Act.8-298 使用人寮前の庭は修羅場と化した scene.1 上
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
内宮筆頭侍女がヴィオリューテの姉から受け取った手紙によれば、「末の女の子で小さな頃は体が弱く、ついつい甘やかしてしまった」ということらしい。
そして、天狗になった状態で領地から出て現実をこの王城で見るものの、落差に頭が追いつかなかった……そういうところもあったんじゃないかと思う。それに加えてピジョット家は有能な人材を輩出しているから自分もそうなんじゃないかという思い込みも重なって拗れてしまった。周りもそんな彼女を本気で変えようと真正面から向き合うことをせず、今の今まで放置した結果、はい、問題児の完成。
要するに、ヴィオリューテは環境が作り出した問題児であるということだ。
切っ掛けかあって、それが悪いように働いて、長い間熟成された結果、なるべくしてなった問題児。まあ、彼女なりに今のままではまずいと思っているようだし、ここできっと舵を切って改善の方向へ向かおうとしてくれる筈。ボクはヴィオリューテに向き合ってそれをお手伝いするのが当面の仕事ってことになるねぇ。
「……意外に早く書き終わったねぇ」
「ワタクシにかかればちょちょいのちょいよ!!」
ちょちょいのちょいって……豪奢で強気な顔立ちの美少女が庶民的な発言って、ちょっと意外というか、変な親近感が湧くねぇ。
しかし、この子バカだけどデキる系の子なのかな? まあ、さっきから変な可愛さ、みたいなものは感じていたけど……ちょっとズレているところとか。
やっぱり綺麗な字を書くねぇ。書類の書き方はテンプレートに従って書いたから実際どこまで白紙で書けるかは分からないけど、王女宮的にはフォーマット通りに必要事項を書いてくれればそれでよしって方針だから、後はフォーマットの方も覚えてもらって、他の宮でも通用するように育てつつ、礼儀作法もみっちり仕込んでいこう。
「それじゃあ、今から内宮の文官に書類を提出しに行こうか。それで今日のヴィオリューテの仕事はとりあえず終了としよう。後、今日から少しずつ課題を出していく。まずは、王女宮に戻って来てから手渡すファイルの内容を明日までに目を通しておくこと」
「課題、ですって!?」
「ヴィオリューテ、貴女には当然、園遊会に侍女として参加してもらう予定ですので並行してそちらの勉強もしてもらうつもりです」
「な、なんですって……」
「まあ、色々と学ぶことはありますが、基本的には同じことです。給仕の基礎は姫殿下に仕える際に必要なものと同じです。会話のための知識とか、まあ色々とありますが……出来次第ということもありますが、基本的に今回の園遊会は料理や飲み物を運びお配りする、それに徹してもらうことになるかと思います。以後の行事に期待ということで……というか、そんな早く上達は無理でしょう。一歩ずつ丁寧に着実に……しかし、時間がないということもあるので割り切るところは割り切って。頑張りましょう、お互いに」
まあ、暫定の話だけどねぇ。勿論、ヴィオリューテは一気に不機嫌になった。
片想いの相手――幼馴染のリジェル=レムラッド侯爵令息を振り向かせて「今更遅い!」ってフってやりたいみたいだけど……屈折しているなぁ。いや、多分実際問題振り向かれたり求愛されたらこの子コロっといっちゃうタイプだけど。チョロいし、この子。
まあ、振り向いてもらえるかどうかっていう点でまずそこから怪しいけどねぇ。
……実際ボクも政治と経済の話はそこまで好きじゃないんだけどねぇ。話している暇があるなら一発殴り込みした方が早いし、経済なら流行全部チェックしつつ、上手く流行を作って市場をコントロールした方がいいし。
貴族の世界は色々と複雑で面倒で困る。その点はラインヴェルドやオルパタータダと同じ……ボクらって絶対貴族向きの人種じゃないよねぇ?
執事のオルゲルトに事情を伝えて、ボクはヴィオリューテと共に王女宮を出て内宮を目指す。
その途中、何やら面倒な雰囲気を感じ取った。
王女宮から内宮までルートの中には使用人寮がある。その付近の庭で何やら人集りができているようだった。
これは庭が宿舎を隠しているとも言える王城の作りで、万が一お客様が迷い込んだ場合に使用人の家が見えたら見栄えが悪いという配慮なんだけど、ウォスカーなら普通に無視して使用人寮まで迷い込んでしまいそうだけど。
……脱線した。基本的にそこの庭は解放されているから使用人達が好きにピクニックをしたり、花を愛でたりしているらしい。時々女性使用人と男性使用人がデートの場所にもしているという話も耳にしたこともある。まあ、ボクは使用人寮に住んでいないから知らないんだけど。たまにメイナ辺りからそんな話がねぇ。
はい、揉め事の件について……中心にはアルベルトと、王子宮の護衛騎士の任についている脳筋騎士のエディル……後、エディルの後ろに庇われているのはシナリオまで書いたのに没にされたバルトロメオ王弟殿下ルートで王弟暗殺を目論むエルヴィーラじゃないか。
ブラックリスト入りしている侍女の一人で、ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局の工作員がマークしている一人だったねぇ。
エルヴィーラ=デンドロカカリヤ――辺境での苦しい生活から逃れるために必死に働いて辺境伯の館の下働きから王城の下働きになるも、結局下働きでこき使われる生活な上に、辺境出身の移民と知られて差別を受けて心が折れ、そこを別の国の密偵になった幼馴染に付け込まれて、ブライトネス王国に復讐をしていく。手始めに、軍を乱すためにって王弟殿下暗殺を目論む……というところでヒロインに止められ、見直されたヒロインが王弟殿下と愛を育んでいくとか、まあ、そんな話。
というか、データ容量の都合でカットされた没シナリオが多過ぎるよねぇ。ソフィスはその辺りも、ちゃんとシナリオに入れ込むつもりなのかな?
