Act.9-56 とある近衛騎士の願い scene.1
<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>
その日、同期のリジェルと共に近衛騎士としての仕事を終え、近衛の宿舎に戻った絶妙なタイミングで一人のメイド服姿の女性が宿舎を訪ねてきた。
あまりこういうことを言ってはいけないと思うが、どこかで会っても記憶に残りそうのない、地味な女性だ。不思議と全く存在感がない……そのどこにでも居そうで、すぐに群衆に紛れてしまえそうなところが私には逆に恐ろしく思えた。
「アルベルト様と同室のリジェル様ですね。少々よろしいでしょうか?」
訪ねてきたその女性を見てリジェルが少しだけガッカリしたような表情を見せた。……そんなあからさまに表情に出すからモテないんじゃないのか?
「もしかして、アルベルト目当てか?」
「えぇ、そうですわね。……ただ、リジェル様が思っているような理由ではありませんが」
部屋の扉が閉まったと同時にその女性の姿が一瞬で変化した。
ゾッとするほどの美貌、漆黒の髪を背中に届くほど伸ばしている。その瞳は真紅に染まり、小さな牙が艶やかな唇から顔を覗かせている。
その姿を見て思い浮かべたのは、圓様の姿の一つであるリーリエ様だが……申し訳ないが、あの絶世の美貌には幾分か劣っているように見える。
……しかし、誰かに似ているような。
「王子宮次席侍女に就任したジェルメーヌ=ディークスさんに似ているのか?」
「なかなか鋭いですね。私の素にはジェルメーヌ=ディークスのデータが使われていると聞いております。改めまして、シャルティローサ=ハーミットと申します。ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局のサブリーダーをさせて頂いておりますわ。まあ、ビオラ=マラキア共和国の暗部の人間と捉えて頂けたら分かりやすいと思います」
暗部という言葉を聞いた瞬間、シャルティローサさんの美貌に見惚れていたリジェルが距離を取り、剣を構えた。
「リジェル、剣を収めろ。どの道勝てる相手じゃない。……それで、アネモネ閣下の配下の貴女がどのような用事があって私の元を訪れたのですか?」
「本日、私は暗部の人間としてではなく、多種族同盟のメッセンジャーとして訪問させて頂きました。リジェル様、今から私が話すことは多種族同盟の最重要機密事項となります。よって、近衛騎士の職務で得た情報と同じく守秘義務が発生致しますのでご承知おき下さいませ。……場合によっては我々の手で処分する必要も出てきますので」
リジェルが向けた倍以上の殺気を浴びせ掛けられたリジェルはそのままヘナヘナと倒れ込んだ。
近衛騎士ともあろう者がという話になるかもしれないが、恐らく普通の騎士なら意識を飛ばすレベル……よくこれを耐えられたな。
「まずはこちらを、アネモネ閣下からの依頼書になります。本職務は時空騎士の中でも選抜された方のみに依頼をさせて頂いております。任務成功の暁には臨時ボーナスも支給されますが、勿論、拒否権もございます。任務の内容は魔法の国の制圧及び、君主Queen of Heartの殺害。以前から企画されていたものになります」
「……つまり、多種族同盟は侵略行為をしようとしているということですか?」
「えぇ、そうですが何か?」
まあ、リジェルの反応が普通かもしれないな。事情を何も知らない者にとっては利益を求めた侵略行為に思えるのだろう。
……かく言う私も舞台裏を知らなければリジェルと同じような反応をしていたと思う。
「魔法の国を圧政から解放しようとか、そういう目的での出兵ではございません。……まあ、確かにQueen of Heartを中心とする現魔法の国政府の行いは非人道的なものですが、我々の目的は別にあります。ルヴェリオス帝国への秘密裏の侵攻も、園遊会で起こった戦争にも関係のある極めて重大かつ世界の存亡を左右するものです。ただし、それが何かを知る権利はリジェル様にはございません。所詮貴方は一介の近衛騎士ですからね。どうしても知りたければこの国の国王陛下に直接確認すれば良いのではありませんか? 彼はアネモネ閣下と同じく秘密を知る側の人間ですから」
ここでラインヴェルド陛下の名前を出してくるところがまた絶妙だな。一介の近衛騎士が国王に直接質問することなどできる筈がない。
