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Act.8-304 大戦に向けて動き出すそれぞれの陣営 scene.1

<三人称全知視点>


 シェールグレンド王国とブライトネス王国の国境を守る辺境の地ブラックソニア辺境伯領。


 このシェールグレンド王国との貿易の要所であり、同時に『深魔の森』と呼ばれる魔物の群生地からブライトネス王国を守護する防衛の拠点は、今、未曾有の危機に晒されていた。


 巨大な魔物――他の魔物とは異なり巨獣と称される脅威の出現。更にそこに、魔物の氾濫(スタンピード)も加わり、強大な魔物の勢力がブラックソニア辺境伯領へと雪崩れ込む。


「ホーリーバインド・ホステージ! お父さん!」


「わ、分かった!」


 十歳の少女――マリエッタ=スターチスが光属性の魔力を放って光の綱で猪型の巨獣の動きを止め、そこに大剣を構えたうだつの上がらなさそうな男――冒険者オートリアス=スターチスが地を蹴って加速――巨獣ではなく、巨獣を縛り付ける綱を次々と大剣で切り裂いた。

 一つ一つの綱が破壊される度に巨獣は苦悶の表情を見せ、最後の綱が切られた瞬間に絶命する。


「……『スターチス・レコード』のヒロイン・マリエッタ=スターチスがレベル50で習得する聖なる戒めを設置し、破壊させることで大ダメージを与える光属性魔法。……彼女が、英雄の娘マリエッタ=スターチスですか」


 その光景をあり得ないほど遠くの木の上から見つめていたブラックソニア辺境伯領の領軍所属の護衛官――ラサール=ワルドは良い報告ができそうだと口角を緩めた。


 しかし、戦況はあまり芳しいとは言えない。巨獣を倒しても、まだ魔物の氾濫(スタンピード)があるのだ。

 ブラックソニア辺境伯領の領軍と、スターチス親子を始めとする冒険者、そして、援軍として王都からやってきた遠征隊の近衛騎士百名。


 これだけの戦力が揃っているが、かつてないほどの規模なのか、なかなか削り切ることができず、逆に怪我人も増えている。


「大丈夫ですか!」


「ああ……少し腕をやっちゃってな。利き腕の方じゃなくて良かったが。……君は?」


「マリエッタ=スターチスよ。多少の治癒魔法の心得があるから傷口を見せてください」


 この戦いで左腕を負傷したリジェル=レムラッド侯爵令息の負傷を治癒した。

 ちなみに、この件で治療されたリジェルはマリエッタに想いを寄せるようになり(リジェルの好みにドストライクだったということもあって)、ヴィオリューテとリジェル、マリエッタの間で三角関係が形成されることになるのだが、それはまた別の話。


「これはこれは、なかなかの治癒魔法ですね」


 マリエッタが顔を上げると、法衣を身に纏った色素の薄いくすんだ金髪を持つ端整な顔立ちの青年が微笑を浮かべている姿が目に映った。


「貴方は?」


「初めまして、私は天上の薔薇聖女神教団の神父を務めていますジョナサン・リッシュモンと申します。なかなか素晴らしい光属性の魔力をお持ちのようですね。貴女ならもしや聖女になる資格を持つのではないかと期待してお声掛けさせて頂きました」


