Act.8-282 ブライトネス王国の王都にて、〝トリプル・デート〟 scene.4
<三人称全知視点>
『Rinnaroze』はトリプルデートのために事前に貸切での営業が告知されていたこともあり、普段は人気店で人の押し寄せているお昼時にも店内は静寂に包まれていた。
「ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、ルクシア殿下、カルナ王妃殿下、イリス王妃殿下、シヘラザード王妃殿下、フレイ様、ご到着をお待ちしておりました。本日は『Rinnaroze』にお越しくださり、誠にありがとうございます。当店の総料理長を務めております、ペチカ=ゼルベードと申します」
「この方が……『Rinnaroze』の料理長さんなの?」
「まあ、かなり若いからなぁ。それでも、うちの料理長と張るくらいの料理人で、『Rinnaroze』で働く料理人の中には、この店で色々と学びたくてブライトネス王国にやってきたエルフやドワーフや獣人や海棲族や、まあ、とにかく色々な奴がいる。流石に魔族と魔物はいないけどな」
「私などまだまだですわ。……それに、私の師匠はローザ様です。あれほどの料理人に手解きを受けたのです、店一つ仕切れなくては顔向けなどできませんわ」
ペチカは成人済みでローザよりも年上だが、若い上に女性の料理人である。女性の料理人の前例がいない訳ではいないが、年上の男性料理人を束ねる若い女性の料理長というのは探してもなかなかいないだろう。
男社会と言っても過言ではない料理の世界でこれほどの立ち位置にいるためには、並大抵の努力では全く足りない。
「本当はうちの国の王宮で雇いたいレベルの料理人なんだけどなぁ。宮廷料理長待遇で」
「折角のお誘いですが、辞退させて頂きます。私はまだまだ精進せねばならない身ですから。……それに、私の夢は私に料理を教えてくださったローザ様を料理で満足させることです。王宮の料理人として就職すれば、その機会を逸する可能性もありますから」
「オルパタータダ、やめておけ。ペチカは宮廷料理長程度で終わる料理人じゃねぇ。あの神の舌を持つ圓に真っ向から勝負を挑もうとする覚悟を持った料理人だ。……普通は挫折して終わるようなものだ。アイツは一度も自分の料理にも、他人の料理にも満足したことがねぇんだからな」
『Rinnaroze』を訪れたのは圓の異常さをこれでも経験してきた者達ばかりである。
そのペチカの願いがどれほど無謀なものかを、ルクシアも、カルナも、イリスも、シヘラザードも、フレイも一瞬にして悟った。
「それでは、本日ですが、食前酒と共に突き出し、前菜、スープ、魚料理、口直し、肉料理、生野菜、甘いお菓子からなるスペシャルランチコースをご用意させて頂きました。突き出しはお楽しみとさせて頂きまして、前菜はユグドラシルマッシュルームと季節のキノコのテリーヌ、スープは馬鈴薯の冷製スープ、魚料理は深淵魚魎のクリーム煮、口直しには蜂巣礼装の女王蜂のアピトハニー・θ・ラビュリント氏のご協力で完成したビオラオリジナルブランドの蜂蜜と檸檬を使ったシャーベット、肉料理はローストビーフ、生野菜は海藻を野菜と組み合わせたシーフードサラダ、甘いお菓子にはオレンジ・クレープシュゼットと林檎と薔薇の蜂蜜を使ったアップルアイスを、その他食後酒とコーヒーをご用意致します」
「聞いているだけでお腹が空いてくるぜ。早速頼めるか?」
「承知致しました。その他、コース料理以外で注文を希望されるものがございましたら、フロアにいるスタッフにお声掛けください。本日はローザ様がロック鳥の卵を使ったプリンをご用意してくださいましたので、コースには含まれておりませんが、ご注文なさることをお勧め致します」
ペチカが厨房に入っていき、早速パルミジャーノ・レッジャーノを使ったパンナコッタが食前酒と共に運ばれてきた。
「突き出しはチーズのパンナコッタだったか。ってか、普通に王宮のコースと比較して明らかにこっちが上だなぁ。……ってか、突き出しって初めて聞いたぜ」
「突き出しとは、『おもてなし』や『空腹を和らげてください』という気持ちを込めて出される小品料理のことを指しますわ。大倭秋津洲の先附を参考にしたものであるとも言われているようです。メニューには載せず、口頭で初めてその内容が明かされます。本日の突き出しはパルミジャーノ・レッジャーノを使ったパンナコッタです」
ラインヴェルドが疑問を投げかけると、素早くホールのスタッフがその疑問に応える。
「……って、緑霊の森のキャプセラさんじゃねぇか!!」
「今は『Rinnaroze』のホールスタッフとして働かせて頂いております。本日の料理はローザ様に召し上がって頂くことを念頭に置いたペチカ総料理長考案のオリジナルコースです。是非ご堪能くださいませ」
今更ながら、とんでもない料理を味わうことになってしまったと驚き呆れるルクシア、カルナ、イリス、シヘラザード、フレイ。
ここに集められたのは、王族や王族の婚約者というブライトネス王国やフォルトナ=フィートランド連合王国の上位に位置する選ばれた者達。確かに、これほどの料理が提供されるのは当然かもしれない。
しかし、ローザのために考案したコース料理となると重さが変わってくる。ペチカが心から自分の料理を食べて幸せになって欲しいと願う料理を果たして自分達は食べて良いのか……とそう言ったモヤモヤとした感覚を感じてしまうのである。
