Act.9-38 ロッツヴェルデ王国打倒臨時班始動〜メアレイズと愉快な? 仲間達〜 scene.5
<三人称全知視点>
砦を突破されたという情報は砦を守っていた衛兵が全滅したためムーランドーブ伯爵の周辺には届かなかった……が、兎人族が一人で、しかも規格外の速度で走っていれば流石にそれが侵入者であると分かる。奴隷ならともかく単独の兎人族を砦を通す訳がない……ということは、既に砦は落とされていると思った方がいい。
領主館へと通じる街道に駐屯している衛兵達はメアレイズを強敵であると判断し、万全の状態を整えてから交戦する……が。
「邪魔でございます」
放たれた霸気でいくら戦力を揃えてもほとんどが壊滅し、霸気を耐え切れたとしても「武気衝撃」で撃破される。
メアレイズの快進撃は留まるところを知らず、メアレイズが己に課した「不殺」のルールを守りながら着実に領主館との距離を詰めていた。
メアレイズの快進撃は凄まじい勢いだが、流石に領主の館との距離が近づけばムーランドーブ伯爵にも情報が入る。
「……相手は兎人族一人か」
「通見魔法の使い手によれば、後方に佩刀した男が三人、更にその後方にはエルフらしき女性がいるとのことですが、戦線に加わる様子はなく、実質一人相手に街道に配備されていた衛兵の約半数が壊滅させられた模様です!」
俄には信じられない話だが、信じるしかない。目の前には差し迫った脅威があり、その脅威は夢であってくれと願ったところで消えてはくれない。
「……このタイミングというのがまた最悪だな」
「出現した迷宮が小規模であることは幸いですが。……度重なる増税で領地も民も疲弊している状況で、迷宮の出現、その上でブライトネス王国方面からの常識破りの兎人族の襲来……呪いでも掛けられたのでしょうか?」
領主ダルフ=ムーランドーブ伯爵の側近であるウォンカ=マクルフィ準男爵の言葉に、「何か私は恨まれるようなことをしたのだろうか?」と過去を振り返りながら指折り数えて現実逃避をするダルフ。
領民に愛されるだけあってダルフはこれまで誠実に領主として働いてきた。中央では文官として働き、父の急逝の知らせを聞くと、領民を路頭に迷わせないために一目散に領地に戻り、右も左も分からない中でも父に仕えた側近達や領民達の力を借りてここまで良くやってきた筈だ。
――それなのに、何故ここに来てこれほど不幸が度重なるのだろうか。
「悩んでも仕方がない。具体的な被害は?」
「完全には確認が取れていませんが、潜ませた影によると死者はゼロ……ただ、調査の途中で影が何人かやられました」
「その影達も命を奪われたのではないということか?」
「えぇ、そのようです。……辛うじて耐えられた影の報告によれば圧倒的な気迫で意識が飛び掛けたと……その気迫に耐えると兎人族は武力行使を行ってくるようですが、やはり魔法の才能はないようで遠距離から魔法を使っている様子はありません。ただ、攻撃がどうやら触れていないようで……」
「まさか、触れることなく倒しているというのか!? 領軍は武器を持った手練れだぞ! それを格闘術のような得体の知れない力で……情報が無さ過ぎる!」
「どうなさいますか?」
「……出せる兵はどれくらいだ?」
「掻き集めても八百集まれば良い方かと」
「敵の狙いは恐らくここだ。動かせるだけの兵をここに集める。……魔法が使える者を守るように近接戦闘を得意とする者を配備し、魔法を主体で攻めれば勝ち目はある……と信じたい」
「信じるしかありませんね」
ウォンカは部下に命じて動かせるだけの兵士を配備させる。
一方、メアレイズはそうしている間に肉眼でも見えるほど領主館に近づいていた。
更にシアとランレイク達の位置も入れ替わり、ランレイク達が完全に置いて行かれている立ち位置にある。
「どうやら領主も私の存在に気づいたようでございますね。……そろそろ手練れが出てくる頃でございますか」
ここまでは「武気衝撃」をそれほど使わず勝てる相手ばかりだったが、領主の周りとなれば精鋭が集まる。
流石に一筋縄ではいかなくなるだろうとメアレイズは気を引き締め直す。
「邪魔でございます!」
集まった衛兵に向けて霸気を放つ。約半数がそのまま意識を刈り取られたが、半分程度の衛兵はその霸気を耐え切ってみせた。
しかし、浴びせ掛けられた気迫が凄まじく、衛兵達の剣を持つ手は震えている。
「武気衝撃、でございます!」
衛兵の視線の先からメアレイズが一瞬にして姿を消した。そう錯覚するほどの速度で衛兵の一人に近づいたメアレイズは触れずに衝撃を放って吹き飛ばし、衛兵を気絶させる。
何が起こったか分からないまま一人、また一人と撃破されていく。剣を構えても我武者羅に振り回してもその斬撃がメアレイズに届くことはない。
「これが、本当に最弱の兎人族なのか!?」
「最弱の兎人族でございます。その最弱に負けるということは、貴方たちも最弱ということでございますね。最弱同士仲良く、はしないでございますよ!」
