Act.9-86 魔法の国事変 scene.26
<三人称全知視点>
榊、槐、椿、榎、楸、柊は担当することになった研究部門に襲撃を仕掛けた瞬間から違和感を抱いていた。
研究部門の最奥部にある研究部門部門長の執務室――討伐対象である五老臣カルファ・ミディ・ベルン・エディアのいる筈の部屋から人の気配が全く感じられなかったのだ。
榊、槐、椿、榎、楸、柊の六人はいずれも見気を鍛え上げており、少し先の未来を見通す未来視も使用できる。
それほどの力を持つ筈の榊達がカルファの気配を見つけられないということはあり得ない。……もし、それがあり得るとすれば何らかの魔法を使って気配を消している可能性が思い浮かぶが、襲撃は魔法の国側には予想外の筈だ。普段から気配を消す魔法を使っているという設定のないカルファがこのタイミングで気配を消す魔法を使っている可能性は考えにくい、ということは不在のタイミングで研究部門に襲撃を仕掛けてしまったのだろうか?
圓からは事前にカルファの屋敷の位置の情報も与えられていたので、後で屋敷の方にも襲撃を仕掛けることにして、榊達は予定通り先に研究部門を制圧してしまうことにした。
ところで、研究部門は魔法少女よりも魔法使いの方が他の部門と比べても圧倒的に多く所属しており、現身開発などの機密事項も多い。
そのため、襲撃を受けた際には魔法使いを避難させ、残った魔法少女達のみで迎撃に当たるという体制が徹底されていた。
ここで役立つのが、研究部門に所属する魔法少女扉扉門雅美の固有魔法だ。
扉扉門雅美はビキニの上から白衣を纏い、ニーソックスを履いたという眼鏡っ子という出立ちの魔法少女で扉をモチーフとした髪飾りを付けている。その髪飾りが象徴するように、彼女の固有魔法は「魔法の扉」というものだ。
扉扉門雅美はその固有魔法の力で扉を生成し、扉同士を空間魔法で繋げることで擬似的な瞬間移動の魔法を発動させることで研究部門と安全な避難先の扉を繋ぎ、安全な場所に瞬時に魔法使い達を避難させた。
その扉は魔法使い達の研究部門脱出後に付与した魔法を消滅させたので研究部門から再び避難先への道を開くためには扉扉門雅美の力が必須となる。当然、扉扉門雅美が襲撃側に力を貸すことはあり得ないので、研究部門の魔法使い達は襲撃者から守られるという寸法である。
研究部門はカルファの意向もあり魔法使いと魔法少女の距離が近く、魔法少女を捨て駒にするような方針に異を唱える魔法使いも大勢いたのだが、彼らの主張は魔法少女達の足手纏いに魔法使い達が成りかねないという至極真っ当なカルファの言葉で却下されてしまった。
そのカルファも襲撃という非常時には一魔法少女として戦うという段取りになっていたのだが……。
「……まあ、あの変態の気持ちも分からない訳ではないのが辛いところですね。彼女にとっては待ち侘びていた方々がいよいよ魔法の国に乗り込んできたという状況ですから。……しかし、あの変態にとっては待ち人でも我々にとっては招かれざる客です。全力をもって迎撃に当たるしかありませんね」
研究部門部門長代行のステラ=オラシオンは研究部門の監視カメラで六人の襲撃者を捕捉して溜息を吐いた。
既に雅美の魔法で魔法使いは全員脱出しており、研究部門内の扉に仕組まれた雅美の固有魔法の力で扉をドア型の罠モンスターに変化させて迎撃に当たらせることもできる。
初見殺しの要素の強い罠モンスターの「エネミー・ドアーズ」であれば何人かは撃破できると思われるが、流石に「エネミー・ドアーズ」と防衛用ホムンクルス【デモンズウィング】だけでは敵を全滅させることができると過信するのは良くないと判断し、最終防衛ラインである研究部門部門長の執務室前の廊下に研究部門所属の魔法少女達を集結させ、ここで研究部門防衛戦を行う準備をしている。
……ここに辿り着くまでに全滅、それが叶わずともせめて何人か撃破できていると有難いのだが、と淡い期待をしながらステラは監視カメラの映像を注視していた。
◆
『『『『『『星砕ノ木刀』』』』』』
木の繊維を凝縮し、真剣とも張り合え、身体を突けば貫通させるほどの超強力な木刀を作り上げ、武装闘気を纏わせた榊、槐、椿、榎、楸、柊は見気で研究部門の構造を完全に把握し、最短距離で執務室を目指していた。
無数の防衛用ホムンクルス【デモンズウィング】が六人の襲撃者を撃破せんとスクリューと化して攻撃を仕掛けるが六人の斬撃を浴びて次々と一撃で斬り伏せられていく。
『――あの扉、魔法で変質させられているようね』
あっさりと榊達は「エネミー・ドアーズ」を見破り、起動する前に神速闘気を纏って肉薄、そのまま一切猶予を与えずに両断し、突破していく。
「エネミー・ドアーズ」は「ターゲッティング」で狙いをつけ、次のタイミングで即死効果の付与された闇属性攻撃の「デス・カノン」を放つという行動パターンを持つ。