「……これは、とても美味しいですね」
「……おい、しい。とても、美味しいわ」
「人気店『Rinnaroze』の料理長さんの渾身の料理だから当然なのかもしれないけど……正直、後宮で出される料理よりも美味しいわね」
「うふふ、これはローザさんに感謝しないといけないわね。勿論、料理を作ってくださった料理人の皆様にも」
「これほど美味しい料理を食べて、元の食事の味に戻れるかしら?」
「シヘラザード、一応、王宮の料理もフォルトナ王国の中で最上のものだからな! ……実は俺も少し侮っていた。ローザの料理に比べたら数段落ちるんじゃないかと。いや、とんでもない……想像を遥かに超えているぜ」
「まあ、これほどの料理を出せるペチカが今は敵わないって白旗を上げるんだから、ローザはローザで化け物じみているんだけどな。王女宮の料理長はメルトランっていう元冒険者の腕利きだが、大公領でストレート負けしているんだ。……なんかよく分かんない世界に突入しているよな。料理の世界も戦闘と一緒でインフレが激しいぜ」
そのローザですら届かない至高の料理とはいかなるものなのか? ラインヴェルドには全く想像がつかない。
その後も食事は驚きの連続ながら平和的に続いた。
……しかし、その平穏なデートの一ページは一人の闖入者によって悉く破壊される。
◆
「邪魔するぜ! 今日こそ『料理長のデカ盛り定食』を食べ切ってみせる!」
「お客様、本日は貸切となっておりまして。店の外にもその旨を書いた札を掛けてあった筈ですございます。本日はどうかお引き取りくださり、また、明日以降に」
「はぁ? 俺は今日『料理長のデカ盛り定食』を食べに来たんだ! 貸切とか、そんなことは知らねえよ。こっちは常連客だ! 常連の俺にそんな態度を取っていいのか? 固定客が居なきゃ、こんな店すぐに潰れるぜ。それに、Aランク冒険者の『雷薙』のダストだ。逆らってタダで済むと思っているのか!?」
いつもの勢いで店の扉を開け放った空気の読めない冒険者は対応したドワーフの女性店員を睨め付けた。
「ってか、『料理長のデカ盛り定食』ってウケるんだけど。ブライトネス王国の誰かに教えたって話は聞いていたが、ペチカの店で出しているのは驚いたぜ。あれ、料理の冒涜そのものだろ? まあ、俺も本当に腹減っている時はあれの他に何品か脂っこいものを頼むが」
「……今時、Aランクじゃ自慢できんだろ? しかし、この状況で俺やオルパタータダが動くことをローザが想定しているのか? それとも予定外か? いや、ローザはあらゆる可能性を想定しているだろうから、この程度のチンピラが入ってくることも想定しているだろうし、さっきの怪しげな監視者達のこともある。まあ、きっと俺達の出る幕じゃないな」
ラインヴェルドとオルパタータダはこの件に全く関わりを持つべきではないと考えたようで、食事を再開した。状況を飲み込めなかったルクシア、カルナ、イリス、シヘラザード、フレイもラインヴェルド達に促されてゆっくりと食事を再開した。
「ふざけんじゃねぇぞ! やっぱり、お前らは金払いのいい客にしか興味がねぇということか!?」
『……それくらいにして頂けませんか? お食事の場で声を荒げるなどマナー違反ですわよ』
剣を抜き払い、是が非でも料理を出させようとしていた冒険者の片腕が、剣諸共綺麗に消滅した。
ダストの前に突然現れた給仕服を纏った絶世の美女は、まるで子供に諭すかのように優しく言葉を掛ける……が、その目は絶対零度の極寒のように冷たい。
「無詠唱の魂霊崩壊だと!? それも局所のみを的確に消し飛ばして治癒魔法で傷口を完全に塞いだ……只者じゃねぇな」
『ホールにいる、どなたかスタッフの方で冒険者ギルドのイルワ様をお呼びしてきてください。こちらで処分しても構いませんが、彼は一応冒険者でこちらの管轄外です。裁きは冒険者の法で受けるべきだと考えます。……ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、ご同意頂けますでしょうか?』
「まあ、それが筋ってもんだからな。……それで、何者だ?」
『申し遅れましたわ。私は天上の薔薇聖女神教団の聖女候補の一人、マリシア=ミッドナイトサンと申します。ただの修道女でございますので、両陛下にお記憶頂くような者ではございません。路傍の石ころだとでも思って頂けると宜しいかと』
「……路傍の石? そんな訳ないだろ? 俺もラインヴェルドも人を見る目には自信がある。いや、仮になくてもこれだけ強い相手なら一目で分かるだろう? それに、今のは神聖魔法だ。つまり、大聖女に相応しい力を持っている。……それに、微かに霊力も感じる。……お前、人間じゃなくて、魔物みたいな存在だろう? それも、レイド級の。真月や琉璃、紅羽と同系統か?」
『流石は両陛下、お見事ですわ。改めまして、私は白夜――ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課の局長です』
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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