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Act.8-305 大戦に向けて動き出すそれぞれの陣営 scene.2

<三人称全知視点>


「おばんでやんす~。今日は嫌な天気ですなぁ、とうとう降り始めましたわ」


 鈍色の空の下、会って会話しても記憶に残らないような、不思議なほど存在感のない黒髪糸目のハンチング帽を被り、紺色のだぼっとした服を着て前掛けを下げた行商人の身なりで風呂敷のような唐草模様の入った帆布でできたリュックサックを背負った男は服についた水滴を払いながら領主館に姿を現した。

 鍵をしっかりと施錠してあった、にも拘らずである。


「……何者だ! 警備を呼べ!」


「ほんまにそないなことしてええのん? ウチは領主様に呼ばれてきたんやけど」


「そんな出鱈目を!!」


「ほな、確認してきたらええんちゃうかな? あっ、こう伝えてください。貴方達の欲しがっとる薬を売りにきた商人やって」


 半信半疑のまま領主館の高等文官は領主の部屋へと入っていき……そして、苦虫を潰したような表情で戻ってきた。


「領主様がお呼びだ。くれぐれも無礼の無いように」


「心得とるって」


 商人は応接室へと案内され、そこで領主と対面する。


「初めましぃ、『滅私奉公』の定吉と申します。領主様が仮死薬を欲しとる噂を聞きつけてやってきたんやねん」


「……それをどこで? 誰から?」


「それは言わぬが花やろ。ほんで、買うの? 買わへんの?」


「お前の目的は?」


「園遊会に魔物を運び込むんやろ? そん時、運び込む商人としてウチを雇って欲しい」


 全く意図が読めない得体の知れない提案だった。しかし、もし、仮死薬が本物ならば最後のピースが嵌まる。


(……まあ、ここは約束を守るふりをして殺せばいいだけのことだ)


「仮死薬の効力が分からないと取引には応じれない。それに、この辺境伯領の収入もあまり良いものではないのだ。その辺りを加味してくれるのなら考えても良いだろう」


「まいどおおきに」


 ブラックソニア辺境伯に案内され、まずは仮死薬の性能を納得させるために定吉は辺境伯の屋敷の地下にある魔物を捕らえた檻のある牢獄へと向かった。



「さて、仕掛けは上々。これで旦那さんも納得してもらえそうやな」


 無事に契約を結んで園遊会の会場への潜入の目処も立ち、仮死薬もブラックソニア辺境伯がギリギリで出せる範囲の高値で売りつけてホクホク顔で定吉は雨が止んだ鈍色の空の下、ブラックソニア辺境伯領を我が物顔で歩いている。

 しかし、その行先はブラックソニア辺境伯の領主館から明らかに外れの方向にある森の中である。


「……ぼちぼち出ていてもええんちゃいまっか?」


 定吉が振り向くと、そこには領軍の護衛官の服装をしたラサール=ワルドの姿があった。


「見かけない怪しげな行商人を見かけたので跡をつけてきただけです。……先ほど領主館から出てきたようですが、領主様のお客様でしたか?」


「まあ、そんなところや。行商人をしとるんやけど、たまたまやってきたこの辺境伯領で一儲けでけへんかとダメ元で領主館を訪れたらこれが大当たり。儲けさせてもろたわ」


「それは良かったですね。……領主様のお客様と言うことでしたら、報告は必要ないでしょう。本官は引き続き見回りをさせて頂きます」


「仕事熱心で感心や……キバリや」


 定吉は護衛官と分かれて少し進み……そのまま振り返り様に鋼糸を結んだ無数の糸を護衛官へと放った。

 赤い血飛沫が一瞬花開き……そして、何事も無かったように、鋼糸の上に人影が乗っていた。


 夜の闇に溶けそうな黒いワンピースを身に纏った、群青色の髪に切長の双眸、碧玉のような瞳を持つ見目麗しい女性は、乗れば忽ち切断されてしまうであろう尋常ならざる切れ味の髪の毛よりも遥かに細い鋼糸の上に涼しげな表情で乗り、指でクルリと回転させた拳銃を素早く構えると、引き金を引いた。


裂空の弾雨(ゲイル・バレット)


 刹那、銃口……ではなく、無数の極小の魔法陣が空中に展開され、四方八方全方向から一斉に圧縮された空気弾が放たれる。

 更に銃口に魔力を収束させると、音子(フォノン)を増幅・発振させて解き放つ音属性魔法「音子増幅砲(フォノンメーザー)」を空気弾に警戒していた定吉の肩を貫いた。


「おっかないなぁ、お嬢さん。……それ、『マネマネカード』やろ? その手があったか。……ってか、何者や?」


「お初にお目にかかりますわ、定吉様。私はビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局所属のフェアトリス=グリチーヌと申しますわ。貴方もよく知るアネモネ閣下の配下の一人と言えば分かるでしょうか?」


「……リーリエの嬢ちゃんの配下か。そりゃ、強い訳や。……逃がしてはくれへんのか?」


「逃げたければどうぞお好きになさってください。まあ、逃げられるものなら、ですか!」


 フェアトリスは定吉に銃口を向け、「音子増幅砲(フォノンメーザー)」を解き放つ……そのタイミングを狙って定吉は懐から光属性の魔力が閉じ込められた魔石を閃光弾代わりにして地面に投げつけ、閃光と共に姿を消した。


