Act.8-284 圓を取り巻く恋模様、動き出す scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
お茶会を終えた後、ボクはソフィスの部屋のベッドの上で頭の先から爪先まで、ピッカピカに磨き上げられていました。
「しかし、意外でしたわ。ローザ様がエステを受けられたことが無かったとは」
そう言いながら、全身にいい香りの香油を塗り込めているのは、ソフィス付き侍女のマンジュリカさんだ。
……ただ、口に出してこそいないものの、ソフィス達もてっきりボクが常日頃からラピスラズリ公爵家でしっかりとエステを受けていると思ったらしく、不思議そうにしている。
「まあ、メイド長のヘレナさんなんかは得意だけどねぇ。ボク自身、多少なりマッサージの心得はあるつもりだし、実際に融資していたエステでアルバイトしていた経験もあるんだけど、自分のことになると多少無頓着になるというか、そういえば、あんまり美容に気を遣ったことはないねぇ。化粧の技術とかはやたら磨いていたけど。……まあ、前世でも今世でも毒素的なものは、体力をつけるために走っていたからか、あまり溜まらなくてねぇ。こうして磨いてもらう経験が無かったというか、そもそも、ボクが前世の記憶を取り戻してからドレスの着付けも含めて全部セルフでやっているからメイドさんを頼ったことはないねぇ……戦闘以外では」
「……なんと言いますか、ローザ様って、時々本当に貴族の令嬢なのかと疑いたくなるところがありますよね? 不摂生な生活でお肌に悪いことしかしていらっしゃらないのに、お肌は艶々で荒れることもありませんし、お美しいままですし、本当に羨ましいです」
侍女と公爵令嬢とかなりの身分差があるものの、かなりの付き合いだからマンジュリカはズカズカいってくるし、他の侍女達も似たようなことを思っていたのかウンウンと頷いている。
いや、そんなことを言われてもねぇ……羨ましいとか。ボクって前世からこんな感じだし。
「まあ、でも、確かに気持ちいいねぇ。今度、ヘレナさんにお願いしてみようかな? ……ただ、ちょっと、これはマズいかも……気持ち良くて、寝ちゃい、そう」
「ローザ様、今はゆっくりお休みください。終わりましたら、起こしますので」
「そう……じゃあ、悪いけど、お願い、ねぇ」
ボクはソフィスの微笑みとマッサージに癒されながら、睡魔に導かれるままに眠りに落ちていった。
◆
<一人称視点・ソフィス=アクアマリン>
紙ショーツだけという、深雪のような眩しい白肌を惜しげもなく晒し出しているローザ様は、可愛らしい寝息を立てながら気持ち良さそうに眠っている。
こうやって見ていると、普通の可愛らしい女の子のように思えてくるわ。
普段の姿とのギャップがあって、愛しい人の新しい一面を知れたことに、小さな幸福を感じた。
今日、私は確実に一歩を踏み出すことができた。
絶対に玉砕すると思っていた告白は……思っていたよりは良い結果になった。
勿論、私の恋人になってくれると約束してくれた訳ではないけど、それでも、可能性が完全に絶たれている訳ではないと、寧ろ、あのスティーリア様と並んでローザ様の中で、月紫様に次いで大きな位置を占めていることは、嬉しい誤算だった。
――私は、別にローザ様の中で一位になりたいと、そんな傲慢なことは考えていない。本当は、ローザ様の中で何位であろうと構わないと思っている。それは勿論、溺愛されたいと、ローザ様の愛に溺れたいと……思わないかと言われた嘘になるのだけれど。
「マンジュリカさん、この場をしばらくお任せしても良いかしら? 私はローザ様にお渡ししたいプレゼントを部屋から取ってくるわ」
「承知致しました。……ソフィス様、おめでとうございます」
私の恋をずっと応援してくれたマンジュリカ。
彼女だけじゃない、私がローザ様に恋心を抱いた時、それを肯定してバックアップをすると約束してくださったお父様、お母様、お兄様、そして使用人のみんな。
みんなが居たからこそ、きっと私はここまで辿り着くことができたのだと思う。
女性同士の恋愛というものに、まだまだこの国は不寛容だ。それなのに、これだけ私に味方をしてくれる人が居たというのは、それだけで僥倖だし、幸せだと思う。
部屋に戻り、机の引き出しに入れていた包みを取り出す。
綺麗な包装紙をお兄様と二人でマルゲッタ商会に行って購入し、そこに百合柄の刺繍を刺したハンカチを包んだものだ。
込めるのは日頃の感謝以上のものだけど……ローザ様はこの私の重い気持ちの篭ったハンカチを受け取ってくださるだろうか?
