Act.8-294 じゃじゃ馬娘、王女宮へ。 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
翌朝、朝一番で王女宮筆頭侍女の執務室にエーデリアはやってきた。
引き継ぎのための紙束を抱えて……目の下の隈が凄いし、きっと徹夜で引き継ぎのために資料を作ったんだねぇ。
「本当に申し訳ございません。このようなことになってしまって」
「謝罪はもう十分受け取りましたわ。後は私の仕事です。まあ、やってみるだけはやってみます。後はヴィオリューテ嬢に向上心と、現状を変えたい気持ちがあることを祈るしかありません。もうどうしようもなければ白旗を上げて統括侍女様の目の前で土下座するつもりでいます」
「……それは流石にまずいのではありませんか。貴女様に頭を下げられたら統括侍女様も困ってしまうと思います」
……流石にそういうことはないと思うけどねぇ。まあ、土下座をしたところで物事は何一つ解決しないから状況の改善には何も繋がらないんだけど。
エーデリアが内宮に戻るのを見送ってから、ボクは王女宮に所属する執事、侍女、メイド、召使や下働き――全使用人を招集した。
勿論、目的はヴィオリューテの件を説明するためだ。
あの人事異動の噂は一気に駆け巡るだろう。この国で今一番注目されるデビュー前の淑女たる、国が誇る姫であるプリムラ姫殿下の御前に出すことでそのプライドをズタズタにされるに違いないとヴィオリューテの挫折を期待する者も多数出てきそうだよねぇ。
「……お嬢様、こんな朝早くからどうなされたのですか? 目が死んでいます」
「ちょっと現実逃避したくなってねぇ……まあ、クライアントから請け負った仕事は全力で頑張る所存だけどさぁ。正直不安でいっぱいなんだ」
誰よりも先に到着したシェルロッタにボヤきつつ、ボクは全員の到着を待ち、ヴィオリューテが侍女として加わることを説明した。
勿論みんな驚いたし、中には露骨に嫌そうな顔をした人もいるところを見ると、実際に嫌味の一つでも言われた人もいるのかな? まあ、余計な詮索はしないけどねぇ。
「……一番の被害者であるローザ様が、加害者であるヴィオリューテ嬢を王女宮の侍女として育てるということですか。私は反対です! 統括侍女様も何を考えておられるのでしょうか。この忙しい時期にただでさえご多忙なローザ様のお手を煩わせるなんて。それに、彼女の噂は私の耳にも届いております。彼女はきっと恩を仇で返し、この王女宮の不和の種となるでしょう。この宮には侯爵家未満の貴族令嬢が多数行儀見習いで侍女として仕事をしております。侯爵令嬢であることに誇りを持つ彼女はきっと私達を見下し、内宮に勤めていた時のように問題を引き起こすことでしょう。折角良い環境がようやく構築できたというタイミングで不和の種を持ち込めば、その全てが無意味となりますわ。……勿論、ローザ筆頭侍女様にもお考えがあることは承知しておりますが」
その反対派の急先鋒と言えるソフィスは真っ向からヴィオリューテを王女宮入りに反対した。
まあ、気持ちは分かるよ。
「まあ、正直な話、私も気が進まないんですけどねぇ。でも、誰かがやらないといけない話ですから。……私の方でも手を尽くしてみようと約束してしまいましたし、できるだけのことはしてみたいと思います。とはいえ、私もソフィスさんと同じ気持ちです。……ヴィオリューテ嬢があのまま成長せず、傍若無人に振る舞った結果、王女宮の使用人の皆様に当たり散らすようであれば、私の方も何かしらの対処をしなければなりません」
「何かしらの対処……ですか」
オルゲルト、シェルロッタ、ソフィス、メアリーの見解が「あっ、恐怖で分からせるつもり満々だ」と一致を見せたみたいだ……ボクはそんなに恐ろしい奴なのかな?
「今回の件に不満を持つ方も多いでしょう。ご納得頂けないとは思いますが、当面の間はよろしくお願いします。……それと、ヴィオリューテ嬢から暴言を掛けられることなどありましたら私にお教えください。既に掛けられた暴言を取り消すことはできませんが、ヴィオリューテ嬢にきっちりと言い聞かせた上で謝罪をさせますので」
「まあ、ローザ筆頭侍女様もこう言っているんだし、今更どうしようもないんだから、私達が今するべきことはヴィオリューテ嬢を受け入れる心算をしておくことじゃないのかな?」
「私もジャンヌの意見に同意致しますわ」
ジャンヌとフィネオが賛成してくれたのを皮切りに、スカーレット、メアリー、メイナも賛同し、その勢いに押されて残りのメンバーも賛同してくれた。……ソフィスは不承不承という感じだったけど、それも仕方のないことだと思っている。
この王女宮という安寧の場所を守ろうとしている、そのソフィスの気持ちもよく分かるからねぇ。
ヴィオリューテが王女宮にやって来たのは昼過ぎだった。
まあ、ソフィス達とのファーストコンタクトは最悪の一言に尽きる。
「本当にどうなっているのかしら!? この宮は。子供しかいないなんて……よっぽど重要視されていないのね。それとも、傲慢な令嬢である貴女が好き勝手人事をした結果かしら? ローザ=ラピスラズリ」
……そりゃ、侍女は行儀見習いの貴族令嬢達――プリムラの同世代でほとんど固められていて、年長者はシェルロッタとメイナの二人だけだからねぇ。
まあ、しかし、凄いねぇ……この舐められっぷり。一応、ボクってヴィオリューテの理屈だと公爵令嬢という格上の立場にある筈なんだけど。
