Act.8-312 少女達のおしゃべりな夜 scene.1 上
<一人称視点・プリムラ=ブライトネス>
王女宮に戻った後、ローザとオルゲルトに頼んでシェルロッタと二人にしてもらった。
「シェルロッタが、叔父様だったのね」
「……意外でした、お嬢様はこのタイミングでは明かさないと思っていたので。ええ、私はメリエーナ姉さんの弟のカルロスです。本来ならば、姫さまにお会いすることができる身分ではありませんが、お嬢様のおかげでこうして仕えることができています。……姫さま?」
私が思いっきり抱きつくと、シェルロッタは少しだけ困惑して、優しくプリムラのことを抱きしめてくれた。
「今だけはカルロス叔父様と呼んでもいいかしら?」
「勿体ないことでございますが……姫さまがそれをお望みであるならば」
「私のことはプリムラと呼んで欲しいの」
「……しかし」
「この部屋には私とカルロス叔父様しかいないわ」
「……プリムラ様」
「叔父様、お母様のことを教えてくださらないかしら? ……思い出すのが辛いかもしれないけど」
「そのようなことはございません。プリムラ様、私にとって今でもメリエーナ姉さんは大切な存在なのです。……正直、今でも陛下との婚約にしっかりと反対していれば良かったと思っています。プリムラ様にとっては複雑な気持ちになることだと思いますが。……私にとって、姉は最愛の人物でした。幼少の頃の私は気弱で、周りからもイジメられていたのです。両親も商会の仕事でとても忙しくしていて、私のことまでとても目がいく状況ではありませんでした。そんな私にとって優しい姉の側が唯一の居場所だったのです。姉さんは陽だまりのような方でした……ただ優しいというだけではなく、芯にはしっかりとしたところを持っていて、一緒に居てとても安心できる女性でした。そんな姉のことが大好きで、幼少の頃の私はずっと姉の側を離れようとしなかったことを覚えています。でも、歳を重ねるにつれ、ただ守られているだけではなく、今度は姉を守れるような、そんな人間になりたいと思うようになりました。魔力を持っていたので魔法学園に通うようになり、その頃からは少し姉から離れることも増えましたが、一度たりとも姉のことを忘れる日はありませんでした」
「カルロス叔父様にとって、お母様はとても大切な人だったのね」
「はい。……実は姉が死んだと知った時に、一度命を捨てようと思ったくらいです。陛下を憎む気持ちも強かったですが、それ以上に姉を守れなかった私を許せなかった。それでも、私がこうして生きているのは、姉がこの国を――ブライトネス王国をとても愛していたからです。その日から私にとって、この国を守るということだけが生きる意味となりました。……その後の人生は決して綺麗なものではありません。……ローザお嬢様は、きっとそんな私のことを許せなかったのでしょう。あの方は優しいですから、心を擦り減らしていく私のことを見ていられなかった。あの方もプリムラ様がメリエーナ様の代わりだと思っている訳ではありません……ただ、姉が見届けられなかった姉の忘れ形見の成長を見守ること、それを私の新たな生きる意味にしたいと思ったのだと思います。……父と母は、プリムラ様と公式の場でお言葉を交わすことは難しい。しかし、侍女として仕える私にはその機会があります。……それだけでも幸福なことですが、ローザお嬢様は私にプリムラ様の専属侍女に、そして王女宮筆頭侍女になって欲しいと、そう思っておられるようなのです」
「……ローザが、カルロス叔父様を王女宮筆頭侍女に?」
それは、確かにカルロス叔父様の気持ちを考えれば正しいことなのかもしれない。
お母様の成し遂げられなかった私の成長を一番間近で見届けることができる。
……正直、カルロス叔父様が私のことをどう思っているかは分からない。複雑な気持ちだと思うけど……でも、嫌ってはいないと思う。
