Act.8-290 王子宮次席侍女ジェルメーヌ=ディークス scene.1 上
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「えっと……つまり、ヴィオリューテ嬢のお目当ては近衛騎士のアルベルト氏ではなく、同室のリジェル=レムラッド侯爵令息だったということですか? 二人は顔見知りで、ヴィオリューテ嬢が一方的に片想いを寄せているだけ。それで、アルベルト氏を通じてリジェル氏の様子を聞こうとしていた。しかし、このリジェル氏とは結構女好きで、しかもこの国の美人の条件、儚げな細めの女性が大好きなのだという。ヴィオリューテ嬢はとびっきりの美人だが、超キツメの顔立ちの美人、その上性格も高飛車で上から目線……彼のストライクゾーンには入っていないと。という訳でリジェル氏から見向きもされない彼女はそれこそ本当は他の女なんて見ないでと素直に言えず、この女ったらし、貴族の恥だなんて詰る始末。結果彼の方に心の距離ができるのは当然の成り行きで、そこで彼女は何故か矛先をアルベルト氏に向けた。当然アルベルト氏としては友人とはいえ他人の色恋沙汰に巻き込まれるのはごめん被るということで……結局、その色恋沙汰に巻き込まれたと。ご愁傷様です。……しかし、凄いですね、そのヴィオリューテ嬢、ローザ様に喧嘩を売るなんて……一度会ってみたいものです」
「君もボクに喧嘩売ったよねぇ? エリカさん?」
あの後、エリカに追いついたボクはヴィオリューテに乱入されて滅茶苦茶になったデート擬きの口直しということで、『Rinnaroze』の従業員用の休憩室でデート擬きをしていた。
正直、アルベルトとのデートよりこっちの方が楽しいです。アルベルトのことを愛してやまない令嬢達にしばき倒されそうな話だけど。
「……あの時は本当に愚かなことをしたと思っています。無知って凄いですよね」
「本当だねぇ。……まあ、実際、それは正しいよ。ヴィオリューテだって、アルベルトの家が宮中伯だということを知らなければ、そんなことは言わなかっただろうし。実質、侯爵家扱いだからねぇ、宮中伯家。……さて、マフィア関連で大切な有給を潰された可哀想なエリカさんに朗報です。有給を一日プレゼントします!」
「ほ、本当ですか!?」
「更に更に! エリカさんが見たかった『メローレとミレルダ〜憎しみから愛へ〜』のチケットをプレゼント致します!!」
「えっ、嘘!? そこまでして頂けるのですか!? って、それじゃあローザ様に申し訳ないですよ!」
「良いよ、別にボクが蒔いた種みたいだし、ガネットに警告を出す手間も省けたし、ねぇ」
直接ガネットに説明しても良かったんだけどねぇ、もし、送り込んだスパイに攻撃を仕掛けたら、その瞬間にガネットファミリーは敵であると判断して滅ぼすって。
痛い腹じゃないならスパイを放置しておいても問題はないよねぇ? もし、攻撃するってことはそこに後ろめたさがある訳で……その後ろめたさって要するに国家への反逆でしょう?
「……しかし、普通に休憩室でお茶をしていますが、凄いですよね。ローザ様から普通に紅茶を受け取って休んでいますし」
「お邪魔しているんですし、お茶くらい淹れますよ。あっ、良かったらお茶菓子も召し上がってください。薔薇ジャムを乗せたスコーンです」
エリカと会話しつつも紅茶を淹れてスコーンの皿を手渡すボクに、エリカが呆れの視線を向けた。ほら、借りているんだし、これくらいはしないとねぇ。
「エリカさん、本当にたまにですがローザ様がお茶を淹れてくださることがあるのですわ。これほど美味しいお茶はなかなか頂けないので、実はスタッフ一同とても楽しみにしているのです」
と、嬉しそうに皿とカップを受け取るのはキャプセラだ。
「……確かに美味しいですよね。ローザ様の紅茶を飲んだら他の店のお茶がまるで偽物のように感じてしまいます」
「そんなことはないと思うけどねぇ、実際、隠れた名店っていうのも王都を探せば沢山あるだろうし、ペチカさんのお茶のレベルも王宮で通じるレベルだよ。ボクももっと精進しないといけないねぇ」
「……まだ上を目指すのですか?」
エリカにジト目を向けられたけど、精進に終わりはないからねぇ? まだまだ学ぶことは沢山あるんだよ。
「ところで、エリカさんは新しい部署への移動を希望していたりってことはないのかな? かなりの時間、図書館勤めのようだけど」
「図書館のアルバイトが気に入っているのでもう少し続けたいと思っています。それから、司書の資格を取って、正式に司書として採用を目指そうかと」
ブライトネス王国にも当然ながら司書の資格はある。うちの図書館でもこの司書資格が通用するので、図書館の開設の際には全員が司書の資格を取りに行った。
基本的には大倭秋津洲のものと求められることは大差ない。一応前世でも司書資格を得ていたボクも難なく獲得できた。……こっちの世界だと講習を受けるのではなく、それ相応の知識があることを試験で証明すれば資格をもらえるから本当に楽なんだよねぇ。
「こっちの方が私の性に合っているのかもしれませんね」
「まあ、エリカさんってマフィアでも表の人間に対応する商会の窓口を勤めていたくらいだし、そういう接客業務は得意だと思っていたけど。図書館長には意向を伝えた?」
「これから伝えようかと」
