Act.2-8 敵の本拠地な大商会に乗り込むなら手土産は必要だよね? ということで……。
<一人称視点・アネモネ>
「あの……何の捻りもなく来ちゃいましたけど、本当に大丈夫なんでしょうか?」
ボクはペチカと共にゼルベード商会――敵の本拠地に来ていた。
剣は鞘に収めたままで右手には紫色の風呂敷に包まれたお土産を持っている。やっぱり、スマートに行かないとねぇ。
ちなみに、風呂敷の包みの中に入っているものは途中でジリル商会系列の青果店で購入した。……中世ヨーロッパには無かった筈だけど、ここはファンタジーの世界。普通に売っていたねぇ。
「こちらはゼルベード商会ですが。……何故、ペチカお嬢様が?」
「アポなしですみません。『アネモネが来ました』とお伝えして頂ければ大丈夫だと思います」
ペチカが一緒にいることに驚いた受付嬢だけど、すぐに店の奥へと入って行った。
そういえば、ペチカって行方不明扱いになっていたのかな? ……誘拐はしていないよ?
少し暇になったので「四次元顕現」を発動してスケッチブックと鉛筆を取り出した。
ペチカの顔を見ながら鉛筆を走らせていく。……うん、可愛い。……いけないいけない、気持ちを引き締めていかないと。でも、ペチカって可愛いよね。『ビオラ』のユニフォームメイド服を着たら似合うかな? 似合うよね? きっと似合うよ!!
いけない……想像したら鼻血が……それに、無意識に似非メイド服姿のペチカを描いてしまった。が、願望じゃないんだからね!! ……すみません、嘘つきました、思いっきり願望です。
「アネモネさん、何をしているんですか?」
「試しにアネモネお姉ちゃんって呼んでみて……って、私何言っているの!? ご、ごめんなさい、何でも無いわ」
ちょっとヤバイ……尊さが限界突破して思考回路がショートしかけてる!?
「ちょっと時間があったからペチカさんの絵姿を描いてみたんだけど……」
「そうなんですか? 見てもいいですか!?」
「ちょっと食いつき過ぎ……うん、いいよ。でも、怒らないでね」
まあ、メイド服って使用人の服だから大商会の一人娘に着せるって怒られても仕方ないからねぇ。つい衝動に身を任せて描いちゃったけど。
「わぁ、私がメイド服を着ているよ」
「『ビオラ』で使っているメイド服をイメージしたユニフォームを着せてみたんだけど……やっぱり、ペチカさんにメイド服ってダメだよね?」
「そんなことないです! 嬉しいです! こんな風に絵姿を描いてもらったことはありませんから。……もしかして、この制服ってアネモネさんがデザインしたんですか?」
「そうだよ。私がイラストを描いて、それを元に制服を作ってみたんだよ。昔から手先の器用さには自信があるからね」
コスプレ衣装とかもデザインしたねぇ……まあ、中には本職が着る衣装とか本当にボクでいいのっていう最早コスプレ衣装の範疇を超えたものとかも依頼が入ったけど。
懐かしいな……確か、戦闘系五大ギルド『MilkyWay』のギルマスさんだったっけ?? そういう芸能界で活躍している人って雲の上の人だって思っていたんだけど、案外身近にもいるものだねぇ。って思ったよ。
「ところで、ペチカさんって夢……憧れって言い換えてもいいかな? 将来、こうなりたいって思っていることってあるのかな?」
「…………美味しいお料理を作れるようになりたいなって思っていました。でも、お父様にはそのことを話していません。……料理人になるための全てを完璧に準備されてしまうか、お前は働かなくていいって言われるか……とにかく、夢を壊されてしまいそうなので。……ずっと色々な気持ちを押し殺してきました。ずっとお父様が私や、亡きお母様のために頑張ってきたことは知っていましたから。感情を殺して、お父様の望むような娘を演じてきました。でも……本当はお父様に悪いことはして欲しくない。私は守られるだけの弱い存在じゃ、何もできない存在じゃないって、そう伝えたい……そのために、アネモネさん! 私に力を貸してください」
うん、いい顔だ。守られるだけじゃない、強い意志を持っている凛々しい表情だ。これなら、きっと大丈夫――君のお父様は説得できるよ。いや、絶対にしてみせる! 「夢追人応援人」の名に賭けてね。
