Act.8-303 じゃじゃ馬娘、王女宮へ。(2) scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
翌朝、ヴィオリューテは課題のファイルを持って王女宮に現れた。
ちなみに、既に王女宮の侍女を含む使用人達は全員揃っていて、明らかに重役出勤だった……狙ってやっているのか。
これに腹を立てたのがメイナだった。遅刻した上に終始上から目線、全く改める気のない態度で弁解すらせず、それどころか居直って逆ギレし、更に「何よ、平民出身の侍女の分際で」などと言って(遅れて、これやってしまったと後悔したようだけど、口から出てしまったものはもう取り返しがつかず)、そこから売られた喧嘩に怒り出しちゃってキャットファイトの開幕。
……ヴィオリューテも心の中では少しずつ侍女として働いている間は貴族令嬢としての立場は通用しないし、王女宮で働く以上、メイナ達は先輩格であるということも理解しているんだろうけど、まだ素直になれないところがあるというか、プライド的なものが邪魔しているというか、そういったところからついつい憎まれ口を叩いてしまってということもあるんだろう。
……というか、じゃじゃ馬侍女が一日や二日で素直な侍女に変われる筈がないって。
普段のアクアのように無難に鉄拳制裁を浴びせて大人しくさせようと思ったんだけど、その前にオルゲルトが動いて二人に猫の子を掴むようにしてから雷を落として説教を始めました。
ということで、ボクの出番は無しです。
ちなみに、ソフィスはヴィオリューテ相手に覇王の霸気を垂れ流しにしていたので、メイナと言葉を戦わせている間、終始涙目だった。
「ヴィオリューテ、誰しも失敗はあるものです。今朝は慣れない環境で本格的に仕事を始めるということもあり、寝坊してしまった……というのはまあ、仕方がないと思います。しかし、その後の対応が頂けません。素直に謝罪するということも大切です。プライドが邪魔してということもあるでしょうが、そういった態度では問題ばかりを起こして不本意な結果になるだけですよ」
「わ、分かっているわよ!」
「……言葉遣い」
「わ、分かっておりますわ! これでいいでしょう!?」
「……まあ、及第点ということにしておきましょう。メイナ、貴女も新人の発言に一つ一つ反応しない。今日は罰として反省文の提出と、庭の掃除をしてくるように。それから、今日の仕事は良いからお客様情報にまた新しいものが増えていますから目を通してしっかりと覚えなさい。……そして、ソフィス様。貴女の気持ちも分かっているつもりです。昨晩の件も含めて……とはいえ、覇王の霸気を垂れ流しにするのはあまりよろしい行為ではないと思います。本日の仕事は結構ですから、貴女もメイナと共に反省文の提出と、庭の掃除をしてください。……気持ちはとても嬉しかったですよ」
「……はい、畏まりました……申し訳ありませんでした、ローザ様」
「承知致しましたわ、ローザ様。……正直全く後悔も反省もしておりませんが、ローザ様にご迷惑をお掛けしてしまったことについては反省しております」
「反省できるのは良いことですよ、メイナ。まあ、ソフィス様はソフィス様らしいといいますか……本当に可愛らしいお方ですわよね」
今のボクの言葉で顔が真っ赤になったソフィスは、メイナを連れて勢いよく飛び出していった。
庭の掃除って案外大変なのだよねぇ。……勿論庭師が大半をやるけど、それでも落ちてくる葉っぱなんてずっとだし、綺麗だけど片付けは大変……虫も色々と出るし。
ソフィスも令嬢だし、こういったことを苦手にしているかと思ったけど……そうでもないのかな?