「……ミッションコンプリートですわね。上手く逃げて頂けましたし、もう辺境伯領に留まる理由もありません。戻って局長に報告致しましょう」


 地面に捨てられた使い終わって何の効力もないただの金属片と化した『マネマネカード』(一度カードに記憶させる必要があるが、二十四時間姿をその人物に変化させることが可能という課金アイテム)を置き去りにして、フェアトリスは辺境伯領を後にした。



 『憂鬱の魔人』メランコリーが本拠地としたのは、廃都フェントホープにある廃城である。

 フォルトナ王国との戦争で滅ぼされたこの王国の首都にあった城は『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』において、『魔界教』の本拠地となっていた。

 現在はメランコリーが『唯一神』に至ってから編み出した高度な認識阻害魔法によって守られながら、『憂鬱の魔人』メランコリーの保有する『神域』と現世を繋ぐ唯一の要所――メランコリーの最重要防衛拠点として機能している。


 大罪の名を冠する七つの玉座が円を作り、その中心には本来、『魔界教』の枢機司教の間にその優劣はないと示すために誰も座ることの許されない空の玉座が置かれていた。


 その玉座に唯一、座ることのできる人物――『憂鬱の魔人』メランコリーは空の玉座に座り、目の前に置かれた小さな丸テーブルの上のチェス盤から七つの黒い駒を取り、机の上に並べていく。


「『怠惰』はフォルトナ王国の擾乱の隙を突き、襲撃を仕掛けようとした一件で戦死。『強欲』はルヴェリオス帝国の皇帝に貸し与えて戦死。さあ、今回、『暴食』、『色欲』、『憤怒』、『傲慢』、『嫉妬』を派遣することになりましたので、もし負ければ『魔界教』は事実上の崩壊ですね。まあ、負けても私の懐が痛むことはありませんし、アイオーンとアポピス=ケイオスカーンの策が成功して、これで百合薗圓を討ち取ることができれば、それはそれで構わない。寧ろ、願ったり叶ったりです」


 『怠惰』を模したポーンと『強欲』を模したルークを手の中で粉砕し、残る『暴食』、『色欲』、『憤怒』、『傲慢』、『嫉妬』を模した駒を指で弾いて倒す。


「……さて、そろそろ貴女にも役に立って頂きましょう。私のために成果を上げてくれることを期待しますよ、ローザ=ラピスラズリ」


 そして、盤上から黒のクイーンの駒を手に取り、上品に口に入れてそのままゴクンと呑み込んだ。



 刻曜(こくよう)黒華(くろか)が目を瞑ると、その瞼の裏にいつも一人の少女の姿が映る。


 金色と桃色のオッドアイに、ピーチゴールドから白銀へと鮮やかにグラデーションするロングヘアをリボンで左右二つに結っている。

 衣装は白いミニドレスをベースとした魔法少女らしい衣装で、フリルやリボンをあしらい、彼女らしく可愛らしさが強調されている。


 真白(ましろ)雪菜(ゆきな)――猫型マスコットのカリスによって魔法少女となり、黒華達――黒の使徒達にも賛同せず、かといってQueen of Heart率いる魔法の国側という訳でもなく、両者と対立しながらも徐々に賛同を得て仲間を増やしていき……そして、「魔法の国を支配してその技術を独占する」という野望を抱いて魔法の国を支配しようとしていた黒華に、それが間違っていると真正面から突きつけ、「魔法少女達が地球の一般人達とも手を取り合える世界を創り上げよう」という彼女自身の願いを叶えるために手助けをして欲しいと手を差し伸べてくれた、黒華にとっては忘れられない恩人だ。


 ――世界は変わった。『管理者権限』を持つ神となった時、黒華がこの世界で真っ先に会いたいと思ったのは雪菜だった。


 しかし、黒の使徒達と合流できた今でも雪菜の姿は見つからない。


 魔法の国を支配するQueen of Heartと再び相見えて、魔法の国を彼女から解放するという使命はゲーム時代と一つも変わっていない。しかし、それと同じくらい雪菜の捜索も黒華にとっては大切なことだったのである。


 事態が動いたのは園遊会の二週間前――黒の使徒にいる最高幹部、「烏羽四賢フォー・セイジズ・オブ・レイヴン」の一人、咲良坂(さくらざか)桃花(とうか)が持ってきた一通の手紙だった。


「……それで、どういう内容だったの?」


「……『蛇』め、嫌らしいことをする。……私がずっと探していた雪菜さんは奴等に捕らえられていたということなのね。返して欲しければ、指定された日にちに黒の使徒全員を連れてブライトネス王国の王都を襲撃するように……って。これは、明らかに罠ね」


「でも、罠だと分かっていても行くつもりなのでしょう? 変わったね、黒華は」


「……私が、変わった?」


「昔はQueen of Heartを倒して魔法の国を支配したいって……虐げられてきた魔法少女が、今度は自分達が支配する側に立ちたいって、そういってこの組織を作り上げたのに。……勿論、私はそれを悪いことだとは思わないよ。私達は黒華さんについて行くと決めてここまでついて来たんだから、最後までお供する。それに、これは好機でもあるんじゃないかな? Queen of Heartを倒すためには、やっぱり『管理者権限』を集める必要があると思う」


「そうね……貴女達には感謝しても仕切れないわ。……黒の使徒達の全員に伝えてきてくれないかしら? 目標を変更して、ブライトネス王国の王都に襲撃を仕掛けるって」


「……了解」


 桃花は黒華の指示を伝えるべく戻ろうとして……足を止めると、振り返って黒華にずっと思っていた疑問をぶつけた。


「ところで……雪菜さんって誰なの?」

 お読みくださり、ありがとうございます。

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 もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。


 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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