Act.9-17 王女宮への来訪者達〜予想外の訪問者〜 scene.2 下
<一人称視点・ヘンリー=ブライトネス>
その後は僕の予想通りに夢が進行していった。
ラピスラズリ公爵令嬢との婚約は決定し、魔法学園に入学してからもしつこく纏わりついてきた。
ローザの傷自体は数年後に消えたが、他の令嬢が近寄って来ないようにするための防波堤として婚約続行している。
勿論、彼女自体には興味が無く接点も持とうとしない。
そんな魔法学園生活で僕は運命的な出会いをする。
マリエッタ=スターチス、功績を上げた冒険者の娘で父親は一代限りの準男爵を与えられ、彼女自身は魔法の素養を持っていたため魔法学園に入学した。
そのマリエッタはスカートのまま木に登ろうとしていた。
その出会いを経て僕は予想外の行動に興味を持つ。
そしてマリエッタに徐々に惹かれていった。
一方、嫉妬深いローザはマリエッタを敵視して取り巻きの令嬢達と共にマリエッタへの嫌がらせをしていく。
日々苛烈化していくマリエッタへの嫌がらせを、マリエッタは気丈に振る舞いながら耐えていた。
そして、迎えた断罪の日。証拠を集めた僕はマリエッタを庇うようにローザと正対した。
ローザの取り巻き達は蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、まあいい。顔は覚えた、後で処分を下せば良い。
「何故……何故なの……」
その時のローザの顔には夢であると一瞬忘れててしまうほどの迫力があった。
怨嗟と、悲しみと……あらゆる感情がない混ぜになった、とてもとても恐ろしい顔をしていた。
「……失望したよ、ローザ=ラピスラズリ。彼女は貴族になったばかりで右も左も分からなかった。そんな彼女が学園生活を送れるようにフォローするべきだった。それを、君はマナーがなっていないと馬鹿にしただけでなく、数多くの嫌がらせをした。証拠もある、言い訳はさせませんよ」
「……わ、わたくしが、彼女のフォローを……ですって? 公爵令嬢であるわたくしが?」
「……もう二度とお前と会うことはないだろう。ローザ=ラピスラズリ、お前を国外追放とする。もう二度と私の前に姿を見せるな」
ローザは抵抗したが、近衛騎士達に捕らえられ引っ張られるように講堂を後にした。
◆
夢で見たローザ=ラピスラズリと、この現実のローザ=ラピスラズリは違う。
ローザとは婚約を結ぶこともなく、彼女との接点はほとんど無かったと言っても過言では無かった。
やがてローザ=ラピスラズリは行儀見習いで王宮に現れ、王女宮筆頭侍女になった。
あの頃から傲慢だという噂を耳にしていた。プリムラの側に居て本当に良い存在なのかと、彼女に悪影響を与えるのではないかと思った。
プリムラのことを大切に思っている筈の父上は、何故、あのような者をプリムラの専属侍女としたのだろうか?
あの夢を見るようになったのは、ごく最近だ。だけど、その夢を見て、初めて僕は何かが腑に落ちた気がした。
ローザ=ラピスラズリの根底は何も変わっていないのだろう。
いや、より巧妙になったというべきだろうか? 傲慢なところはそのまま、より人に取り入るのが上手くなった。
その理由は分からない。しかし、父上も長兄上も、次兄上もローザ=ラピスラズリに全幅の信頼を寄せてしまっている。
何故、僕の婚約者になる話を蹴ったのか……今なら分かる。父上と二人の兄上の信頼を手に入れた今、僕の婚約者にわざわざなる必要など無かったのだろう。
『あれに王は務まらんでしょう。今の私には亡きシャルロッテ王妃殿下が重なって見えます』
あの女の声が粘っこく僕の耳に残る。母を愚弄し、僕に嘲笑を向けたあの女。
……何故、あの女の言葉を父上は肯定したのだろうか?
『それくらいにしとけよ、ヘンリー。……俺もさぁ、ちょっとお前に期待し過ぎていたみたいだ。それがようやく俺にも分かったよ。……ヴェモンハルト、ルクシア、ヘンリー、ヴァン……四人の中でお前が一番王に相応しいと俺は思っていた。だけど、違ったようだな……今のお前は一番王に相応しくねぇよ。……お前にだけは玉座を明け渡す気にはなれねぇな』
父上も、長兄上も、次兄上も腑抜けになってしまった……あの女に籠絡され、このままでは本当にこの国が滅んでしまう。
……元々、僕は王になる気など無かった。長兄上と次兄上が王になれば、それで良いと思っていた。
だけど、それでは駄目なようだ。……僕がこの国の王になるしかない。
◆
<三人称全知視点>
「いい夢見れているかしら?」
深夜、ヘンリーのベッドの横に立ち、頭に左手を置いて黒い魔法陣を展開していたレナーテはヘンリーの頭から手を離し、口を弧の形で歪めた。
そして、静かに部屋を後にし、使用人寮の自室に戻る。
部屋の化粧台の鏡に映ったのはレナーテの姿……ではなく、一人の老人の姿だ。
「うむ、美しいのぉ。やはり、女の身体を乗っ取って正解じゃったわい」
その老人の名はギョドゥ=ドラヴァズ。元『這い寄る混沌の蛇』の蛇教師だ。
この男は園遊会のどさくさに紛れて自身の持つ特殊な憑依魔法によってレナーテの魂を食らう形でレナーテの身体に憑依――その記憶と身体を奪ったのである。
レナーテ=ヴェルファスト子爵令嬢として生きてきた数十年の記憶をギョドゥは余すことなく手に入れている。彼女の輝かしい記憶も、その体も全て自分のもの。
レナーテ=ヴェルファスト子爵令嬢の魂はもうこの世には存在しない。
