Act.9-69 魔法の国事変 scene.9
<三人称全知視点>
レベル一は刃物のように切れ味鋭い葉を持つ木によって構成された森から成る「鉄の森」……だった筈だが、スティーリアが足を踏み入れた瞬間にレベル六と成り果てた。つまり、レベル一だった筈のフロアに極寒地獄が出現したのである。
スティーリアの放った「大紅蓮凍寒摩訶鉢特摩」の効果で「鉄の森」が凍結した。
雪の降る中をスティーリアはゆっくりと歩いていく。囚人も看守も皆一様に凍って動き出す気配はない。
流石に刃物のような切れ味鋭い葉を持つ木や草は凍っただけなのでその切れ味を失っていない……が、スティーリアの武装闘気を突破するほどの力はないようで、スティーリアに踏まれるとミシリミシリという音を立てて逆に草が砕け散る。
音のない銀世界を歩き続け、あっさりとレベル二へと続く階段に到着した。最悪の場合は古代竜の本来の姿を解放し、飛行して突破することも考えたが、どうやらスティーリアの最悪の想定は外れたらしい。
続いてレベル二。舞台は「鉄の森」から「悪魔の国」に変わる……が結果は同じ、極寒地獄に染め上げられる。
対象が看守から大部分のホムンクルスと僅かな看守と囚人に代わっただけで結果は同じ。「大紅蓮凍寒摩訶鉢特摩」の効果で辺り一面銀世界となる。
流石に一階だけでなくレベル一まで壊滅したとなると魔法大監獄を管轄する刑務部門もこの得体の知れない侵入者を無視することはできない
刑務部門がその存在に気づいたのは一階を攻略された頃だったが(侵入してから最短で攻略しているのでこれでも充分早い方である)、レベル一を呆気なく攻略されたことでいよいよ快進撃を魔法大監獄の環境程度では止められないと判断――精鋭を送り込むことにした。
「敵の目的が何か分からないな。……しかし、このまま進軍されれば魔法大監獄が撃沈する。――魔法の国に住む一般市民の皆様が平和な日常を送るために重罪人や極悪魔法少女を収監するこの監獄は存在する! この監獄が落とされるなどということはあってはならない!」
黒いスーツ姿の長身の男が、画面越しにスティーリアを睨め付ける。彼こそ、魔法大監獄を仕切る刑務部門部門長の人間としての姿、毒鶴岳隆之介である。
変身前の姿が男という珍しいタイプの魔法少女で、魔法少女になる前は実際に監獄で看守として働いていた。高い魔法少女の適性を持ち、魔法少女試験に合格後、魔法大監獄の存在を知って志願。「魔法の国」から給料をもらって働いている職業魔法少女の門戸は狭いが、魔法大監獄はその危険性からあまり人気があるとはいえず、比較的まだ門戸は広い方だった。
とはいえ、選抜試験は厳しいものであったが、見事一発合格し、その後三年で刑務部門部門長に上り詰めたという実績には前歴がなく、また彼自身の魔法少女としての戦闘力の高さも相まって史上最強の刑務部門部門長と呼ばれている。
「……それで、具体的にどうするのかしら?」
隆之介に指示を仰いだのは左目に傷を負って隻眼になっている侍風の魔法少女――茜音御前だ。
刑務部門副部門長を務めており、日夜危険と隣り合わせの刑務部門で出世しただけあって高い実力を誇る。
「並の看守では恐らくあれは止められない。俺の他に、お前と、後はサディスティックウィップと神龍ヴァナュスの四人で対処する。出し惜しみしていたら勝ち目はない相手だ……それはここまでの一方的な蹂躙を見ていたら分かる。……だが」
「えぇ、彼女は使う技からして氷使い――目的は分からないものの、このまま進めばレベル四に到達する。環境的には断然有利ね。そこで魔法大監獄トップ四で戦えば勝ち目は十分にあるわね」
無論、スティーリアはレベル四の職員用エリアでこのようなやり取りをされていたことは知らない。
しかし、スティーリアの目的はレベル四にある職員用エリアの掌握及び、魔法大監獄の完全制圧であり、当然、魔法大監獄トップ四と戦闘を行うことは前提に含まれていた。
どの道避けられない戦いである。寧ろ、向こうから攻撃をしてくれるのであれば探す手間が省けて丁度いい。
スティーリアはその後も順調に魔法大監獄を制圧していく。レベル二に続いてレベル三も制圧され、「迷いの樹海」は瞬く間に極寒地獄と成り果てた。
それでも、「迷いの樹海」を「迷いの樹海」たらしめる迷いの効果は健在だが、見気を使ってレベル三全体を見通したスティーリアに方位感覚を狂わせる魔法など通用しない。最短距離で「迷いの樹海」を突破されてしまい、いよいよ決戦の舞台であるレベル四。
『あら? わざわざお出迎えしてくれるなんて嬉しいわね。探す手間が省けたわ』
「この魔法大監獄に襲撃を仕掛けてくるとは、いい度胸ですね。ただでさえ、先のレベル七の囚人の大量脱獄で大量の魔法少女達が解き放たれ、魔法の国の住人達は怯える日々を過ごしているのです。魔法大監獄のセキュリティを舐め、愉快犯で襲撃を仕掛けてくるのはやめて頂きたいものです……勿論、今更謝ったところで許されることでもありませんが。襲撃者は牢に繋ぎます」
