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Act.8-279 ブライトネス王国の王都にて、〝トリプル・デート〟 scene.1

<三人称全知視点>


『普段はサボり気味の皆様も今回ばかりは一瞬もサボることなく働いておられるようですし……ただ、流石に長くは続かないと思いますわ。あの方々がそんなに長く仕事をしていられる筈がありませんから』


 このシェルロッタの予言は的中した。まだ、叙爵等の詳細が決まっていない間に、ラインヴェルドは仕事を全てキャンセルし、カルナを連れて地下通路から王宮を脱出したのである。

 しかし、それをアーネスト達は咎めることなく、本来、国王が行うべき仕事を格別重要なものを除いて文官達に振り分けた。更に、それで足りないと判断されると侍女達や執事などの使用人の中からも優秀な者達を選抜して、文官紛いの仕事を与えた。


 里帰りしたばかりのアルマも、これに巻き込まれた一人である。

 バルトロメオ王弟殿下との婚約という王子宮の侍女達から見れば明らかに不相応な婚約を馬鹿にされたり、辞退するように面と向かって言われることもなく、アルマはすぐに仕事地獄に落とされた。


 この文官紛いの仕事は流石に国政に関わる重要なものでは無かった。重要度は極めて高いものの、文官達が熟さないと困ってしまうような仕事ばかり。

 そういった仕事を与えられたのは、優秀な侍女や上位の男性使用人ばかりでは無かった。


 中には、少数ながら商家などの一般家庭出身のメイドも混ざっている。

 一方で第三王子専属侍女のレナーテと第四王子の専属侍女のパトリアにはその仕事が全く振られなかった。二人がどのような評価をされているのかは押して知るべしである。


「アルマ=ファンデッドは侍女の仕事もせずに王子宮筆頭侍女だなんて。流石は取り入るのが上手で王子宮筆頭侍女にまでなった下級貴族ね。王弟殿下の心を射止めたのだって、仕事もせずに遊んでいたことの証明だわ。鐵面皮の侍女なんて言われ、不愛想に仕事をしてきた女だけど、裏では遊んでいたなんて。地味な女だからそんな浮ついた話、絶対にあり得ないと思っていたけど、人は見た目じゃ分からないのね」


 そんなパトリアの陰口を偶然聞いた第四王子のヴァンはいよいよパトリアに愛想を尽かし、すぐさま統括侍女ノクトに普段のパトリアの職務態度を報告、第四王子専属侍女のパトリアは即日クビとなった。

 第四王子専属侍女の後任には、大規模な使用人の入れ替えに際し、内宮から王子宮に移ってきた職務態度の優秀な男爵令嬢で、パトリアが自分がサボるために仕事の大半を押し付けていたエルメンヒルデ=アグネス男爵令嬢が申し送りをせずに第四王子専属侍女に就任できると判断され、即日で抜擢された。


「……なかなか、大変ですわね」


「やってもやっても仕事が終わらないとは、まさにこのことだね。フィネオ、大丈夫?」


「少し疲れてきましたわ……ジャンヌ様、貴女こそ大丈夫なのかしら? 全然休憩していらっしゃらないでしょう?」


「私はまだ平気かな。……この中でソフィス様が一番危機迫っていて心配だけど」


 王女宮に行儀見習いで侍女として務めているスカーレット=ヴァーミリオン侯爵令嬢、ジャンヌ=スフォルツァード侯爵令嬢、フィネオ=ブラン伯爵令嬢、ソフィス=アクアマリン伯爵令嬢、メアリー=ライブラリア子爵令嬢、そして、侍女のメイナもその優秀さを見込まれて仕事を与えられていた。

 その結果、王女宮はシェルロッタが筆頭侍女代行を務め、執事のオルゲルトと二人でプリムラの世話に当たっている。プリムラも状況を理解しているので、それに対して何か文句を口にすることはなく、仕事のためにそれぞれが共同執務室に向かう前にプリムラの元を訪れた際には一人ずつに労いの言葉を掛けて見送った。