「ターゲッティング」が付与されている場合はホーミングになるため回避は不可能、そのため即死を回避するためには「ターゲッティング」が発動されてから「デス・カノン」を撃たれるまでの間に倒さなくてはならないが、そもそも榊達は「ターゲッティング」を発動する猶予すら与えてくれない。これには、流石のステラも驚き呆れていた。
「……襲撃者は思っていた以上に危険です。『エネミー・ドアーズ』でも防衛用ホムンクルス【デモンズウィング】でも止められる気配はありません。このまま順当に進めば、この四階までそう時間も掛からずに到達される可能性が極めて高いです。クララティア=ローゼンクロイツさん、メルティさん、竜騎士マーガレットさん、扉扉門雅美さん、迎撃の準備を整えてください」
星空をイメージした扇状的な黒のドレスを身に纏っている美女――ステラは廊下にいるフリルのついたブラウスと若草色のミニスカートという装いの全身に薔薇の蔓を纏ったエルフ風の魔法少女、檸檬色の滴る液体を彷彿とさせるミニドレス姿の魔法少女、鎧と青いミニドレスを組み合わせたような戦乙女を彷彿とさせる魔法少女、ビキニの上から白衣を纏い、ニーソックスを履いたという眼鏡っ子という出立ちの魔法少女に指示を出しながら、自身も研究部門部門長の執務室を出て迎撃の準備を整える。
榊達の到着はステラが想定していたよりも更に早かった。
襲撃者は六人、誰一人欠けることなく生き残っている。
「……何者ですか、と尋ねても馬鹿正直に答えてはくれないでしょうね。……貴女方は百合薗圓の仲間で、『管理者権限』を持つQueen of Heartの討伐のために黒の使徒と手を組んでやって来た……違いますか?」
ステラの問いに事情を知らないクララティア、メルティ、竜騎士マーガレット、扉扉門雅美だけでなく、榊、槐、椿、榎、楸、柊の六人も驚いてしまう。
しかし、その動揺の程度は明らかに榊達の方が軽い。
『私達は圓様の従魔であり、仲間という評価は的確であるとは言えませんわね。……あのお方は私達のことを畏多くも家族であると仰ってくださいましたが。……魔法の国はQueen of HeartとQueen of Heartを支持する五老臣によって腐敗の一途を辿っています。圓様の最大の目的はQueen of Heartに奪われた『管理者権限』の回収ですが、同時に腐敗したこの魔法の国を根本から変えたいともお考えになられています。黒の使徒を中心とする新たな国家体制の構築、そのためには既存の魔法の国の部門とも協力関係を築く必要がありますわ。……ステラ=オラシオンさん、クララティア=ローゼンクロイツさん、メルティさん、竜騎士マーガレットさん、扉扉門雅美さん、私達は貴女達と戦うつもりはありませんわ。……この国の腐敗に繋がるカルファを倒すために貴女方が協力してくれるのであればですが』
榊の言葉は、クララティア達を絶句させた。それは研究部門部門長――上司の命を差し出せばお前達の生命だけは助けてやるということに等しい言葉だからだ。
そして、榊達もその意味を込めて口にしている。
勿論、言葉通り良き魔法の国を作るために協力してくれるのであればそれが一番だが、その反応を見れば彼女達がカルファを差し出すことがないことは火を見るより明らかだ。
もし、彼女達が新たな魔法の国を作っていく障害として立ち塞がるのであれば、ここで殺すことも致し方なし、榊達はそう考え、剣を持つ手に力を込める。
「……確かに、あの上司は最悪の変態ですが、それでも魔法の国の未来を誰よりも憂いています。私はカルファ・ミディ・ベルン・エディアの命を差し出すつもりはありません」
『……予想通り、交渉決裂ですね。他の方々もそれでよろしいでしょうか?』
「事情はさっぱり飲み込めませんが、貴女達は襲撃者です。研究部門に侵入して暴れた挙句、研究部門部門長の命を差し出せと宣う不埒者の言葉を信じるつもりはありません」
「はい、そうですかって素直にカルファさんの命を差し出す訳がないわよ!」
「……その言葉のどこを信用すればいいと言うのだ? 仮に信じてカルファさんの命を差し出したところで私達が助かる保証はない。……まあ、仮にその言葉が事実であったとしても私はお前達の言葉に従うつもりはないがな。私達の研究部門は私達で守る!」
「……カルファさんの元へは行かせません!」
『……交渉決裂ですわね。槐さん、椿さん、榎さん、楸さん、柊さん。予定通り、まずは五人を撃破しましょう。カルファの捜索と討伐はそれからです!』
榊達が武器を構え、ステラ達も臨戦態勢を整え、一触即発――戦いの火蓋が切って落とされるというまさにその時、榊の持つスマートフォンとステラの持つ魔法の端末が同時に着信音を鳴らした。
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