Act.8-313 少女達のおしゃべりな夜 scene.1 下
<三人称全知視点>
「こんな遅くにごめんなさい。園遊会を前にみんな緊張しているんじゃないかと思って個別訪問しつつ、緊張していたら解きほぐそうと思って寮を回っていたのだけど。……お話中だったかしら?」
メイナは一瞬思考が固まって……ようやく状況理解ができたところで、どう対応しようかと頭を回転させた。
「す、少しお待ちください!」
メイナはすぐに部屋に戻り、三人のルームメイトに状況を報告し、ローザを部屋に招くことを伝えた。
メイナ以外のメンバーにとっても直属ではないものの上司のような立場の人物である。それを、玄関先で返すような無礼な行動をメイナ達に選ぶことはできなかった。
「初めまして、外宮所属のメイドのカルネ=スコールフォールさん、内宮所属のメイドのアラベル=セルマゴールさんと、セレスト=メレルゴーファさんですね。私は王女宮筆頭侍女のローザと申します。皆様は、私に比べて年上ですし、勤務経験も長い先輩方ですからね。筆頭侍女だからとそう緊張なさらずに。私も過ぎた役割だと思っていますから」
「……そんなことはないと思います! ローザ様は他の宮の筆頭侍女様にも引けを取らないお方です!」
「ありがとうメイナ。……その様子だと大丈夫そうね。一応上司としては明日にあまり差し障りないように今日はしっかりと休んでというべきでしょうけど……友人と過ごす夜というのも大切だと思うわ。そうだ、これ良かったら四人で食べてくれないかしら? 新作のケーキなんだけど」
ローザは持ってきた白い箱をメイナに差し出した。
「ローザ様、本当にいいのですか!?」
「メイナのルームメイトへのお近づきの印という意味も込めてね。今日、姫さまと王太后様にも食べて頂いた自信作のシャインマスカットを使ったムースケーキよ。と言っても、まだまだ改良の余地はあるのだけどね」
プリムラやビアンカ王太后が召し上がったものと全く同じケーキと聞いて、途端に恐れ多いと思いつつも、その美味しそうなケーキに視線を向けてしまうメイナ達。
「お邪魔でしょうから私はそろそろ失礼するわね。……カルネさん、アラベルさん、セレストさん、貴女達の噂は耳に入っているわ。メイドとしてとてもよく働いているってねぇ。近いうちに恐らく内宮筆頭侍女様や外宮筆頭侍女様から統括侍女様に評価を伝えて正式に侍女への昇進ということに……まあ、普通ならなるでしょうけど、余計なお世話じゃなければ私の方からも一筆書いておこうかしら? 正直、私は無能な貴族令嬢よりも優秀な庶民籍のメイドの方が信頼できると思っているの。まあ、これはあくまで例え話で、貴族令嬢の中でもしっかりと働いている者達はいるわ。特に王女宮の侍女達は優秀な方が揃っている。それは勿論、メイナも実感しているわよね?」
「はい……正直、ヴィオリューテさんはちょっと……ですが、スカーレット様をはじめとして皆様貴族令嬢であることを鼻にかけていないと言いますか、メイド達にも優しく、とても優秀な方ばかりだと思っています。私にも優しくしてくださりますし。――あっ、あの! ローザ様、折角来てくださったのですし、もう少しいらっしゃってはどうでしょうか? と言っても、大したおもてなしはできませんが。このままお帰り頂くというのも申し訳ないですし」
「ありがとうございます。でも良いのですか? 折角仲良くお喋りしていたのに、私みたいな者がいたら自由にお話しできないでしょう?」
遠慮したローザを何とか座らせることに成功したメイナは小さなキッチンを使って人数分の紅茶を淹れた。
「ありがとう。メイナも紅茶を淹れるのが上達したわね」
「ありがとうございます。……でも、まだまだオルゲルト執事長やローザ様には及びません」
「……オルゲルト執事長は確かにレベルが高いですからね。元は国王陛下付きの執事の一人でしたし」
「そのオルゲルト執事長の紅茶講座で手放しで褒められたのってローザ様が初めてなのですよね? ……実は、私はローザ様の紅茶の方が美味しいと思っています。オルゲルト執事長のものも勿論、私では及ばないくらい美味しいものですが」
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいわ」
ここまで来て、メイナは自分しかローザと話をしていないことに気づいた。
ずっとメイナばかり話していたらルームメイトの三人もつまらなくなってしまうのではないかと危惧したメイナは、三人にもローザに聞いてみたいことはないかと尋ねてみることにした。
「あ、あの……筆頭侍女様は私達のことをご存知でしたよね? 他の宮のメイドのことまで筆頭侍女様は把握していらっしゃるのですか?」
