Act.8-286 圓を取り巻く恋模様、動き出す scene.3
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「それで、ローザ様は私に何を求めていらっしゃるのでしょうか?」
「特に何も? 強いて言うなら、園遊会で少々面倒ごとになりそうだから、近衛騎士達に混じって避難誘導をして頂きたい。……もし、可能であればバルトロメオ殿下と共に最前線で活躍してもらいたいけど」
「八技と闘気使えないと厳しいからなぁ。今から習得ってちょっと難しいだろ?」
「いや、それについては問題ないと思うけどねぇ。クィレル様は現役を退いた今でもアルベルト様より強いから」
「さぁ、正直今の私では彼に勝てるとは思えませんよ。……とはいえ、現役を退いて久しいですが、時々、剣を振るってみたいと思うことはあります。バルトロとも久しぶりに組んでみたいですね」
「決まりだねぇ。……クィレル様は外務省所属の外交官で、軍務省との行き来はなかなか難しいかもしれないけど、闘気や八技の使い方はバルトロメオ殿下が教えた方がいいんじゃないかと思う。同じ暇そうなアクアとディランは基本的に内宮か、王女宮に出没するし。ボクが教えてもいいんだけど……」
「いや、俺が知っている範囲で教えるよ。そっちの方がお互い気兼ねなくやれる」
「そうですね。私もお忙しい圓様のお手を煩わせるより、この暇人に教えてもらいたいと思います」
「暇人言うな! 俺だってしっかり働いているんだぜ!!」
「しっかりって……ほとんどサボっているよねぇ? 実はディランと並んでペルちゃんの影武者と入れ替えた方が良いって声が数多く寄せられている人ランキングの上位に君臨しているんだよ?」
「いや、アイツほど俺はサボって……いえ、なんでもない」
途中で撤回するなんて、まるでボクが怖いみたいじゃないか……えっ、そうなんじゃないかって? ……一体ボクってなんだと思われているのかな?
◆
今日、ボクはアルベルトに贈られた髪飾りのお礼をするために、名所の一つ、王都広場の噴水で待ち合わせをしていた。
髪飾りのお返しは刺繍済みハンカチとパウンドケーキにブランデーを使ったブランデーケーキ、後は大公領の特産の薔薇蜂蜜。綺麗にラッピングして、百合の花が薄らと印字されている特製の紙袋の中にもしっかりと入れた。
服装は、髪飾りに合わせて皺一つない薄い青のワンピースに、同色のローヒール。そして、「E.DEVISE」の眼鏡もしっかりと装着している。
あっ、先に断っておくけど、これは断じてデートではないよ。
頂いた髪飾りを付けて、待ち合わせ場所に行って、お礼の品を渡して感謝の気持ちを伝え、食事をご一緒してそれぞれ宿舎に戻る。ただ、それだけ。
ただ、それをどう受け取るかは人それぞれな訳で……アルベルトはきっとデートだと受け取っているんだろうなぁ。
こういう時は少しだけ遅れていくべきかな? と思ったんだけど、時間ぴったりに行くつもりが予定外に少し早く着いてしまって、少々待ちぼうけだ。
少し空を見上げてみると、秋晴れの空が清々しい風景としてボクの目に映った。まだ若干暑いけど、いい季節になってきたねぇ。
「お待たせしましたか? ローザ殿?」
「いえ、アルベルト様。私も先ほど到着したばかりです。近衛騎士の隊服姿でお会いすることがほとんどですから、こうして私服姿のアルベルト様は新鮮ですわね。薄い青のシャツに、チャコールグレーのズボンと黒のオッドベスト――とてもよくお似合いだと思いますわ」
「こちらこそ、ローザ殿のお仕着せ以外の姿は見慣れていないので新鮮でした。青を基調としたコーディネートなのですね。落ち着いていて、貴女によくお似合いだ。贈った髪飾りをつけて来てくださったことも嬉しいです」
「お褒め頂き光栄です。実は、アルベルト様にお贈り頂いた髪飾りと合うように私が仕立てたものなのです」
「……ローザ殿が?」
「はい、実は素人ながら服作りの趣味がありまして」
「とても素人の作ったものだとは思えない素晴らしい出来だと思いますよ。とてもよく似合っています」
「ありがとうございます」
出会い頭に優しく笑みを浮かべて装いを褒めつつ髪飾りを付けていることまで指摘するとは……本当に手慣れているというか、なんというか。
普通の令嬢だったら今のでクラッとしているんじゃないかな? まあ、ボクは普通じゃないんで。
「ローザ殿、先日お手紙でお伝えしたお店ですが、少し歩くことになります。宜しいですか?」
「勿論、大丈夫ですわ」
「良かった。王都の外れにあるお店ですが、私も近衛騎士になってから何度か足を運んでいるお店で、少々落ち着いた雰囲気の店ですが、とてもお菓子が美味しいのですよ。ローザ殿もきっと気に入ってくれるんじゃないかと思って……ああ、お荷物をお持ちしましょう」
「いえ、軽いから大丈夫ですわ」
「そうですか? いつでもお持ちいたしますから」
「お、お気遣いありがとうございます」
しかし、すっと肘を差し出して自然とエスコートをするとは、やはり生まれながらのイケメンというか、本物っていう感じがするねぇ。
イケメンだなぁ……って感じる人は男女問わずいるけど、こういうことを何の嫌味もなくできる人って限られている。バルトロメオとか、アクアとか、オニキスとか、その辺りかな? ……アクアとオニキスは完全に天然だけど。アイツら、天然のイケメンだからなぁ。
