Act.8-277 諜報部隊フルール・ド・アンブラル scene.1
<三人称全知視点>
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
エイフィリプが悪夢から飛び起きると、リーリエは澄ました顔で本を読んでいた。
しかし、エイフィリプには冷たい一瞥を与えるリーリエに対して何も言うことはできない。
全ては身から出た錆、全てエイフィリプの行ったものだからだ。
腕を掴まれ、酔っ払いの吐息を掛けられ、「あれか、見た目では分からんというと……閨の具合がいいのか? くっ、はははは!!」とエイフィリプ自身に言われた時、感じたのは圧倒的な生理的嫌悪感と恐怖だった。
必死に腕を振り解こうとしても、力で負けて振り解けない。このまま凌辱されてしまうのではないかという恐怖がエイフィリプの心を駆け巡った。
「……俺は……アルマに何てことをしてしまったんだ。……あんな恐ろしいことを、俺は」
「やぁ、随分と遅かったねぇ。それだけ君の悪行が多かったということだろうねぇ。暇だったから、先に闇の魔法の研究施設で捕らえた男達の方は調整をさせてもらったよ。必要なところは記憶を弄り、性格の方も必要であれば多少なり手を加えた。みんな可愛い性格になっているよ……ボク好みのねぇ」
リーリエの言葉に、エイフィリプは嫌悪を感じて後退りし、すぐに壁に背中をぶつけた。
「といっても、大した調整はしていないけど。それよりも、純粋に女であることに溺れされる方が楽しいからねぇ。みんな最後は自分が女に生まれ変われたことを嬉しく思って、そしてボクに忠誠を捧げてくれたよ。性格を弄ったのは、自分が女らしく上手く喋れないことを酷く悲しんだ子がいたから、記憶の方は……少々強情な奴が居てねぇ、それでやむを得ず、女として生まれてこれまで育ってきたという記憶を植え付けた。――安心しなよ、ボクは君については全く性格を弄るつもりはないから」
「も、戻してくれ! 俺を男に! 分かった、もう分かったから! アルマが、俺に酷い言葉を掛けられた女性達がどれだけ恐怖に震えたか分かったから! だから、謝るから! 謝って償いきれないけど、人生を賭けて償うから! だから、俺を男に――もう、こんなに怖い思いはしたくない」
涙を流して懇願するエイフィリプを、リーリエは優しく抱擁した。
「怖かったねぇ……ごめんねぇ、どうしても君に、君の行いの酷さを実感して欲しかったから。これで気持ちは分かってくれたでしょう? じゃあ、次は女の子として生きる素晴らしさをたっぷりと教えてあげるよ。確かに今は怖いかもしれないし、性別が変わって色々なことが変わってしまうから、きっとその未知が怖いかもしれない。でも、その未知に一歩踏み出せば、楽しいことがいっぱいなんだ」
「……本当? 本当に、もう怖いことはないの?」
エイフィリプは少し弱々しく尋ねると、リーリエは柔らかな笑顔を浮かべ、鏡を仕舞った。
部屋から鏡は消え、エイフィリプの姿を映すものは存在しない。
「さて、それじゃあ始めようか」
エイフィリプの来ていた男物の服を脱がせ、ブラとショーツを着せる。えっ? 中世欧州は肌着の概念が無かったんじゃないかって? ……まあ、その辺りはなんちゃってなんであります。……ブラとショーツは流石に無かったけど。
なので、ビオラ経由で販売しました。最早普通に定着しています。シュミーズやペチコート、コルセットも健在で、両方を組み合わせるのが一般的だねぇ。ドロワースもかつては存在していたものの、今はあんまり……逆にロリィタファッションの必須アイテムという扱いになりつつあるので、そっちで需要が高まっている。
今回は今のエイフィリプをとびきり可愛く変身させようということで、激甘の可愛い系のコーデ。
裸を人目に晒すのが恥ずかしかったみたいだけど、シュミーズとペチコートを着用させて、コルセットを締め、甘ロリを着せると少しはにかむように顔を赤らめた。あら、やだ、可愛い。
これまでの荒々しさが嘘のように、頬を赤く染めて椅子に座ったエイフィリプはまるでお姫様に変身する前の少女みたいだ。
可愛らしい靴下を履かせ、ヘッドドレスを装着して、手袋を嵌めて、さあ、いよいよ、メイク。
