Act.8-352 園遊会の終わりと戦後処理。 scene.4
<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>
ローザ殿の……百合薗圓殿の話は私が想像していたよりも何倍も荒唐無稽に思えるものだったが、ストンと納得することができた。
明らかに年相応ではない落ち着きが、安心感がローザ殿にはあったが、なるほど、前世で十七年過ごしてきて、それに加えて十歳、二十七歳の精神年齢なのだからあれが自然……ではないな。昔から大人びていたということだから、あの安心感は圓殿の元来から持っているものということになるのだろう。
その圓殿は数奇な運命の持ち主だった。最愛の女性――常夜月紫殿との出会いから過酷な裏の世界に足を踏み入れ、その世界で名前を知られるほどにまでなった。
前世で因縁のある魔女の転生者の毒牙に掛かった国家相手にも一歩も引かずに戦い、様々な組織とも繋がりを持った。基本的には無血での解決を目指したが、相手の命を奪ったことも一度や二度ではない。大切な家族に対して危害を加える者に対しては苛烈に対処する残虐さも持っている。
恐ろしい人間という評価は否定できない。だが、その恐ろしさは彼女の大切な人達を守るためのものだ。
誰だって大切なものを傷つけられたら怒りに駆られる。彼女の場合は、それがどこまでも残虐になれるということだろう。私はそれを決して悪いことだとは思えない……それは、彼女の愛の裏返しなのだから。
傲慢令嬢という彼女に対する評価は間違っている……寧ろ彼女はその対極に位置する。
自分はいくら傷ついても構わない。ただ、自分の大切な家族を、仲間を守れればそれでいい。傷だらけになりながら、血反吐を吐きながら、それでも笑って家族のために歩いてきた、それが百合薗圓殿の足跡だ。
彼女はとても真面目な人だと思う。誠実に一人一人と向き合おうとする。
常夜月紫殿は勿論、ローザ殿に対して恋心を寄せる全ての者に。だから、わざと偽悪的に振る舞って関係を断ち切ろうとする……傷つかないように願って。
……なるほど、ソフィス嬢があれだけ怒りたくなる理由も分かる。ローザ殿に対して恋愛感情を持つということは、恋人になろうとするということはそういうことなんだ。
何度傷つけられても、拒否されても突き進む覚悟。その覚悟を持って、たった一人を愛したいと願うローザ殿の気持ちを動かすことは並大抵のことではない。どれだけの努力を続けてローザ殿から婚約の可能性を示してもらったのか……その努力をせず、恋人のように振る舞っていた私は知らなかったとはいえ、確かに許し難い存在だっただろう。
しかし、これでようやくスタート地点に立つことはできた。
……ローザ殿に振り向いてもらわなければならないという地点からスタートだから、スタート地点は他の者達に比べてかなり後方だが。
……条件の方は、ヴァルムト宮中伯家の支援を得られると思う……が、問題はレイリア=レンドリタか。
この世界の元となった『スターチス・レコード』を含む三十のゲームの生みの親であるローザ殿が名前を出したということは何かしらの意味があると思うのだが。
……ソフィス殿の場合は、その容姿により生じた虐めによって屋敷に引きこもってしまった彼女が外の世界に足を踏み出すことだった。
フォルトナの三人の王子の場合は、三人の王子の関係を良好なものにして、側妃と宰相が起こそうとしたクーデターを止めることだった。
……それと同列の試練だということなんだと思うが……レイリア=レンドリタか、あの人は苦手なのだが、まあ難しくならなければ試練にはならないか。
……話を聞く限り、彼女が私の恋路に立ち塞がるのだろう。……確かにその可能性は高そうだ。
……ローザ殿を振り向かせるために好きになってもらうように努力するのも大切だが、こっちも少しずつ考えていかないといけないな。
◆
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・ビオラ=マラキア>
ブラックソニア辺境伯名代のデガンド=ガルフォロは今日の午後、秘密裏に近衛騎士団の主導で処刑が行われる。
シモンとエアハルトに「デガンドを貰い受けたい」と伝えているので、処刑後に回収する準備は問題ない。
エルヴィーラの面会は明日、アルベルトの付き添いの元に行われることになった。園遊会戦争での活躍を表彰する戦功発表は一週間後……随分時間があるねぇ。
さて、とりあえず今日の筆頭侍女の執務を始めようと職務に取り掛かろうとしたタイミングでノックの音が聞こえた。
「はい、どなたでしょうか?」
返事したものの、返答は無し。見気を使って部屋の前にいるのがアルベルト……と、ギルデロイであることを確認して、ちょっとだけテンションが下がった。まあ、どの道いつかは決着をつけないといけない相手だけど。
「ローザ=ラピスラズリ! 貴様に会いに行く時にアルベルトとそこで一緒になってな!!」
「……はぁ」
ってか、朝からポラリス=ナヴィガトリア並みに五月蠅いねぇ。近所迷惑とか考えられないのか? プリムラは起きていると思うから安眠妨害にはならないものの公害であることには変わりない。