「聖女……ですか?」


 疑問の表情の裏に、マリエッタがニヤリと笑ったことをジョナサンは見逃さない。

 これから楽しくなりそうだと内心で神に感謝を述べながら、ジョナサンは優しい神父の顔でマリエッタに声を掛ける。


「もし興味がありましたら是非本山まで足をお運びください」


「あっ……ありがとう」


「それでは、私もちょっとだけ遊んできたいと思いますので、今日はこれで。魔物はまだまだいるようですから、お互い頑張りましょう」


 ジョナサンは、俊身を使ってマリエッタの動体視力でも追えない速度で魔物の群の中に突っ込んでいく。

 右手にいつの間にか漆黒に染まった剣を構えている。


「……つまらない、弱過ぎじゃない?」


 近衛騎士達ですら苦戦を強いられた魔物の群れを斬撃で吹き飛ばし、切り裂き、ジョナサンはつまらなそうに軽く剣を振って血糊を飛ばして鞘に戻した。


「フォルトナ=フィートランド連合王国より増援に参りましたカルコス=バーキンスです。これより、戦闘に参加します!」


 更にそこにカルコス率いるフォルトナ=フィートランド連合王国の元警備隊員からなる騎士部隊が雪崩れ込み、魔物を駆逐していく。

 やはり、その中でも頭二つ以上抜けているのはカルコスだ。


 まるでジョナサンと張り合うように多くの魔物を殺しながら駆け抜けていく。


「……これは、私達の出番は無かったかもしれませんね」


「……地獄絵図ですか? これは」


 最後に増援に駆けつけたのは、冒険者ギルド本部長ヴァーナム=モントレーとブライトネス王国王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしている金髪碧眼の目つきが鋭い男――『不可視(インビジブル)』イルワ=ゴローニャグだ。


「しかし、実に羨ましい、あの魔物達! 私も是非あのドS神父に満足させられたいものです。ああ、私もドS神父に足蹴にされたい」


「……また始まりましたか、例の悪癖が。……性癖を含まないドMでしたっけ? いい加減に……ってもういないし」


 ヴァーナムが魔物を邪魔な障害物だと言わんばかりに無造作に切り裂きながら、一直線にジョナサンに向かって走っていく姿を見て溜息を吐きつつ、イルワは『不可視(インビジブル)』と小さく唱えて、自らに向けられる見られる力をゼロにした。


 相手に見られる力をゼロにすることで、誰からも見つけられない暗殺者となる固有の無属性魔法『不可視(インビジブル)』。

 この力でイルワは傭兵時代は無傷で何度も戦場から帰還した。

 しかし、そうした戦いの日々に嫌気が差し、イルワは傭兵稼業から足を洗い、直接戦いに関わることの少なく、金払いも良い冒険者ギルドのマスターへの就職を決意する。この就職の際、傭兵時代の経歴が大いに役立ったのは言うまでもないだろう。


 すぐにギルドマスターになることはできなかった。二年のヴァーナムの秘書時代を経て(この頃に嫌というほどヴァーナムの強さと変態性を思い知った)、その後、ブライトネス王国の冒険者ギルドマスターに就任し、現在に至るという訳である。


 イルワも既に自分の力が時代遅れだということは承知していた。例え見られる力をゼロにしても、より高精度まで高められた見気を騙すことはできない。

 しかし、イルワはそうした時間の流れに良い印象を持っていた。戦いの日々に飽きた理由は、相手があまりにも無防備で何一つ面白みのない単純な作業だったからだ。


 ――だが、今は違う。

 闘気や八技を取得することで戦闘のレベルは段違いに向上する。『不可視(インビジブル)』も裏の見気と組み合わせれば現在も通用するものとなる。


 研鑽次第でいくらでも強くなれる時代だ。それに、そうして研鑽し合える者達がこの時代には数多いる。

 アネモネのような化け物には勝てないが、今のイルワでも互いに高められる相手がいるのではないか? その希望が、戦いに嫌気が差し、前線を退いて書類仕事の世界に引き篭もったイルワの心を若返らせ、闘争心を燃え上がらせ、再び戦闘の世界に駆り立てたのである。