「……貴女がヴィオリューテ=ピジョット侯爵令嬢ですわね」
「……何よ、貴女」
「申し遅れましたわ。私はソフィス=アクアマリンと申します」
「伯爵令嬢である貴女がまさか侯爵令嬢であるワタクシに楯突こうと思っているの? 宰相の娘だからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「……貴女はご自分の立場をよく理解していないようですわね。貴女はくだらない雑事であろうことかご多忙なローザ様のお手を煩わせ、更には本来、責任を取って侍女を解雇されるか、当面の謹慎を言い渡される筈であった貴女を温情で引き受けてくださったのです。……私はいくらバカにされても構いませんわ。ただし、ローザ様のお手をこれ以上煩わせ、ご迷惑をお掛けするのであれば、流石に我慢することはできませんわ」
ソフィスが猛烈な威圧感を一瞬にして放ち、威圧感に当てられたヴィオリューテはあまりの恐ろしさにヘナヘナと座り込んだ。
「な……なんなのですの、今のは」
「――覇王の霸気!? まさか、ソフィス様が覚醒しているなんて!! ローザお嬢様、これは!?」
「シェルロッタ、驚き過ぎですわ。ソフィス様はソフィス様なりに私達の知らぬところで頑張っていたということでしょう。……私は貴女のことを戦えない人間だと、守られる側の人間だと思っていました。しかし、どうやらそれは間違っていたようですね。謹んで謝罪致しますわ」
「いいえ、ローザ様。私は今も戦える側の人間ではありませんわ。私はローザ様の友人であるという立場を利用し、天上の薔薇聖女神教団を頼って聖人に至り、とある方にお願いして闇の魔法を魔物を生贄として習得し、八技のうちのいくつかをアクア様の助力を得て習得しました。しかし、それでも私の力は到底第一線で活躍できるものではなく、一度戦場に立てば足手纏いとなると確信しています。――私の力は所詮は護身術の域を出るものではありませんわ。結局、武装闘気との相性はあまり良いものではありませんでしたから」
ソフィスはこう言っているけど、話を聞く限りだと並の近衛騎士よりも強いんじゃないかな?
聖人なんて並大抵のことでは至れないし、途轍もない努力を重ねたことがありありと分かるよ。
「確かに、貴女は侯爵家のご令嬢です。社交界の常識で言えば、伯爵家よりも上……しかし、ここは王女宮で貴女は私と同格の侍女、侯爵令嬢という立場は通用しませんわ。ここには、スカーレット様のような侯爵令嬢から、商家出身のメイナ様まで様々な身分の侍女が務めています。例え、家の身分が違ったとしても互いに尊重し合い、時に切磋琢磨し、高め合っていく素晴らしい職場であると私は考えております。私は、ヴィオリューテ様ともそのような関係を築いていきたいと思っておりますが、それを強制するつもりはありません。ヴィオリューテ様が孤高を貫かれたいのであればご自由に。ただし、ローザ様にご迷惑おかけすることだけは絶対におやめください。ただでさえ、貴女が乱入したデートの一件で、ローザ様は二重の意味で迷惑を被っておられるのですから」
ソフィスの絶対零度の視線にヴィオリューテも流石に恐怖を覚えたらしく、壊れた人形のように首肯を繰り返した。
まあ、内心は「伯爵令嬢の分際で、ワタクシにこのような辱めを受けさせるなんて」と恨み節でいっぱいだったようだけど……それ、王太后様並みに見気が発達しているソフィスにはお見通しだと思うよ。
ソフィスとヴィオリューテの仲が一気に険悪になったけど、これについてはどうにもならないし、まずはプリムラにヴィオリューテを謁見させることにした。
ちなみに、ソフィスへの同情派が圧倒的多数で既にヴィオリューテは孤立しつつある。まあ、これについては徐々にヴィオリューテ自身で解決していかなければならない……と思うけど、それは個人の努力次第だからなぁ。
ソフィス達と分かれ、ヴィオリューテと共にプリムラの元へと向かう途中で、ボクは「異動に関する書類とか手続きを本人に必ずやらせてください」という統括侍女の言葉を伝えたところ、まあ、予想通り相当憤慨していた。
「何故侯爵令嬢たるワタクシがそんな雑務をしなければならないの!?」
「いい加減にしなさい。貴女はこの手続きをきちんとしなければ王城の勤めさえ失い、侯爵家の名誉を汚した愚かな娘として実家に帰ることも叶わなくなるのですよ」
「そっ、そんな訳ないわ! ワタクシは……だって、ピジョット侯爵家は才ある者を生み出す家なのよ!?」
「貴女に才があるならば、それはそれで結構。ただ、なさねばならぬことをできなければそれが結果だと受け取られても仕方がないことだと思いますわ」
「………っ、なんなの貴女! 何様なの?!」
「貴女の上司です。その辺りから貴女はきちんと理解しなければなりません。本来、貴族出身侍女は確かに貴女が仰るように出身家の身分が考慮されますが、今までの言動と行動、それにピジョット侯爵家から貴女の扱いは一代貴族の娘と同じ扱いで構わないと言質を頂いております。疑うのであれば統括侍女様にお伺いしては?」
……なんで、あのオバサンにわざわざワタクシが聞きに行かないといけないのよ! と内心思っているみたいだし……予想していたけど、やっぱり手強いねぇ。
まあ、それでも言葉を尽くして納得させていかないといけないからねぇ……少しずつ対話をしていきましょうか。
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