Act.9-15 王女宮への来訪者達〜予想外の訪問者〜 scene.1
<三人称全知視点>
――阿鼻叫喚の声を上げ、文官達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その光景を第三王子――ヘンリーは第三王子専属侍女のレナーテと共に呆然と見つめていた。
「……兄上、これはまずいですね」
「そうですね。……レインにはバルトロメオ叔父様を呼びにいかせました。……ただ、最悪の場合はルクシア、私達で止めますよ」
凄まじい衝撃波が漆黒の雷と共に迸り、絢爛豪華な王宮の一角が見る影もなくボロボロになっていた。
そんな状況の中、愉しそうに笑みを浮かべ、剣に武装闘気と覇王の霸気を纏わせて暴れ回っているのはラインヴェルド。
そんな暴走陛下に立ち向かうのは「ローザ=ラピスラズリと話をさせろ!」と乗り込んできた二人の客人。
一人はナチュラルプラチナブロンドと派手派手しいメイク、着崩しながらも品性を失わない絶妙なバランスの制服に身を包んだ少女。手には灼熱の炎と覇王の霸気を纏わせた刀を持ち、ラインヴェルド相手に渡り合っている。しかし、その額からは汗が溢れ、余裕は一切ない。一つでも手を間違えれば一瞬にして敗北することが分かっているからこその緊迫感。
もう一人はフレアスカートタイプのスーツの女性。こちらは派手さは皆無だが、脚は人間のものではなく蜘蛛の脚である。魔族だろうか?
その手には糸を束ねた槍を持ち、武装闘気と覇王の霸気を纏わせている。
「……長兄上、次兄上、父上と戦っているあの二人を捕らえるおつもりですか?」
「……ヘンリー、聡明な貴方にしてはなかなか面白いことを言いますね。元々、先に喧嘩をふっかけたのは父上ですし、あの二人は必死に自己防衛をしているだけです。それも、そろそろ限界のようですが。シモン近衛隊長殿、エアハルト近衛副隊長殿、父上をどれくらい止められそうですか?」
「……正直な話、全力を尽くして三分も持たないと思います。……王女宮の侍女がローザ様を呼びに行ったようなので大丈夫だと思いますが……それまで持つかどうか」
「最悪の場合は私と隊長で時間を稼ぎます」
「……申し訳ございません、昨日溜まったストレスは発散した筈なのですが」
ヴェモンハルトとルクシアの言葉がヘンリーには理解できなかった。
王に剣を向ける者は決して許されない。真っ先に安否を気遣う対象は国王であり、王に剣を向けた二人では無い筈だ。
不敬な二人を何故、ヴェモンハルトとルクシアは守ろうとするのか、戦いの発端を見ていないヘンリーには理解できない。
「クソ面白い! 鬼斬に、魔族じゃねぇな……妖怪って奴か? いずれにしてもここまで戦える奴はなかなかいないッ!」
「何なのよ! こんな強力な覇王の霸気……格が違い過ぎるわッ! こんなところで戦っている場合じゃないのに! 菊夜さん、大丈夫?」
「大丈夫……じゃないわね。頭に直接響け! 超絶大音響テレパシー!」
「はぁ、なんだ? そんなの効くかよ。安心しろ、ローザには会わせてやる。正直、まあまあな強さだが、珍しいタイプの二人だ。もう少し遊んでくれや!」
天を割るほどの覇王の霸気の衝突が連続で起こる。
菊夜も沙羅もこのまま戦えば無事では済まない筈だ。
「「覇王の霸気ッ!!」」
「たく、折角楽しい戦いに水差すとか無粋だろッ!」
ヴェモンハルトとルクシアが放った覇王の霸気とラインヴェルドがたった一人で発散した覇王の霸気が衝突――その勢いで王宮が軋み、衝撃波が王宮の床や壁や天井にヒビを入れる。
「陛下ッ! 止まってください!」
「――ッ! 水魔の降斬」
「そんな攻撃で俺を止められると思ってんのかッ!」
武装闘気を纏ったシモンが高速の斬撃を放ち、エアハルトが水を纏わせた剣で逆風の斬撃を放ち、激流の水刃をラインヴェルドに降らせた。
しかし、ラインヴェルドが放った覇王の霸気に吹き飛ばされて激流の水刃はラインヴェルドに届かない。シモンの攻撃も防がれてしまった。
「助太刀感謝するわー」
「すみません、うちの国王陛下が」
「……この人って本当に王様なのー? 王様って普通自分で戦わないんじゃ」
「無駄にアグレッシブなのですよ、うちの国王陛下は」
「四対一か、シモン、エアハルト、ついでだ。鍛え直してやる」
ラインヴェルドの纏う霸気が一段階高まり、シモンとエアハルトが冷や汗を流す。
既に並みの騎士であれば霸気を当てられて気絶するほどになっている。……ヘンリーやレナーテ、騎士達が意識を保っていられるのはその霸気が直接向けられていないからだ。
「――ッ! 来やがった!」
「助かりました」
シモンとエアハルトの瞳に精彩が戻り、ラインヴェルドがニヤリと笑った。
「何やってやがるッ! クソ陛下ッ!!」
圧倒的な武装闘気と覇王の霸気を纏わせた裏武装闘気の剣を構え、神速闘気を纏って俊身を駆使したローザがラインヴェルドの剣を受け止める。
その瞬間――埒外の霸気が衝突して王宮の一角が吹き飛んだ。
「何ってちょっとお前の客を相手してやっただけじゃねぇか?」