◆
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「本当に気持ち良かったです。お陰で疲れがすっかり取れました」
「ローザ様はこのところずっと働き詰めでしたからね……って、それは昔からずっとでしたね」
思えば、ボクは二歳で記憶を取り戻してからずっと働き詰めだったっけ。眠気に抗って、疲労で悲鳴を上げる身体に鞭を打って、ここまで走り抜けてきた。
「ローザ様、どうか、これを受け取って頂けませんか?」
「ありがとう。何から何まで本当に申し訳なかったねぇ。……ごめんねぇ、ボクはソフィスさんの気持ちに応えられなかったのに」
「いえ、ローザ様はしっかりと応えてくださいました。私に、まだ可能性があることが知れただけでも、十分ですわ。……中身は刺繍を施したハンカチですわ。普段使いにして頂けたらと。……ローザ様に比べたら私の刺繍の腕などまだまだですが」
「嬉しいよ。……でも、流石に普段使いにするのはねぇ。プリムラ姫殿下のハンカチといい、それを普段使いにしろって無理があるよ。大切にするよ、込められている気持ちも含めて、ねぇ」
ソフィスは重い愛だって思っているみたいだけど、それって全然重いとは思わないけどねぇ……もしかして、ボクって重い女なのかな? 確かに、ボクってちょっと一途で愛が重いかも知れないけど。
「今度はボクがソフィスさんをデートに誘うよ。園遊会が終わって少しゆっくりできるようになったら……今回の埋め合わせをさせてもらってもいいかな?」
「埋め合わせなんてそんな……でも、嬉しいです。とても楽しみです」
「まあ、その前に園遊会があるけどねぇ。今年はソフィスさん達も初めてだし、更にイレギュラーなことも起こるから大変だけど、ソフィスさん達ならきっと大丈夫だよ」
行儀見習いの面々が大半だけど、王女宮の侍女の練度は高い。成人済みの侍女のメイナも含め、少数精鋭の王女宮の侍女達ならきっと園遊会も乗り越えられるだろう。
……給仕と避難誘導、このうち給仕の方は問題ないだろうから、今度、避難経路を一緒に確認しておこうかな?
