Act.8-295 じゃじゃ馬娘、王女宮へ。 scene.2
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「それに貴女は先程王女宮の侍女達を見下していましたね。王女宮は他の宮と異なり、完全実力主義で、爵位のあれこれや年齢よりも純粋な実力が評価されます。まあ、例えば実力があれば庶民籍であってもメイドが侍女に上がることができることは他の宮とも共通してはいますが。王女宮でも行儀見習いで宮に就職した貴族令嬢が侍女からスタートするのは同じですが、勿論、貴族の令嬢だからと優遇するつもりはありません。庶民籍でメイドから上がって来た、例えばメイナのような女性と同じだけの仕事をこなさなければならないのです。貴女が外国からの来賓だとしましょう。一人だけ仕事もロクにできず、威張り散らしているだけの侍女がいるとしましょう。彼女は高位貴族の娘だと言いますが、貴女が持てなされる側だったとして、それが何だ? 侍女として働いているのなら他の侍女と同じではないのか? と思うのではありませんか?」
「た、確かに……そうね」
「人間という生き物はついつい自分本位で考えてしまいがちです。こういう時は、一度相手側の立場に立って物事を考えてみるといいと思います。……全ての人間がそうだとは言いませんが、人間のほとんどは鏡のようなものだと思ってもいいかもしれません。自分のやった行いが跳ね返ってくる……善いことも、悪いこともです。善いことをすれば、巡り巡って自分の善いことが返ってくるという意味の『情けは人の為ならず』という諺もあります。ただ、自分に善いことが来ることを期待して善行を行っても、それが成就することはなかなかないものですが。……王女宮に着任したばかりの貴女に二つの課題を出します。一つは異動に関する書類の作成。午後三時までに文官達に提出しないと明日から出仕できませんからね。そうである場合は即刻退去が命じられると思いますから気を付けてください。もう一つはソフィスさんの側に立って先程の件についてよく考えてみることです。貴女もこれから王女宮にしばらく勤めることになるのですから、同僚となる彼女達と良好な関係を築いておいた方が職場の空気もギスギスせずに済むようになりますし、貴女が困った時に頼りになる先輩がいるというのは心強いかと思います。まあ、私もできる限りの協力はするつもりですが、私は一応上司ですからねぇ。同僚の方が相談しやすい内容もありますから。……貴女を指導するように私も仰せつかりましたので、きちんとやっていこうと思っています。令嬢であると自負するならば、まず自分の言動に気を付けるように」
「わ、ワタクシにあの伯爵令嬢と仲良くしろというの!? あの女はワタクシに――」
「別に仲良くなれとは言いません。人には苦手な人、好きな人、色々な人が居て良いと思いますから。ただ、仕事は仕事です。嫌いな人間だとしても協力するべき時は協力すべきだと思います。……私は貴女と違って才能なんてものはありません。そして、私は誰もが突出した天才である必要はないと思います。天才というものは、常に皆を引っ張って先導していく存在として重要ではあります。しかし、持続的な社会ということを考えると天才である必要はないと思います。例えば、ヴィオリューテ、貴女が途轍もなく優秀な侍女だとしましょう。一人で何人もの侍女の仕事を引き受け、彼女だから任せてもいいと言われる仕事も多い、そんな女性だとしましょう。その貴女がある日突然死んだとしたら? いえ、死ぬ必要はありませんね。何かしらの事故に遭ったか、長期的な療養が必要になったとか、まあ、理由は何でもいいです。これまで貴女に頼りっぱなしだったその職場は混乱に見舞われることでしょう。貴女しかやり方を知らない仕事があって、そのやり方が引き継がれていなければ大きな混乱に見舞われるのは当然です。勿論、時間が経てば何かしらの形で補えるように職場の構造が変形するでしょうが、貴女を失った損失というものは大きなものとして残ります。しかし、例えば王女宮であれば、参加する行事もいくつかあり、姫殿下のお世話も欠かすことができないものであり、こうした混乱は大きな影響を及ぼすことが想像できるのではありませんか? 私は突出した天才よりも、凡人が何人も居て、誰かが欠けた時にも円滑に仕事ができる環境を作るということが、とても大切なのだと思います」
「……でも、それでは何故ワタクシが働かなければならないのか分かりませんわ。ワタクシでなくても、別の誰かが働ければ、それでいいんじゃないかしら?」
「そうですわねぇ。……どんな人でも上を見れば上がいるし、下を見ればいくらでもいる。誰一人貴女や私の代わりはいませんが、上位互換が出回っている……そういう世界です。仕事の面で正直、ヴィオリューテ、貴女でなければできない仕事はありません。でも、貴女の人生は貴女にしか生きられません。……まあ、そういった抽象的な話からは離れて、現状に向き合いましょう。ヴィオリューテ、貴女が働かなかなくても王女宮は回っていきますが、貴女が王女宮の侍女になった以上は王女宮の侍女として働かなければなりません。貴女はもう内宮には戻れませんし、仕事をしないというのであれば侍女を辞さなければなりません。……まあ、先程も言ったように、統括侍女様より貴女を指導するように仰せつかりましたので、できる限りのことはやっていこうと思っています。協力は惜しみませんが、結局与えられたチャンスを掴むか掴まないかは貴女次第です。どうなっても貴女の人生、貴女が好きにすれば良いですわ。別に私は貴女がどこかで野垂れ死のうと、木乃伊になろうと、知ったこっちゃありませんので」
ヴィオリューテがまるで狐に摘まれたような表情でボクの顔をガン見していた。
「貴女って、本当に十歳?」
「えぇ、十歳ですわ。それが何か?」
