Act.8-310 侍女会議(2) scene.1 下
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・ビオラ=マラキア>
「――真月」
『ワォン!』
影から飛び出したのは、最近ポンコツな馬鹿犬疑惑が浮上している真月君。
『ご主人様! 宰相閣下の部屋に行って頼まれてきたデータをもらってきたよ』
「お疲れ様です。このディスクは後で私の方で返却をしておきますので、真月は影の中に戻って休んで……」
『ワォン! お腹減ったから食堂に行ってくるね!』
「はぁ……ちゃんと人間体で行ってくるんですよ」
相変わらずマイペースな子だなぁ。
面食らっている外宮筆頭侍女の目の前にノートパソコンを置いて起動して、預かったディスクを入れて映像を再生する。
「これが当日の状況ですわ。さて、外宮の、何故その事実を確認せずに私を糾弾なさるのかしら。私は偶然その場に立ち会うことになり、彼女に対し双方に誤解があって騒動が起きてしまった旨を貴女に相談するように助言を致しました。この通り。……外宮筆頭侍女、貴女は勤務態度が真面目な侍女であると、外宮に配属されたリディアから報告を受けています。しかし、少々視野が狭いようです。確かに、部下を信頼するということは大切です。信頼関係を結ぶことで仕事を円滑に進めることもできますし、職場もギスギスした状態よりも、信頼の上で成り立った清々しい職場の方がいい。私もそのような職場に王女宮をしていきたいと思っている次第です。しかし、私はただ盲目的に部下を信頼することが、部下を信頼することではないと思います。褒める時は褒め、誤った行為をした時は諭し、教え導く、私よりも先輩である貴女ならそれが本来の筆頭侍女の在り方であるとお分かりなのではありませんか?」
「……王女宮筆頭、今回の件、本当に申し訳ございませんでした。あのエルヴィーラに限って偽証などないという信頼があってのことで……いえ、言い訳を並べ立ててはいけませんね。王女宮筆頭、貴女の仰る通りです」
「……どうやら私達の出る幕は無かったようですね」
「そのようですね」
後宮と内宮の筆頭侍女が援護に回ろうと「内宮と後宮で文官を誘惑している」という噂を持ち出すつもりでいたようだけど、その必要が無くて安堵しているようだねぇ。
「既にエルヴィーラに関する情報は全て私と宰相閣下に報告が入っています。王女宮は今現在新しい侍女を迎え、王女殿下の初のご公務ということもあり、ご多忙を極めています。それでもなおしっかりと私達に報告を致しました。……外宮の、私も以前から貴女は真面目ではあるものの視野が狭いと感じていました。王女宮の、彼女は外宮の、貴女にそれを気づかせようとしてこのようなことをしたのだと思います。……若干私怨も含まれていたようですが」
「ただでさえ忙しいのに、ヴィオリューテの件に加えて、今回の騒ぎ……流石に苛立ちを覚えていまして、少しだけ当たってしまったところもあったと思います。外宮筆頭、申し訳ございませんでした」
「まあ、カッとなってやった、後悔していない」ではあるんだけどねぇ。
「……こちらこそ、申し訳ございませんでした。最後に一つだけ……最近配属された優秀なリディアという侍女は貴女の配下ということでよろしいのでしょうか?」
「直接の配下ではありません……正確には上司の上司みたいなものですが、まあ、上司と部下の関係にあると思ってください。彼女達は筆頭侍女の把握し切れない情報を収集して、各宮の筆頭侍女に報告する役割を担っています。ただ、外宮筆頭は私のことを信頼してくださっていないと思っていたので隠しておりましたが。頼りになる部下になると思いますので、どうぞこき使ってやってください」
「……はぁ」
「彼女達は新たな国防の要だとアネモネ閣下から聞いております。特殊な経験を積んだ者達で潜入から侍女の仕事から暗殺に至るまで基本的にはなんでもできると。国家や同盟にとって不利益になりそうなものを見つけ次第上司に報告し、必要に応じて適切な処置を行う役目を背負っていると聞いています。私の管轄する王宮でも二人、アネモネ閣下の推薦を受けて二人の侍女を引き受けました。ただし、これは最上位機密事項の一つで、閣下より必要以上の情報公開は規制されています。外宮の、くれぐれも他言はしないように」
「……承知しました」
まあ、いきなり国防とか、暗殺とか、そんな物騒な話を聞いたら困惑するよねぇ。
「それでは皆、明後日に向けて気を抜かぬように」
改めて統括侍女様がそう言ったところで、ようやく統括侍女の部屋を後にすることができた。
外宮筆頭侍女との蟠りもこれで消えたし、心置きなく園遊会に向けて準備を進めていけそうだ。
……といっても、ドレスの採寸は少し前にアネモネとしで登城して用意済みだし、もうリストの確認くらいしか仕事がないんだけど。
疲れはプリムラの姿を目一杯愛でて癒やして吹き飛ばした。プラマイゼロどころかプラスだ。うんうん、王女宮っていい職場だよねぇ、プリムラ可愛いし、プリムラ可愛いし、天使だし、大天使だし!