「そっか、それじゃあ検定用の問題集を後でエリカさんのデスクに送っておくよ。図書館長にはエリカさんの方から事情を説明しておいてねぇ。王立図書館が主催している講習に参加しても良いけど、問題集の勉強をしっかりやれば取れるから。接客の心得は分かっていると思うし、そう遠くないうちに司書になれると思うよ。それじゃあ、頑張ってねぇ」
食べ終わった皿とカップを受け取って洗ってから、ボクはエリカと別れ、ボクは王女宮筆頭侍女の執務室へと転移した。
さて、と……デートも終わったことだし、今日の侍女のお仕事を始めますか。……と、その前に、ノクト統括侍女殿に報告か。
◆
<三人称全知視点>
――王子宮筆頭侍女の執務室にて、王子宮筆頭侍女アルマ=ファンデッドは困惑していた。
目の前には、侍女のお仕着せの裾が汚れることも厭わず両足を床に突き、深々と頭を垂れる――つまり、土下座をしている侍女の姿がある。
茶色の髪を肩まで伸ばした、白磁のような白肌に青い瞳の、思わず見惚れてしまうほど可憐な容姿の少女は、つい先日、侍女となり、統括侍女のお墨付きで王子宮の侍女となったジェルメーヌ=ディークス。
その正体は、何と酔った状態でアルマに暴言を吐いたあのエイフィリプだという。
「頭をお上げください! もう謝罪は十分受け取りましたから」
「私がかつてしたことは決して謝罪をして許されることではありませんわ。どうかこれからも私のことを許さないでくださいませ。……私はローザ様にお教え頂き、ようやく私がどれほど取り返しのつかないことを理解したのでございます。……眠りの中で私自身に腕を掴まれ、酒に酔った私自身にあの言葉を掛けられた時の生理的嫌悪感、あの吐息の感触が今も私の耳を決して離れません。……私はローザ様のご慈悲で新たな性を与えられました。女性として生きる人生はエイフィリプであった頃よりも遥かに幸せで……だからこそ、思うのです。私は本当にその幸せを味わうのに値する人間なのかと、沢山の方々に心ない言葉を掛けてきた私が幸せになっても良いのかと。……私は生きている限り償いは続けていくつもりです。ですが、それで全てが許される訳ではありませんし、許されてはならないのです……私は過去の罪を背負って生きていかなければなりませんから」
――本当に、エイフィリプ様……なのよね? 変わり過ぎじゃないかしら? ……もしかして、洗脳? あの後、ローザ様に洗脳されたのかしら?
「私は洗脳などされておりません。私は、ローザ様に過去の行いを女性達の立場で追体験したのです。……私は女性として生きることでこのような恐怖に苛まれることが恐ろしかったのです。もう既に女性に対する蔑視は無くなっていました……償うことは決めていましたが、その時の私は男に戻りたいという気持ちに支配されていました。そんな私に、ローザ様は女性として生きる素晴らしさをお教えくださったのです」
「まるで飴と鞭ね……それで、エイフィリプ様は女性として生きることを選んだと」
どうせ見気で聞かれるなら、最初から口に出してしまえばいいと決めたアルマは、思ったことをそのまま口にした。
「エイフィリプではなく、ジェルメーヌですわ。……以後、ジェルメーヌとお呼びくださいませ。アルマ筆頭侍女様」
満々の狂気に満ちた笑顔を向けられ、アルマは「ジェルメーヌさん」と訂正すると、ジェルメーヌは同性のアルマすらくらっとするほどの笑顔を浮かべた。
「それで、ジェルメーヌさんはどうして私に挨拶をしに来たのかしら? 謝罪だけが目的……という訳ではないわよね?」
統括侍女のお墨付きという時点でかなり怪しいとアルマは感じている。
統括侍女のノクトの信頼をローザは勝ち得ている。この人事は間違いなくローザの意図するものだ。
「私は本日付で王子宮次席侍女に就任致します」
「次席侍女……貴女が?」
「ご不満ですわよね? 私のような者がアルマ筆頭侍女様の部下になるなど」
「いえ、そうではないわ。……確かに、今までのエイフィリプ様の印象は最悪の一言に尽きるけど、今のジェルメーヌさんは心を入れ替えたのでしょう? そういうことじゃなくて……純粋に、ジェルメーヌさんは侍女になったばかりなのよね? それが、いきなり王子宮の次席侍女に抜擢されるということになれば反発も大きくなる筈ですわ」
「その点についてはご心配には及びませんわ。私は長年パーバスディーク侯爵家に仕えてきたことになっていますから。そして、パーバスディーク侯爵家の降格に伴い、リストラされた哀れな侍女という筋書きですわ。偽の経歴と申しましょうか、勿論、パーバスディーク次期侯爵を含めた関係者には既に根回しが終わっています」
――パーバスディーク侯爵家に長年勤めていたという経歴があれば、確かに文句はないわよね。職を失って困っていた彼女を哀れに思った誰かが統括侍女様に推薦したということであれば、確かに受け入れられる……どころか、彼女を邪険にすればどうなるか。悪い印象をお墨付きを与えた統括侍女様や彼女を推薦した人物……恐らく圓さんでしょうけど、彼女に嫌われてしまう。それは、よろしくない事態よね。
「ジェルメーヌさんの身に危害が及ぶ可能性がなくて良かったわ」
「私のような者の心配をなさってくださるなんて、本当にアルマ様はお優しいですわ」
「……もう一つ聞いてもいいかしら? そもそも、何故貴女が王宮に潜り込んだのか。――圓さんの目的は一体何なのかしら?」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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