Act.8-289 圓を取り巻く恋模様、動き出す scene.6
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ちなみに本屋による理由はルークディーンが新しい冒険譚が欲しいとおねだりしてきたからなんだそうだ。
最近読書が本当に好きになったようで、最新刊が出るからアルベルトにお願いしているんだとか。
きっとあの嫌そうな表情は、そんな弟のお願いに思いを馳せていたのを邪魔されたからだよねぇ? ……うん、違うみたい。面倒な奴に絡まれたからだったようだ。
余談だけど、それ、ボクが書いた冒険譚。言ってくれたら書店特典付きで贈ってあげたのになぁ。
「アルベルト=ヴァルムト様、奇遇ですわね!」
「これはピジョット殿、お仕事ですか。頑張ってください」
「そうなんですよ、筆頭侍女のあの方ったらワタクシが侯爵令嬢なことを妬んでこんな地味なことばかりさせるんですのよ!! どう思われます!!」
「基本の事柄を学ぶことはどのような身分であれ大事だと思いますよ。与えられた職務を是非真面目にこなしてくださいね。さ、ローザ殿、行きましょうか」
あっ、巻き込まれた……まあ、一緒にいるのに触れない方が謎か。ボクは良いんだよ、放置で。
大体、痴情の絡れに関わった結果が前世の死、だからねぇ。観賞用の百合に関わり過ぎた結果、意味不明な嫉妬を浴びて殺されて……ってか、そんなに好きなら直接告ればいいんじゃないの? と思うんだけど。
好きなら真っ向勝負で挑んで、真っ向から玉砕すれば良いのに……あっ、玉砕しちゃダメか。
真っ向から勝てないから、邪魔者を排除して可能性を増やそうとして……でも、そういう方法を取ると結局長続きしないと思うんだけどなぁ。
恋愛に殺人を持ち込んじゃいけないよ、殺人はやっぱりビジネスライクにいかないとねぇ。それか、復讐か。
「ヴィオリューテさん、アルベルト様の仰るように仕事なのだから真面目に」
「あら、いらっしゃったの!」
明らかに敵対的な眼差し向けてきたヴィオリューテ。職業が侍女である以上、宮が違うとはいえボクの方が立場は上だし、なんなら君の理屈だと公爵令嬢のボクの方が立場上なんだけどねぇ? まあ、ボクは現役で公爵と辺境伯持っているけど。
ましてや他所属のアルベルトに自分の上司の愚痴を言うなんて。……アウトだよ!! 本当に色々な意味で!!
まあ、なんとなくヴィオリューテの考えも分かります。ボクは公爵令嬢で更に王女宮筆頭侍女の立場を利用して我が儘を言ってアルベルトとお近づきになろうとしている傲慢な令嬢なんでしょうねぇ。そんな傲慢な令嬢からアルベルトを救い出そう的な大義名分もあるのでしょう。
ヴィオリューテに大局を見据えるなんてことはできないでしょうし……婚約後を見据えた筆頭侍女とアルベルト=ヴァルムト宮中伯子息の関係構築とか。本当は、こういうことはプリムラについて行くことになるシェルロッタの役目だと思いますが……あいつ、動かないんだわ。分かっているのかな? 本当に。
プリムラはシェルロッタの姉メリエーナの忘れ形見であって、彼女の成長を見守ることが姉と引き裂かれた彼女の傷を癒す唯一の方法だというのに。それが、シェルロッタの幸せに繋がるというのに。
……分かっているよ、それが本当にシェルロッタの幸せになるかどうかは分からないって。
