Act.9-64 魔法の国事変 scene.4
<三人称全知視点>
黒のアルカナが虹色の光を放ち、淡い光が効果範囲内を白い輝きで彩る。
レミュアは自身の持つ『妖精剣士の彗星細剣』に視線を落とし、その剣に宿った魔力の炎が消えていないことを確認した。
「瀑砂連弾」
続いて魔法の名を呟く……がいつもなら弾丸並に硬化させた砂が出現する筈が何も起こらない。
魔法使い達も呪具を使ったり、呪文を唱えたり様々な方法で魔法を発動しようとしているようだが、どれも失敗……何一つ魔法的な現象が起こらない。
「……展開した領域内で新たな魔法の使用を阻害するということかしら?」
「ご明察ですわ、レミュア様。『愚者の封界』は圓様の怨敵――瀬島奈留美が作り出した原初魔法『運命札』の一つである『愚者-The Fool-』の劣化版であるとお聞きしています。……ただ、この劣化版という表現が正しいのかどうかは使い方にもよりますが。その効果は自分を中心とした一定領域における魔術起動の無効化を行うというもののようです。特殊能力を無効化することはできない点が劣化版の所以ですが、逆に言えば自身も魔法以外の特殊能力を封じられないため、人によっては却って使い勝手がいいということになります。特殊能力というと闘気なども区分されてしまいますからね」
「なるほど……つまり、準備を整えていれば一方的に魔法が使えるというアドバンテージを得ることができるということですか。ソフィスさんの魔法はほとんどが『陰陽極大陣』をベースに行われる……新たな魔法を発動している訳ではないですから『愚者の封界』の阻害効果はない、と。なかなかエゲツない戦法を取りますね」
「お褒めに預かり光栄ですわ、ネスト様」
ライバル関係にあるネストとしてはソフィスに一歩先に行かれたようで嫌な気持ちになるが、一方でこの魔法を送る相手としては完璧な人選であるとネストも理解していた。
ソフィスの戦い方と「愚者の封界」の相性は極めていい。まるでソフィスのために誂えられたような魔法だ。
「これで魔法を封じられた魔法使いと、変身していなかった魔法少女達は完全に戦う力を奪われることになりましたが、決定打にはならなかったようですね」
ルーネスが視線を向ける先にはこちらへと歩みを進める三人の魔法少女の姿があった。事前に手渡された資料の中には当然、彼女達に関する情報もある。
「人事部門子飼いの暗殺チーム、『影と同化することができる』という固有魔法を持つ女忍者ダークブルーム、『感覚を鋭敏にする』という固有魔法を持つ月美宇沙姫、『金属の力で敵と戦う』という固有魔法を持つヘヴィ・メタリナ。……いずれも都合の悪い魔法少女や魔法の国の関係者を始末する任務を与えられ、数多くの危ない橋を渡ってきた一流の暗殺者達です。とはいえ、この中で脅威なのはダークブルームだけですね」
「随分と私達を軽んじてくれるじゃない。しかし、人事部門に襲撃を掛けられたと聞いて出向いてみればほとんどが子供なのね」
「見た目で判断するとは随分と余裕のようですね、ダークブルーム。私はあくまで頂戴した皆様の戦闘データと『愚者の封界』が発動されているという状況を元に客観的に判断しただけです。まず、ダークブルーム――貴女の固有魔法は封じられています。影を利用して不意打ちを仕掛けることはできませんが、装備品の暗器は無限に取り出すことができます。奇襲能力こそ落ちますが、戦闘力自体はあまり変わりません。続いて月美宇沙姫、高い格闘術を誇りますが特筆すべきは『感覚を鋭敏にする』との組み合わせ、嫌がらせに使うだけでなく痛みを高めることで実際の負傷を上回る負傷を与えることができます。一撃でも擦れば戦闘は困難になるという凶悪極まりない魔法ですが、それが封じられればただ格闘能力が高いだけの魔法少女――勿論、それも厄介ではありますが脅威度は落ちます。最後にヘヴィ・メタリナ、貴女は致命的です。金属に触れていなければ身体を金属に変えることも金属を生成して武器を作り出すこともできません。武器を作り出すのは無理だとしても、身体を金属に変えて戦えば材質にもよりますが厄介です。ただし、今その手には何もない状況――暗殺チームで多くの任務を遂行してきた以上は格闘術も使えるでしょうが、脅威度は『感覚を鋭敏にする』固有魔法を封じられた月美宇沙姫と変わらない。以上、反論があればお聞かせください」
眼鏡を逆光で輝かせながらサレムが現状を解説すると、ダークブルーム達は顔を顰める。
魔法少女の身体能力は確かに尋常ならざるものではあるが、身体能力の高い部類に属する美青木汀と格闘縛りで勝負した場合、闘気をしっかりと扱えば十分に勝利できることが分かっている。相手も闘気を使えるのであれば話は変わってくるが、相手は魔法以外の戦闘手段を持ち合わせていない。
ここまでお膳立てしてもらって勝てないということはあり得ない。もし、勝てないのであれば、時空騎士の任を解かれても文句は言えないだろう。
「ここは私に任せてもらえるかしら? 人事部門の部門長は聡明過ぎる人なのでしょう? ソフィス様とサレム殿下のお二人はこのメンバーの中では賢い部類だと思うわ。師匠ならともかく、そういうことで私は役に立てないでしょうし、それならここで猛者と戦う機会を頂きたいと思って」
「ソフィスさん、どうしますか?」
