Act.8-292 ヴィオリューテ騒動のその後 scene.1 上
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「しかし、そのヴィオリューテ嬢、当然侯爵家の娘ですから、園遊会の給仕に出てくるんですよね。所属している内宮の筆頭侍女様は大変そうですわ」
「あれは頭痛の種だろうねぇ……それに、内宮の筆頭侍女ってピジョット家の遠縁にあたるし。うちは少人数だけど、内宮や外宮は大所帯だからねぇ、大変なんじゃないかな?」
「ビオラに比べたら内宮や外宮の人数など高が知れていると思いますが?」
「……うちの従業員達はみんなそれぞれ自分達で考えて行動できる者達ばかりだからねぇ。指示待ち君や足引っ張り君は誰一人いないんだよ。ボクが何もしなくたって回っていくのがビオラ商会合同会社――内宮や外宮と比べたら可哀想でしょう。そもそも、うちはやる気が違うんだし」
そもそも、叶えたい夢があって、そのために投資を受けた者達なんだから士気は桁違いに高い。
アルマみたいなレベルのやる気な人がゴロゴロいる訳で、そりゃ比較するのは可哀想だよ。
「ヴィオリューテ嬢は侯爵令嬢として十分な作法を学んでいると思うけど、あの高飛車な態度が万が一にも園遊会の際に出てしまったらと思うと……ゾッとするねぇ。しかも、それって内宮全体じゃなくて、王家の使用人全体、更には王家そのものに対する信頼にも関わってくる訳で……しかも、今回の客の中にはそういう粗を積極的に突いてきそうな奴がいるんだよねぇ、フォルトナの総隊長とか、フィートランドの大公令嬢とか、ボクを目の敵にしている連中」
性格の悪い【白の魔王】……アイツらが来る場でヴィオリューテがやらかすとか……怖っ。アイツらには絶対弱みを作っちゃダメなんだよ。嬉々として仕掛けてくるんだから。
「そういえば、ローザ様。装飾眼鏡の件はご存知ですか?」
突然思い出したようにオルゲルトが言い出したのは装飾眼鏡の件だった。といっても、何のことか分からないよねぇ。
要するに、これはヴィオリューテ嬢の件やアルベルトの件はここでおしまいということなんだろう。ボクもこれ以上話すこともないし、丁度いい。
「装飾眼鏡……最近、王子宮を中心に流行っている度無しの眼鏡ですね。仕事熱心で浮ついた噂一つ上がらない【鉄面皮の侍女】と言われたアルマ先輩も、無愛想で恐ろしい侍女というイメージが少しずつ解消され、丁寧に仕事を教えることや頑張った侍女にはご褒美として高いショコラを出してくれたり、根気強く色々なことを教えて習得を手伝ったり……そういったことが評価されて少しずつ人気になってきて、その余波で装飾眼鏡が流行しているという話ですね。それに、ボクが悪目立ちしたあの社交界でも普段と違うアルマ先輩の姿も注目の的になっていて、社交界ではアルマ先輩がパーティの時に見せた憂いを帯びた伏し目がちな姿とはまったく別の、侍女としての姿が理知的で格好良いと人気になっているとか。……あっ、ボクは別に後追いじゃありませんよ。この眼鏡は装飾眼鏡じゃなくて、化野さんと玉梨泡松技師が共同開発した世界で最初の「E.DEVISE」だからねぇ」
「少しだけ私の頂いたものとデザインが違っていると思っていましたが、特別な「E.DEVISE」だったのですね」
「まあ、初期型にして最高傑作というところかな? ……ボクは作ってないけど。天才と天才が共同開発したらとんでもないものができた……みたいな。ボク如きじゃ開発に加われないからねぇ、せいぜいできるとしたら構造暗記してコピー品を製造するくらいしか」
「……それでも充分凄いことだと思いますが」
オルゲルトはこう言っているけど、基本的にはコロンブスの卵……アイディアを出して一番に成し遂げた人の方が遥かに凄いんだよ。まあ、それを安定供給する人間っていうのも重要な存在ではあるんだけどねぇ。
「この「E.DEVISE」は「脳に対してデータを送受信できるシステム」というかなり危険性の高いシステムを積んでいて、悪用しようとすれば無意識化のマインドコントロールや電脳空間化で分離した肉体そのものをコントロールするなんてことが可能になる。実際、実験的に原型となった「電界接続用眼鏡型端末」を導入していた蒼岩市では、使用者の昏睡が相次いだ。蒼岩市で電脳治療のために作られた空間などが何者か……というか、技術の獲得を目論んだ瀬島一派のスパイによって暴走させられたっていうのが真実なんだけど……って、ソフィスさん達に説明しても困っちゃうか。まあ、正しく使えば便利な代物だし、危険も排除してあるから何も問題ないんだけどねぇ。まあ、マルチタスクができる人間ならソフィスさんに渡したものよりももっと効率良く仕事ができる装置ということになるねぇ」
「……つまり、ローザ様のブラックな労働を加速させる要因の一つということですわね?」
「『三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-』と並ぶくらいの要因と言えるかもしれないねぇ。でも、ソフィスさんだってあんまり人のこと言えないんじゃないかな? ……流石にボクほどではないにしろ、働き過ぎだと心配されていますよ」