お母様はもういない……でも、お母様のことをよく知っていて、大切に思っていた叔父様と主従という関係だけど一緒に居られることは……まだ少し心の整理がつかないけど、きっと、とても嬉しいことだと思う。
……でも、それじゃあ。
「本当に、身勝手なお嬢様だと思いませんか。……あの方だって、プリムラ様のことを大切に思っているのは事実なのです。でも、私に後ろめたさを感じて、その辛さを堪えて、私にその場所を明け渡そうとしている。……陛下はそれが許せなくて、なんとかしてプリムラ様とお嬢様の間に目に見える繋がりを作ろうとアルベルト=ヴァルムト宮中伯令息をローザお嬢様に近づけました。……あの方のやり方も正直あまり良いものとは思えませんが、そのお考えには賛同しています。私は、もう十分なのです。姉さんの面影を残しているプリムラ様の側に控えることができて……プリムラ様も、姉さんの代用品のように見られてしまうことは不本意かもしれませんが、正直、プリムラ様の中に姉さんを重ねてしまったことは何度もあります。似ていないところも沢山ありますが、とても優しいところは、陽だまりのような笑顔は姉さんそっくりですから」
「――そんなことないわ! 私だって、カルロス叔父様と一緒に居られて嬉しいわ。……好きなだけ重ねてもいいのよ。私の中にお母様の面影があるのは、プリムラも嬉しいから。……ねぇ、カルロス叔父様。私はどうすればいいのかしら?」
「それを選ぶのは、プリムラ様です。いずれ、選ばなければならない時が来ると思います。……プリムラ様は、プリムラ様が望むことをその時に仰ればいいのです。決して、選択肢は二つだけではありません」
ローザを選ぶか、カルロス叔父様を選ぶか、二つしか選択肢がない訳じゃないんだ。
……ローザもカルロス叔父様も、二人のことを選ぶことは、許してもらえるのかな?
「カルロス叔父様、これからもプリムラと一緒にいてね」
「はい、メリエーナ姉さんの分もお側で仕えさせて頂きます」
◆
<三人称全知視点>
少女達が、暗がりの中で小さなランプを囲んでくすくす笑っている。
そこは王宮の端にある使用人区画の寮だ。侍女とメイドの大半が、そこで暮らしている。
その内の一人は王女宮で働くメイナだ。
一般家庭の出身だが裕福な商家であり、犯罪歴もなく身元もはっきりしていること、そして何より本人の勤務態度が真面目であることからメイドから侍女に昇格した努力家の少女である。
「メイナは侍女って呼ばれるようになって何か変わったの?」
「何にも! メイドの時と同じで、お掃除やお茶の準備するくらいだもの。あっ、でもメイドだと無かった書類仕事とかはちょっとだけさせてもらっているわ」
「へえーいいなあ! 格好いい感じがする!!」
「そう? 実際にはそんなことないと思うけどね」
「最初の頃はさぁ、王女宮に配属させられたって統括侍女様に恨み言も言ってたアンタがねえ」
「あーあー、そんなこと忘れました!!」
メイナは転属前に王子宮と王女宮両方で人手不足と聞いて正直なところ、王子宮を内心希望していた。
見習いのメイド達の中で王女宮に新たにやって来る筆頭侍女は、傲慢な性格の貴族令嬢だという噂を耳にしていたのだ。
そんなところに配属になった日には毎日イビられるんじゃないかとメイナは気が気じゃなかった。
なので統括侍女に「お前は王女宮に転属です。真面目に勤めなさい」なんて言われて気を失いかけたのは今ではいい思い出だ。
メイナは当時、こうして一緒に過ごす位の低い侍女やメイドで同室の女性陣相手に「あのババア!!」と憤慨したものである。
……勿論、表立って行動なんて何一つできないが。
「で、王女宮ってどうなの? 私は外宮だから色んな人がいて面白いけどね。この間は城内を巡回してる騎士の人に声かけられちゃった!」