「私もあまり交渉は得意ではありませんが、そう仰って頂けるなら。流石に一人で三人は大して厳しくないかもしれませんが、念のために何人か残した方がいいように思えます。まだまだホムンクルスも残っているでしょうし……どうしますか?」
「カレンさん、お願いできますか?」
「承知致しましたわ」
「では、僕とカレンさんが残ります」
「アインス、申し訳ないけどここをお願いしてもいいかな?」
「うん、分かったよ! ルーネスお兄様、サレムお兄様! 頑張ってね!」
ネスト、カレン、レミュア、アインスがこの場に残ることになり、ソフィス、ルーネス、サレムの三人が人事部門の最奥部を目指して突き進んでいく。
ダークブルームが三人を止めようとしたが、剣を抜いて攻撃を仕掛けようとするダークブルームの腕を宇沙姫が掴んで止めた。
「向こうには部門長や副部門長がいらっしゃいますし、警備のホムンクルスも巡回していますわ。それよりも今やるべきことは目の前の敵の排除です。……寧ろ良かったかもしれません。流石に七人全員を相手にすれば人数差で恐らく負けていたでしょうから」
確かにあの眼鏡を掛けた美形の少年の言う通り固有魔法は封じられている。しかし、魔法少女には常人と変わらない魔法使いと違い人並み外れた高い身体能力がある。相手はただの人間――しかも、あの魔法が封じられているとなければ簡単に倒せる筈だ。寧ろ、これだけの情報を握っていながら何故、確実に勝てると判断したのか理解に苦しむ。……まあ、そこが襲撃者達の得体の知れないところでもあるのだが。
「アインス殿下、レミュアさん、カレン。魔法少女こそが最強だと疑いもしない彼女達にお見せしようではありませんか。我々の『王の資質』を」
裏の武装闘気で剣を創り出したアインスの表情が真剣味を帯び、レミュアの瞳が鋭さを増した。
「はい、承知致しましたわ。ネスト様」
そして、カレンは獰猛な笑みを浮かべ、床が砕け散るほどの力で地を蹴って宇沙姫に迫った。
◆
ようやく聖人に至ったレミュアだが、『愚者の封界』によって魔法が封じられている今、聖属性魔法を使うことはできない。
しかし、それで問題が生じることはない。聖人に至ると同時にレミュアもまたその副産物として『王の資質』に目覚め、霸気を習得していた。魂魄の霸気は未だ覚醒していないものの覇王の霸気と求道の霸気については覚醒しているため、十分に戦う力は備わっている。
魔法剣を解除したレミュアは武装闘気を纏わせた細剣を構え、ヘヴィ・メタリナに戦いを仕掛けた。
狙われたヘヴィ・メタリナも床が砕け散るほどの勢いで加速、細剣に向かって手刀を浴びせる。並の剣ならば魔法少女の攻撃に耐え切れずに逆に折られてしまう筈だが、細剣はヘヴィ・メタリナの手刀を浴びてもびくともしない。それどころか――。
「わ、私の指が……」
ズバッという小気味いい音と共にメタリナの指が五本全て断ち切られ、床に落下した。遅れてメタリナの手の傷口から血が噴き出す。
魔法少女は高い治癒力を持ち、精神力も変身前より遥かに向上している。右手に負った傷も人間であれば失血死するが、食べて休めば身体の方が修復してくれる。
しかし、問題はそこではない。超反射神経を持つメタリナの攻撃にレミュアは明らかに反応していた。あれは魔法少女の強固な身体が細剣の強度に耐えられなかったために攻撃をしたメタリナの手が大傷を負ったのではなく、明らかに斬ろうという意思を持って剣を振ってメタリナの指を切っていた。魔法少女の身体能力も超反射神経も容易に上回っている。
見た目は長く尖った耳に左右で色の違う瞳を持つという魔法使い的な異相に近いものを持っているが瞳の色は左右同じ。更に、魔法使い達とは違い魔法を封じられても超人である魔法少女と互角以上に渡り合えるほどの力を有している。
「何者なのですか?」
「ただのエルフよ。血筋を辿れば一応王族に辿り着くそうだけど、ただの一般人ね。でも、世界最巧の賢者の元で育てられた……魔法の腕は多少はあると思っているわ。剣の方は我流だけど、まあまあ戦えているでしょう?」
「……これでまあまあとでも言うのですか?」
「えぇ、私より剣の腕が立つ人なんてごまんといるもの。これでも食らいついていくだけで必死なのよ」
神速闘気を纏い、一気に距離を詰めたレミュアがメタリナの首に鋒を突きつける。いくら魔法少女でも首を落とされれば命を落とす。
例え、魂魔宝晶が破壊されていなくても。
「……命を奪うつもりはないわ。今回の侵攻を計画したとあるお方は極力殺生を行わずに魔法の国の膿を抜き、必要なものを回収したいそうよ。人事部門も新体制になって以降も基本的にはそのままだと聞いているわ。ただし、暗殺チームは解体するつもりだそうよ」
「……それは、私達を殺すということかしら?」
「そのつもりはないそうだから安心するといいわ。この戦争が終わればきっと話を持ちかけてくる。その時にどうするのか選ぶといいわ」
暗殺チームに所属し、危険な橋を渡ってきた。「いつ死んでもおかしくはない」と覚悟を決めて任務に臨んできたが、やはり命を助けてもらえるのであれば惜しいと感じるもの。
絶対に勝てない戦いにこれ以上身を投じても無駄死にするだけ。メタリナは両手を上げて降伏のポーズを取った。
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