Act.9-16 王女宮への来訪者達〜予想外の訪問者〜 scene.2 上
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
「燦く星、宙より堕ちる!!」
容赦なく放ってきた聖属性魔法をボクは見気の未来視と紙躱を駆使して徹底的に避け続ける。
「《蒼穹の門・飛閃神威》」
無数のナイフを駆使して《蒼穹の門》を連続展開し、一度攻撃しては転移するというヒットアンドアウェイを繰り返すラインヴェルド……正直めんどくさくなってくる。たまに未来視からズレた攻撃してくるし。
……というか、ボクだってこの後仕事があるんだよ! プリムラが帰ってくる前に終わらせないといけない仕事とか、さっきの二人から事情を聞いたりとか。
「ということで、さっさと終わりにするよ。ダークマター・バイオレーション」
「ここでバリア潰しかよッ!!」
次の転移先を読み、確実に仕留められるタイミングでバリア潰しを行ってからダークマターを浴びせる「ダークマター・バイオレーション」を放つ。
ラインヴェルドは耐え切れずにダークマターに飲まれ、「生命の輝石」の効果で復活した。
「アハハハッ! クソ楽しかったぜ!」
「……何で暴れたの?」
「不完全燃焼だったからに決まっているだろ? バトル・アイランドじゃお前と戦えないってことが判明したからな!」
「そんなにボクと戦って楽しいのかな? というか、バトル・アイランドでボクとも戦えるんだよ?」
「はっ、マジかよ!?」
「バトル・アリーナとバトル・シャトー、バトル・クエストを除く全ての施設を制覇すると、新しい施設の施設長になるに相応しいかどうか見極める戦いが行われる。そこで試験官をやるのがリーリエ様みたいだよ」
「……それ、オルパタータダ達は知ってんのか?」
「……知らないんじゃない?」
「よしっ、お前ら今の話は聞かなかったことにしろよ! もしオルパタータダの奴に喋ったら口封じしてやる!!」
……それ、冗談じゃないよねぇ? ラインヴェルドに関してはそんなことで? ってことで本気で打首にしそうで怖い。
「そういえば、アクアとディラン大臣閣下が本日はいらっしゃらないようですねぇ。……アーネスト閣下に陛下が油を売っているって報告しないと」
「おい、それだけはやめろッ! おい、シモン! エアハルト! 何で俊身使って俺から離れていってんだよ! おーい! お前らの護衛しないといけない王様ここにいるんだけど!!」
あの後ラインヴェルドはラインヴェルド付きの文官達に引っ張られて普段の何倍もの書類の積まれた執務室に押し込められたそうです。自業自得だねぇ。
あっ、勿論、壊れた王宮はボクが時空魔法で修復しておいたよ。
◆
<一人称視点・ヘンリー=ブライトネス>
僕、ヘンリー=ブライトネスはこの国――ブライトネス王国の第三王子という微妙な立場に生まれた。
かつて、ブライトネス王国では第一王子が王太子となって王位を継ぐことが決まっていた。しかし、父上と叔父上を残して王族のほとんどが死に絶えた血の洪水事件を経験した父上は王位を指名制に変更した。
つまり、この僕も国王になる可能性もある訳だが……。
正直言って、僕は次期王位に全く興味ない。面倒なだけだとしか思えない。
そもそも二人の兄はどちらも優秀で互いに、良きライバルとして剣術や学問に励んでいるので、そこで王座を決めてくれればいいと思う。
……もし、父上が指名制などにしなければ、最初から王位継承者を決めておけば、ブライトネス王国の貴族派閥の分断や、侍女達の醜い争いも起こらなかっただろう。
もっと平穏な王国になっていた筈だ。
僕には歳の変わらない弟もいる。弟のヴァンは生まれた時から体が弱く、病気がちであったためにカルナ王妃や乳母達に過保護に育てられていて、あまり一緒に過ごすことはない。
大公領に避暑に訪れて以来、会う機会も増えたが普通の兄弟はもっと時間を共有し合うものだと思う。
妹のプリムラは側妃メリエーナの忘れ形見として父上がとても可愛がっていて、こちらもあまり会う機会が無かった。
そんな事情から第三王子とはいえ、回りは兄達と弟、妹ばかりに構い、ヘンリーという存在は王宮では忘れられがちな存在となっている。
ただ、剣術や学問、大抵のことは少し教えてもらえばすぐにできた。家庭教師は大袈裟に褒め称えたが、だからそれがなんだという感想を持つだけだった。
魔窟である王宮の中で暮らしていたら、嫌でも人の考えを読むのにも長けてしまう。
下心を丸出しにしてお世辞を言ってくる侍女を何人も見てきたし、そんな侍女達に嫌気が差すのも時間の問題だった。
気に入らないものを僕の側から排除できる訳ではない。それに、仮に気に入らないからと排除すれば暴君になってしまうし、ここにいる侍女も、執事も、家庭教師も、文官達も、貴族達も、全員が常に自分の利益のために僕に近づいてくる。それを一人ずつ僕の周りから排除するなど不可能だった……何人、側から排除したとしても、次から次へと下心を持つ者は現れるのだから。
適当なおべっかを並べ笑顔を作っておけば上手くことは運んだ。
兄達のように目標もなく、ほとんどのことが何の苦も無くできてしまう。
僕にとっての日常は色を失っていった。
その点で言えば、僕の母も同じだったのだと思う。僕を見ているようで、彼女が見ていたのはきっと僕が王位についた時に得られる地位――王太后の座だったのではないかと思う。
いつも兄二人は母を嫌っているように見ていたし、母も「ヴェモンハルトとルクシアのようになってはいけないわ」と口癖のように言っていた。
母が何者かに殺された日も、長兄上と次兄上は「至極当然」と言った顔をしていたし、父上も終始、軽蔑の視線を向けていた。
母と父達に何があったのか、僕には分からない。……でも、その時、僕は自分でも気づかないうちに涙を流していることに気づいた。
僕は母を愛していなかった筈だ。……母が、僕を愛していなかったように。
……いや、違う。
確かに、母は王太后の座に目が眩んでいたかもしれない。でも、僕は本当に母の愛を受けずに育ってきたのだろうか?