イチゴをモチーフとしたミニドレスの魔法少女――ポイズンヴェリーはスティーリアを睨め付ける。
しかし、その程度の睨みで怖気付くようなスティーリアではない。
『……あの一件はそちらの監督責任ではありませんか? あろうことか、タチの悪い魔法少女を解き放ち、ご主人様の頭痛の種を増やした。その時点で万死に値します。しかし、わたくしのご主人様は寛大ですわ。この魔法大監獄の価値を、貴女達の弛まぬ努力を評価して、全員生きたまま制圧することをお求めになられています。はじめまして、わたくしは〝白氷竜〟スティーリア=グラセ・フリーレン=グラキエース――魔法少女ではなく、古代竜の一体です。この日をもって、魔法の国は一度滅びを迎え、黒の使徒を中心とした新国家に生まれ変わります。その新体制を認めさせるために、今の魔法の国には完全に滅んで頂かなくてはなりません。お覚悟を――』
「……忌々しいテロリストの仲間ですか。あんなのがのさばっていて良い訳がない。滅ぶのはそちらですよ! テロリスト!」
ポイズンヴェリー達が攻撃を仕掛ける前に動いたのはスティーリアだった。
冷たい風が吹き抜け、溶岩が凍りついていく。
『大紅蓮凍寒摩訶鉢特摩ですわ』
「……嘘っすよね!? 溶岩を凍らせることが可能なんすか!?」
青いチャイナドレス姿の魔法少女――神龍ヴァナュスが驚愕のあまり目を見開く。
そんな神龍ヴァナュスとは対照的にスティーリアは双眸を鋭く見開き、冷たい深海色の瞳で睥睨した。
『溶岩如きでわたくしの氷が溶かされるとでも? ……わたくしが滅ぶ? 貴女達如きの力で? 身の程を弁えなさい』
「あら♡ 威勢はいいじゃない♡ うふん♡ 私の鞭でお逝きなさい♡」
ボンデージ衣装を纏った目が隠れるほどの長い髪の魔法少女――刑務部門看守長のサディスティックウィップが固有魔法の「どこまでも伸びる魔法の鞭」でスティーリアを捕らえようとする。
鞭はスティーリアを捕らえ、縛り上げる……が、スティーリアの体から溢れた冷気が鞭を高速で伝っていき、サディスティックウィップの腕を凍結させた。
更に凍結は留まることを知らず腕から上半身、そして顔と下半身へと伸びていき、抵抗虚しくサディスティックウィップは氷の中へ閉じ込められた。
スティーリアは一瞬だけ本来の姿となって鞭を突破すると、そのまま地上に降り立った。
『まずは一人』
「……嘘っすよね? サディスさんが一撃で? 全く勝てる気がしないっす」
『当然ですわ。万が一にも勝てる可能性などないのですから。次は神龍ヴァナュス、貴女の番ですわ。特別にそちらから攻撃することを許しましょう』
「……舐めるのも大概にするっす! 出でよ! 双龍!」
手の刻印から竜を出す固有魔法「神龍の刻印」を発動し、双龍を出現させてスティーリアに嗾ける。
神龍ヴァナュスは元々監査部門内に存在する武闘派サークルの出身で、同じ監査部門内に存在する武闘派サークルの出身の茜音御前に引き抜かれて刑務部門にやってきた。
当時は一体の神龍を召喚するのが限界だったが、その後鍛えることで双龍を出現させることが可能になった。
着実に強くなっている……という自信が神龍ヴァナュスにはあったが、強くなったと言っても神龍ヴァナュスの尺度であって、世界最強の魔物と言われる伝説の古代竜にとっては大差ない。
……まあ、かつてのスティーリアだったら敗北している可能性もあったが。
『氷の捕食者ですわ』
次の瞬間、神龍ヴァナュスにとっては悪夢に等しい光景が極寒地獄と化したレベル四で繰り広げられることとなった。
スティーリアの手から放たれた吹雪から無数の氷の小さな翼竜が誕生し、双龍に食らいついたのである。一体一体は双龍を倒し切る力はないのかもしれない。しかし、圧倒的な物量で襲われたら流石の双龍にも太刀打ちができなかった。
呆気なく氷漬けにされた双龍は地面に落下する。
「神龍の刻印」は竜を生み出す固有魔法。そして、生み出せる竜は二体に限定されている。
つまり、二体の竜が凍りづけにされているままでは新たな竜を生み出すことはできない。
白兵戦という明らかにスティーリアには通用しない選択肢以外潰された神龍ヴァナュスだが、これでスティーリアの攻撃が終わった訳ではない。
次の瞬間――神龍ヴァナュス達はスティーリアの姿を完全に見失った。
俊身を駆使して一瞬にして神龍ヴァナュスと距離を詰めたスティーリアは神龍ヴァナュスの腹部に触れ、圧倒的な冷気を流し込む。
神龍ヴァナュスの身体を猛烈な冷気が包み込み、十秒も経たずに神龍ヴァナュスの全身は氷に閉ざされた。
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