Act.8-283 ソフィス=アクアマリン伯爵令嬢とのデートと、背水の陣の告白 scene.1
<三人称全知視点>
『流石は両陛下、お見事ですわ。改めまして、私は白夜――ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課の局長です』
ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局、別名、諜報部隊フルール・ド・アンブラルと呼ばれるこの組織はビオラ商会合同会社警備部門に存在しながらも、ビオラ商会合同会社警備部門統括のラルもその存在をローザから知らされているのみで、その構成員はおろか局長の名前すら知らないビオラ商会合同会社内の究極の秘密諜報組織である。
局長を務める表向きマリシア=ミッドナイトサンと名乗っている白夜は、ローザがアレッサンドロスに紹介して聖女候補となったが、教皇である彼も白夜が琉璃や真月と同じような存在だということは知っているものの、彼女が諜報部隊の長であることは知らない。
「警備部っていうことは、ラルが統括やっているところの下部組織だと思うが……警備企画課ってことは、まあ、独立しているんだろうなぁ。それで、お前はなんでここに居たんだ? 店員って訳じゃねぇだろ? 聖女さん」
『私はアネモネ様より、必要であれば両陛下にご挨拶するようにと仰せつかっておりました。それ以外は護衛の役割を担っている他の者達と同じですわ』
白夜はあくまで護衛の影としてこの場にいる。護衛対象であるラインヴェルド達とこうして長く語り合うのは不本意なことなのであろう。
ラインヴェルドもそれを分かっているので、これ以上、白夜を引き止めることはない。彼女がダストを連れて店を後にしたのを確認すると、食事を再開した。
ちなみに、このやり取りで明らかだと思われるが、ラインヴェルド達と白夜は初対面だ。
ローザが家族に白夜を紹介したその日、ラインヴェルド達は闇の魔法の研究施設での騒動の後片付けに追われていたため、ラピスラズリ公爵家の夕餉に間に合わず、その後も会う機会が無かったのである。
「父上、オルパタータダ陛下……あの冒険者は」
「さぁな? それを決定するのは冒険者ギルドだが、確実に『Rinnaroze』は出禁になるだろうな。それに、あの利き腕は失った部位を再生させるレベルの力がなければ治せない。ダストの冒険者復帰は絶望的だろうな」
「まあ、自業自得だろう。しかし、腕一本で済んでダストは命拾いしたな。あのまま抹消されていてもおかしく無かったぜ」
一度会っただけだが、白夜は極めて容赦のない性格をしているというイメージをラインヴェルド達は持った。任務忠実だが、裏を返せば、それは暗殺任務であれば躊躇わず相手を抹殺するということである。
ラピスラズリ公爵家とも極めて近似の性質を有している女性だということを踏まえると、腕一本で済んだというのは随分と良心的な決着だったように思える。
ちなみに、この時のラインヴェルドは全く想像していなかったが、白夜は決して冷酷な性格という訳でもなく、寧ろ慈愛に溢れている女性であることを付け加えておこう。
まだ面倒見のいい方の琉璃が呆れながら紅羽と共に付き合っている真月の暴走にも、白夜は顔色一つ変えずに付き合い、真月の面倒を見ることから、瞬く間に琉璃や紅羽から高い信頼を勝ち得た。
決して冷酷なだけな性格ではない。ただ、任務となれば躊躇わず人を殺せる覚悟をしているということである。
それも全て、ローザが望む幸せな世界を作るために必要であると割り切っているだけなのだ。
その後は何もトラブルもなく、昼食も終わり、ラインヴェルド達はそれぞれローザと共に相談を重ねたデートコースで散策を続けた。
ラインヴェルドとカルナは流行りもののカフェでお茶をしてみたり、庶民向けの服屋で買い物をしてみたり、様々な店を巡った。
「……しかし、こうして服を買っても着る機会が」
「たまにはこうしてデートをしてもいいと思うんだ。その時に着たらいいんじゃないか?」
と、次のデートの約束を取り付けておくことも忘れない。