その全てがギョドゥに奪われたのだ。
魂を抜き取られ、憑依され、「私の体を返してよ!」と叫び続けたレナーテの魂を取り込み、その全てを自分の色で染め上げた瞬間の幸福感をギョドゥはレナーテとして覚えている。
あの時、自分はギョドゥ様にその体の全てを捧げられたことに、心から喜びを感じた。
爪の先から、全てギョドゥのものになった。その多幸感を抱えたままレナーテはギョドゥと混ざり合い、記憶と感情が錯綜した。
「相変わらず悪趣味ね。エロ親父」
「心外ですね。……エロい視線を向けてはいますが、直接手を出してはいませんよ。というか、いいじゃないですか……奪うのに手間を掛けたのは私なのですから。楽しんだって」
「不潔、破廉恥、変態、女の敵」
女王様も真っ青の極寒の視線を向けてくるのはローザ=ラピスラズリだ。
無論、『スターチス・レコード』の管理者権限を持つ方のローザ=ラピスラズリである。
「……そもそも、お師匠様にお願いされなければ貴女に協力はしなかったのですよ。貴女が協力を求めたから、私はレナーテの身体を奪ったのです。……貴女が頼んだばかりに、乙女は恐ろしい魔法使いに魂と身体を奪われてしまったのです」
「責任転嫁する気かしら?」
「いえ、ただの老人の戯言ですよ。……依頼された通り、ヘンリー殿下の夢を闇魔法で干渉し、シナリオの夢を見せています。この夢でヘンリー殿下はマリエッタに対する良い印象を持つでしょう。と同時に、ローザ=ラピスラズリに対する嫌悪感を持つ筈です。……しかし、良かったのですか? それは、他ならぬ貴女を恨ませることでもある」
「えぇ、問題ないわ。どうせ、願ったって手に入らないものだもの。……私はね、何度も殺されたのよ。マリエッタと攻略対象の恋愛の成就のための礎として、何度も何度も、もううんざりなのよ! 真実の愛なんて、そんなものありはしない。……誰かを生贄して得られるものが真実の愛ならば、それは呪いよ。私だって……本当は幸せになりたかったのよ……それなのに、マリエッタは全てを持っていく。私が改心したところで何も変わらない。私は、悪役令嬢はお人形――何度も何度も舞台に立たされて、悪者にされて最後には殺されるのよ。何が『少しでも付き合えば相手の性質を見極められる程に人間観察力が高い』よ、私の気持ちなんて何一つ理解できなかった、いえ、理解しようとしなかった癖に。アレに愛想が尽きるまでそんなに時間は必要無かったわ。……百合薗圓、貴女は何故幸せなのかしら? 何故、何故、何故、何故? 同じローザ=ラピスラズリに生まれたのに、何故、私と貴女はこんなにも違うのよ?」
悪役令嬢の仮面がひび割れ、涙を流すローザに、ギョドゥは少しだけ同情する。
願わくば、彼女が幸せになれますように、と。
「というか、いっそ男との結ばれるのを諦めればいいんじゃないですか? 私が言うのも何ですけど、男ってクソ野郎ばかりですよ」
「……相変わらずね」
「ちなみに、折角女になったんで、いい侍女を捕まえて百合百合な関係に持ち込もうかと思っています。別にいいですよね、それくらい」
「いいんじゃないかしら? 知らないけど」
「というか、生きてて楽しいですか? ローザさん。……貴女がもし『管理者権限』を全て神になったら、一体何をしたいのですか?」
「そうね……考えたこと無かったわ。あの最悪のシナリオを書いた百合薗圓さえこの手で殺せればそれで十分なんじゃないかしら?」
「この世界のシナリオを書き換えて、あのヘンリー王子を手に入れるとか、攻略対象を全員手に入れて逆ハーレムにするとか、酒池肉林の熟れた生活をするとか」
「興味ないわ」
「ですよねェー」
「そうね……もし、百合薗圓を殺せたら、私は悪役令嬢という呪縛から解放されるかもしれない。そうしたら……」
「そうしたら?」
「悪役令嬢じゃなかった、別のローザ=ラピスラズリを探す旅に行こうかしら?」
「いいんじゃないかな? それ。自分探しの旅みたいな? でも、それ『管理者権限』を全て集めなくても叶えられる夢だよね?」
「そもそも、真の唯一神になる気なんて最初からないわよ。一区切りつけたら、この『管理者権限』は貴方の師匠に、プシューケー=ファルファッラに託すつもり。その方が、きっと良いわ」
「……まあ、師匠は喜びそうだけどね」
「貴方こそ、身体を入れ替えてまだ生き続けて何が楽しいの?」
「酷い言い草じゃないか。人間の臓器には限界がある。どれだけ医療が進歩しても、その事実は乗り越えられない。人間に与えられた短い寿命では百年ちょっとしか研究できる時間はないのだよ。……私は学者だ。魔法学研究者として、その研究をいつまでも続けていきたい。いつまでも、いつまでも……そのためなら他人の人生をいくらでも踏み台にする覚悟がある」
「そんなに研究って楽しいものなのかしら?」
「未知を既知に変えれば、世界は広がっていくものだよ。研究をすれば、自分がいかに小さい存在だったのかを、世界がどんなに偉大かを理解できる。井の中の蛙のままではね、私は居られないんだ」
鏡に映ったローザの姿が消え、一瞬だけ老人の姿が映り、元のレナーテの姿に戻る。
レナーテは口を弧に歪めると、鏡の前から姿を消した。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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