死んだ人間は生き返らない……その原則をボクは変えないと決めた。際限がなくなる……メリエーナだけを優遇して、同じように苦しんでいる人達を救わないのは不公平だから。
だから……ボクにはもう、それしかできない……例え、それが間違っていたとしても、ボクはもう止まることはできないんだ。ラインヴェルドの、カルロスの、プリムラの――幸せを奪った者の贖罪として、絶対に成し遂げなければならないんだ。
「ワタクシ、アルベルト様にお話ししているの、お下がりくださる? ……今日だって、アルベルト様に無理を言ってここまでエスコートをして頂いたのでしょう?」
……痛いところを突いてくるねぇ。いや、痛くもない腹なんだけど、世間的には、やっぱりボクは傲慢な令嬢な訳で、それを否定する訳にもいかないし。
「……行きましょうか? ローザ殿? ……ローザ殿?」
「アルベルト様、お約束したにも拘らず、こちらの都合ですぐに撤回することになってしまって大変心苦しく思いますが……実は先程のカフェに友人がおりまして、少しお話ししたいことがあるので、先に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「友人……ですか? そのような方が?」
……まあ、嘘は言っていないけど、聞いている方からすれば作り話に聞こえるか。
本当はエリカの有給の件を早めに片付けておこうと思っただけなんだけどねぇ。
彼女の今の勤め先のビオラ立中央図書館はブライトネス王国どころか、多種族同盟諸国の中で最大の蔵書数を誇る図書館だ。最近始めた事業で、ビオラ以外の書店から発売されたものについては、毎月契約で定めた金額を支払っている。
貸し出し自体は無料、複写は複写代が掛かるという、基本的には前世の公立図書館と同じシステム。収益については完全に度外視で、少しでも様々な人が本に触れられるようにという、一種の慈善事業として運営している。無論、本を盗むと言った犯罪行為については、公立図書館の比じゃない賠償金の請求が行くけど。
「先ほど仰っていた冒険譚ですが、ビオラで販売されているものでしたね。書店のカウンターで私の名前を出せば無償でお贈りすることができますので。……私はこれにて失礼させて頂きますが、侍女の仕事として王都を訪れながら、王家そのものの品位すら疑わせるような行為の数々は、貴女の所属する内宮の筆頭侍女に説明しなければなりません……面倒なこと、この上ありませんが」
正直、ファレル=メディッシス外宮筆頭侍女ほどじゃないけど、エーデリア=ドルガンハウル内宮筆頭侍女のことも内心少し苦手意識があるんだよねぇ……まあ、ローザを嫌っている一人だし。
まあ、アルマ先輩、レイン先輩、ノクト統括侍女様、ニーフェ離宮筆頭侍女様、シエル後宮筆頭侍女様は、全員ボクの前世について知っているメンツだし、知らなければそういう評価になる訳で……アルマ先輩も最初は誤解していたからねぇ。……なんか最近は、別の意味でボクを怖い人だと勘違いしているようだけど。
……ないよ? そんな先見の明なんて。ついでに、深謀遠慮でもないって。
「――ッ!! 権力を振るうことしかできない傲慢令嬢ローザ=ラピスラズリ!!」
ヴィオリューテがなんか喚いていたけど、知ったことじゃない。
……ってか、結局、エリカはあの図書館を仕事場に決めたのかな? 結構な間、居着いているようだけど……一応、まだ定住先を決めずに各組織を巡る一種の研修期間じゃなかったっけ?