 そうして皆、頑張って膨大な書類と戦っているが、その中で最も危機迫る表情で戦っているのはソフィスだ。


「ソフィス様、少し休憩を」


「お気遣いありがとうございます、メアリー様。しかし、ローザ様が忙しく仕事をなされているのに、私だけが休憩する訳には行きません……あの方はきっと沢山仕事を抱えている筈、だから、私が少しでも、手伝えることは、お手伝いして……」


 執念で机に向かい、目にも止まらぬ速度で書類を書き上げていくソフィスは誰にも止められそうに無かった。

 オーバーワークでソフィスが倒れるのではないかと危惧されていたが、普段から睡眠時間を削って執筆していたその継続が力になったのか、ソフィスは仕事を終わらせるまで倒れることなくペンを走らせ、自分に割り当てられていた仕事を比較的早く終わらせてしまった。


 ……しかし、ローザの元に向かったソフィスに待ち受けていたのは、ソフィスに手伝える仕事は既に終わってしまったというあまりにも残酷な結末で、結局、その日はプリムラの侍女の仕事に戻り、プリムラから身体を休めるようにと少し早めの仕事終了を言い渡されてトボトボと一人寮に帰ることになってしまった。


 どことなく、想い人に似てきたソフィスであった。



 ラインヴェルドとカルナはその日、王宮の地下通路から脱出し、王都を歩いていた。

 勿論、二人とも庶民らしい服装に変装している。……だが、ラインヴェルド達が時たま街を散策していることを知っている屋台の店主達にはお見通しのようで――。


「よっ、久しぶりだな、オヤジ」


「おっ、ラインヴェルドさんと……王妃殿下でございますね。お初にお目にかかります。鯛焼き屋のゲルノアと申します」


「堅苦しくしなくていいわ。……それより、貴方は陛下のことをご存知なの?」


「えぇ、こちらへは良くアクアさんやディランさん、バルトロメオさんと共にお越しになりますから。……夏の頃はお忙しいのかなかなかこちらにお越しにならなかったので少しだけ王都が寂しかったものです。騒がしいのが丁度いいといいますか、やはりラインヴェルドさん達がいるのがブライトネスの王都らしいな、と私は思いますので」


「おい、オヤジ! それじゃあ、まるで俺達が騒がしい堪え性のない子供みたいじゃないか!」


「……王妃殿下、こちらの屋台の料理はとても高貴な身分の方にお出しできるようなものではございません。庶民向けの軽食で食べ歩くことを念頭に置いたものですから。それでも宜しければいかがですか? ご用意致しますよ」


「いつも陛下はこの店で買って食べているのですか?」


「おう、結構通っているよな? まあ、お気に入りの屋台は色々とあるんだが、今日は残念ながらあんまり時間がないし、昼食もあるから食べ過ぎに注意しておいた方がいいしなぁ……ただ、この店の鯛焼き本当におすすめだ」


「では、お一つ頂こうかしら? お支払いは……すみません、持ち合わせが」


「まあ、王族は自分で使えるお金はないのが普通だからな。御用聞きに王城を訪れた商人とのやり取りは侍女が代行し、支払いは後日文官達が行う。王族は物の値段を知る必要がないっていうのが一般的だ。まあ、俺やヴェモンハルトみたいに個人で一財産築いている場合は別だが。ってか、今日はデートなんだし、俺が全額出すぜ」


「申し訳ございません、ラインヴェルドさん。既にお代は頂いております」


「……しまった、アネモネに先を越された!? しっかりサポートするとは言ったが、屋台まで手を回していたか」


「……アネモネ様に申し訳ないことをしてしまったわね」


「だな、後日埋め合わせをしねぇとな」


「それと、言伝を預かっております。『埋め合わせの必要はないから、二人でデートを楽しんできてねぇ。それが、お二人のデートが有意義なものになることがボクにとっての最高の報酬ですから』と」


