Act.9-70 魔法の国事変 scene.10
<三人称全知視点>
サディスティックウィップと神龍ヴァナュスが相次いで撃破され、刑務部門側の残り戦力はポイズンヴェリーと茜音御前の二人。
一方、多種族同盟側はスティーリアただ一人。人数では依然として刑務部門側が有利だが、スティーリアはこの戦いで一度も傷を負っていない。
総合的に判断すればスティーリアが大幅に優勢な戦況である。
戦闘の流れは明らかにスティーリアに傾いている。この状況を打破すべく動いたのは茜音御前だった。
固有魔法は「見えている範囲にタイムラグ無しに斬撃を飛ばす」。刀を振る必要があるため回避をしようとすれば回避は可能だが、初見の相手には無類の強さを誇ってきた初見殺しの必殺技である。
刀を振り、スティーリアの心臓周辺を狙って深々と斬撃を浴びせた……筈だったが、全く傷ついた様子はない。
『茜音御前――貴女の魔法は『見えている範囲にタイムラグ無しに斬撃を飛ばす』というものだったわね。見気を使って貴女の思考を読んで攻撃を回避することもできたけど、武装闘気を纏えば無効化できるかもしれないと思ってそのまま隙を作っておいたら本当に無効化できてしまったわ。聖属性魔法の使用も検討していたけど……正直、素の攻撃力に依存する攻撃ではお話にならないわね』
スティーリアは茜音御前を脅威ではないと判断すると、地を蹴って加速――俊身で茜音御前に肉薄して至近距離から圧倒的な冷気を流し込んだ。
神龍ヴァナュスの時と同じように身体を猛烈な冷気が包み込み、十秒も経たずに茜音御前の全身は氷に閉ざされる。
『これで一対一ね。さて、貴女はどれだけ持つかしら?』
「舐めるなァ! 千紫毒万槍」
ポイズンヴェリーは右手を毒液に変換させ、百以上の毒の槍を作り出すとスティーリアに向かって放つ。
『氷の捕食者』
対するスティーリアは凍てつく吐息から無数の氷の小さな翼竜を生成し、槍に向かって突撃させる。
猛毒の槍から身を守るための盾として使うかと思いきや、氷の翼竜は毒の槍を圧倒的な冷気で凍らせ、完全に無害化して氷の中に閉じ込めてしまった。内部から毒によって氷が侵食されていく様子もない。
「毒液砲!」
氷の翼竜はそのままポイズンヴェリーに攻撃を仕掛けることなく砕け散って氷の粒となって地上に落下する。
スティーリアが氷の翼竜を嗾しかけてこないと分かると、ポイズンヴェリーは毒液を収束させて毒液の球体を作り出し、スティーリアに向かって放った。
対するスティーリアは得意の氷技ではなく、手に収束させた大量の覇王の霸気を漆黒の雷へと変化させて球体化して毒液の球体目掛けて放つ。
スティーリアにとって愛するご主人様である圓が開発した圧縮した覇道の霸気を放つ霸気を使った遠距離攻撃――「覇道弾」だ。
膨大な覇道の霸気は毒液を一撃で消し飛ばしてポイズンヴェリーに迫るが、ポイズンヴェリーも流石に「覇道弾」を見た瞬間に直撃すれば魔法少女の身体でも耐えきれないと判断して回避行動に移っていたため、攻撃の回避には成功する。
「毒液多頭竜」
ポイズンヴェリーは左手から大量の猛毒――成分はこれまでに使用した毒液と同じく麻痺性の神経毒――を生成すると、三つ首の竜の形へと変化させ、三方向からスティーリアに向けて同時に嗾ける。
更に時間差で四つ首の毒竜を右手から放った。
本命の四つ首の毒竜は巧妙に三つ首の毒竜と重なり合うように放っている。スティーリアの注意が三つ首の毒竜に向けられている隙を突き、四つの首を追加し、圧倒的な物量でスティーリアを追い詰める作戦だ。
『小細工を弄しているようですが、わたくしがその程度で対処に苦しむとでも? 冷纏の白龍』
しかし、ポイズンヴェリーの心を見気で完全に読んでいるスティーリアには全てお見通しだ。
「氷の捕食者」とは異なり純白の冷気を纏う東洋竜を七体、右手から放った極寒の霧状のものの中から出現させると、七つの首を的確に狙い撃ちして凍らせていく。こちらも毒の影響で氷が侵食されていく気配はない。
「ならば、これならどうですか! 万物を侵食する魔法の劇毒よ! 魔劇毒の審判者!」
背中には巨大な蝙蝠のものに似た翼、髑髏のような顔を持ち、全身がこれまでの毒とは異なり赤茸よりも毒々しい赤色の巨人が姿を見せた。
『これが、ポイズンヴェリーの奥の手――万物をを溶かす毒で作られた魔劇毒の審判者ですか。確かにこの毒の力ならわたくしの氷も侵食することが可能でしょうね』
「……負けを認めたか」
『まさか? 魔劇毒の審判者と直接戦う必要などありませんわよね? ポイズンヴェリー、貴女を狙い撃ちすればそれで勝利は確定しますわ』
「これでも、そう言えるか?」
ポイズンヴェリーは魔劇毒の審判者の中へと足を進めていく。「猛毒の身体」という固有魔法を持つポイズンヴェリーは完全に魔劇毒の審判者と融合することもできたが、あえて完全に融合はせず、魔劇毒の審判者を鎧のように身に纏うという選択をした。
「万物を侵食する魔劇毒を纏った俺は倒せない……違うか?」
