Act.2-1 ラピスラズリ公爵家の赤薔薇令嬢(二歳)
<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>
ボクが前世――百合薗圓としての記憶を取り戻したのは二歳の時だった。……思い出した理由は分からない。
あの『湖水』のような空間で青い世界に呑み込まれて、気づいたらローザになっていたということになるねぇ。
一方で、ローザとして生きてきた記憶もある……といっても、生まれたばかりの時の記憶はないし、あるのは一歳前後辺りからかな? まあ、記憶に関わる海馬が完成されるのが三歳だから一歳頃の記憶は当然幼児健忘症の関係で思い出せない筈なんだけど……でも、一通り確認してみても百合薗圓としての記憶は完璧にあるし……う〜ん、やっぱり分からないねぇ。そもそも、十何年分の記憶や知識を完全な状態で転生体が保有するって時点で意味が分からないし。その辺りが可能か不可能か、検証するのは化野さんの得意分野だからねぇ。ボクの科学知識は少し齧った程度だし。
ボクの転生に干渉したのは、ハーモナイア――電脳遊戯世界調整用超高度人工知能[Super advanced artificial intelligence program for game world adjustment]のハーモナイアシステムそのものに間違いはない。
雷神ウコンが話していた、この世界にだけ存在する世界作成の装置――形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]に、ハーモナイアが選ばれたのだろう。
でも、その権限の一部はシャマシュに奪われ、シャマシュ教国が建国された。
シャマシュ教国のステータスシステムは既存のものじゃなかったし、おそらくウェポンスキルとマジックスキルのシステムを流用して作ったオリジナル……ってところじゃないかな?
ボクはハーモナイアシステムを学習させるために様々な情報を入れていたし、テストで何度かフルダイブ型のVRヘッドギアを使ってゲームにログインしていた。その情報を利用してこちら側の世界に干渉してきたのはまず間違いない。
転生の原理や神界に関する情報はホワリエルとヴィーネットの最上位の上司にあたる雷神ウコンから聞いていた。
だから、死に対する不安も無かったし、ハーモナイアが神の位置にいるとしたらボクの魂をそのまま全ての世界にランダムで転生させるシステムに向かわせるなんてことは全力で阻止しにかかると踏んでいた。だからあの『湖水』でハーモナイアと合流できることも予想の範疇だったんだよねぇ。
結果として、ボクは最も予測に近い形でこのユーニファイドに転生できた。……まあ、ボクが百合薗圓として呼ばれた時代よりも少し前みたいだし、国もシャマシュ教国ではなくブライトネス王国で、その転生体がかの悪役令嬢ローザ=ラピスラズリってのは、作為性を感じるんだけど……まあ、あの様子だとたまたまか、運命的な何かが働いたとかかな? このある種必然とも呼べる運命というのは厄介で、ただの本好きを拗らせた変態を時空を支配可能な化け物に変えるほどだし……って、直接会ったことはないけど。
何故過去転生が可能か、については文学者の能因草子が残した論文『転生に於ける肉体の束縛を離れた魂の時間的立ち位置から導き出される過去転生に関する一仮説』で説明をつけられる。まあ、魂は時間的な流れと空間的な流れに囚われないのではないかという仮説だねぇ。
この文学者の卵を自称する化け物は特殊な性質を持つ異世界に集まった様々な時代の人間の情報を集約し、「神的存在による干渉がない場合、転生する位置と転生する時代はランダムに決定される」という答えに辿り着いた。また、実際に特定の時間に自分達を転生させることで元の世界に帰還するっていうとんでもない方法を提案したみたいだし……やっぱり頭の出来が違うんだろうねぇ。
とにかく、この過去の時代の、幼少期のローザに転生したという状況は科学的な……という条件に囚われさえしなければ説明できるってことになるねぇ。
……なんで平和で平凡な生活を願ったのに、それと対照にある破滅フラグの塊に転生しているのかは永遠の謎だけど。
しかし、この悪役令嬢ローザ……二歳の時から既に可愛げがないよねぇ。
薔薇を象徴するような赤い髪と灰色の瞳、白雪のような白肌――前世のボクも身体のケアには気を遣っていたけど、ここまで一切手を入れずに理想的な肌艶を持っているってのは実に羨ましい……まあ、今はボクのものなんだけど。
ただし、その顔つきはこの時点から既にキツめの悪役顔……うん、悪役令嬢になるべくして生まれたエリート悪役令嬢? 主人公イジメマスターに俺はなる!! 的な……はい、いやです。平々凡々に生きていきたい。
