Act.8-293 ヴィオリューテ騒動のその後 scene.1 下
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ノクトはまだ執務室で仕事をしているらしく、それが終わるタイミングで今回の件の報告を内宮筆頭侍女から受けるつもりだったようだ。
だけど、そこにまさかボクが同席するとは思ってもみなかったようで、相当驚いていたねぇ。
「……ローザ様、本日二度目となりますが、本日は本当にとんだ災難でしたね。内宮筆頭、私は貴女一人から報告を受けるつもりでしたが、何故ご多忙な王女宮筆頭をこの場に同席させたのですか? 既に王女宮筆頭から報告は受けております。まさか、私が怖いから巻き込もうという魂胆ではありませんよね?」
ノクトが睨め付けると、エーデリアの顔は血の気が引いて真っ青になった。
「とにかく、ローザ様はご多忙な方です。更にここに園遊会の仕事も入ってきているのですから、その負担は計り知れません。元々、ローザ様は陛下が無理を言い、王女宮筆頭侍女に就任したという経緯があります。本来は一国の王女の侍女として仕えるような御身分ではございません」
「……彼女は公爵家の令嬢ですよね?」
「この方はビオラ商会の商会長アネモネ閣下と同一人物です。ブライトネス王国と対等な関係にある同盟国の大統領――勿論、公爵家の令嬢の立場からスタートしましたが、既にその立場は陛下と対等と言えるでしょう。そして、彼女は陛下の親友でもあらせられるのです」
あっ……エーデリアが情報過多で石化しちゃったよ。まあ、そのままじゃ信じてもらえないと思うし、納得させるためにアネモネの姿になっておくか。
「事情は粗方ローザ様より伺っておりますが、離宮の、貴女からも報告なさい」
ようやく復活したエーデリアは、まずはボクのことを完全に思考から追い出して(考えても仕方ないので後回しというか、最早現実逃避?)、ヴィオリューテの起こした一件のことを報告した。
「このようなあらましになっております。あの者はこの度の園遊会で何をしでかすか分かりませんので、裏方に徹するか蟄居命ずるかがよろしいかと存じます。ピジョット侯爵家も既に了承済みでございます」
「……裏方に徹させるにも他の侍女の迷惑となりましょう」
「……ではやはり実家に戻らせるか与えられた部屋で謹慎させるかでしょうか?」
「それも大人しく従うとは思えません」
……だよねぇ。ってか、ヴィオリューテの処分ってボク関係なくない? ビオラに仕事に行きたいんだけどさぁ。
「悪い娘ではないとは思うのですが……いかんせん私が分家の遠縁ということで侮られているのが問題なのでしょう」
「それを言い出してはあの侯爵家は貴族の大半と連なりを持つことになります。しかし、それを勘違いさせたまま増長させたのは確かに内宮筆頭侍女の責任と言えるでしょう。ですのでヴィオリューテ=ピジョットは本日をもって内宮より除籍します」
……まあ、それが妥当だよねぇ。
しかし、侍女を辞職させないかぁ。……うん、物凄い嫌な予感がしているよ? 今すぐ逃げたい。
「確かにお前はピジョット侯爵夫人と従姉にあたります。分家筋として本家の姫君を大事にしたかったのでしょうが、結果を見ればそれが正しくなかったであろうことは明白です。いくら婿養子と言えどピジョット侯爵様の顔に泥を塗るのが夫人の望みではなかった筈ですよ」
「――そ、それは勿論そうです!」
「分家の女である前にお前の立場を忘れてはなりません。それを忘れてあの娘を増長させたことについて、そして何より無関係なローザ様に多大な迷惑をおかけし、お手を煩わせたことについて……内宮筆頭侍女、お前には給料の減額を一年間罰として与えます。ヴァルムト宮中伯には私の方から言葉を添えさせてもらいましょう。あちらが咎めをなさらないにしても何もない訳にはいきません」
「しかし、ローザ王女宮筆頭侍女もこの件の当事者ではありませんか! アルベルト宮中伯子息とローザ王女宮筆頭侍女は恋仲……無関係などでは」
「それが無関係なんだよねぇ。アルベルトとボクをくっつけようとしているのは陛下の意思だよ。あのくだらないお節介のせいで、ボクは好きでもなんでもないアルベルトと恋人紛いの関係を構築せざるを得なくなり、挙句、ヴィオリューテに絡まれる羽目に。だから、ボクは今回の件で最大の被害者であると主張できる。ヴィオリューテの件だってしっかりと絡んでくる彼女を止められなかったアルベルトにも責任の一端がある」