「冒険者のオートリアス殿でしたね。あの巨獣を倒すとは素晴らしい剣の腕をお持ちのようですね」


「……いや、それほどでは」


 無表情で称賛するカルコスに、さてどういう反応をすれば良いのかと頭を抱えつつ、オートリアスは謙遜の言葉を口にする。

 いや、実際は謙遜では無かった。娘の力が無ければ、あの巨獣を撃破することなど不可能だったのだから。


「ですが、まだまだ敵はいるようです。巨獣ももう一体出てきました。もう一度、我々に貴方の力をお貸しくださいませんか? オートリアス=スターチス殿」


 巨獣を目の前に、ジョナサン、カルコス、ヴァーナム、イルワ――巨獣など歯牙にも掛けない最強の即席部隊が集結する。

 無表情にカルコスに誘われ、オートリアスはまるで英雄になったような気分で真っ正面から巨獣に向き直り、大剣を構えた。


「――これで、スターチス親子は『英雄親子』としてブライトネス王国に招かれることになることでしょう。そして、娘の方も教会との繋がり作る切っ掛けを得た。……これは、我らの主人に素晴らしい報告ができそうですね」


 ラサール=ワルドは素早く上司に報告をすると、職場であるブラックソニア辺境伯の領主館を目指して静かに戦場を後にした。



 ネスト誘拐事件と同時期に起こったシェールグレンド王国での殺戮事件。

 カノープス達公爵家やメネラオス達先代公爵家、更にはブライトネス王国の暗殺部隊【毒剣五指】、『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』、ガネットファミリーなどの暗躍により、『這い寄る混沌の蛇』と通じていたタナボッタ商会の従業員達、シェールグレンド王国の側室及びその息子であるシェールグレンドの王太子は暗殺され、シェールグレンド王国の危機は去った。


 これを機に、シェールグレンド王国の正妃・第二王子派が勢力を拡大したが、これをよく思わないのが旧第一王子派(王太子派)の『這い寄る混沌の蛇』と関係を持たなかった貴族達だった。

 彼らはブライトネス王国との更なる関係悪化に繋がった「お金吸い上げ問題」を有耶無耶にするため、「第二王子派で大臣を務めるヴァルドーナ公爵家に罪を押し付けよう」と企み、行動を開始する。


 彼らにとって追い風となったのは、ブライトネス王国のとある高位貴族の娘が我が儘を言い、その可愛い娘の我が儘を叶えるために魔物を欲しているという情報だった。

 魔物というものは見世物としては大変インパクトの強いものである……良くも悪くも。その危険性をろくに理解もせず、その娘は目立ちたいからと園遊会での王国への献上品として魔物を選んだのである。


 幸い、魔物の方はシェールグレンド王国の冒険者が生捕にした。しかし、それではまだ危険性が高く、許可を得られるとは思えない。

 彼らにとっての理想は剥製として贈られた魔物が突如動き出し、園遊会という催事を滅茶苦茶にするというものである。そのためには、仮死状態で園遊会の会場に持ち込ませるのが望ましい。


 既に差し出すスケープゴードはブラックソニア辺境伯の側近の一人と決まった。白羽のたった人物は外宮の侍女であるエルヴィーラの辺境伯時代の幼馴染である。

 無論、彼らは二人の確執を利用して園遊会に更なる混乱を……などとは考えてもいなかった。ただ、生贄に捧げても問題のない都合の良い人物として白羽の矢が立ったというただそれだけである。


 若きブラックソニア辺境伯もこの計画に関わっていた……が、ブラックソニア辺境伯もシェールグレンド王国の旧王太子派も幾人も人を介させることで足がつかないように策を弄している。更にその工作も受け渡しに関係した者達を秘密裏に殺すことで証拠は消える。

 ここまでは杜撰ながらも保身という意味では完璧な作戦だった……と言えるかもしれない。


 しかし、最後のピースが彼らの元には無かった。

 それは、魔物達を仮死状態にする方法である。仮死薬は旧ルヴェリオス帝国で開発され、闇の世界で取引されていた……が、とにかく高価な代物だ。


 それに、仮にお金を用意できたとしても、ブラックソニア辺境伯にも、シェールグレンド王国の旧王太子派にも闇の世界と取引をする方法はない。計画は暗礁に乗り上げた……かに見えたが。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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