「筆頭侍女として当然のこと……と言いたいところですか、普通は自分の宮のことを知っていれば筆頭侍女はそれで充分です。ただ、一応私はこの王宮に所属している全ての使用人はその出自、家族構成、勤務態度に至るまで一通り把握しているつもりです。また、個人的な理由と社交的に役立つということから多種族同盟加盟国の主要な方々――この国で言えば貴族に当たる方々ですね――については、年齢、性別、家族構成、経歴、家の経歴、地位、功績などについては全て把握しています。まあ、普通は不可能なことですね。私は少々そういう特殊能力を持っているので可能だという話ですので、そこまでは流石に求めません。……他の宮で情報を集めている理由は様々ありますが、その一つはスカウトを検討しているからです。皆様もご存知だと思いますが、メイナとヴィオリューテを除いた侍女のメンバーは行儀見習いで来ている方ということになります。私の方は正直先行き不透明ですか、確実にスカーレット様をはじめとする面々は王女宮から巣立っていきます。それに、ヴィオリューテは結婚を目的としている侍女なので……まあ、今のままでは無理でしょうが、寿退社もあり得ますし、メイナだって可能性がない訳ではないでしょう? 王女宮だと出会いは少ないかもしれないけど。ということで、優秀な人材を見繕っておきたいということはあります。……シェルロッタは王女宮に残りますが、彼女だけでは王女宮を支えることは厳しいですから」
「王女宮の未来なんて考えたことありませんでした」
「まあ、それが普通ですし、そういうことを考えるのは私達筆頭侍女や統括侍女様のような者達の仕事です。メイナ達が気にすることではありませんわ」
その後、メイナ達はしばらく様々なことをローザに質問しながら話をした。
最初は傲慢令嬢だと思っていたメイナのルームメイト達も、その評価が正しくないものであると認識したのだろう。
今では、年下にも関わらずメイナ達以上に達観しており、思慮深く、視野も広い……下手をすれば自分達の上司よりも大人らしい、そんな不思議な少女なのだと感じている。
「意外でした……その、ローザ筆頭侍女様のことを怖い方だと思っていたので」
「あら、私って普通に怖い人よ。敵対する人には徹底的に対処するっていうのがモットーだもの。私は鏡みたいな人間でありたいと思うわ。頑張っている人にはそれに見合った地位や褒美を得られるように力添えしたい。もし、私に明確な敵対行為を取るなら、それに相応しい報復を取る。それは、別に権力を振り翳して潰すとか、そういうことだけではないわ。……まあ、メイナ達には関係ないことよ。私と敵対する理由がないでしょう?」
「……ローザ様、あのトラブルを起こした外宮の侍女は……もしや」
「カルネさんは外宮所属だったわね。まあ、あの件はイラッとしたけど、その程度のことでしょう? しっかりと処分は下されるでしょうし。私が動くのはもっと決定的なことをされた時よ。……例えば、私の大切な人を傷つけられた時とか。私個人は別に何と言われても良いのよ」
いくら自身に対して誹謗中傷をされても何それ美味しいの? と歯牙にも掛けないのが百合薗圓という人物である。
その一方で、家族や仲間――自分以外の大切な人に手を出された時の百合薗圓ほど恐ろしい者もいないのである。
社交界で笑い物にされるなど可愛らしいもの……ローザと敵対すれば物理的に首が飛ぶのは序の口。最悪、一族郎党が皆殺しになるのである。
じっくりと根回しと腹の探り合いをしながら真綿で首を絞めるように敵対派閥などを追い落としていく強かな社交界の常識が全く通じない、良くも悪くも型破りな武闘派令嬢である。
「そういえば、ローザ様は他の侍女の皆様のところにも行ったのですか?」
「ヴィオリューテ以外の面々のところは全て訪ねましたよ。スカーレットさんは明日の給仕に向けて復習していました。同室のジャンヌさんとフィネオさんは二人で仲良く同じベッドで寝ていましたね。とても仲のよろしいことで、お姉さんとしてはとても良いものが見れました、じゅるり。ソフィスさんの同室のメアリーさんはもうぐっすりとお休みでした。ソフィスさんは普通に漫画を描いていました。まあ、通常運転ですわね。彼女も自分の体のことは人一倍良く分かっていらっしゃるので無粋なことは言いませんでした。少しトーン貼りを手伝って、それからメイナの様子を見に来たということですね」
「仲のよろしいことで、お姉さんとしてはとても良いものが見れました、じゅるり」については都合良く聞き逃すことにしたメイナ達、英断である。
「とりあえず、明日は園遊会です。メイナ、明日はよろしくね」
「よろしくお願いします。ローザ様」
ローザはメイナに微笑むと、カーテシーをしてメイナ達の部屋を後にする。
そして、ビオラでの仕事を終わらせるために三千世界の烏を殺して過去へと転移した。
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