「……私はローザ様のお仕事を制限したいとは思っておりませんわ。ローザ様の人生は、結局ローザ様の人生ですからローザ様が生きたいように生きるべきだと思います。私も私の人生ですから、私の生きたいように生きるつもりです」
つまり、これってボクのお仕事についても口を挟まないから代わりにソフィスの仕事についても余計な心配をしなくていいということだよねぇ。
まあ、ソフィスも自分の体調とか理解した上で仕事をしているだろうし、ボクがお節介に心配する必要はないと思っているから別に問題はないんだけど……見事に婉曲的に釘を刺してきたねぇ。ソフィス、駆け引きが上手くなったなぁ。
◆
本日も仕事を終え、さあ、ビオラでの書類仕事だ! と、三千世界の烏を殺そうとした瞬間――タイミングを狙っていたのか、狙っていないのか、ボクにとっては最悪のタイミングでドアがノックされた。
「……どなたですか?」
『内宮筆頭侍女のエーデリア=ドルガンハウルでございます。申し訳ございませんが、今からお時間を頂戴できませんか?』
ボクが部屋の扉を開けると中に入ってきたのは、老齢に差し掛かった白髪混じりのスレンダー……というか痩せ過ぎの、真夜中にランタンを持って歩いている彼女と遭遇したら、お化け屋敷の蝋人形並に恐怖を抱きそうな女性だ。
内宮筆頭侍女のエーデリアは、外宮筆頭侍女に比べればまだマシなものの、ボクに対してあまり良い印象を抱いていない人物の一人。ただ、今は厄介な存在だ……くだらない些事で、折角のビオラでの仕事の出鼻を挫かれる羽目に。
「……こんなお時間にわざわざお越しくださったのですか? 明かりをつけてくださって良かったのに」
「いえ、私も今来たところで……お勤めお疲れ様です。王女殿下にもお変わりなく?」
「ええ、お健やかに。……ご用件は昼間の件でしょうか?」
「本当に申し訳なく」
「……まあ、来てしまったものは仕方ありませんねぇ。とりあえず、どうぞ中へ」
二人分の紅茶を淹れ、お茶菓子の一口サイズのケーキを用意する。急な来客用に一応常備している品の一つだ。これが結構、重宝しているんだよねぇ。【万物創造】を知らない人に急にお菓子を出さないといけない時とかに。
「……当方の侍女が大変失礼を致しました」
「私に対する謝罪の必要はありません。今回の件でするべきことは迷惑が被ったアルベルト宮中伯子息に対する謝罪、そして、統括侍女様に対する報告の二点です。このうち、王女宮筆頭侍女である私の方からは既に統括侍女様に事情を説明致しましたので、後は内宮側から統括侍女様に報告した上で指示を仰ぐべきでしょう。……わざわざこうして王女宮までいらして頂いたところ申し訳ございませんが、私はこれから仕事がありまして」
「……こんな夜遅くに、ですか? 一体どこで、どのような仕事を」
「それを内宮筆頭侍女様にお教えする義務はないかと。その内容をお教えするほど、私と内宮筆頭侍女様は親しいとは思えませんし、レイン先輩やアルマ先輩、統括侍女様や後宮筆頭侍女様、離宮筆頭侍女様ほど尊敬に値する人物であるとも思えません。……私の義務である仕事は全て果たしております。……貴女の魂胆は分かっています。要するに、あのおっかない統括侍女様に一人で説明しに行くのが怖いということですねぇ。全く、あれほど聡明で慈悲深いお方はいらっしゃらないと思いますわ」
「……聡明は分かりますが、慈悲深い? いえ、今のは忘れてください」
「慈悲深くなければクソ陛下……あのラインヴェルドの暴走を受け入れることはできないと思います。……分かりました、まったくもって気が進みませんがご要望通りお付き合い致しましょう」
ボクがラインヴェルドのことをクソ陛下呼びした挙句、更に呼び捨てにしたことに眉を顰めたけど、とりあえず、ボクが要望通り一緒にノクトの元に行くことになったことを一先ず喜ぶことにしたらしい。
暗い廊下をエーデリアと二人で歩く。流石に無言で険悪な雰囲気のままで行くのも嫌なので、少し会話をすることにした。
「……正直、エーデリアさんのことを尊敬している部分もありました。アルマ先輩が行儀見習いで侍女になった頃、後輩の育成に関わっていた貴女から礼儀作法を習ったと聞いております。アルマ先輩が優秀な侍女であるのは、勿論彼女の努力もありますが、基礎の部分がしっかりしているというのも大きい。エーデリアさんの功績はとても大きいと思います。しかし、今回の件は後輩の立場で何を言っているのかと思われるかもしれませんが、正直、擁護できるところはないと思います。貴女もピジョット家と縁ある立場だから難しい立ち位置だったのでしょうが、身内だからこそ、より一層しっかりと指導すべきでした。毅然とした態度で接しないから舐められるのです。人と人の関係は、その積み重ねによるもの……その行いが間違っていたことはこの状況が証明しています」
厳しいことを言っていることは承知している。
身内が生徒として通っている学校で教師として指導しているとして、他の生徒と同じように接するということが果たしてできるのか?
まあ、厳しくなり過ぎるか、逆に溺愛するかのどちらかだろう。そして、そのどちらもあまり良い結果を及ぼさない。
だからこそ、しっかりと距離感を測らなければならない。
貴族である以上は家同士の繋がりは大切だけど、阿り過ぎた結果がこれではねぇ……。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




