じタイミングで屋敷から脱出し、虚空属性の大剣を回避することに成功した。
その後、羽衣の力で空中に留まっていた太多繁松は神瞳通を使って先程と同じようにリーリエを抹消する。今度は「虚空ヨリ降リ注グ真ナル神意ノ劒」が上空に待機していないので神瞳通を使うために集中している隙を突かれて撃破される心配はない。
「……抹殺に、時の巻き戻しまで……普通に戦えば勝てる相手ではないわね」
「でも、クレールさん。時空魔法ならあのループを無効化できるんじゃないかしら?」
「デルフィーナさん、方法はそれしかないと思うわ。桃花さん、篝火さん、美結さん、小筆さん、汀さん、レナードさん、トーマスさん、エイミーンさん。次に太田繁松があの時の流れを遡る魔法を使ったら時間の流れを戻す魔法を同時に使って時の流れを遡る魔法を無効化しましょう」
「随分と簡単に言ってくれるな。『豊穣なる時間の支配』を使うほど追い詰められたのはリーリエがいたからだ。しかし、そのリーリエを生み出す力はもうその絵描きの魔法少女にはないのだろう? それに、永遠になることを免れることも代償なしにできるとは考えにくい。いつかは効果が消えて永遠になることになる。貴様らに勝ち目など最初からないのだ」
既に小筆は魔力を使い切って次の「幻想戯画」を使うことはできない。
桃花達も常に消滅攻撃に晒されている。念の為に大量に持たされた『生命の輝石』も有限である以上、いつかは無くなる。
太多繁松の言う通り、あの時、リーリエの「幻想戯画」を使ったタイミングがラストチャンスだったのだ。
……いや、そうではない。まだ方法はある。
それは圓をこの場に召喚するという方法である。
しかし、それは桃花達のことを信頼して言葉を任せてくれた圓の采配に泥を塗るということだ。
それに、圓自身も戦闘中かもしれない。圓が黒華達と共に向かったのは魔法の国襲撃の中で最も激戦地になると予想されていたハート魔導城方面である。もし、戦闘中に圓に連絡を入れたら圓達の邪魔をしてしまうのではないか。
ここまで追い詰められても圓に連絡を入れられなかった理由は、その不安があったからである。
しかし、圓はそれぞれの命を最優先にするべきと言った。命を賭けてまで戦うべき戦ではないと。
桃花達の命は確実に危機に瀕している。そして、逃げようと思ってもこの場から逃げるのは困難を極めるであろう。ならば、自分達の命を守るために圓を呼ぶという選択肢を選ぶべきなのではないのか。
桃花達がそれぞれ、示し合わせることなく圓への連絡を決意してスマートフォンに触れようとしたその時――。
「ギィーサム=フリューリング!!」
白と桃色を基調としたドレスに二対四翼の翼を持つ天使の如き魔法少女が那由多彼方を振り切って太多繁松の背後から現れた。
金色から純白へと次第に変化していくという独特の髪を持ち、瞳は金色。天輪にあたる部分には幾何学模様の魔法陣が浮かんでおり、光の当たり方によって緑、赤、黄、青のいずれかに見える。
銀色に輝く杖を振り下ろし、桃花達の足元に魔法陣を展開した。
新手の出現を疑い警戒した桃花達だったが、『生命の輝石』の消滅が止まったことを確認して彼女が敵ではないことを理解した。
「カルファの依頼で参りました。多種族同盟と黒の使徒の方々ですね? 助太刀に参りました」
更に、桃花達の背後――つまり、扉側から一人の魔法少女が姿を見せる。
二本の小さな角を持ち、花魁のような豪奢な和装を纏っている鬼のような魔法少女は優しく微笑んだ。
「――ッ!? 森羅鬼燈ッ! 死んだのではなかったのか!? それに……貴女は」
「久しぶりですわね、ギィーサム。……ずっと貴方を探していました。貴方は私の罪です。……私が、セレンティナ=フリューリングが死んでしまったから貴方は狂ってしまった。だから、今度こそ終わりにしましょう。今度は誰も巻き込むことなく……私が貴方を終わらせます」
ギィーサム――太多繁松の神瞳通は、第三の眼は天使の魔法少女に向けられている。とりあえず、死の可能性は無くなったと安堵する一方、一体何が起きているのかと桃花達は困惑していた。
「彼女は四季円華さんです。私と同じくカルファさんの協力者で魔法の国を変えるための戦力としてカルファさんから声を掛けられました。圓さんとカルファさんの目的は一致しています。……太多繁松のことは彼女に任せて、私達は那由多彼方を倒しましょう。オルタ=ディブロンは既に討伐を終えているようですね。流石は精鋭の皆様です」
「……状況が悪くなっているね。でも、ぼくのことを舐めてもらったら困るよ。――願いを叶える魔法の札!」
槍の穂先から出現したカードに触れ、那由多彼方は願いを口にする。
その瞬間、那由多彼方の魂魔宝晶が僅かに濁った。
◆
光属性の魔力を全身に漲らせた円華は、地を蹴って加速――闇属性の魔力を纏った繁松に回し蹴りを放つ。
繁松はバックステップで躱すと、真紅の稲妻が奔る闇の魔力を固めた闇の十字架を放った。
「漆黒の十字架」
「光炎星盾!」
至近距離から放たれた闇の十字架を光の魔力を収束して作った即席の盾で防ぐと、盾を構成する光属性の魔力を僅かに消費して黄金の矢を生成――「光炎星矢」という掛け声と共に至近距離から矢の雨を繁松に浴びせる。
繁松はコスチュームの一部である扇状の飾りが石突の部分に付けられ、二重螺旋の構造の長い柄の部分と漆黒の穂先からなる巨大な槍をグルングルンと円形状に回して矢の雨を受け止めると、槍を構えて高速で突き出す……が、全ての攻撃が円華の杖に受け止められた。
「なかなかやりますね! まさか、姉上がここまで戦えるようになっているとは思いませんでした。多くの犠牲を払い、ようやく私を殺すことができた貴女が」
「――多くの犠牲を払ってしまったのは、私が未熟だったから。……終わる筈だった私と貴方の物語の続きに関係ない人達を巻き込んでしまったのは私の罪よ。だから、誰も巻き込まないで、今度は私一人で貴方を倒してみせる! そのために私は修行を重ねてきたのだから」
「嬉しいなぁ。……やっぱり、姉上は神々しいよ。ジェルエナに全てを奪われても、それでも輝きは失われなかった。……だからね、尚更その神々しさを永遠にしなければならないんだよ! なんで分かってくれないのかな? 私はねぇ、姉上がいなくなって初めて姉上が私が絶対の存在になったんだ。究極の美の姿として私の前に現れたんだよ!」
槍が弾けるように無数に分裂し、一つ一つの細い槍が元の槍と全く同じ形状に姿を変えた。
そうして出現させた無数の槍を繁松は円華に嗾ける。
「光炎六角星盾」
「光炎星盾」では防ぎ切れないと判断した円華は光属性魔法でハニカム構造の分厚い盾を複数重ねて展開することで無数の槍を受け止めると、三つの魔法陣を繁松の背後に三角形を描くように展開した。
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