Act.9-60 とある日の王女宮の授業風景 scene.2
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
「時空騎士とは、元々、仮想敵……想定される脅威に対処するために多種族同盟内に作られたシステムです。ヨグ=ソトホート――時空そのものとされる神であり、たった一柱が出現するだけでかつてのブライトネス王国であれば抗うこともできずに消滅してしまうほどの圧倒的な、それこそ人智を超えた力を有します。対抗するためには時空魔法や消滅属性といった伝説級の魔法が必要です。この貴重な時空属性は貴重とされる光属性よりも更に貴重で持って生まれる可能性は限りなく低い……そこで、『属性再染魔法』と呼ばれる伝説の聖女クラリッサ=オーランジェ様が開発した術式を使い、時空魔法を使用できるデバイス――『時空魔導剣クロノスソード』が作られました。これは現状、アネモネ閣下のみが作成可能で、アネモネ閣下から直接時空騎士に選ばれた方々に貸与するという形になっています。時空騎士という概念が生まれたのは、ド=ワンド大洞窟王国が多種族同盟に加盟した時の多種族同盟会議だったと聞き及んでいます」
「一つ質問良いかしら? 元々ということは今は違う目的があるのよね?」
「その通りです、スカーレット様。そもそも、多種族同盟というものが何故作られなければならなかったのか……その理由はこの世界の各地で起きている異変に対処するためということが大きい。しかし、実は他にも目的があるのです……まあ、様々連関している問題ではあるのですが。皆様は創世神話というものをご存知ですか?」
「最近になって神殿で習うようになったわ。天上光聖女教の頃には無かった神話よね? 元々三十の世界が存在していて、それを女神ハーモナイアという神様が一つにした……のよね?」
「その通りですわ、姫殿下、良く勉強なさっていますね。まあ、これをただの御伽噺と決めつけて切り捨ててしまうのは簡単ですが、ここから先の話は全てその創世神話が前提となってきます」
「……つまり、その神話は真実であると、ローザ様は仰りたいんだね」
「えぇ、ジャンヌ様の仰る通り……と言いたいところですが、これがまた微妙なところですね。神話らしく脚色しているところもありますし、まあ、概ね正しいというところにしておきましょうか? 確かに、ハーモナイアという存在は実在していました。ただ、彼女を女神と捉えるか否かは神を何と定義するかによって変わってきますが」
「『実在していた』ということは、つまりハーモナイアという女神様は今はいないということかしら?」
「えぇ、フィネオ様のご想像通り、女神ハーモナイアはもうこの世界には存在しません。神話では語られていない物語の続きがあります。女神ハーモナイアは『管理者権限』という特別な力を上位存在から与えられていました。この世界を構築するために必要な能力を持ち、この世界の監視者として、『神』として成長を見守っていくことを上位存在に求められたのです。ちなみに、その上位存在は『形成の書』と呼ばれています……その詳細に関しては私にもアネモネ閣下にも分かりません。恐らく、我々には到底理解できないものと捉えておくべきでしょう。……ただし、これを良く思わない者達が居た。彼らはハーモナイアに戦いを挑み、その力のほとんどを簒奪しました。姫殿下を含め、皆様はその後の戦いの一端に触れています。『管理者権限』を手に入れた者達はその後、世界の覇権を得るための戦いを始めました。この世に支配者は一人しかいらない……ということですね。一方、ハーモナイアは消滅していませんでした。最後の力を振り絞り、とある方にその残滓を与えて消滅します。その方は、かつて百合薗圓と呼ばれていた人間です。彼はこの世界に高度な転移魔法によって召喚され、仲間の裏切り……まあ、他にも高度なやり取りがあったようですが、結局のところは命を落とします。ハーモナイアの方はそれを予見しており、魂をサルベージして彼女の残滓――最後の『管理者権限』を彼に与えました。その後、彼は転生し、『管理者権限』を巡る戦いにその身を投じていくことになります。……もう、勘の良い方はお分かりだと思いますが、その彼の転生者こそがアネモネ閣下であり、吸血姫リーリエ様でもある訳です」
この辺りの事情を知らなかったプリムラ、スカーレット、ジャンヌ、フィネオ、メイナは衝撃を受けているみたいだねぇ。ヴィオリューテもこの世界の真実については話していなかったから、「まだそんな秘密があったの!?」と驚いていた。……ボクの前世について明かしたら受け止めきれなくなりそうだねぇ。