ソフィスに、アーネスト、ミランダ、ニルヴァスの三人によろしく伝えて欲しいとお願いしてから、ボクは『管理者権限・全移動』を使ってラピスラズリ公爵邸へと転移した。
◆
その日の夕食は久しぶりに騒がしかった。アクア達も王都に戻ってきて、ラインヴェルド達もある程度爵位や領土の叙爵について目処が立ったのか、ラピスラズリ公爵邸の夕餉の席に姿を見せた。
「それで? ソフィスとのデートはどうだった? もしかして、告白もされたか?」
開口一番、ラインヴェルドが夕餉の席に爆弾を落とした。
カトレヤとカルミアは女性同士の恋愛にも理解はあるようで、その点については問題視していなかった。でも、ボクがソフィスに告白されたのではないかということについては驚いていたらしい。
「お姉様、ソフィス様から告白されたの?」
「まあ、ねぇ。結果として煮え切らない答えになってしまったけど」
「煮え切らないって?」
「もし、許されるのなら、ソフィスさんのことも愛したいって、そういう不誠実なことを言ってしまったんだ。カルミアは、こんな風になっちゃダメだよ」
「私はローザ、貴女が不誠実だって思わないわ。考えた末に、そうしたいと思ったなら、それでいいんじゃないかしら? 貴女の人生は貴女のものだもの」
「……しかし、『許されるなら』か。それは、誰に許されるなら、だ? 常夜月紫か? 俺の聞いた範囲の描いている人物像だと、それを認めないってことはねぇだろ?」
「月紫さんがどのような決定を下すかはボクにも分からないよ。もし、ボクがそうしたいと望めば、きっと月紫さんも心を押し殺してそれを認めてくれると思う。だけど、ボクは月紫さんに心を押し殺して欲しくないんだ」
ボクが彼女と結ばれたいと願うんだ。だからこそ、ボクは彼女の気持ちを何よりも尊重したい。
彼女がもし、それを望まないのであれば、ボクはソフィス達に頭を下げるつもりでいる。
「まあ、そうなるだろうなぁ。……個人的には確認しておきたい奴が二人いる。スティーリア、ネスト、お前らはどうしたいと思っているんだ?」
「義姉さん、食後に時間を頂けないでしょうか?」
ラインヴェルドの言葉にこう返した……その意味は見気を使うまでもなく明らかだ。まあ、ラインヴェルドに尋ねられずともこのタイミングで動くつもりだったのだろうけど。
『ラインヴェルド、貴方に問われて答えるのは癪に触りますが……この場で立場を表明しておくべきだと私も思います。私は、ローザ様を愛しています。最初は自分を倒した者に対する単なる興味でした……そして、続いて従属した自分を対等の存在として扱ってくれたことに対する喜びを覚え、その時の笑顔にときめきました。しかし、私にとって、ローザ様が特別な存在になったのはそれからです。共に時間を過ごす中でローザ様の様々な面を見て、その度に惹かれていきました。私の中では、今にも私の氷を溶かしてしまうほどの身を焦がすことの愛が燃えています。しかし、私はローザ様に告白し、恋人になりたいとは思いません。もし、そうなればどれほど幸せだろうかと、想像して身悶えすることはありますが、それでも……私はローザ様を苦しませたくない。月紫様を一途に愛したいという気持ちを曲げてまで、私を愛して頂きたいなどという不遜なことを言うつもりはありませんわ。従魔として愛情を持って頂けているだけでも、私にとっては十分です。それだけで、私は幸せなのです。……それどころか、私は愛されなくても構いません。ただ、敬愛するローザ様のことを愛し、その御身のために自分の命を捧げることをお許し頂けるのであれば、それで十分ですわ』
誕生日会の二次会の時に見えたスティーリアの願い。
どこまでも献身的で、決して報われない片想い。
「……スティーリア、命を捧げるなんて、ボクはそんなことを許したつもりはないよ。……ボクにとって、スティーリアがどれだけ大切な存在なのか、理解していない訳じゃないよねぇ? 勿論、欅達も大切だし、家族のみんなも大切だよ。でも、多分、ボクの中で、そういう大切とスティーリアに対する大切の意味は少し違うんだ。月紫さん以外で、ボクが誰かを愛するとして、それが誰かと思った時、真っ先に思い浮かんだのはスティーリアなんだよ。ボクの中で、それだけ大きな存在なんだ。……だから、軽々しく命を捨てるなんて、そんなこと言わないで」
『……ローザ様』
まあ、スティーリアじゃなくとも、ボクは周りの大切な人達に誰一人死んで欲しいとは思っていないんだけどねぇ。
ただ、やっぱりスティーリアは特別なんだよ。……でも、なんでスティーリアのことを特別だって感じるようになったんだろう? やっぱり、月紫さんにどことなく生き方が似ているからかな?
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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