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Act.8-302 アルベルト=ヴァルムトとソフィス=アクアマリン scene.1

<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>


 あのエルヴィーラという侍女とエディルが起こした騒ぎの夜、私は少しだけ気落ちして近衛の寮に戻った。


『アルベルト近衛騎士殿、本当はお嬢様のこと、好きでもなんでもないんじゃない? それこそ、面倒な女性達の誘惑から身を守るための防波堤くらいにしか。今回の件、話を聞く限り全ての泥はお嬢様が被っている。敵意が全て自分に向くように巧みな論点の掏り替えと、ヘイト管理で。……正直な話、俺はお前がお嬢様に相応しいとは思わない』


 あのアクア殿の言葉が今も耳から離れない。

 私はローザ殿に好意を持ち、距離を詰めたいと……そしていずれは結ばれたいと思っている。

 しかし、傍目から見たら確かに私は面倒な女性達の誘惑から身を守るために彼女を利用していると取られるのかもしれない。


 ローザ殿は公爵令嬢――それも恐ろしい人物という根強い認識がされている。そして、今回の件でますますその認識が強固なものとなってしまっただろう。

 確かに、女性達から身を守るための防波堤とすれば、これ以上のものはないかもしれない。……勿論、そのようなつもりでローザ殿に近づいたという事実は一切ない。それは断言できる。


 ……もっとも、今ではそれが勝手な気持ちの押し付けなのかもしれないと思っているが。


 ローザ殿が結局、私のことを好いているのか明瞭になった訳ではない……というより、今回の件で心底嫌そうな顔をしていたところを考えると、寧ろ不安でいっぱいだ。

 確かにあのような面倒ごとに巻き込まれたらどんなに好きな相手でも怒りを覚える……それは確かにそうだ。


 しかし、ほんの僅かでも愛する人を助けたいという気持ちが働くんじゃないかとも思う。……勿論、そう思うことが当然だという傲慢なことを言うつもりは更々ないが。


 つまり……これは最悪な想定だが、ローザ殿が私を全く一片も愛しているところはなく、本当に義務感で、ルークディーンと姫殿下の婚約を恙無く成立させる、ただそれだけのために私にも心を配ってくださっている……ただそれだけなのではないか。


『ですが、ローザ様はいかがでしょう? まだ出会って一年未満ですわよね? 本当にアルベルト様はローザ様という方を把握しておられるのでしょうか? いえ、人間の全てを、腹の中まで完全に把握することはできませんわ。……アルベルト様は考えていないとしても、ローザ様はどうなのでしょう?』


 そして、それを裏付けるようにアネモネ閣下の言葉がグルグルと私の頭を回る。

 ローザ殿が決して私を愛していないと、これは完全な片想いなのだと突きつけるアネモネ閣下の顔に一瞬だけローザ殿の顔が重なって、まるで彼女自身にその事実を突きつけられているようで、今でも、時々その時のことを思い出すと背中がゾクっとなる。


 暗澹とした顔で近衛の寮に戻ると、ブラックソニア辺境伯領から戻ってきた同室のリジェルがニヤニヤと笑って手紙を差し出した。


「おい、アルベルト=ヴァルムト!!」


「なんです、騒々しい」


「お前宛てに手紙だぞ」


「ありがとうございます。……なんです、くれたらいいじゃないですか」


「相変わらずモテてんなー、これは近衛の宿舎に食料品置きに来てるアリシスちゃんだし、こっちは内宮の侍女の子だろ? そんでもってこっちは――」


「プライバシー無視して差出人読み上げるの止めてください」


「おっ、それでこっちは……おい、王女宮の侍女じゃねぇか!」


「王女宮の侍女だって!?」


 ローザ殿からの手紙だと思ってリジェルから手紙を掻っ攫う。

 差出人は……ソフィス=アクアマリン?


「ソフィスっていうと、あれだろ? アクアマリン伯爵家の呪われた子」


「……くだらない風聞を持ち出すのはやめなさい」


「しかし、まさか王女宮の筆頭侍女様だけじゃなくて他の侍女にも手を出しているなんてな」


「出していません! というか、面識も全くないのですが」


「面識がないって? まあ、度々王女宮に行っているし、その時に一目惚れしたとかそんなんじゃねぇのか? ……ってか、アクアマリン伯爵令嬢? なんかどっかで耳にした気がするんだが。それも、ごく最近……なんだったっけなぁ」


 とにかく、手紙を開封してみよう。

 私は手紙を開封し、中の便箋を取り出す。許してもいないのにリジェルも手紙を覗き込んだ。


「……うわー、ストレート。内容はほとんど時間指定と場所指定だけじゃん。てっきり甘い告白文句が書いてあると思っていたのに……これって、直接会って告白する気満々じゃない?」


「指定の時間まで三十分ほどですね。場所は……王女宮の庭ですか。姫殿下にも許可は取ってあると。必ず一人で来てくださいって書いてあるなぁ」


「ちぇー、折角見に行った挙句アルベルトにフラれたら慰めつつ、できたら俺の彼女になってくれないかと誘ってみようと思っていたのに」


「……ロリコンですか?」


「そっくりそのまま返すぜ」


「ローザ殿はあまり子供という雰囲気がないというか……時々、私の方が子供なんじゃないかと思ってしまうことがあるくらいです。決して、ロリコンじゃありません」


 なんとかリジェルを部屋に残し、王女宮の中庭に向かった。


「こうしてお会いするのは初めまして、ですわね。私はソフィス=アクアマリンと申します。夜分にお呼び立てして申し訳ございませんでした。単刀直入に申し上げますと、アルベルト様にお願いがあります」


