Act.8-301 王女宮への突然の訪問者〜藍晶とメアレイズ〜 scene.1 下
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
メアレイズを王女宮筆頭侍女の執務室に案内し、メアリーとメイナに給仕を任せる。
二人が紅茶とお茶菓子のシフォンケーキを机に置き、綺麗に一礼したのを確認し、緊張の面持ちでボクの方に視線を向ける二人に「良かったよ。園遊会の方も無事に成功させられそうだね。藍晶殿の給仕は私の方でしておくから、二人は戻って大丈夫だよ」と伝えて二人を下がらせた。
「何故、お二人を選んだのでございますか?」
「スカーレット、ソフィス、ジャンヌ、フィネオ、メアリー、メイナ、ヴィオリューテ……このうち、ヴィオリューテは今後ボクの方でしっかりと教育していくつもりだからいいとして、ちょっと心配だったのがこの二人だった。だけど、二人は突発的な給仕の仕事も完璧にこなせている。憂いは消えたと言っていいと思うよ」
「大変でございますね」
「それで、メアレイズさんの用事って何かな? ボクにできることならいいんだけど」
「実は最近魂魄の霸気を新たな領域にまで強化させることができまして、新たに《月夜の天兎》に格上げしたのでございます。《暴兎》、《防兎》、《軽兎》、《俊兎》、《兎耳》、《兎足》、《狂兎》に加え、戦場の広範囲の状況を詳細に見通せる《天ツ瞳》を獲得したことで、戦場の詳細を把握することができるようになったのでございます。そこで、この力を使って『怠惰』戦のリベンジマッチをしてみたいのでございます」
「ボクも実はメアレイズさんがどれだけ指揮官として有用な人材か確認したいと思っていたんだ。多種族同盟の君主達にはボクの方から推薦しておくよ。まあ、確実に通ると思うけど。それじゃあ、ボクの方もある程度可能性が高いと思う部分については書類にして手渡そうか?」
「そうしてくださると助かるでございます。よろしくお願いしますでございます」
「それくらい任せてよ。面倒ごとに巻き込まれる時間はないけど、そういうことに費やす時間ならいくらでも捻出していいと思っているからねぇ。それに、園遊会に向けて忙しいと言っても早め早めの行動をしているし、実際そこまで追い立てられているって訳じゃないんだよ。ただ、このところ面倒ごとが続いていてねぇ……主にアルベルト関連で」
「……大変でございますね。でも、私にはいかんともし難いことでございます」
「まあ、これはどうにもならない問題だからねぇ。全く、クソ陛下も面倒なことをしてくれたもんだよ」
その後、互いに愚痴を言い合いつつ、しばらく話をしてから、メアレイズは文官の仕事をするために戻っていった。
優秀な人って辛いねぇ……特に、脳筋国家は。あの国は元々頭脳労働を軽視する方向にあったし、その悪しき風習は今でも残っている。……この人に関しては獣人に生まれない方が幸せだったんじゃないかと思うよ。まあ、エルフに生まれたらエイミーンに振り回され、ブライトネス王国やフォルトナ王国ならその優秀さを見込まれて結局ラインヴェルドとオルパタータダに振り回され……結局、今と変わらない人生を送っていそうだけど。
とりあえず、ボクは仕事をしても仕事をしても一向に楽にならず、ブチギレている兎さんが少しでも安らげますようにと心から祈った。
◆
藍晶はメアレイズと入れ替わるように入ってきた。
どうやら結構モフモフされたらしくしっかりと整えられていた毛並みが少しくちゃくちゃになっている。
「申し訳なかったねぇ。大丈夫だった?」
『特に危害を加えられた訳でもありませんし、問題は何もありません。ただ、意外ではありました。私は魔物ですし、その上こういう凶暴な見た目ですから。……私を切っ掛けにして魔物が必ずしも脅威ではないと、中には共存できる者もいることを知って頂けると嬉しいですし、こうした偏見が減っていってくれたらと思います』
藍晶は魔物や魔族に対する脅威意識や差別意識を少しでも減らせたらとモフモフを甘んじて受けたところもあったんだと思う。
まだ魔物のほとんどが人にとっては驚異なのは確かなんだけど、ボクも欅達に偏見が向けられるのは耐えられないし、こうした藍晶の行動は有難いと思う。
「……しかし、藍晶ってつくづく真面目だよねぇ。個人的にはそんなに堅苦しく考えなくていいと思うよ。ミリアムさんにも言われたんじゃないかな?」
『真面目過ぎるとよく言われました』
「まあ、ミリアムさんも元々は『燃え上がる正義』を掲げ、『魔物や魔族は全て敵だ! 滅ぼさなければならぬ!』って獅子奮迅の大活躍をして魔族からも天敵扱いされていたそうだからねぇ。ただ、そのうち魔族との戦いに疑問を持つようになった。人間と同じように彼らにも家族があり、生活がある。それに、ミリアムさんをまるで私物のように扱い、周辺国相手に傍若無人な行動を始めた王国の王族にも愛想を尽かしたんだろう。……彼女も真面目は人だったんだと思うよ。それに、真面目な性格っていうところはあまり変わっていないと思う。ただ、歳を重ねて肩の力が抜け、寛容な性格になった。……まあ、色々なことを経験したミリアムさんと、まだまだこれからの藍晶さんなら考えが違って当然だし、これから行き着く先で別の結論に至ることもそりゃ違う人生なんだから当然だと思うよ? ……で、今回の用事ってなんなのかな?」