再び鉛筆を走らせて新しいスケッチを完成させる。――スケッチブックに描かれたコック姿のペチカは陽だまりのような笑顔だった。
◆
受付嬢に通された先は、応接室のような場所だった。
相対するのは白髪の狸顔の男と、七三分けで眼鏡を掛けた眼光の鋭い黒髪の男――前者がアンクワール=ゼルベードなのは間違いないけど、後者は一体誰なんだろうねぇ。設定した記憶もないから異世界化に伴い追加された人物がねぇ。
「メロンです」
緊迫した状況の中でボクが投下したのは紫色の風呂敷に包まれた高級メロン。あっ、風呂敷は自前のものだよ。実は一度やってみたかったんだよねぇ。
ちなみに、請求書はありません。まあ、これからじっくり請求していくからねぇ。
「……何故メロン?」
「流石に三大商会の会長様のところに参上するのに手土産一つ無しという訳には参りませんので」
「何故、暗殺者を差し向けた相手が目の前に?」というアンクワールの頭の中を渦巻いていたであろう問いは、「何故メロン?」というインパクトのある問いに塗り替えられたようだ。
とりあえず、メロンは応接室の机の上に置き、ボクとペチカは二人の対面に座る。
「それでは、単刀直入に参りましょう。まあ、今回のネタバラシですね。――何故、暗殺者を送って殺させた筈の相手が目の前にいるのか? 何故、実の娘が標的と一緒に対面に座っているのか? その疑問に答えようと思います」
「はて? 私が貴女を暗殺? 私達は初対面の筈だがね?」
「……まあ、そういうことにしておきましょう。状況証拠と物的証拠……まず、状況証拠として挙げられるのは私が『ビオラ』の店の権利書を買い取ったことですね。あの店が借金を借りていた相手がゼルベード商会で、第三者に権利書を買われたことでこれ以上搾り取ることができなくなった……しかも、小娘如きに。これが動機――つまり、状況証拠として挙げられます。それに、ペチカ様からの密告という名の証言もございます。とはいえ、これらは状況証拠――物的証拠は何一つございません」
うん、今ペチカの名前を挙げた瞬間に「裏切りおって」っていう視線を向けたよねぇ。可哀想にビクビクしているよ。
そっと頭を撫でて安心させつつ、アンクワールに鋭い視線を向けるボク。
「……まあ、とはいえ証拠とか正直どうでもいいです。『敵意を持って接するなら完膚無きまで叩きのめす、違ったら違っただ』というスタンスでやってきましたから、今回も差し向けられた極夜の黒狼を皆殺しにして、極夜の黒狼に暗殺を依頼した可能性が最も高いアンクワール様に襲撃をすれば終わりでしたから。違ったら違ったということですし、手間が一つ増えるだけです」
流石にアンクワールの顔が青褪めたか……まあ、ボク達のスタンスって割と理不尽だからねぇ。偉大なる射撃の名手の名台詞を参考にしているんだけど……。
それに、疑われるような行為をする方が悪いよねぇ。
「ただ、問題はペチカ様からご依頼を受けてしまったことなんですよ。……ペチカ様のご依頼は『アンクワール様を元の優しい父親に戻して欲しい』というものでした。……まあ、私にも原因の一端があるにはあるので、そのまま敵だからと殺すのはどうかと思いますし、何よりこの一件を私に報告してくれたのは他でもないペチカ様です。その勇気に報いなければ、女が廃るってものですよ」
まあ、中身は男なんだけどねぇ。……でも、昔感性は女っぽいって言われたことがあったような気がするけど。
「……別に大したことを求める訳ではありませんよ。組織が大きくなるということはそれだけ闇が深まります。ジリル商会やマルゲッタ商会にだって後ろ暗いことの一つや二つはあるでしょうし。ただ、少々手を伸ばされた仕事の方向が不味かった……裏カジノや悪徳金融、この国では禁じられている奴隷売買にも加担しておりますよね? 私はその手の商売から手を引いて頂きたいと思います」
「どこまでもお見通しということか……これは、生かしておいたら」
「……用心棒を雇っているだろうけど、極夜の黒狼を壊滅させたボクを相手に本当に勝てると思っているんだねぇ。……失礼、少々地が出てしまいました。貴方は密告したペチカ様に冷たい視線を向け、ボクをここで亡き者にしようと考えておられるようですが、果たして貴方はなんのためにそこまでお金を稼ぐことに執着するようになったのですか? 私を殺し、裏切者のペチカを怯えさせ……貴方がしたいことは本当にそんなことですか? 違うでしょう? とっとと原点を思い出してください、そしていい加減目を覚ませよ!!」