本当に、本当にそう言い切れるのだろうか? ほんの僅かでも、母に僕を愛する気持ちが無かったとどうして言い切ることができるのだろうか。
……あんなのでも、僕にとってはたった一人の母親だったのだと、僕はその日、気づいた。
◆
ここ最近妙な夢を見るようになった。
長兄上とスザンナ嬢が婚約し、続いて次兄上にも婚約者ができ、「では次は第三王子にお相手を」と急に周りの貴族たちが騒ぎ出した。
王宮では、ほぼ忘れられた存在になっている僕だけど、大体のことをそつなくこなしてきたため、貴族の社交界での第三王子ヘンリーの評判は良い。
よって、年頃の娘を持つ貴族達がここぞとばかりに婚約者候補を連ねてきたのだ。
その一人がラピスラズリ公爵だった。……まあ、十分にあり得る話だ。
現実とは違うが、荒唐無稽な夢とも言い切れない。もし、もう一つの未来があるとすれば、こうなっていたのかもしれない。
ラピスラズリ公爵は「初めて城に娘を連れて来るので、娘に城の案内を頼みたい」と言った。
人畜無害な微笑みを浮かべていたが、その裏に自分の娘を気に入ってもらえれば、あわよくば婚約者にという打算があることを僕は見抜いていた。
こういうことは、最近良くある。もう僕は慣れきってしまっていた。
ラピスラズリ公爵はかなり力をもった貴族であるために断る訳にはいかず、とりあえず承諾し、その日を迎えた。
そうして対面したローザ=ラピスラズリ公爵令嬢は甘やかされて育ったことが一目で分かる我儘で高慢ちきな莫迦な令嬢だった。
ベタベタと付き纏われ、うんざりした。
そして、勝手に付き纏った挙句、そのまま王宮の中庭で頭を打った。
面倒なことになったと思った。
どうやら額を切って何針か縫うような傷を負ったようで、傷も残るかもしれないと聞いた時は、そうか自業自得だなとしか思わなかった。
まあ、頃合いを見て見舞いに行って終わりだとその時は考えていたのだけど……。
「ローザ嬢はかなりヘンリー様に熱をあげておいででしたから、傷ができたのは王子のせいだから責任をとって婚約してくれとでも言ってくるのではないでしょうか?」
侍従が言ったその言葉に、そうか、その手があったと思った。
正直、ここの所の貴族の婚約者を宛てがおうという作戦には心底うんざりしていた。
適当に決めてしまいたかったのだが、貴族社会の柵を考えるとそうにもいかない。
貴族社会には様々な派閥がある。この頃には既に王位に近い長兄と次兄にはそれぞれ派閥ができ始めていた。
長兄の派閥側の貴族の令嬢と婚約すれば、ヘンリー王子は長兄側なのかと次兄側に責められるだろうし、反対のことをすれば長兄側が黙っていないだろう。
その点、ラピスラズリ公爵は今のところ、長兄にも次兄にもついていない中立の立場にある。
しかも、今ならば令嬢に傷をつけてしまった責任を取るという立派な理由があった。
第三王子は中立のラピスラズリ公爵を味方につけ王位を狙うつもりなのかと、ありもしない腹を探られてもこの理由を盾にしていける。
あのご令嬢自体は正直鬱陶しいことこの上ないが、頭はよろしくないようだったので、適当にあしらっていけるだろう。
こうして、僕はローザ=ラピスラズリ公爵令嬢に傷の責任をとって婚約を申し込むことに決めた。
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