『まさか、わたくしがその可能性を度外視していたとでも? わたくしはご主人様から頂いた資料で刑務部門の魔法少女達の固有魔法については完全に把握しております。当然、魔劇毒の審判者と融合することも想定の範囲内ですわ。――聖属性魔法・劇毒浄化』
スティーリアが放ったのは毒を浄化する光属性魔法「毒浄化」の上位互換である「劇毒浄化」だ。効果はどちらも毒の浄化だが、その回復速度は「毒浄化」よりも早い。
本来は回復魔法として毒を受けた患者の治療に使われる魔法だが、毒を浄化するという効果を悪用すれば、毒の身体を持つ相手にダメージを与えることができる。
アンデッドに聖水を投げたり、回復魔法で攻撃するのと同じ考え方だ。
この作戦は見事に成功し、ポイズンヴェリーの纏う「魔劇毒の審判者」は聖属性の光を次々と浴びて確実に削られていく。
ポイズンヴェリーも黙ってやられるつもりはなく無数の魔劇毒の塊を放ったが、全て即時展開された「氷雪の暴風」で防がれてスティーリアには届かない。
「魔劇毒の審判者」の魔劇毒が全て浄化され、更にはポイズンヴェリーの魔法少女の身体にもダメージが生じた頃、スティーリアは「劇毒浄化」の使用を止め、「凍結する大気」を放つ。
ダイアモンドダストを媒介に狙った対象を瞬時に周囲の大気諸共凍結させる「凍結する大気」から逃れることはできず、ポイズンヴェリーは一瞬にして周囲の大気ごと氷に閉ざされた。
◆
「……大丈夫っすか? 命に別状がなくて本当に良かったっす」
ポイズンヴェリー目を覚ますと、目の前に神龍ヴァナュスの顔があった。
神龍ヴァナュスは謎の襲撃者との戦いで氷漬けにされた筈だ。
もしかして、悪い夢でも見ていたのかと周りを見渡すと、それが悪夢などではなく紛うことなき現実だったと突きつけられる。
本来ならば、灼熱の地獄である筈のレベル四は完全に氷に閉ざされていた。
そして、すぐ近くにはこの現象を引き起こした元凶の姿もある。
『目を覚ましたようね』
「……ッ! まだ負けた訳では、ない!」
『いえ、貴女達は負けたのよ。確かに、茜音御前も、サディスティックウィップも、神龍ヴァナュスも、そして貴女も命に別状はない。でも、それは氷に閉ざされた貴女達をわたくしが解放したからじゃないかしら? ……わたくしは三流の氷使いじゃないから、均一に凍結させることで仮死状態で氷の中に保存することができるわ。この力で完全に貴女達を無力化するつもりだったのだけど、魔法少女の身体って思った以上に頑丈なのね。そこまで気を使う必要も無かったみたいだわ。……いずれにしても、魔法大監獄は陥落した。それは事実よ。戦うつもりならそれでいいけど、今度は確実に息の根を止めに行くわ』
「それでも……犯罪者を野放しには……」
「……ポイズンヴェリー様、これ以上戦う必要はないわ。我々と刑務部門の目的は一致しているもの」
「……茜音御前、犯罪者に肩入れするというのか?」
「そうじゃないわ! ……貴方だって本当は分かっているでしょ! 刑務部門が本来の役割を果たさなくなってきていたことを。ここに捕らえられているのは犯罪者だけじゃない、国を牛耳るQueen of Heart派の横暴を許せず、声を上げ、捕らえられた者も大勢いる。スティーリアさん達はその横暴を許せずに魔法の国にクーデターを仕掛けた訳じゃないけど、黒の使徒を中心とする治世の方が結果的には良くなる……と断言はできないけど、その可能性は極めて高いと思うわ。それに、この戦いで負けても刑務部門の在り方が変わる訳ではないそうよ。まだまだ決定ではないものの、ほぼ確実に私達も続投することになるそうだわ。ただ、今後は集団脱獄のような事態にならないように警備を強化してもらいたいそうだけど」
「……既に、茜音御前、サディスティックウィップ、神龍ヴァナュスの同意は得たということか」
『えぇ、後はポイズンヴェリー、貴方ただ一人だけよ。わたくし達多種族同盟は魔法の国に圧政を敷くつもりはないわ。……ただ、今後、魔法の国に力を貸してもらいたい時があるかもしれないと、ご主人様は思っているようだけど。魔法の国はQueen of Heart派の治世で暗黒時代になっている。それは、ポイズンヴェリー、人一倍の正義感を持つ貴方にとっても不本意なことなんじゃないかしら?』
「……まあ、確かに、否定はできない。……分かった。どの道、俺達では貴女に勝てない。刑務部門はこの時をもって降伏する」
『えぇ、英断だと思うわ。……殺すには惜しい人材ばかりだものね。殺さないでもらいたいとご主人様から指示を受けていたし、正直、本当に二戦目にならなくて良かったわ』
「……ただし、黒の使徒が今後魔法の国に悪政を敷こうとするならば、俺は黒の使徒の敵に回る。そう、黒の使徒のリーダーとお前のご主人様に伝えろ」
ポイズンヴェリーはスティーリアを一度睨め付けた後、魔法少女の変身を解き、両手を挙げて降伏のポーズを取った。
しかし、その瞳から光が消えていない。悪を許さぬ正義の光を認めたスティーリアは『えぇ、確かにご主人様と黒華達に伝えるわ』と微笑みながら答えた。
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