「……辛辣ですね」
「当然でしょう? 揃いも揃ってボクの邪魔をする……プリムラ姫殿下を大切に思うなら本来やるべきことはボクとアルベルトを恋仲にしようとすることではなく、円滑にボクの王女宮筆頭侍女の立場をシェルロッタに移譲できるようにサポートをすることです。最愛の姉を喪った彼女と、母を知らない姫殿下――二人を幸せにするにはこれしかない」
「ローザ様、これだけは例え貴女と敵対することになっても断言します。私は、貴女の考えには反対です。姫殿下は貴女のことを母のように大切に思っている……貴女の考えは、その気持ちを踏み躙る行為に等しい。それに何より、貴女がとても辛そうです」
「ボクが辛そう? そんな訳が……」
「まるで今にも泣きそうな顔をしていますよ。……もういい加減に自分の気持ちに嘘をつくのはおやめください。もう、自分の気持ちを押し殺すのはおやめください。貴女が責任を感じる必要は何もないのですから」
どうやらボクは泣きそうな顔をしていたらしい。確かに胸は苦しくて、張り裂けそうに痛くて……それでも、ボクは止まれない。
シェルロッタのことを思えば、ボクが身を引くのは当然のことだから。
「とはいえ、私個人はラインヴェルド陛下のようにローザ様とヴァルムト宮中伯子息の婚約を望んではおりません。貴女様の恋愛の自由は貴女様にある……彼も選ばれる側ですし、選ばれるためにはそれに相応しい努力をすべきです。貴女の恋愛対象が女性なのに、それを曲げてまで好みでもなんでもないアルベルト殿と結婚しろというのはそもそも酷な話です。……ところで、彼とのデートはどうなったのですか?」
「園遊会の後にこちらの話せる情報は全て開示し、その上で彼の告白を退けるつもりでいます。とはいえ、恋愛のタチが悪いのはフラれたところではいそうですか、となかなか簡単に気持ちが切り替えられないところですね。特にアルベルトは執着が強い性格ですし、きっと長期戦になるでしょう。大丈夫です、告白される度にフリ続けるだけですから。彼がボクの気持ちを変えることは、まあ、無理でしょうね。ボクはイケメンが嫌いですから」
「あら、ローザ様もイケメンだと思いますよ。性格の方は」
「アクアの方がイケメンですよ。同性の筈のボクもときめいてしまいますから」
精神的なイケメンは別にいいんだけどねぇ。外見のイケメンは嫌味か! って言いたくなる。
「いずれにしても、ヴィオリューテをこのまま辞職させるのは良い案だとは思いません。そして、それはローザ様も同意見なのではありませんか?」
「……はぁ、ノクト統括侍女様の仰りたいことは分かります」
もう追い詰められたし、腹括るか。
「E.DEVISE」を操作して目当てのファイルを開く。そして、『管理者権限』と連携させて実体化させ、ウィンドウを可視化させる。
エーデリアは相当驚いていた……まあ、そりゃ突然何もないところに立体映像が映し出されたら驚くか。
「これは、ブライトネス王国の王宮関係者についてのプロファイル集です。王族から下位の使用人に至るまで全ての人間の情報が検証済みのものから要検証のものまで幅広く揃っています」
「後で私の項目と陛下の項目を読ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論、どうせここまで付き合う羽目になったのですから、ここからいくら時間が延びても変わりませんわ。ただ、ノクト統括侍女様は明日も大変なのですから、あまり夜更かしはしない方が良いと思います。……さて、今回はヴィオリューテ=ピジョットの項目を確認しましょう」
ヴィオリューテに関する項目を押すと、彼女の立ち絵と共に詳細の情報が表示させる。年齢、性別、好きなものや嫌いなもの、略歴と共に『スターチス・レコード』に登場する場合や没データがある場合はそれについても纏められている。