「何というか、子供っぽさが全くないわよね。傲慢な令嬢だって聞いたからアルベルト様のことを振り回していたと思ったのだけど……我儘な貴族令嬢とは明らかに違うと思うのよ。言葉に毒はあるけど、でも、言っていることは正論だし、ストンと納得できるのよね。こんなこと、初めてだわ」
「言葉遣い……。まあ、別に今はいいか。人にどう思われていても、私は私です。私の信じた正しいと思う道を進んでいくだけですわ」
ボクはただ、ボクの信じる道を進むだけ。これまでも、そして、これからもだ。
そうこうしている内にプリムラの部屋に到着した。さて、ヴィオリューテがどんな反応をするのか楽しみだねぇ。
◆
勿論、ヴィオリューテの件についてはプリムラにも説明済みだ。
『そういえば今日は新しい侍女が来るのよね?』
『はい、ご報告が遅くなって申し訳ございません。実は昨晩突如辞令が下りまして、ピジョット侯爵家のご令嬢でヴィオリューテ様にございます。ただ、本人に事情があり出身を気にせず接して欲しいと侯爵家からお申し出がございます』
『そう、あんまり詳しく聞かない方が良いのかしら?』
『いえ、プリムラ様にはこの王女宮の主として把握していただいた方が宜しいかと思います』
というやり取りの後に、ヴィオリューテについて不本意ながら説明した。……本当はこんないらないことでプリムラの手を煩わせたくないんだけど。
性格に難がある、貴族としてのプライドが高い、協調性が低い。
その点で内宮では内宮筆頭と縁戚関係だったことから修正が効かなかったため王女宮へ転属となった。
……纏めると、やっぱり色々と凄いなぁ、おい。
話を聞いたプリムラは、元々大きな目を丸くして驚いているようだった。
『そうなの……侍女にも色んな人がいるのね! いいえ、ミランダ先生から貴族の女性達も個性豊かな方がたくさんいらっしゃるって聞いてるから、きっとそういうものだと思うけれど』
ちなみに、ビアンカ王太后の友人であるミランダ=アクアマリン伯爵夫人は礼儀作法を教える先生に選ばれ、一週間に一回は王女宮を訪れてプリムラに教えている。
プリムラの中で先生といえば、やっぱりミランダなんじゃないかな?
『個性豊か、そういうものだと思って頂ければ良いかと思います』
『え、ええ。分かったわ』
『当面、ヴィオリューテ嬢の教育に力を入れるつもりでありますのでプリムラ様には園遊会のお客様のお好みなど目を通して頂きたいと思います。私が動けない時などはシェルロッタが筆頭侍女代理として仕えますので』
『分かったわ。……でも、たまには顔を見せてよ』
『それは勿論でございます』
まあ、どんなに仕事が忙しくても朝には「おはよう」の挨拶をして、夜にもお休みの挨拶をする、これだけは変えないつもりだからねぇ、王女宮筆頭侍女という立場を許されている間は。
ちなみに、今回の園遊会、プリメラさまがホストとして接待する相手はなんとシェールグレンド王国の御一行だ。
ニノン=オルフェクトラ公爵夫人も参加かと思いきや、あの方は以前の問題で蟄居命じられているようだったし、向こうの国もバツが悪いんだろう。今回は王族じゃなくて向こうの大臣がやってくることになっている。
……ただ、その大臣の息子がまた問題なんだわ。ギルデロイ=ヴァルドーナ――よく日に焼けた筋骨隆々の金褐色の髪を短めに刈った、金褐色の瞳の自信満々の顔立ちの男で、アルベルトルートの敵キャラクター……みたいな存在だ。
次期『剣聖』に執着する人の話をろくに聞かない、尊大な態度を取り、無駄に声が大きいという典型的な脳筋タイプの体育会系。
まあ、その『剣聖』もラインヴェルド達に及ばないのだから、その程度の称号に執着する時点でその程度だと思うけど。
……お関わりになりたくないものだねぇ。
当然来賓な訳だから、大臣とその家族、それと幾人かの貴族、その護衛とまあぞろぞろと。
お招きする側としては好みなどを把握して会話を盛り上げないといけないから、プリムラにとってもこれは大きなお仕事なのだ。
今まで深窓の令嬢として社交場に出てくるのはちょっとだけだったけれど、もうそろそろ、そうもいかなくなるからねぇ。今回からホストの一人として仕事を任されたとあって、プリムラの意気込みもそりゃもう半端ない。
……期待に応えようと健気に頑張るプリムラ、マジで可愛い! もう、後で絶対絵にして……あっ、ダメだ! 完成した側からラインヴェルドかヴェモンハルトに掻っ攫われる未来しか見えない!!
『そういえば、ドレスの方はいつ頃になるのかしら?』
『アネモネ閣下はプリムラ様のご都合の良い時にと仰られています』
『……でも、閣下もご多忙よね? 大丈夫なのかしら?』
『あの方は普段の仕事と飛び込みの依頼をうまく組み合わせて仕事をしている方ですから、予定日が決まれば、それに合わせて仕事内容を決めるだけだと思われます。飛び込みの投資話でもすぐに対応してくださるような方ですから』
『そうなのね。……園遊会までそう時間もないし、明後日や明々後日というのは大丈夫かしら? 流石に急よね?』
『明日でも大丈夫だと思いますよ。私の方から閣下にご連絡しておきますので。園遊会が終わるまでは勉学の講義もございませんし、ほとんどマナーのレッスンと海外事情の詰め込みの日々となるでしょうから、後はプリムラ様の予定次第でございます』
『そうね……大丈夫なら明日、お願いできるか頼んでもらっても良いかしら?』
ということで、明日の午後、アネモネとして登城することが決まっている。……この状況だと対応するのはシェルロッタになりそうだけど。
まあ、対応するのはシェルロッタでもボクでも特に問題はないんだけどねぇ。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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