ちなみに、このブラックリストっていうのは彼女が密偵の可能性が、とか、シナリオに関わる人物だからという訳じゃなくて、黒い噂が絶えないから。内宮や後宮で文官を度々誘惑しているという噂があり、内宮、外宮、後宮に派遣した工作員にちょっと聞き取り調査をしてもらっていた。まあ、他にも目星をつけていた人がいるので、そのついでにってことになるけど。
「……ヴィオリューテ、道を変えますか? それとも強行突破しますか? 貴女を抱えて空歩を使えば一応面倒ごとに巻き込まれずに突破できそうですが」
「道を変える? そもそも、あれはなんなの?」
「ヴィオリューテ、言葉遣いに気をつけなさい」
「なんなのですか」
「そう、その調子です。呑み込みが早くて助かります。……あれは面倒ごとです。私達には全く関わりがないことですし、巻き込まれたら確実に巻き添えを喰らって燃え上がる類のものです。お関わりにならないのが賢明……」
「おやローザ殿、奇遇ですね!」
「……ええ、本当に。珍しいところでお会いしますわね、アルベルト=ヴァルムト様」
おいおいおいおい、なんでこのタイミングで話しかけて来やがった!? スルーするつもりだったのに……これ確実に炎上するじゃねぇか。
「何かお取込み中のご様子ですので、また今度お話致しましょう」
「まあそう仰らずに、是非ともお力をお貸しいただけたらと思うのですよ!」
あっ、これボス戦みたく逃げられない奴だ。いや、物理的には逃げられると、逃げたら確実に余計面倒なことに。
「ヴィオリューテ、書類を持って先に内宮に向かってください。文官に事情を説明して手渡し、受理して頂ければ、明日からは王女宮で正式に働けます。……私はこの件の報告を関係各所にしなければならないでしょうし、少々時間が掛かりそうなので。本日はこれで仕事は終わりですが、私の執務室の机の上にて『書類のフォーマット集』と書かれたファイルがあるので、それを持って使用人寮に戻って構いません。それでは、また明日」
さて、ヴィオリューテも行ったことだし、この面倒ごとをとっとと片付けますか。
「こちらのエディル=マッカートリ近衛騎士殿のことはご存知かと思いますが、彼が私のことを侍女達を弄ぶ悪人であると言うものですから」
「……はぁ。弄ぶですか」
外宮の侍女を庇うようにして立つエディルの顔は鬼瓦のように怒り心頭に発しているようだし、侍女のエルヴィーラの方はなんだか泣いて……いないな、あれは面倒なことになったという顔だ。しかも上手いこと男性陣に見えないように振る舞っているところを見るとなかなか慣れているようだ。
ってか、それよりもあれだな。蕩けるような笑顔で挨拶した結果、周囲の女性達が頬を染めているじゃねぇか! しかも、この後睨まれるのは絶対にボクだし。
まあ、これに関してはアルベルトが悪いという訳ではないだろう。この人がイケメンでモテるのは周知の事実。しかも由緒正しいヴァルムト宮中伯家出身で分家を立ち上げることが決まっている上に真面目で女遊びもしないとくればあり得ないくらいの超優良物件だし。
そんな人に親し気に声をかけられる女がいれば、狙っている人からすればライバルもいいとこだろう。その本人の恋愛対象、女性なんだけどなぁ。イケメンより可愛い女の子連れてこい! んでもって、ボクの前で百合百合させろ!!
「……弄ぶ、とは一体どのようなことでしょうか? 穏やかではございませんね。それが事実であれば統括侍女様にご報告申し上げねばなりません。個人的にはアルベルト様がそのようなことをなさるとは思えませんが」
「ありがとうございます、ええ、勿論そのようなことはないと神々に誓わせていただきます」
「ただし、これはあくまで私の個人的な意見です。この私の証言がアルベルト様の無実を証明するものではございません。ご多忙な統括侍女様のお手を煩わせる訳にも参りませんし、丁度この場に当事者がいるのです。まずは両者の言い分をお聞きしましょう」
「……怒っていらっしゃいますか?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
正直痴話喧嘩は他でやってくれ、と思うんだけどなぁ。ボクを巻き込むなって。
「エディル様、そういうことですので説明してくださるかしら? できるだけ簡潔に。時間の浪費はしたくありませんから」
「時間の浪費だと!?」
「そうではありませんか? いずれにしても、この場で騒ぎを起こすことは、近衛騎士と侍女の品位を下げることに他なりません。それに、私も暇ではないのですよ。エディル様と外宮侍女のエルヴィーラ様、お二人は共に本日は非番だと把握しています。しかし、私は仕事なのです。本来であれば、このままヴィオリューテ嬢と共に内宮に向かう筈でした、このような騒ぎになっていなければ。……それに、お二人とも非番なのに近衛騎士と侍女の格好をしておられるようですね。その服装をしているということがどういうことなのか、ご理解しておられるのですか? それは、この国の近衛騎士と侍女であることの証明です。制服姿で恋人と過ごすのは構いませんが、騒ぎを起こせばそれが王宮全体の品位に傷をつけることになります。良い機会ですから覚えておきなさい。近衛騎士の隊服や侍女の服装は、ブライトネス王国を背負っていると言っても過言ではないのです。それが理解できないのであれば、今すぐ近衛騎士と侍女を辞めて故郷に帰るべきだと思います」
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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