その夜、アルベルトから一通の手紙が届いた。
一応、外宮筆頭侍女から例の件について確認と、その後の状況についての説明を求められたらしい。……恐らく実際に聞きたかったのは後者の方だねぇ。
アルベルトはエディルとしっかりと和解できたことを報告したそう。
和解……「彼は話してみるととても正直で真っ直ぐな、良い人でした。話し合ってみると理解し合えるものですよ」と書かれていたけど、それって「彼は話してみると分かる通りとても馬鹿正直で真っ直ぐな、扱いやすい良い人でした」ってことだろうねぇ。まあ、和解できて何よりです。
熱い男だけど、すぐカッとなって周りが見えなくなるタイプかぁ。ポラリス=ナヴィガトリアや五反田堀尾に比べたらまだマシなタイプかな?
エルヴィーラは確かにボンキュッボンで唇がプルっとして、垂れ目で色っぽさ抜群というタイプだった。ボクの好みとは若干……というか、かなりズレるねぇ。色気よりも圧倒的美貌とか、天使のような可愛さとかだから……後、百合! 百合百合! あーいう、タイプの女性同士の百合もまた大人っぽくていいなぁ、と思う。
まあ、ボクの趣味云々はいいとして、彼女のような色気満載の女性なら、ただ挨拶しただけで誘惑されたとか言う男性が現れて困ったと言われても信じてしまうかもしれないねぇ。ボクなんかより断然モテそうだし。
だから恋人の彼からしたら気が気でない状態だったんでしょう。……彼もまたある意味被害者だしなぁ。
まあ、ローザも成長したら悪役顔とはいえ綺麗系の美少女に成長するし、更にスタイルもめちゃくちゃ抜群になるから特に対抗意識とか燃やしていない。……燃やしそうなのはアクアか。子供扱いした瞬間にキレるからねぇ、彼。
さて、明日は園遊会前日ということで、プリムラとビアンカ王太后が事前の打ち合わせを兼ねたお茶会を行うことになっているし、早めにビオラの仕事を終えてゆっくりと休まないとねぇ。園遊会も明後日だし。
それじゃあ、もう一仕事頑張りますか!!
◆
翌日、ボクはプリムラと共に離宮に向かった。
園遊会前日のプリムラとビアンカ王太后が事前の打ち合わせを兼ねたお茶会のため……だったんだけど。
「あら? 何故侍女服姿なのかしら? ローザには公爵令嬢ローザ=ラピスラズリとして参加して欲しくて招待状を送った筈なのだけど」
「そうなの? ローザ?」
「……えぇ、姫さま。確かに王太后様から招待状は受け取っておりますが、本日は王太后様と姫さまの打ち合わせを兼ねたお茶会ですので、ニーフェ離宮筆頭侍女と二人で給仕をするつもりだったのですが」
「……ねぇ、プリムラ? ローザに給仕をしてもらうのと、私達のお茶会に参加してもらうの、どっちがいいと思うかしら?」
「プリムラは……ローザが嫌なら無理強いしたくないけど、でも、ローザと一緒にお茶をしたいな。いつもは給仕してもらってばかりで一緒にお茶を飲む機会はないから」
「はい! 今すぐ準備して参ります!!」
《蒼穹の門》を発動し、王女宮筆頭侍女の執務室に戻ってドレスに早着替え(『管理者権限』を大いに活用して)して、手土産のシャインマスカットを使ったムースケーキを四つ持って戻った。
「改めまして、お招き頂きありがとうございます。こちら、是非お茶会で召し上がって頂けたらとお持ち致しました。新作のケーキになります」
「ローザのケーキ!? 嬉しいわ!」
「……申し訳ないわね。まるで、ケーキのために戻ってもらったみたいで」
「流石に私も王太后様のお茶会に手土産なしで参加できるほどの胆力はありませんから。……ケーキは四つありますので、ニーフェ筆頭侍女も後ほど召し上がってください」
「ニーフェの分もありがとう。……ローザ、私は貴女のことを友人だと思っているわ。王女宮筆頭侍女として色々と忙しいとは思うけど、たまにはこうして私の招きに応じてお茶会に参加してもらいたいと思っているのよ。離宮はあまり人が来なくて寂しいのよね」
……ビアンカ王太后、それは反則でしょ。そんな顔されたら無理にお断りできないじゃないか。
……全く、なんでこんな小娘を重宝するのか理解不能だよねぇ。
「プリムラ、ところで王女宮にローザが入る前にラインヴェルドからローザについて何か聞いていなかったかしら?」
「お父様はプリムラの母親代わりになってくれるって言っていたわ。ペチュニアが筆頭侍女を辞めるって聞いて悲しくなったのだけど……でも、今はローザが来てくれて本当に良かったと思っている。ペチュニアはもう一人のおばあちゃんみたいだったのだけど、ローザはまるでお母様みたいなのよね……お母様が生きていてくださったらきっとこんな風に育ててくれたと思うの。……同い年の筈なのに、とても不思議なのよね」
「お母様が生きていてくださったらきっとこんな風に育ててくれたと思うの」……これはボクの良心にクリティカルヒットする言葉だよ。
メリエーナが生きていたらどうなったんだろうか? ……きっと、王女として相応しいように教え導いたと思う。厳しさと優しさを両立させて……ボクにはそれができているのだろうか?
「実は、みんながいないところでは母様って呼んでいるの。……本当はプリムラのことをプリムラって呼んで欲しいのだけど」
「このお茶会の間は私達しかいないのだし、折角だから二人きりでいる時みたいに話したらどうかしら?」
ぱぁっと笑顔になるプリムラ……うん、普通は不敬なんだよ、公爵令嬢でも。まだデビュタントしていないしねぇ。
まあ、王太后様からお許しが出たんだし断っても話が拗れるから、二人の希望通りにしますか。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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