「本当に、すみません……こちらに来る途中、城内を歩いていたコイツに捕まってしまって」
頭を抱えたいらしいアルベルト。うん、ボクも同じ気持ちだよ。
一応、こいつは隣国の来賓だけどシェールグレンド王国の起こしたブライトネス王国に対する度重なる非礼の結果、実質軟禁状態。お客様扱いとはいえ、普通、勝手に城内を闊歩するとかあり得ないよ。
「……何か私にご用事でしょうか。そろそろ書類仕事を進めたいのですが。……まあ、いいでしょう、ご用件は?」
「そうだったな。ローザ=ラピスラズリ、俺の母の避難のために大きく貢献してくれたことを感謝する。しかし、その結果として貴様に傷を与えてしまった。未婚の女の身体に傷を与えるなどあっては男の沽券に拘る事態。故、改めて言うが貴様を俺の愛人に――」
流石に苛立ちを覚えたので、辺りを見渡して誰もいないことを確認してから武装闘気を纏わせた拳でギルデロイの腹に一撃を浴びせた。
「これで『剣聖』を狙うとは、本当に馬鹿なんでしょうか? 身の程知らずもここまでいくと笑えてきますね。……アルベルト様、こいつが目覚めたらこいつに現実というものを見せて差し上げたいと思います。お時間がありましたら付き合って頂けますでしょうか?」
「……本当にご迷惑をお掛けします。……こいつを連れてこなければ」
「いえ、こういう馬鹿はしっかりと現実を解らせなければいつまでも執念深く絡んできます。いい機会ですからねぇ……それに、ボクは英断だったと思いますよ、ここに連れてくるという選択は」
アルベルトを部屋に招き入れ、ギルデロイを蹴って部屋に入れると扉を締める。
アルベルトに珈琲とケーキを用意して出してから書類仕事をしていると、五分後、ギルデロイが目を覚ました。
「……あっ、目を覚ましたみたいだねぇ。さて、ギルデロイ=ヴァルドーナ、改めて言うけど君との結婚なんてお断りだよ。況してや、愛人だって? ……君さぁ、本当にボク達のこと舐めているよねぇ? 随分な言い草だったじゃないか。ラピスラズリ公爵家はブライトネス王国の同格の公爵の中でもあまり力はない? そもそも、公爵家という時点でヴァルドーナ公爵家とは同格だよ。それを君は力がないと決めつけて一方的に格下だと決めつけた。ラピスラズリ公爵家はねぇ、ブライトネス王家に忠誠を捧げ、ブライトネス王家のために国家に不利益な存在を処分する【血塗れ公爵】。この国の諜報部隊を纏め上げ、暗殺貴族を束ねるブライトネス王国の闇の担い手だ。それに喧嘩を売るなんていい度胸だねえ。それから、なんだっけ? 権力を縦に振るい、王女宮の筆頭侍女にまでのし上ったって? ボクはねぇ、親友であるラインヴェルド陛下に頼まれて王女宮筆頭侍女となり、プリムラ様に仕えることになった。権力を振るったという噂もシェルロッタという侍女を王女宮入りさせる代償として甘んじて受けているものだよ。性格の悪さ? えぇ、悪いですよ、性格。敵と見做したものは徹底的に潰して殺す、そういう人間ですからねぇ。誰とも結婚せずに行き遅れる? ボクはねぇ、ずっと結ばれたいと思っている女性を待ち続けている……そして、今世こそ彼女に告白をして恋人として認めてもらいたい、ゆくゆくは家族になりたいと思っているんです。オレの元にくればシェールグレンド王国の大貴族の内縁とはいえ妻の座を与えることもできる? ……そもそも、一国の貴族風情がボクと釣り合うとでも?」
アカウントを切り替え、アネモネの姿を見せる。
「ボクはこれでも、ビオラ=マラキア商主国の大統領です。一国の王に匹敵する立場にあります。……まあ、自分達が何故滅ぼされないのかも理解できないまま、プリムラ姫殿下を側室に迎えようなどという愚かな提案、公爵夫人を利用した外貨獲得作戦、そして魔物を送り込む、相次いで外交問題を引き起こした馬鹿な国の大臣の息子というだけはあります。まあ、もう、大臣の息子ではないですけどねぇ」
「……ローザ様、それは一体どういうことでしょうか?」
「ちょっと場所を変えましょう。《蒼穹の門》」
転移先は猛吹雪に包まれた白銀の世界だった。
目の前にはかつて荘厳だったと思われる宮殿。……しかし、中心の建物には巨大な風穴が開けられ、他の建物も今にも倒壊しそうなほどボロボロになっている。
「随分と派手に暴れ回ったようだねぇ」
「……ここは、どこでしょうか?」
「……そんな……まさか、シェールグレンドの王宮!?」
アルベルトは馴染みがなくて気づかなかったみたいだけど、流石にギルデロイは気づいたみたいだねぇ。
『――!? 圓様! いらっしゃるのでしたらご連絡して頂ければお出迎え致しましたのに』
「お疲れ様、スティーリア。状況は?」
『シェールグレンド王宮に関してはシェールグレンド王宮に居た国王並びに全王族、及び今回の件に関わった旧王太子派の貴族を皆殺しに致しました。それ以外の貴族も戦意を挫いたので問題ありません。また、ここに来る前にブラックソニア辺境伯領にも寄り、ブラックソニア辺境伯を含むこの件に関わった不届き者を皆殺しに致しました』
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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