「……あいつどれだけ先回りを。って、そりゃ一緒にデートプランを練ったんだから当然か。本当にあいつは過保護過ぎるぜ。俺、母上にもそんな過保護に育てられた覚えないんだが」


「王太后様はあまり甘やかすような方ではありませんからね」


「……その割にはローザとプリムラにやたら甘いというか。……まあ、子と孫じゃ扱いも変わってくるだろうし、ローザは俺と違って真面目だから好感度高いのは当たり前か」


 目の前で焼いてもらった熱々のカスタードの鯛焼きを紙で包んで手渡されると、カルナは一瞬躊躇した物のラインヴェルドがするように噛み付いた。その食べ方も下品に見えないのは、流石は鍛えられた淑女というべきか。


 しばらく屋台を散策していたラインヴェルドとカルナだが、時間が差し迫ってきたのですぐに新星劇場(テアトル・ノヴァ)へと向かった。

 迎えたのは、劇団フェガロフォトの支配人兼演出家のゴードン=ヴァーツレイク……ではなく、脚本家のヴィンゼント=ワーグナーだった。


「ラインヴェルド様、カルナ様、ようこそいらっしゃいました。私は本日担当させて頂きます脚本家のヴィンゼント=ワーグナーと申します」


「脚本家ですか? こういう時は支配人が迎えるものだと思っておりましたが」


 カルナの言葉は悪意があってのものではなく、単なる疑問だ。カルナ自身は別に最高責任者が手ずから案内することが当然のことだとは思っていない。


 ヴィンゼントもその質問は想定内だったようで、慌てることなく謝罪を込めて頭を下げた。


「本日、支配人のゴードンは娘の晴れ舞台に招待されております。娘のロザリンドさんはヴィニエーラ管弦楽団のコンサートミストレスを務めておりまして」


「つまり、ルクシアの方に行っているってことか。まあ、確かに娘の晴れ舞台の方が大切だよな。ローザだって、そっちを優先させるに決まっている。アイツは公平だからな」


「そうね、それでこそローザさんよね」


「私では力不足だとは思いますが……本日はどうかよろしくお願いします。と言っても、アネモネ様も今回の演劇は是非解説無しでご覧になって頂きたいと仰っておりましたので、特に私から何かしらの解説を加えることはありません。私からはこちらをお二人にお渡しするのが役目となっております」


 ヴィンセントが手渡したのは二冊の冊子だった。ラインヴェルドとカルナに手渡されたものはどちらも別のデザインで中身も違うようだ。


「こちらは、本日上演される劇『メローレとミレルダ〜憎しみから愛へ〜』の後日談小冊子になります。全部で八種類あり、来場者一人につき一冊ランダムにお配りしております。本劇に登場する登場人物それぞれに焦点を当てた短編が収録されておりますので、是非、王城に戻ってからお楽しみくださいませ」


「コンプリートまで何回も通いたくなるシステムだな。なかなか阿漕な商売だぜ。それもアネモネの提案か?」


「えぇ……ただ、アネモネ様も何度も劇を見ることを推奨なされております。あの方の脚本は一度見ただけではとても味わい尽くすことができません。何度も見る度に新しい発見があります。それに、劇は生物ですから、どう頑張っても毎回少しずつ違ったものになります。その日に演じられた劇はその場限りのものなのです」


 「能書きはここまでに致しましょう。それではお楽しみください」とヴィンセントはラインヴェルドとカルナをプレミアム席まで案内したところで、洗練されたボウ・アンド・スクレープをしながら挨拶すると、すぐにその場から退出した。


「……おっ、オルパタータダじゃねぇか。それに、イリスとシヘラザードを連れているってことは……アイツらもデートか?」


 反対側のプレミアム席にオルパタータダ、イリス、シヘラザードの三人がいることを目敏く見つけ、ラインヴェルドは後でちょっかいを掛けてやろうと悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。

 お読みくださり、ありがとうございます。

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 もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。


 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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