メアレイズの掌底打ちのフォームから放たれた武気衝撃が最後の一人を吹き飛ばした。
「お見事」
「シアさん、こいつらも纏めてお願いするでございます。気を失っている人は無傷、吹き飛ばした人も軽傷で済んでいるとは思うでございますが」
「承知致しましたわ。……領主館にはそれほど猛者の気配はありません。これで打ち止めだと思います」
「……戦いよりも交渉の方が苦手でございます」
「またまたご謙遜を。【智将】と言われるメアレイズ閣下ならこの程度の交渉、思い通りに動かしてしまうのでしょう?」
「シアさん、どなたかと勘違いしているのではございませんか? 私は圓師匠やラインヴェルド陛下やオルパタータダ陛下、エイミーン様とは違う……ただの最弱の兎人族でございますよ」
服の埃を払い、メアレイズは領主館へと足を踏み入れる。
「……まさか、本当に不殺の戒めを破ることなく領軍のほとんどを壊滅させてしまうなんて」
「それくらい普通ではありませんか、メイナード大公領軍師範代閣下。貴方達は過去の遺物です。前時代で一時代を築いた時代遅れの産物――その価値基準で測らないで頂きたいものですわ。そもそも、メアレイズ閣下はローザ様から薫陶を受けたお方、最弱と侮る者は勿論、仮に強敵と捉えたところで――気持ちの持ち方一つで勝てるようになる相手ではございませんよ。もうお分かりになったでしょう、貴方達と我々ではステージが違う。――手伝わないならそこ退いてください、彼らをこのまま野晒しにして風邪でも引かれてしまったらメアレイズ閣下はお怒りになるでしょうから」
「――手伝おう」「手伝います!」
「高貴な身分の方々にそのような雑事で手を煩わせるつもりはありませんわ。――ブリスコラ!」
無数の魔法陣が展開され、トロールのような存在が複数街道に現れる。
しかし、そのトロールは見た目こそトロールだが明らかにランレイク達の知っているトロールでは無かった。
人を襲う野蛮な魔物の面影はまるでない。無口で、無気配で、ただランレイク達ですら気圧されるほどの圧倒的な存在感を放ってその場にいる。
「ブリスコラ、今からプレハブ小屋を建てますのでその中に倒れている者達を運んでください」
シアの命令を聞いたブリスコラ達は淡々と倒れた衛兵達をシアが取り出したプレハブ小屋の中に運んでいく。
その光景を街道付近に住む者達は顔面蒼白になりながら見守ることしかできなかった。
◆
悪魔の足音が聞こえる。領主館の執事やメイド、下男達――非戦闘員達は震えながらその兎人族の形をした悪魔を見送ることしかできない……かと思われたが、一人のメイドがメアレイズの前に立ち塞がった。
足はガクガクで震えが止まらない。あれだけ強い衛兵達が手も足も出なかった相手に勝てる筈がないことなど承知している。それでも――。
「ここから先にはッ! 行かせません!」
「ベレニーチェさん!」
得体の知れない化け物のような兎人族の前に立ち塞がるという自殺行為に等しい行為をした新人メイドを先輩と思われるメイドが引き戻しに行こうとする。
しかし、その先輩メイドも本心はベレニーチェという新人メイドと同じだ。尊敬する旦那様を、伯爵様を守りたい。
そして、その気持ちは見気を使ってベレニーチェの感情を読んだメアレイズにも伝わっていた。
「安心するでございます……って言われても無理でございますよね。……私はただ伯爵様にお話があって来ただけでございます。伯爵様に危害を加えるつもりはないでございますし、ここまでで相対した衛兵達も無傷か軽傷でございます。そんなに心配なら見に行けばいいでございますよ。……一つだけお願いしたいことがあるでございます。伯爵様の執務室に軽食と飲み物を運んで頂きたいのでございます。少々話し合いに時間を掛けることになると思いますので」
「……そんなこと、信じられる筈がありません」
「信じても信じなくてもそれで結構でございます。私も仕事でございますからね、必要であればここにいる全員を衛兵達と同じように気絶させればいいだけのことでございます。それをしないことで誠意を感じて頂けないならそれで結構。――そもそも、先に喧嘩をふっかけてきたのは貴様らの国の第一王子でございます。命を奪われたところで、皆殺しにされたところで文句は言えないでございますよね! お前達人間は我々が泣こうと傷つこうと関係なく強引に家族を引き離し奴隷にして来たのでございます! 被害者面すんな、でございます!!」
最弱と言われた兎人族らしからぬメアレイズの怨嗟の篭った瞳に気圧され、ベレニーチェはたじろぐ。
腰を抜かして倒れそうになったベレニーチェをメアレイズは姿が消えたと錯覚するほどの速度で支え、ゆっくりと座らせた。
「……少し大人気なかったでございます」
しょんぼりとうさ耳を萎れさせたメアレイズはベレニーチェを後ろからやって来たメイト達に託すと伯爵の執務室へと向かう。
その後ろ姿を使用人達は見守ることしかできなかった。
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