おっと……いけないいけない。殺気が漏れ出ちゃったみたいだ。気をつけないといけないんだけど……冷めた性格と見せかけて案外熱いところも残っているみたいだからねぇ、ボクって。
「……失礼致しました。私達の願いは先程申し上げた通りです。どうか、ペチカさんをこれ以上悲しませないでください」
まあ、結局全てはここに集約される。家族のために稼ぐことに心血注いできたのなら、家族を悲しませるような真似をするなってことだ。
「……分かった。ペチカを悲しませるような真似は金輪際しないと誓おう」
◆
会長は認めたけど、部下は認めず「もはやこれまで!」と反撃に転じることはなく、その後は淡々と話が進んでいく。
すぐに廃止することは不可能だけど、近いうちに後ろ暗い商売はやめると誓ってくれた。
アンクワールの相棒とも言える存在だった情報屋のモレッティも金払いさえ良ければどんな仕事でも引き受けるという即物的な生き方をしている人物で、別に悪どい商売に拘ってはいないらしい。
結局、金払いが良かったから暗殺者への仲介から裏商売の指揮に至るまでアンクワールの求めることを完璧に実行してきたらしい……まあ、悪印象を持たれやすい人だけど、最も御し易いタイプなのは確実。要するに、より金を払う相手に鞍替えするってことだから、仲間との絆を大切にするような人よりも切り崩し易い。
「それでは、皆様参りましょうか?」
「……どこへ行くというのだ?」
「流石にもう逃げられませんからね。極夜の黒狼のアジトが襲撃されているのに、一部のメンバーとボスの姿が見当たらないというのは不自然ですから。そうなると捜索の手が伸びることでしょう。相手は【ブライトネス王家の裏の剣】――この国の暗殺者を束ねる闇の世界のプロですから、いずれは私が引き抜きをしたことがバレてしまうでしょう。別に勝ち目がないという訳ではありませんが、そもそも両者に利益はありません。だから、いっそこの際全てを打ち明けてしまおうと思います。大量に投げ込まれた混乱の中では、小さな厄介ごととして見られる、といいますか、『木の葉を隠すなら森の中、森がないなら自分で作る』――「ブラウン神父の童心-折れた剣」より、といいますか。まあ、大事の前の小事ということで、これまでゼルベード商会がやってきた悪事など軽くは……流されないなぁ。うん、でも、気持ちを改めてやり直すことを伝えればきっと分かってもらえると思いますよ? それに、ずっとボクに力を貸してくれた方々にも秘密にしてきましたから、この際、はっきり、私――アネモネがどのような存在なのかをお伝えしたいと思います。勿論、それを知ったところで、これまで通りに接してもらいたいですけどね」
「知る」ということは恐ろしいことで、「知って」しまったら、もう「知る」前には戻れない。
一世一代の告白をする前と後では、どちらの関係に転んでも、もうこれまでの関係ではいられないように、一歩先に進むということは、もうそれまでとは同じ関係ではいられないってことを意味する。
それは分かっている……でも、ボクはボクの正体を知られて、恐れられるのが怖かった。知られてしまうのが、たった二日だけど、新たなボクの居場所が崩れ去るのが怖かった。
失敗すれば全員死ぬ。……それだけ危険な賭けだけど、ボクは何度も危ない橋を渡ってきた。今回だって失敗はしない。――絶対に。
「……でも、【ブライトネス王家の裏の剣】はそもそも存在するかどうかも不明な眉唾物の話で」
まあ、情報屋のモレッティでも知らないことはあるよねぇ。
「私はその正体を知っています。その理由もご説明致します。――それでは、参りましょうか?」
役者は揃った――後は、ボクが向き合うだけだ。転生した時からずっと逃げてきた、ボクの為すべきことと。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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