差し出された腕に、そっと手を伸ばして絡める。
これは普通の貴族令嬢としては当然エスコートされる時の形……まあ、アルベルトが二十三歳で、ボクが十歳――十三歳差だからねぇ。このアンバランスさがなんというか、親子……ではないし、歳の離れた兄妹にしか見えないんじゃないかな? 恋人とかには絶対に見えないでしょう。
背丈が同じくらいなら絵になるんだろうけどねぇ……って、悪役令嬢とイケメンじゃ釣り合わないか。まあ、釣り合わない方がいいんだけど。
恋愛対象は女性なんだよ……ネストやフォルトナの三王子が若干例外になりつつあるんだけどさ。
「……やっぱり、不恰好ですわね」
「確かに、これではちょっと恋人に見えませんね。でも、何故でしょう? ローザ殿と話しているとあまり年齢差を感じないのですよ」
そりゃ前世が十七歳で、今世が十歳、普通に足したら二十七歳でボクの方が年上だからねぇ……記憶戻ったのは二歳だから二十五歳……それでも年上か。
「少しませているのかもしれませんね。私自身よく分かっていますよ、冷めている子供だって」
「私はそうは思わないんだけどな。……あっ、いや、ローザ殿が姫殿下のお姿を見ている時は、本当に素敵な笑顔をしていると思うよ。とても羨ましいな、と思った。……その笑顔をいつか私の向けてもらえるようになりたいな」
最後のはきっと独り言だったのだろう。ボクも聞かなかったことにした。
◆
目的地は、王都の外れにある渋めの店だった。
小洒落たデートに使うような場所ではないものの、落ち着いた雰囲気でボクもとても良い趣味の店だと思った。
「こういったお店にはなかなかいらっしゃらないのですか?」
「えぇ、王都は色々と巡ったつもりですが、この店のことは知りませんでした。よく来店するのですか?」
「近衛騎士になってから先輩に教えられたのが切っ掛けで、それから何度か足を運んでいます。静かでゆったりと寛げるので、お気に入りの場所の一つです」
「そのようなお気に入りの店を紹介してくださり、とても光栄ですわ」
まあ、近衛の期待のホープ殿はどこに行っても黄色の声援が飛び交う。片時も休まらない彼にとって、この場所は逃げ場所の一つだったんだろう。
……しかし、まさかここにマフィアが客として来ているとはねぇ。一人は、ビオラに入社して堅気になったエリカか。すっかりマフィアの家業から足を洗ったと思っていたけど……例の件の事情を知っていそうだからと有給の日に呼び出されたのかな?
『たく、なんで私を休みの日に呼び出したんだよ。今日は社割使って演劇観に行こうと計画していたのに!!』
『エリカ、すっかり堅気に染まっちまったな』
『あのアネモネ会長が脚本書いている「メローレとミレルダ〜憎しみから愛へ〜」が三割引で見られるんだぞ!』
『おい、あの王都で話題のあの劇が!? それ、ズルくないか!! 俺もマフィア辞めようかな!!』
『……裏切り者には、死、だぞ?』
『まあ、それはいいや。……最近、「ガネット」に所属した奴に妙な女がいてなぁ。なんでマフィアやっているのか分からないくらい絶世の美女で、その上、途轍もなく強いんだが……なんだか、マフィアの行動を監視しているみたいなんだ。敵対マフィアが送り込んだ刺客か、と思ったが、どうやらそうではなさそうだということらしい。……アネモネ閣下なら知っているんじゃないかと思ってな。今度聞いておいてくれないか?』
『聞いておいてって、あの会長殿はアポイントメントが……意外と簡単に取れるな。しかし、マフィアに潜入するような奴が、アネモネ会長の差金だったとして、それをガネットのボスに伝えると思うか? まあ、でも、少し気になるな。……ビオラにはそんな部署は無かった筈だし、【血塗れ公爵】率いる毒剣一味以外にこの国にそんな組織はない筈だが……』
仕方ない、少しだけ助け舟を出してやるか。「E.DEVISE」をちょちょいと操作して――。
『おっ、会長からメール……って、流石にタイミングが良過ぎるだろ! ガネットのボスに伝えろって……ビオラに新設されたビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局の工作員の一人なのだそうだ。この国に憂いをもたらす可能性があるものを事前に排除するために派遣した者で、彼女に干渉しないで頂きたいということだそうだ。ちなみに、干渉したらガネットそのものを敵と見做して会長御自ら潰しに行くらしい』
『うわ、おっかねぇ!! よし、ボスにしっかり伝えとこう! ありがとうな! じゃあ、お会計は頼んだ!』
『ふざけんな! 有給休暇削られた挙句、なんで私が二人分支払わねぇといけねぇんだよ!』
『お前の方が稼いでいるだろ! 俺、今月カツカツなんだ! 頼むぞ、堅気!!』
騒がしい客だなぁ……折角の静かな店が台無しじゃないか。結局エリカが全額払わされているし……仕方ない、後で埋め合わせをしておくか。
「どうしました? ローザ殿、上の空で」
「いえ……申し訳ございません、何でもありませんわ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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