「それで一体何人死に掛けたんだよ! いや、まあ、ラインヴェルド陛下がいくらクソ陛下でも殺すことはないと思っているけどさぁ」
「……よし、このまましばらくダンスに付き合ってもらうぞッ! ――勿論、剣舞の方だけどなッ!! こんな機会、なかなかねぇし!!」
ローザとラインヴェルド――互いの武器は決して触れ合わない。
両者が圧倒的な霸気を持つが故に、膨大な霸気を撒き散らし、天を割るほどの衝撃を走らせながら、しかし、攻撃は拮抗――全く崩れる気配はない。
圓式を使うローザの方が攻撃回数は多いが、大気を擦過する輝きを辛うじて捉えられるほど高速の斬撃をラインヴェルドは平然と受け止める。
「この拮抗を崩すには……やっぱり光の速度まで加速すれば良いかな? それか、武装解除で隙を作って……」
「おいおい、武装解除は無粋だろ? まあ、正直剣技の方は満足したし、今度は魔法や魂魄の霸気も交えて――暴れようぜッ!!」
「……これはとことん満足するまで止まらないみたいだねぇ。――メイナ!」
「はっ、はい!!」
「お二人を王女宮までお連れしてください。すぐに後を追います」
「わっ、分かりました!!」
メイナは沙羅と菊夜を王女宮に案内しようとする……が、それを止めたのはヘンリーだ。
「彼女達は父上に剣を向けた者達ですよ。王城で暴れ、挙句国王に剣を向けた者をそのまま招き入れるつもりですか? ローザ=ラピスラズリ、お前はただの公爵令嬢です。いつまでも横暴が許されると思わない方がいい」
「ローザ様、どうしましょう!」
「……はぁ、こうなったのも全部陛下のせいですよ。メイナ、構わず行きなさい」
「そんなこと許されるとでもッ! 侍女、お前も置かれている立場を分かっているのですか! 王族である私はいつでも貴女を解雇できる立場にあるのですよ!」
「……だそうですよ、陛下」
「ありゃ……教育を間違えたかもしれねぇな」
「間違えたって……そもそも放任してきたからこうなったんじゃないんですか? ……あれに王は務まらんでしょう。今の私には亡きシャルロッテ王妃殿下が重なって見えます」
「どこまで、どこまで私を愚弄する気だッ! ローザ=ラピスラズリッ!!」
いつも笑顔を向けてくれた母をまるで極悪人のように(事実である。ヴェモンハルトもルクシアも見抜いていたが、幼い頃から何でもできてしまう要領の良さ故に、面倒な貴族社会で退屈な日々を送り、遂には世界を勝手につまらないものだと決めつけて自分の方から拒絶していたからこそ、色々なものが見えなくなっているのだろう。現実を見ようとせず、母の笑顔の裏にどのような感情があるのかを見抜ける力を持ちながらも、見抜こうとしなかった。いや、見抜くことを恐れた憐れな憐れな王子様である)扱うローザに怒りを露わにするヘンリー。
普段は感情を露さないのに、そういう顔もできるんだなぁ、と内心思いつつ、ローザは最後まで冷静だった。
「……貴女のような人間が、私の婚約者にならなくて本当に良かった。父上はご英断をなさったと思いますよ」
「いや、俺は……」
「メイナ、大丈夫です。貴女をクビにはさせませんし、私もクビにはなりません」
「何の権限があってッ!」
「それくらいにしとけよ、ヘンリー。……俺もさぁ、ちょっとお前に期待し過ぎていたみたいだ。それがようやく俺にも分かったよ。……ヴェモンハルト、ルクシア、ヘンリー、ヴァン……四人の中でお前が一番王に相応しいと俺は思っていた。だけど、違ったようだな……今のお前は一番王に相応しくねぇよ。……お前にだけは玉座を明け渡す気にはなれねぇな」
ヘンリーは怒りの表情を見せ、一瞬だけ失望のような、少し悲しげな表情を見せ、そのまま無言でその場を去った。
「……いずれこうなると、心のどこかで思っていた。……乗り越えて欲しいなぁ、アイツには」
「そうだねぇ……彼には乗り越えて頼れる王になってもらいたいものだよ。……じゃないと、この暴君が引退できないし、残りは変態と研究者志望と音楽家志望しか残ってないし……」
「……個人的にはヘンリーじゃなければ、研究者志望か音楽家志望に次期国王を任せたいんだけどなぁ」
「……その研究者志望の王子殿下は研究に専念したいと仰っていましたよ」
――ヴァンにも断られちゃったし……まあ、国王やるならヘンリーじゃなければルクシアかヴァンが望ましいと思うんだけど、二人ともやりたくないんだろうねぇ。
――ヴェモンハルトは国王になったら今まで以上に歯止めが効かなくなりそうだし、コイツに関しては王位継承権を剥奪してとっとと豚箱に叩き込んだ方がいい気がする。じゃないと、プリムラの身が危険だ!!
ヴェモンハルトが王になり、プリムラへのセクハラや行き過ぎた弟妹達へのスキンシップを想像し、背筋に悪寒が走るローザ。
「ところで陛下。もうそろそろご満足頂けたんじゃ」
「んな訳ねぇだろ?」
「……デスヨネ」
まあ、これだけ壊れているなら一緒か……と諦めたローザは剣を構え直した。
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