まあ、本人がそれで良いなら良いんだけど。
◆
<三人称全知視点>
「……行ってしまいましたか。残念でなりません、折角のデートだったというのに、台無しですね」
収穫はあった。間違いなく関係は進展していて……その方向性はかなり危うい方向ではあるものの、しっかりとゴールに向かっているのは間違いない。
それが恋の成就か、それとも破局かは分からないけど。
アルベルトはこれまで言い寄って来た女性を振った経験はあるものの、振られた経験は無かった。しかし、アルベルトのことを見ているようで、実は全く見ていないあの少女はきっと容赦なくアルベルトを振るだろう。
『誰かを好きになるという感情は、自分でもどうしようもない感情だと思います。いくら玉砕しても、諦めない方という者がいることを、私はよく存じ上げています。アルベルト様が知らない私という部分を知って幻滅したなら、それまでのこと。それを知ってなお諦めないとなれば、そこからのことはそれからまた考えるべきだと思いますわ』
しかし、一方で彼女が残したこの言葉は、明らかに希望としてローザが残したものだった。
振るならば振って仕舞えば良かったのに、彼女が最も恐れる事態を回避できることが明らかになってなお残したこのメッセージは、即ち、まだ可能性があると、ローザがアルベルトのことを嫌っている訳ではないという証明である。
ローザは完全に脈無しだと何度も心の中で言っているが、そう何度も言われたフォルトナの三王子は何度もアタックをした末に候補の一人に上り詰めたのだ。つまり、女性しかローザの恋人にはなれないという前提は覆ったのである。
女性に比べて明らかに可能性は低いが、それでもゼロではないのだ。その一縷の望みに賭け、幾度となくアタックを続ければ……もしかして、罷り間違って恋が成就するということも無きにしも有らずなのである。
「……アルベルト=ヴァルムト様、何故ラピスラズリ公爵令嬢とご一緒ですの? ワタクシがあれほどお誘いしているのに一度も応じてくださらなかった。それなのに、何故あのような方と」
「あのような方、と貴女が彼女を侮って良いとは到底思えませんが。私は私のお付き合いしたい方とご一緒させて頂いているだけです」
「ワタクシは侯爵令嬢ですのよ!」
「そうですね、それが何か?」
「アナタはたかが……伯爵子息でしょう、それも跡を継げない。分家を立ち上げる噂を聞いています、その時、ワタクシの実家の援助があればどれだけヴァルムト家の助けになるかお分かりにならなくて?」
アルベルトはヴィオリューテを無視してビオラに向かって書肆『ビオラ堂』に向かって歩いていく。
「……私のことはまあ良いとして、あの方は公爵令嬢ですよ。それも、陛下から親友と評価されるほどお方です。……とはいえ、あの方が何かなさるとは思えません。面倒だと言いつつも、しっかりと侍女としての務めを果たすでしょう」
「……あの女が、陛下のお気に入り!? そ、そんな筈ないわ! あの女は傲慢で……そうね! きっとそうだわ!! あの女は公爵家の力を使って――」
「一公爵家が王家を動かすなど、あり得ません。それがお分かりにならないのですか。……この件はしっかりとローザ殿に謝罪せねばなりませんね」
謝ったところでしっかりとその謝罪を受け取ってはもらえないだろう。「あれは、割って入ったヴィオリューテの責任であり、更に言えば、その責任の一端は侍女である自分自身にある」と、アルベルトの姿が全く映っていない灰色の瞳を向けられながら言われそうだ。
今日のデートでも、ローザの灰色の瞳にアルベルトの姿は映っていなかった。彼女が見つめている先に自分の姿は無くて……だからこそ、その瞳に映りたい、意識されたいとアルベルトは思っている。
しかし、それはアルベルトがプリムラに向けるような笑顔をローザに向けられるのと同じくらい困難なことなのだ。
――せめて、このデートという僥倖な機会をしっかりと堪能したかったのだが。
あの後キャンキャン文句を言ってくるヴィオリューテを黙らせることはとても難しく、無視して歩くアルベルトにまるでへばりつくように歩くヴィオリューテの姿は大変目立った。
幸いにもヴィオリューテは一人ではなかったらしく、彼女よりも年嵩の侍女が慌てた様子で現れて様子を見るなりヴィオリューテの頭を掴んで事情も聴かずアルベルトに頭を下げさせた。一連の動作が流れるような動きでなれているとしか思えないほどに美しい動きだった。
本来謝るべきローザの姿はここにはない。その謝罪は全く無意味なものだとアルベルトは思った。
ヴィオリューテはそのまま連携プレーで馬車に詰められ、風のように去っていった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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