貴族として育ったカルナにとって、こうして王都を自らの足で歩くという経験はなく、そのため、どこに行っても新鮮な感覚を抱いた。
普段ならもっと高価な品を商人が御用聞きという形で王宮に売りに来る。そういったものに比べたらカルナの手にとった貝殻を使ったネックレスは安価なもので、品質という点でも劣る。
しかし、それでもカルナはデートの記念に気に入ったネックレスを選び、ラインヴェルドが購入して贈った。
「王都をこうして歩くのも楽しいですね。新鮮な体験でした。ありがとうございます、陛下」
「お礼を言うなら、俺じゃなくて、ローザに」
「いえ、ラインヴェルド様、貴方様にも私はお礼を言いたいのです。私は、こうして好きな方と街を歩けるなどということは夢にも思っていませんでした。……本当は何も必要無かったのですわ。ただ、貴方様と二人で同じ時間を過ごせるだけで、私は幸せなのです」
「……カルナ、もう我慢する必要はないからな。押し隠す必要なんて、もうないんだ。だから、今度は目一杯お前の気持ちをぶつけてくれ。俺はそれに応える」
ずっと我慢してきた、愛されたいと願いながらずっとその気持ちを押し殺してきたカルナをこれからは目一杯甘やかしたいと思っているラインヴェルドにとって、このデートはその最初の一歩だった。
デートの時間の時間は間も無く終わりを告げる。しかし、それは終わりではない。
――カルナの、本心では願い続け、しかし決して叶う筈が無いと諦めていた、幸せな溺愛生活が、その日ようやく始まったのだ。
◆
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ラインヴェルド達のトリプルデートの二日後、ボクは一人でアクアマリン伯爵家を訪れていた。
……デートみたいなものをしたいと言ったからてっきりどこかの店で待ち合わせして……みたいなことかと思ったけど、どうやらそういうことではないらしい。
ソフィスは、ボクに何も用意せずその身一つで来て欲しいと言っていた。
なので、今回は何も用意してきていない。
クイズの優勝賞品ということなんだから、ボクの方できっちりデート内容を決めるべきだと思っていたんだけど、全て任せて欲しいということだったので、今日は完全に受け身だ。
まあ、こういうのもたまにはいいと思っている。
何をするのか詮索せずに、真っ新な状態で接待を受ける。それが、主催者に対する礼儀になる場合もあるからねぇ。純粋に持て成したいという気持ちを受け取ることも大切だと思うんだ。
「ようこそお越しくださりました、ローザ様」
執事やメイド達と共にボクを出迎えたのは、ソフィスだった。
ちなみに、アーネスト、ミランダ、ニルヴァスの三人も今日はアクアマリン邸にいるみたいだけど、今日はソフィスのことを見守るつもりでいるようで、ボクが視線を向けるとアーネストとニルヴァスは軽く会釈をし、ミランダはウィンクをすると、すぐ奥に引っ込んでしまった。
「ローザ様は、私よりも遥かに王都を熟知していらっしゃいます。私がデートプランを立ててもご満足は頂けないと思いまして、本日はアクアマリン伯爵邸でおもてなしをさせて頂きたいと思っております」
「熟知ってほどではないけどねぇ。しかし、申し訳ないねぇ、クイズ大会の報酬なら、ボクがおもてなしすべきなのに、もてなしを受ける側になってしまって」
「ローザ様は、いつも私を含め皆様のことに気を配って身を粉にして頑張っていらっしゃいます。なので、本日は少しでもローザ様に寛いで頂き、疲れをとって頂きたいと思っているのです。本日は、小さな茶会と、その後、もしよろしければですが、アクアマリン伯爵家の侍女によるマッサージをご用意しております」
ソフィスが案内してくれたのは、温室に小さなウッドデッキに手入れされた木製の椅子と机を置いた懐かしの小洒落た空間だった。
初めてソフィスと出会ったあの温室。アクアマリン伯爵邸に招かれた時は、必ずここでお茶会をしていた。
しかし、今日は普段は一緒にいるニルヴァスの姿はない。こうして一対一でお茶会をしたことはないから、ある意味新鮮だねぇ。
ボクが着席するのとほぼ同時にアクアマリン伯爵家のメイドがストレートティーと共にアイスクリームを運んできた。