「あの時の人事異動は外宮が殆どだったもんね。それから大規模な入れ替えが王女宮以外で起こったけど、王子宮に移動したのは各宮のできる人達ばかりだったし。あの鉄面侍女が王子宮筆頭侍女になった前後で王子宮って荒れたんでしょう? 第四王子専属侍女も第四王子殿下に嫌われて首を切られたって話だし、今の第一王子殿下の専属侍女の先代王子宮筆頭侍女が第一王子殿下に見初められて王子宮筆頭侍女を辞したり……正直、私はあの時に王子宮に行かなくて良かったと思っているわ」
「カルネは色々と知っているのね。流石は情報通」
「メイナ、褒めても何も出ないよ!」
「うーん、その辺り筆頭侍女様に聞けば教えてくれそうだけど……」
夜寝る前のおしゃべりに花が咲いている。
明かりを抑えたランプを中心に、二段ベッドが二つ並ぶそこから少女たちが顔を覗かせて好奇心を隠しもしない。
「それで、傲慢令嬢ってどうなのよ!」
「ローザ様をそんな風に呼ばないで」
「あれっ、メイナったら随分好いているようじゃない」
意外そうに言った少女に向かってメイナは不満そうに頬を膨らませた。
なにせ彼女自身も傲慢令嬢と呼ばれている自分の上司を勝手に怖がっていた事実があるので大きく同室の少女達を非難はできないのだ。
だが王女宮で働き始めてまだ数か月だが、噂は噂でしかなかったと言い切れるくらいには王女宮での仕事に満足していた。
「だって、ちゃんと仕事教えてくれるし。優しいし。丁寧だし。時々、頑張ったご褒美ってミッテラン製菓店のチョコレート菓子とかもくれるの。お茶の入れ方だって、書類の書き方だって、あの人が直接根気よく教えてくれたのよ。執事のオルゲルトさんなんて呆れてあんまり教えてくれなくなったのに」
「ええー! ミッテランのチョコレート菓子って言ったら門外不出だからっていう技術料だけでぼったくりって言われてるアレでしょ!?」
「でも確かにあれ、美味しいわよ。うちの実家で時々特別なお客様をお迎えする時に買ってたけど」
「うちもうちも。あれって値段が結構するもんねー。筆頭侍女様になると、お給料も大分違うのかな? それとも、公爵令嬢だからかな?」
「どうなんだろう? そういうのは流石に聞けないよ。でも、頑張ってるからってお茶とチョコレートで労ってくれるのよ、たまにだけどね! ……ただ、普通に筆頭侍女様のチョコレートの方が段違いに美味しくて、こっちを食べさせてくれたら良かったって思ったんだけど」
初めてそんな風に労われた時にはびっくりして思わず泣いてしまったのはメイナとローザの秘密である。
彼女がお仕えするプリムラも、王女様だからきっと我儘で一般出身の人間なんて人間として見てないんじゃないかとか考えていたメイナの期待をいい意味で裏切ったものだ。
ちょっと考え過ぎだと今では彼女自身でも呆れてしまうが、当時は真剣にそう思っていた。実際そういう噂があったのだから。
「えっ、筆頭侍女様ってお菓子も作れるの!?」
「そうみたい。避暑地に同行した時、王女宮の料理長のメルトランさんと料理勝負をして圧倒的な差をつけて勝っていたし。……正直、これだけ一緒に居てもまだまだ謎が多い人ということは確かだわ。ちゃんと頑張っていたら、その頑張りをしっかり見てくれて正当に評価してくださるのよ。そもそも、今回避暑地への同行を許された時には本当に驚いたの。でも私は頑張っているし、ちゃんと一人前の侍女として外に連れていけるからって言われた時には感動しちゃった」
「……えっ、もしかして王女宮筆頭侍女様って実は良い人?」
「だって、噂じゃない。誰もローザ様のことを見て言っている訳じゃないのよ。ほとんど偏見だと思うわ」
メイナがそう鼻息荒く同室のメンバーに言っていた丁度その時、寮の扉がコンコンとなった。
「誰かしら? こんな夜遅くに」
メイナが走っていって扉を開けると、そこには槍玉に挙げられていたローザ王女宮筆頭侍女の姿があった。
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