「私には今回の臨時班のメンバーと内容を説明した上で、参加するか否かの確認を取る仕事が与えられています。今回の臨時班のメンバーはアネモネ閣下を筆頭に、アクア様、ディラン大臣閣下、マグノーリエ様、プリムヴェール様、欅様、梛様、樒様、椛様、槭様、楪様、櫻様、榊様、槐様、椿様、榎様、楸様、柊様、スティーリア様、ミーフィリア様、レミュア様、菊夜様、沙羅様、汀様、クレール様、デルフィーナ様、雪菜様、黒華様、桃花様、篝火様、美結様、小筆様、シーラ様、ラファエロ様、ネスト様、カレン様、ソフィス様、ルーネス殿下、サレム殿下、アインス殿下、ミリアム様、アルベルト様、ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、エイミーン様、メアレイズ閣下、アルティナ閣下、サーレ閣下、美姫様、火憐様、レナード様、トーマス様となっております。また、今回の任務はノイシュタイン様との合同となりますのでご承知おき下さい。それでは、この任務受けますか? それとも拒否しますか?」
「……受けるに決まっているでしょう?」
「えぇ、そう仰ると思いました。……今回の任務は貴方様のような時空騎士の中でも選ばれてから日の経っていない新人達の技量を測るものにもなっております。そして、それはそのまま評価に直結すると思ってください。貴方様の求めるローザ様との婚約を勝ち得るためには最低でも今回の任務で優秀な成績を収めることが必要となります。守られるお姫様で居たいのであれば力など不用ですが、貴方様は並び立ちたい、そして守る側になりたいという矮小な貴方様如きには相応しくない不遜な願いを抱きました。弱い者が強い者を庇護する側に回るなど笑い話にもなりませんからね。……ただし、この任務の成功・失敗がその後にあまり大きくは関わらないと考えてもらって良いと思います。もし、高嶺の花を手折りたいと願うのならば最低限与えられた宿題くらいは一人でこなしなさい。……と言いたいところですが、少しだけ助言をして差し上げましょう。貴方様のライバル達は結局のところ全てを自分の力だけでなし得ている訳ではありません。つまり、障害の排除のために皆までは言いませんが利用することも認められていると考えて良いと思います。一人で余り抱えすぎないように、細やかなアドバイスです。まあ、せいぜい頑張ってくださいね。……明日の集合場所についてはその手紙に書いてありますので」
まるでそこに初めから誰も居なかったようにシャルティローサさんは跡形もなく姿を消していた。
「あー、怖かった。……顔は美人でもあーいうおっかないのは流石になぁ」
「安心してください。どの道、あの人からは私も貴方も路傍の石くらいにしか思われていません」
「まあ、そりゃ分かってんよ。近衛のホープ様と違って俺じゃあんな美人さんとは釣り合わないって」
「何かを勘違いしているようですが、私もリジェルと同じで選ぶ側じゃなく、選ばれる側ですよ。選ばれるためには相応の努力をしなければならないということです」
リジェルが目を丸くし「お前が選ばれる側? 選ぶ側の間違いじゃなくて? これだけラブレターもらっているのに?」と大量の手紙を抱えながら普段の軽さを引っ込めて真顔で聞かれたが、その手紙の山は私の求めているものではない……正直、鬱陶しいとしか思わない。
「というか、お前って王女宮の筆頭侍女様と恋仲になっていたンじゃねぇのか?」
「傲慢令嬢という副音声が聞こえていますよ? ……実はあの園遊会の後に以前、私からした告白の返答を頂きました。結局のところ、ローザ様には現状、姫殿下とルークディーンの婚約を円滑に進めるために親密なやり取りをしているだけでそれ以上の目的はないと。……まあ、普通はそこで玉砕、振られたことになる訳ですが、ローザ様の持論は『恋は理性でやるものじゃなくて、衝動と感情でやるもの』……諦めてもらいたいといったところでそう簡単に心の整理はつかないだろうということで、もし諦められないなら気持ちを変えさせなさいと言われました。それに加えて、最低条件として越えなければならない課題というのも与えられています」
「ふーん、お前がいいなら別にいいけど、俺はやっぱり傲慢令嬢って評価であっていると思うけどなあ。引く手数多なんだし、公爵令嬢っていう地位に胡座をかいている奴なんてほっといて新しい出会いを探した方がいいンじゃないか?」