まあ、娘にダダ甘な父と大人しく娘を叱れない母親の元に育ち高慢ちきな我儘お嬢様として成長したっていう設定があるんだけど、この世界に限ってはその設定が上手く機能するかすら分かっていない。まあ、機能したところで中身はボクだから我儘放題で後々に婚約を結ぶ第三王子ヘンリー=ブライトネスに迷惑を掛けるなんてことはそもそもないし、そもそも男と結婚に拒否反応しかないから、全力で婚約は回避するつもりだけど。……そもそも前提が成り立たないねぇ。
それに、このボツ設定が生きている異世界なら【ブライトネス王家の裏の剣】の設定が生きていても別におかしくはないんだよねぇ……というか、確実に生きている。
【ブライトネス王家の裏の剣】という設定はラピスラズリ公爵家が王家に仇なす組織や人間を王の代わりに処断することを許されている唯一の家であり、国の暗殺部隊を取り纏める権限を持つというもの。
ローザの父カノープス=ラピスラズリやその家族に関する設定として考えはしたんだけど、これをすると娘が横暴をした時点で処分に掛かるのではということで、三人一致で「却下」ってことになったんだよねぇ……案出したのボクだけど。
ちなみに三人ってのはボクと高槻さんの他にノーブル・フェニックスに出資している出資会社の鳳鸞醸造所属のプロデューサーの雪城真央さんが加わったいつものメンバーなんだけど、百合好きのボクと、人外ケモ耳好きの高槻さんと、BL好きの雪城ってことでそもそも得意としている領域が違うし、ボクが鳳鸞醸造にもボクのお金が入っているから一方的に何かを言える立場に鳳鸞醸造はないんだよねぇ。それに、高槻さんがやたらパワフルだから基本的にはボクと高槻さんの一騎討ちになる……三竦みはどこに行ったんだろうねぇ。
ということで、これまでの目に余る横暴から国外追放にされるか、主人公が正式に聖女に認定された際に暗殺者を差し向けた聖女暗殺未遂の罪で処刑されるか、主人公をナイフで殺しに掛かり、ヘンリーに剣で刺し殺されるかの三択が、【ブライトネス王家の裏の剣】によって身内の恥が秘密裏に暗殺されるって選択肢が増えて四択になったって話だねぇ……いや、増えられても喜べないんだけど。
ボクの記憶によればカノープスは物凄い娘に激甘だったけど、【ブライトネス王家の裏の剣】ならば一度王家に仇なすならば実の娘だろうと容赦なく殺す……うん、確実に感情に波風立てずに殺せるよ。
うん、この設定だけで『スターチス・レコード』の物語そのものが崩壊するよ!! 誰だよ、考えたの!! 責任者出せよ!! あっ、この件の責任者、ボクだった……。
ということで、ボクの目標は悪役令嬢にはならず、【ブライトネス王家の裏の剣】にも睨まれず、自立できるくらいの資金を手に入れてブライトネス王国から脱出するということになるねぇ。このまま魔法学園に入学して本編のルートに入れば補正で破滅ルートに入る可能性もあるし……まあ、でも悪役令嬢が主人公で悪役補正が入らない場合って結構あるからねぇ。……気合でフラグを折っているとか……まあ、そもそも乙女ゲームそのものと、乙女ゲームを基にした世界は全く別物で、一つの世界である以上は様々に分岐する。それこそ、ゲームでは設定されていないような展開になることもあるし、「乙女ゲームの主人公になったから攻略対象の王子様と確実に結構できるわ!!」っていうことはないのかもしれないねぇ。結局、主人公って肩書きに甘えて努力を怠れば、攻略対象から好意を持たれることはない。その辺りをきっちりと考えていない主人公に転生した人が多過ぎる気がしないでもないけど……そして、きっちり破滅を回避しようと誰よりも努力をした人が、その努力を認められてハッピーエンドを迎える……はい、ボクは破滅も攻略対象と結ばれてエンディングも却下です! 男となんて絶対に、イヤ!!
でも……破滅ルートにも入らず攻略対象と結ばれてエンディングも回避して、ブライトネス王国から脱出する……ってことになると、やっぱりお金が必要だよねぇ。そして、二歳児はお金を持っていない!! うん、知ってた。それに、貴族って自分ではお金を持っていないイメージだから、自由に使えるお金って実質ゼロなんだよねぇ……それに、財布を持っているのは【ブライトネス王家の裏の剣】に区分されるラピスラズリ公爵家に使用人……うん、詰んでる。使用人一人を懐柔するとか、仲が良くなったメイドさんを仲間に引き入れるっていうテンプレも、絶対にカノープス辺りに報告されるし……となると、ラピスラズリ公爵家の資金に手をつけず(屋敷の金に手をつけるなんて犯罪に手を染めたら、それこそ疑われる以上のダメージになるし、乙女ゲームスタートの前に退場って最悪の事態にもなりかねない)、どうやって自分で使えるお金を使うか……だねぇ。
……ところで、さっきから右下辺りの視界に映っているアイコンってなんなのかな?
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