事情を知っているソフィス、メアリー、オルゲルトは驚いた演技をするか、真顔かの二択に分かれた。
「つまり……アネモネ様は、アクア様達と同じ転生者ということですか?」
「メイナ、その通りです。そして、アネモネ閣下は『管理者権限』を集めるために行動を開始しました。最初に求めたのは経済基盤……まあ、世知辛い話ですがお金が無ければ何もできませんからね。初期の時点でビオラ商会は既に無視できない存在となっていました……三大商会の一角を飲み込み、誕生したのですから当然のことではありますが。国王陛下はそんな新参の商人を警戒した……というところもあるのでしょう、まずはラピスラズリ公爵家に危険な存在かどうかを確認させるためにアネモネ閣下への接触を命じた……のだと思います。これは私の想像も混ざっているので想像で補っているので正しいかどうかは分かりませんが。そこで、ビオラ商会が香辛料の獲得を狙っていることを知り、亜人種差別を無くしたいと考えていた国王陛下はアネモネ閣下に協力を求めたのです。その後、アネモネ閣下から今後の世界の混乱、世界を滅ぼしかねない脅威の存在を聞いた国王陛下は対抗するためにアネモネ閣下と協力体制を敷き、それが相互助力組織である多種族同盟と時空騎士に繋がっています。多種族同盟、そして時空騎士の最大の目標は『管理者権限』を全て集めることです」
「……確かに、この世界が無法者に支配されるのは良くないな。それを阻止することが多種族同盟の目的であるということも分かる。だが、本当にアネモネ閣下に全ての『管理者権限』を委ねて良いのだろうか? 彼女がその力を得て、その上で何をするつもりなのか筆頭侍女様はご存知かな?」
「ジャンヌ様、それはアネモネ閣下が簒奪者共と同じようにこの世界を支配する気なのではないかと疑っているということですか! 答えなさい……返答次第では――」
「ソフィスさん、落ち着いて。ジャンヌ様の疑問はもっともだよ。……そうですねぇ、アネモネ閣下が何をするのか? 『何もしません』が正解ですよ。あの方には神になるつもりなんてない。……ハーモナイアは心のどこかにこの世界の人間達を見下しているところがあった。だからこそ、そこに付け込まれて力を簒奪されたのです。この世界の人間達が、意志を持ち、一人の人間として生きているという単純なことを忘れてしまっているのです。だから、それが間違いだと、この世界の住人達は庇護するべき対象ではなく、並び立てる者なのだと、共に歩む者なのだと教え、上に立つ支配者になるのではなく、一人の同じ人間として、悲しみも苦しみも嬉しいことも楽しいこともあるこの美しい世界をハーモナイアと共に、そして彼の掛け替えの無い大切な仲間達と共に見たい……それが、アネモネ閣下の願いです。まあ、結局のところ『管理者権限』を集める理由はハーモナイアの復活と『管理者権限』の悪用を防ぐためです。力は支配するためにあるものではありませんよ?」
「……思慮が足りなかった。申し訳ない」
「いえいえ、ご理解頂けて何よりですわ。……あー、一応あの園遊会の一件でアネモネ閣下とリーリエ様が同一人物だと明らかになった訳ですが、あんまり緊張せずに普通の商会の会長と接するようにして頂いた方がきっと喜ばれると思います。無理難題をぶつけられたり、馴れ馴れし過ぎたりベタベタされるのは嫌いなようですが、畏れ多いという反応をされたり他人行儀過ぎるのも嫌いなようですから。……まあ、人間関係適切な距離というものがありますからねぇ。では、時空騎士に関する講義はここまでと致しましょうか?」
割と核心に迫る秘密を明かした訳だけど、まだもう二段階隠し事はある。
プリムラ、ジャンヌ、フィネオ、メイナにローザとアネモネが同一人物であることを明かすことになるのは悪役令嬢ローザ=ラピスラズリとの戦いが終わった後かな? ……その前にスカーレットには明かすことになりそうだけどねぇ。
……ボクの前世の記憶については、まあ、必要になれば話そうとは思っている。ヴィオリューテにも彼女がそれを求めるならねぇ。
魔法の国での戦いが終わったら、あの提案を二人にしてみよっかな? 行儀見習いが忙しくてあんまり……というか全く二人の時間を過ごすことができていないみたいだしねぇ、ヴァンとスカーレット。
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