「それ、ローザ様からも言われましたよ。……というか、そもそもあの方は基本どんな地位にあっても権力を持っていても、財力を持っていても男には靡きませんからね? それよりも、可愛い女の子の方がよっぽど可能性はあるんじゃないかと思っています」
「えっ……つまり、そっち系? だったら尚更無理じゃない?」
「リジェルは覚えていますか? つい先日、王女宮の侍女のソフィス様に手紙で呼び出されたことを。あの時、ソフィス様から牽制されたのです。何一つ努力していないお前が恋人面をしているのが許せないと……あの時にはその真意を理解していませんでしたが、今なら分かります。燃えるような恋の情熱を持って向き合わなければ簡単に蹴落とされる……それが、ローザ様と恋仲になりたいと思う者達の戦いなのだと。まあ、諦めるつもりは毛頭ありませんが」
「……まあ、お前がそれでいいならいいんじゃねぇの? しかし、『あの公爵令嬢に本気で熱でもあげてンのか?』と茶化すつもりだったンだけど、その様子だと茶化していい話じゃないンだよな? で、その筆頭侍女様はどんな無理難題を押し付けてきたンだ?」
「ヴァルムト宮中伯家に仕えている侍女と私の和解ですよ。……昔からあの人には嫌われていましてね。私はそれをたった一人で誰の力も借りずに解決するべきだというふうに受け取っていたのですが……少し気になることを言っていましたね」
「『障害の排除のために皆までは言いませんが利用することも認められていると考えて良いと思います』……だったか? それって、つまりお前の家族――ヴァルムト宮中伯家の人間を利用しても構わないって意味なンじゃないか?」
「そう受け取るのが普通だと思います。ただ、私はアレを私がローザ様を利用して解決することも念頭に置かれているという意味で取りました」
「……はぁ? そりゃ流石にないだろ? お前に出した難題をなんで筆頭侍女様が助けるんだよ? それじゃあ、それこそ難題の意味がないんじゃないか?」
「えぇ、私もそう思います。……ただ、もしそうだとすればあの方らしいな、とも思うのですよ。難題と言いつつ、それは巡り巡ってその人達にとって越えなければならないもの、いずれぶつかることになる壁なのだと思います。……それに、私のライバル達もほとんどがローザ様の協力を得て難題を解決しているようです。……ただ、最初からローザ様ありきで動くつもりはありませんよ。格好悪いじゃないですか、惚れた女性に振り向いてもらうために惚れた女性の協力を求めるなんて。いずれにしても、この件でローザ様の力を借りるつもりはありません」
「だったらその難題、とっとと解決すればいいンじゃないか?」
「……怖いじゃないですか。だって、わざわざローザ様が名指しをしたのですよ。ということは、私に関わる大きな問題があのメイドと関わっているということです。……いずれ向き合わないといけないものだと思いますが、やっぱり怖い……まあ、そう言っていても仕方がないですし、腹括る時は括らないといけませんけどね。タイムリミットもあるみたいですし」
「まあ、よく分からないが頑張れ。お前がモテまくっていたせいで俺にチャンスが回ってこなかったのかもしれないし、お前が誰かと婚約したらチャンスが回ってくるかもしれないしな!」
「貴方はそのチャラいところを直した方がいいと思いますけどね。黙っていればモテると思いますよ」
「なんだよ! 強者の余裕かよ!」
リジェルはこう言っているが、正直、今の私はリジェルと同じ立場なんだと思う。嫉妬しても仕切れないほど、圓様の寵愛を受けている人達は沢山いて……その圓様を振り向かせるためには今持っているものじゃ全然足りない。
だけど、それでも、諦めないと誓ったんだから……少しでも可能性があるならそこに賭けるしかない。
まずは今回の臨時班、圓様には及ばないとしても戦力としては数えられると、そう思ってもらわなければ話にならない。
私の求めているのは、圓様に庇護されるお姫様になりたい訳じゃないのだから。……守る側になりたいなんて贅沢は言わない、圓様の隣に並び立てるほどの存在に、私はなりたい。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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