懐かしいなぁ、初めてボクがアクアマリン伯爵邸を訪れた時、ソフィスは警戒心が強くて、兄を介してしかボクと会話をしなかった。
ニルヴァスの方もボクを警戒していて、その警戒を少しでも解きたくて、ボクはバニラアイスクリームをソフィスとニルヴァスの目の前で作ったんだ。
「全ての始まりは、このアイスクリームでした。私も料理人達に協力してもらって、ようやく形になってきたところです。……それでも、あの時のローザ様の作ってくださったアイスクリームには敵いませんが。……あの日、ローザ様が私に自分が恨まれることを恐れず、私のことを肯定してくださらなければ、きっと私の世界は今もこの屋敷の中だけだったと思います。……ローザ様と出会った、私の世界は鮮やかに色付き始めました。……創造主でありながら、対等な同世代の友人として手を差し伸べてくださったローザ様に恋心を抱くようになったのは、正直、いつからか分かりません。……ただ、お兄様に甘え、家族に甘え、怖い世界から逃げてきた私の背中を押してくださったあの日、私はきっとローザ様に無意識に友情以上のものを抱いたのだと思います。それが、恋心だと気づくまでには時間を要してしまいましたが。……ローザ様が月紫様を心から愛していることは承知しています。そして、この告白もきっと断られてしまうのでしょう。勿論、それで諦めるつもりはありません。何度でも何度でも、私は諦めずに告白を続けます」
振られ続ければ、ソフィスの心はきっと疲弊していく。それでも、無理だと分かっていても、ボクに全力でぶつかって、告白を続けたいと、ソフィスはきっとそう思っているのだろう。
「どうして、そこまで……ソフィスさんはようやく認められるようになった。アーネスト宰相をやっかむ貴族からはその容姿を未だに悪く言われているようだけど、ソフィスさんはそんな悪口にもへこたれずに頑張って、そして、ようやく認められるようになってきた。ソフィスさんの優しさを知っている貴族令息と婚約を結んで幸せになることだって――」
「それは、私の幸せではありません。……私は、ローザ様と結ばれることができなければ、一生を独身で過ごすつもりです。既にお父様とお母様にもその旨を伝えて了承を頂いています。勿論、アクアマリン伯爵家にご迷惑を掛けるつもりはありません。元々、私は老人のような白髪と血のような瞳を持つ呪われた令嬢ですから……私が縁を切れば、アクアマリン伯爵家の弱みは無くなるでしょう。……ローザ様が気に病むことは何もありませんわ。全ては、ローザ様の気持ちを変えられなかった私の責任ですから」
それほどの覚悟を持って、ボクを愛すると……決して諦めないとソフィスはボクに想いをぶつけている。
こんな捻くれ者なボクのために。
「……正直、スティーリアさんとソフィスさんに関しては、もし、認められるなら、だけどねぇ。二人の気持ちを受け取りたいと思っている。次点だとフォルトナの三王子と義弟のネストというところかな? まあ、スティーリアさんの方は明確に告白の形でアプローチをしてきていないし、どちらかと言えば、ボクに全てを捧げたいという月紫さんに似た願いを持っているようだけど。……ソフィスさんの方は、恐ろしい世界に一歩踏み出した、その勁さに惹かれていたんだと思う。ソフィスさんはボクが切っ掛けを作ったと思っているかもしれないけど、新しい世界に一歩踏み出し、創作というツールを使って世界を切り拓いていったのは、他でもないソフィスさんだ。純粋で、真っ直ぐで……ボクにとっては決して手の届かないような、高嶺の花だよ」
「そんなことはありません! ローザ様が居てくださったから、私はローザ様のように強くなりたいと、ローザ様の隣に並び立てるような人間になりたいと、その一心で頑張ってきたのですから」
とても真っ直ぐで、頑張り屋さんなソフィス――ボクなんかにはとても勿体ない女性だけど、もし、赦されるのであれば、ボクは。
……全く、ハーレムはダメだと、一人を愛することが誠実だと思っていたのに、世の中っていうのは儘ならぬものだよねぇ。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