藍晶に紅茶とケーキを出しながら尋ねる。
『例の地下鉄敷設計画……既にブライトネス王国、フォルトナ王国、緑霊の森間が開通したということについては報告でお伝えさせて頂いたと思います』
「報告書は読ませてもらったよ。直通で、今後は様々な領地にも行けるように更なる掘削を行わないといけないとはいえ、予定よりかなり早くて驚いた。駅はブライトネス中央駅とフォルトナ中央駅、そして緑霊の森中央駅の三つ。この駅についても既に別働隊が工事に動いているんだよねぇ? でも、今回の用事はそれとは別の要件……緊急避難経路の件なんじゃないかな?」
『はい、ブライトネス王国の王宮とフォルトナ王国の王宮の地下に存在する迷宮――緊急避難などに使われるこの迷宮と駅を繋げるという話が両国から出ておりまして、王宮の真下へと続く避難用の路線の工事を同時並行で進めていました。……流石に一般とは棲み分けを行い、かつ、避難の際に効率よく地下鉄を使えるように調整は重ねましたが』
「そちらもお疲れ様でした。……その報告を陛下達になさりたいということですねぇ。……藍晶、自らが責任を持って行っている仕事に最後までしっかりと取り組みたいという気持ちも分かります。クライアントにはしっかりと説明したい……それはとても立派なことです。しかし、藍晶――貴方もかなり忙しくしていると聞いています。剣術の修行の方はミリアムさんとダラスさんから既にお墨付きが出ているので、そちらの心配はないと思いますが、同時並行で進めていかなければならない仕事があります。地下鉄を敷設するか否かは、そういった交渉を専門とする方々が行うのでこちらも心配ありませんが、とにかく現場監督の仕事が忙しい時期だと思いますし、特に拘りが無ければボクの方でサクッと説明したいと思います」
『よろしいのですか? アネモネ様の方がお忙しいと思いますが』
「ボクの場合、時間は捻出するものですからねぇ。それこそ、やろうと思えばいくらでも捻出できますし。メアレイズさんの件でも多種族同盟の上層部と会談する必要がありそうですし、その時に陛下達に話せば問題ないでしょう。……ところで、藍晶さん。当日は大規模戦闘に参加できそうですか? ……一応、最悪な事態に備えてこちらで戦える面子には、いつでも戦闘が行える状態で待機して頂きたいと思っているのですが」
『どのみち、その日は作業を進めない予定でいますし、俺も戦いに備えておきたいと思います。まあ、俺のできることは限られていますが』
「謙遜はほどほどにしておいた方がいいですよ。――貴方は本当に『剣聖』の最有力候補なのですから」
『昔は剣に興味がありませんでしたが、握ったら握ったでこれがなかなか面白いものです。……とはいえ、私は『剣聖』には興味ないので辞退するつもりです。そのつもりでお二人の師匠にも話はしてあります』
「……そうですか、残念でなりません。折角聖人に至っているというのに」
『ところで、この園遊会の件が片付いてからもしお時間を頂けるのでしたら、直接ローザ様に剣の指南を頂きたいのですが』
「ほう……そういうことですか。巷にはアネモネを『剣神』と呼ぶ人もいるようですし……『剣聖』よりも『剣神』の弟子の方が箔がつくということですか?」
『いえ、そういうつもりでは……ただ、俺はもっと剣の深淵を学びたいと思っただけで』
「冗談ですよ。でも、ミリアムさんにはそのようなことを言われたんじゃないですか?」
『……まあ、確かに……アルベルト殿よりも優秀なのに継いでくれなくて残念だが、『剣神』殿の弟子の方が上だから仕方がないか、と恨み節を言われました。まあ、あの方は『剣聖』の肩書きにも興味がなく、称号に拘る暇があるなら剣を磨けというお方ですから、ただの冗談だとは思いますが』
まあ、ミリアムもダラスも肩書きよりも実力っていうタイプだしねぇ。……アルベルトが巻き込まれている後継者争いも溜息を吐きながら見守っているんじゃないかな?
というか、後継者も何もミリアムはまだ現役なんだけど……それ、必要なのかな? とすら思ってしまうよ。
藍晶から地下鉄の件の説明の仕事を請け負ったところで、藍晶は仕事に戻るために王女宮を後にした。……今日は休めばいいのに、本当に真面目な人、というか、魔物だよねぇ。まあ、それだけ真面目で働き者だからついて来てくれる仲間がいっぱいいるんだろうけど。
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