「……お願いですか」


「えぇ……そう身構える必要はありませんわ。私はアルベルト様に懸想をする令嬢ではありません。まあ、ある意味で貴方にとっては彼女達以上に厄介な存在かもしれませんが、それはお互い様ですわ。……さて、本日、私はとてもとても信じられない話を耳にしました。外宮の侍女をアルベルト様――貴方様が誘惑したと騒ぎ立てる近衛騎士との間でトラブルが発生した際、その場に居合わせてしまったローザ様を巻き込んだ……この事実に相違はありませんか?」


「……相違はありません」


「はぁ……全く信じられませんわ。……アルベルト様、今回の件でローザ様に多少の申し訳なさを感じているのであれば、園遊会が終わるまで……いえ、せめて園遊会が始まる前まではプライベートを含め、いかなる事情であってもローザ様の元を訪れないようにしてくださいませ。謝罪も結構。これ以上、ローザ様のお手を煩わせないとこの場でお誓いください」


「それは何の権限があって?」


「確かに、このようなお願いをする権限は私にはありませんわ。ですが、少なくとも貴方のような非常識な人間よりも分別はあるつもりです。ローザ様は元々ご多忙なお方です。それに加えて園遊会という大行事が待ち受けています。謝罪などというくだらないもののために費やす時間はありません。……その謝罪は貴方の自己満足以外の一体何になるのでしょうか? ローザ様を思えば尚のこと、この状況でローザ様の執務室に押し掛け、時間を費やさせるなどという愚行はできないと思います。……貴方は恵まれた人間であるということをご理解していないようですわね。それは女性達の目を引く美貌とか、そういうことではありません。貴方は国王陛下という大きな後ろ盾を得て、ローザ様が貴方を拒絶できないという圧倒的に有利な立場を利用してローザ様に迫っているのです。……貴方が妾腹の子だからという弱みを利用し、近づいてくる女性と何が違うのか、私にしっかりと説明することができますか?」


「わ、私は――」


「私は、貴方が狡いと思います。私は、いえ、私達は何年もローザ様をお慕いしてきたのです。それが、ようやく可能性の蕾をつけ始めた。それなのに、ポッと出の貴方は恋人ヅラをして幾度となく恋人の時間を過ごしている。……嫉妬の一つも覚えるのは当然のことではありませんか。……私は貴方のことを警戒していたのですよ。ローザ様の義弟や、フォルトナの三王子、極夜の黒狼のボスの息子と同じくらい。……私はどうやら貴方を買い被り過ぎていたようです。……予言しましょう。園遊会後のローザ様とのデートで、貴方は遠回しにフラれます。その時は潔く諦めて、ローザ様のことはすっぱりと諦めなさい」


 ディラン大臣閣下に向けられたものに似た、絶対零度の視線。

 リジェルは真正面からの告白だと思ったが……告白されるよりもずっと精神的に辛い。


 彼女は、きっとローザ殿を愛しているのだ。それも、恐らく私以上に。

 ……諦めるか。もし、ローザ殿に拒絶された時に、私は本当に諦められるのだろうか?


「……貴方は私達のライバルに値しません。しかし、もし諦めないというなら……ローザ様に相応しい人間になりたいと努力を重ね始めるのであれば、私達にとって脅威です。そうならないことを私は切実に願いますわ」


 そのままなら私も落ち込んだまま帰らなければならなかった。

 でも、ソフィス殿もなかなか優しいな。……非情になりきれないというか。


 「しかし、もし諦めないというなら……ローザ様に相応しい人間になりたいと努力を重ね始めるのであれば、私達にとって脅威です」……か。

 それはつまり、諦めなければ私にも可能性があるということに他ならない訳で……。


『アルベルト様もきっと私と会う時には心の中に隠している部分というものがあるのではありませんか? そして、それは私にもあります。それもきっと、アルベルト様以上のものが。それを知ってなお、諦めないということであれば、私も真剣に本腰を入れて交際について考えなければならないと考えています。……誰かを好きになるという感情は、自分でもどうしようもない感情だと思います。いくら玉砕しても、諦めない方という者がいることを、私はよく存じ上げています。アルベルト様が知らない私という部分を知って幻滅したなら、それまでのこと。それを知ってなお諦めないとなれば、そこからのことはそれからまた考えるべきだと思いますわ』


 ――ローザ殿の言っていた、この「いくら玉砕しても、諦めない方」、この少なくとも一人がソフィス殿なのだな。


 ソフィス殿もローザ殿も、可能性は薄いが、しかし全くないとも言っていないのだ。

 ――つまり、チャンスはある。


 ソフィス殿は一瞬にして王女宮の庭から姿を消した。

 近衛騎士である自分も習得に時間の掛かった俊身を使いこなすソフィスに驚きつつ、私はほんの僅かな希望を抱えて近衛の寮に戻った。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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