「良いですかヴィオリューテ。この王女宮で働く限り私の指示にはきちんと従ってください。また執事長であるオルゲルトの言も同じです。主たる王女殿下は寛容なお方で大概のことはお許しくださるし私達のような使用人にも優しく接してくださいますが、それに甘えて傍若無人な振る舞いなどしてはなりません」
「……しないわ、そんなこと」
「言葉遣い」
「……致しません。これでいいんでしょう」
「……はぁ、まあいいでしょう。後ほど、昨日の課題としてお渡ししたファイルを返却して頂き、午前は一通りの書類を課題として書いて頂きます。勿論、必要であれば適宜フォロー致しますが、何かしらの不測の事態が起きた場合は自主練習に切り替えますのでそのおつもりで。午後はオルゲルト執事長に紅茶講義を、シェルロッタに礼儀作法の講義をお願いしてあるのでそれぞれしっかりと受講するように」
プリムラに朝の挨拶をしてから、ボクはヴィオリューテを連れて王女宮筆頭侍女の執務室に戻る。
そして、いくつかの練習用に作った書類を手渡し、ファイルを預かった。
「上に書いてあるものを想定した上で、下の書類の内容を書いてくれれば問題ないからねぇ。色々と詳しく書かないといけないと思っているかもしれないけど、不測の事態に備えて……まあ、例えば昔は贈り物の中に毒を盛られたりとか、色々あったんだよ。そう言った時にいつ、誰が、何を納品したか、といった情報は大変重要になってくる。また、盗品の問題もしかり。王城で使われる高品質のものを横流ししていたという時代もあったようでねぇ……そう言ったことはないに越したことがないでしょう? 見つけ出して処分する手間も掛かるし。ということで、普段からしっかりとチェックしていくことが重要なんだよ」
「……そんなこと考えたことなかった」
「貴族間の嫌味の応酬だけなら可愛いものです。そういう危険性も考慮すべき、と片隅で良いから覚えておくと良いでしょう」
「……確かに、詳しく書かないといけないから面倒だと思ったわ。でも、正直、内宮勤めの時よりずっと楽ね。しっかりとフォーマットがあるからとても書きやすいわ」
「王女宮勤めの時はそれでも構わない。でも、ヴィオリューテは他の宮に転属する可能性もある。アルマ先輩のおかげで書式の統一の方は順調に進んでいるんだけど、こうやって印刷されたフォーマットがあるのはうちだけだから、ここで書式をしっかりと暗記しておくということが後々の侍女としての出世に役立つかもしれないよ」
ヴィオリューテもいつまで王女宮で預かりか分からないしねぇ。結局、ボクの役目は彼女が立派な侍女となって巣立っていくように育て上げることだし。
しかし、結構書くのも早いし何枚か書いて疲れたと文句を言いつつも手は止まらないし、書類業務はあまり心配しなくてもいいのかな? ……質問は何を書くべきなのか枠外に示されている分かりやすい設計だからか飛んでこないし。
ちなみに、内宮では主に掃除と内宮筆頭の補佐という名の雑用をしていたんだそう……多分内宮筆頭が自分の目の見える範囲に置いた結果だろうけど、こういう才能があるって気がついてあげることができたら、ヴィオリューテもこれほど腐らなくて良かったんじゃないかと思うとちょっとねぇ。
「合格ですね、よく頑張りました。今日で一通り覚えられたのなら、明日からは書類仕事を一部お任せできそうですねぇ。良かった、正直もっと掛かるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたんだよ」
「これくらいワタクシに掛かればちょちょいのちょいよ! ……と言いたいところだけど、明らかにワタクシの実力ではないわ。貴女はワタクシ達侍女がポテンシャルを発揮できるように様々なフォローをしているということが流石に分かったわ。自分の実力だって過信していると、きっとダメになってしまうわね」
「まあ、ボクにできることは些細なことばかりだから。……ここにいる行儀見習いの侍女達は、いずれ巣立って立派な淑女となって人生を送っていく。ボクは少しでもそのお手伝いができたら幸せだと思うんだ。メイナやヴィオリューテだってそう……これから侍女として残るのか、良縁を見つけて嫁ぐのかは知らないけど、ここで学んだことはきっと役に立つ」
いずれ、ここにいる子達は育っていく。それはプリムラも……ボクは、いつまでここで王女宮筆頭侍女を勤めるのかな? いや、別にそれが嫌だとかじゃなくて……勿論、いずれはこの役目をシェルロッタに譲るつもりなんだけど、そっちはそっちで難航しているし、いずれにしても、それは今じゃないと思う。じゃあ、いつなんだって話なんだけどさ。