「ヴィオリューテ=ピジョット、隠し攻略対象の一人アルベルト=ヴァルムトの攻略ルートのライバルキャラ。……まあ、それ以降のところは興味があれば読んでもらうとして、重要なのは、『本人が「特別」な存在であると頑なに信じ続けてしまった、彼女が凡人であると気づけなかったという、ある種悲劇的な性質を持っている』という点。つまり、あの子は面倒だって誰も彼女に真っ向から向き合わなかった結果、ああいう感じに捻くれたということになるねぇ。アルベルトが宮中伯だということを知らなかったのも教えなかったから。……彼女に責任がないという訳ではないけど、周りにも彼女がああなってしまった原因っていうものがあるんだよ」
「……あの、『スターチス・レコード』とはそもそも一体何なのですか?」
まずそこからか……正直面倒だなぁ、と思いつつエーデリアにこの世界の真実――ゲームを元にした世界だってこと――説明すると、いくつも常識を破壊されて再び石化した。……また復活を待たないといけないし、本当に面倒だねぇ。
「……エーデリア内宮筆頭侍女様、この件は他言無用です。下手に話せば物理的にその首を飛ばすのでそのつもりで」
恐怖で真っ青になったエーデリアはそのまま壊れた人形のようにうんうんと頷いた。
「……ローザ様、無理を承知で引き受けて頂きたいことがあります」
「皆まで言う必要はありません。腹を括ったからこの情報を見せたのですから。侯爵家の人間という矜持だけが育ってしまった、なるべくしてなった問題児――ヴィオリューテを姫殿下の御前に立たせ、己が矮小さを思い知らせた上でしっかりと令嬢としての教育を施しましょう。……これでも、人心掌握については多少の心得があるのです」
まあ、今回の件でボクに旨みがあったのは中立派だったエーデリアをこちら側に引き込めたことかな? 色々と罪悪感があるのか、知らぬ間に雲上人にとんでもないことをしてしまったと思っているのか、「必要であればいつでも協力を惜しまない」と約束してくれた。
エーデリアにも内宮に潜んでいるスパイ役の侍女の名前を伝え、今後は重要な何かしらの情報があれば報告が上がることになると説明しておいた。
「ただし、その情報をもとに何かしらの行動をしてもらいたいということは現時点ではありません。また、エーデリア内宮筆頭侍女様が何かしら必要な情報がある場合は彼女に集めさせても良いでしょう。それと、今後もエーデリア内宮筆頭侍女様は私と対等な関係です。例え、大統領だろうと公爵だろうと辺境伯だろうと、侍女である以上、身分は侍女ですから」
「はい、畏れ多いことでございますが、今後ともよろしくお願いします」
一件落着だねぇ。その後、エーデリアは速やかに退出し、プロファイル集に興味を持ったノクトにノクトの項目と陛下の項目を読んでもらっている間に新品の「E.DEVISE」を【万物創造】で創造してからいくつかのアプリを落とし、ブライトネス王国のプロファイル集をコピーした上で手渡した。
「新品の「E.DEVISE」です、どうぞお納めください。こちらには先程のプロファイル集を複製したものも保存してあります。可及の要件であればこちらにメールや電話をしてくださいましたら対応いたします。詳しい使い方についてはこちらの説明書をご覧ください」
「お気遣いありがとうございます。高価な品だからとここで辞退すると、ローザ様の気持ちを踏み躙ることになりますから有難く頂戴致しますね。……ところで、王子宮筆頭侍女や第一王子専属侍女のことは先輩付けで呼んでいらっしゃるのに、何故私のことは先輩付けでは呼んでくださらないのですか?」
「流石に上司である統括侍女様のことを先輩付けで呼ぶのは……」
「これからこうして二人だけの時は是非先輩付けでお呼びください。私だけ仲間外れは寂しいです」
ちょっとこれ反則じゃない!?
普段は厳格で真面目なノクト統括侍女が、ちょっと寂しそうな顔を見せて……うん、ここで言葉を尽くして徹底的に抗うとか無理だよ! というか、統括侍女様って真面目なだけじゃなくてお茶目なところもある方だよねぇ! なんで、内宮筆頭侍女とか怖い人だって思っているんだろうか? 真面目に仕事をやっていれば何も怖いことはないと思うんだけどなぁ。
結局、ノクトに二人だけの時は先輩付けで呼ぶことを約束してから統括侍女の執務室を後にし、ボクは三千世界の烏を殺してビオラの仕事へと向かった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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