「午前はここまでにしよう。いずれにしても、午前はよく頑張りました。……みんなには内緒だよ」
冷蔵庫からチョコレートケーキを取り出して、ヴィオリューテの前に置き、紅茶を淹れて差し出した。
まあ、ボクはチョコレートケーキにはコーヒー派なんだけど、ヴィオリューテは飲めないかもしれないからねぇ。
「いつも頑張った子には細やかなご褒美としてミッテランのショコラをプレゼントしているんだけど、今日は生憎と在庫を切らしていてねぇ。まあ、そう大したものではないんだけど、良かったらどうぞ」
ヴィオリューテは少し残念そうにしつつも、とりあえず折角出されたのだし、と先端を切ってスプーンで口に運び……そして、蕩けた表情になった。
「何これ美味しいわ!!」
「それは良かった」
「でも、まさかお菓子作りまで得意だとは思わなかったわ。ミッテラン製菓のチョコレートは食べたことがないけど……でも、商品として通用するものだと思うわ」
……さりげなくヴィオリューテがミッテラン製菓のチョコレートを食べたことがないことが発覚したけど……侯爵家なら普通に買えるんじゃないかな? いくら他の侯爵家に比べて貧乏だって言っても。
このチョコレートですっかりやる気になったヴィオリューテは意気揚々と午後からのオルゲルト執事長の紅茶講座に向かい、玉砕したらしい。
茶葉の種類は貴族令嬢だから粗方知っていたようだ。……高級茶葉となるとちょっと怪しかったですが。
ただ淹れ方、味の違い、見た目、どのような飲み方が適しているのか、お茶請けはどのようなものが望ましいか。ティーカップの銘柄、扱い方、茶葉にあった砂糖の種類……とまあ、覚えるべきことが増えるにつれて彼女の顔が引き攣っていったようだ。
そして、トドメに壊滅的にお茶を淹れるのが下手ということが判明……オルゲルトがどんなに教えても何故か失敗する。というか、彼女が呻くように白状した言葉によれば料理全般がこうなるんだとか。……月紫さんかな? 彼女もポイズンクッキング的な才能があったのか、どれだけチャレンジしても結局上手く料理が作れた試しが無かったんだよねぇ。まあ、それはそれで可愛いし、適材適所だとボクが料理を学ぶきっかけになったんだけど。
「……とりあえず、私の知っている人に比べたらまだマシですし……もしかしたら、もしかしたら料理を作れるようになれるかもしれません。今回の件が片付いたら少し私と練習しましょうか?」
「……はい」
この時の落ち込みっぷりは相当で、迂闊にも可愛らしいと思ってしまった。しおらしくなるとヴィオリューテって結構可愛さが出てくるタイプだと思うんだけど……普段はプライドが高いからなかなかここまで落ち込むことはないんだよねぇ、まあ、仕方ないか。
「良いですか、黙って微笑む、それだけで貴女の魅力を感じて寄ってくる方は必ずいます。ですが見た目だけで寄ってくる方相手に愛想を安売りすることも、冷淡に接することも得策ではありません」
「……じゃあどうしろっていうの」
「口調を直して。とにかく、まずは微笑みなさい。そこで印象付けなさい。手紙でも何でもいいから後日にアプローチしてくるならば、少し考えてみるのもいいでしょう」
「……分かったわ」
「約束ですよ。いいですね、微笑んで給仕。……とりあえずそれだけ気をつけたら今回は及第点ですから」
「分かったわよ! 青い血の名誉と誇りにかけて約束するったら!」
……まあ、それでもポラリス=ナヴィガトリア師団長ことヅラ師団長(もう逆でいいよねぇ)は突っかかってきそうだけど。
アイツ、真面目だからヴィオリューテと相性が悪そうなんだよねぇ……まあ、あのヅラはヴィオリューテよりもオニキスとかアクアとかに突っかかりそうだけど……って、ボクにも突っかかって来そうだなぁ……園遊会での最大の懸案事項はポラリスな気がする。
そして、紅茶講義に続いてシェルロッタにもメタメタにされたヴィオリューテさん……明日までに復活できるといいけど。
◆
余談だけど、その日の夜にヴィオリューテはプライドに邪魔されながらもなんとかソフィスとメイナと和解することに成功したらしい。
そして、ヴィオリューテがボクのチョコレートケーキのことをうっかり話してしまったことで、遠回しにミッテラン製菓のチョコレートではなくボクのチョコレートを所望するようになった。……ミッテラン製菓のチョコレートの方がブランド的に分かりやすくていいと思うんだけどなぁ。……あっ、個人の感想です。
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