こちらも徹底的に可愛く……まあ、元々かなり調整しているからそのままでも美少女なんだけど、メイクを上手く駆使して更に可愛くする。
そして、完成。鏡を置くと、そこにはまるでお人形さんのような可憐なロリィタちゃんが。
「これが……俺」
「……折角の可愛らしさが台無しだねぇ。可愛く変身したら可愛らしくしないと。可愛さというのは小さな仕草や言葉遣いに宿るものだからねぇ。エイフィリプ君、君はこれから少しずつ、この可愛い女の子の外見に近づけるように頑張ろうか」
「……可愛らしい、女の子に。……わ、私……」
「そう、まずは言葉遣い。仕草や立ち居振る舞いはこれから順番に教えていくよ。しっかりと覚えていけば、素敵な女の子になれるからねぇ」
「素敵な、女の子……私が……」
「そう……なりたいでしょう? 女の子に。既に男に生まれたことを後悔しているんじゃないかな? 女の子は、男よりも楽しいよ」
耳元でそっと囁くと、エイフィリプが益々赤くなる。小さく、「お、女の子に……可愛い女の子になりたい」と言ったのを聞いて、ボクは彼が完全に堕ちたのを確信した。
「じゃあ、まずは君に新しい名前をあげよう。可愛らしい名前をねぇ……そうだねぇ、ジェルメーヌ。君は今日からジェルメーヌと名乗るといい。ジェルメーヌ、ボクが今日から君を立派な淑女にしてあげるよ。誰からも憧れるような、お姫様みたいな女の子に、ねぇ」
耳元で暗示を掛けるように囁くと、ジェルメーヌは頬を赤く染めて「はい、お姉様♡」と小さな声で返してくれた。
◆
<一人称視点・リーリエ>
ところで、この屋敷はある種の閉鎖空間になっている。
時空魔法によって、時空から隔絶された空間は時間の流れがゆっくりで、半日にも満たない時間も体感ではまるで十日間過ごしたように感じられる。
ジェルメーヌ達の教育にあまり時間を掛けられないのには、ボク側にある目論見、というか、都合があるからだ。
間近に控えているラインヴェルドとカルナのデートと、ルクシアとフレイのデート――この護衛の役割を彼女達に与え、それを女性化教育の卒業試験にしようと考えている。
……女性化教育というか、最早、女性のみの諜報部隊結成のための実力があるかを確認するための卒業試験だけど。
教える内容も多岐にわたる。淑女らしい立ち居振る舞いや、言葉遣いから始まり、ダンスなどの貴族令嬢に必要な教養や、ドレスの着付けやメイクなどのメイドや侍女に求められる技術や知識、そして、暗殺剣技や闘気、八技などの戦闘技術。
何故彼女達にそのような技術を教えるかについては前もって伝えた上で、そこからの教育は全て彼女達の同意を得た上で行っている。ちなみに、同意を得られなかった場合は何かしらの方法で別の戸籍を用意してこれまでとは違う人生を送れるようにフォローをするつもりだったけど、誰も断る者はいなかった。
まあ、危険な任務が多い分、結構な報酬が約束されているし、基本給もブライトネス王国の平均収入よりも高く、寮のようなものも完備(寮といいつつ、実際はライヘンバッハ辺境伯領に一軒ずつ家を用意する約束をしている)、任務に必要なものについては全て支給し、ビオラ関連で買い物をする際には割引をつけるという特典もある。かなり美味しい内容だから、このまま放り出されるよりはマシに思えるかもしれないけど。
「ボクが設立を目指している諜報部隊フルール・ド・アンブラルは、表側に位置するヴァケラーさん達冒険者、裏側に位置する暗殺部隊・極夜の黒狼、この二つが担わない諜報を主な任務としてもらう。だけど、求めるのはただの諜報を任務とする者達ではなく、ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人と互角に張り合える力を持つ者達だということを覚えておいてもらいたい」
「ラピスラズリ公爵家の、戦闘使用人と……」
エイフィリプとしてカレンに腕を潰されたジェルメーヌにとって、ラピスラズリ公爵家は大きなトラウマとなっている。腕は再生しても、その恐怖心は消えていないようで、再びカレンと戦うようなことになることを恐れ、怯えているようだ。
「ジェルメーヌさんの懸念していることは恐らく起こらない。それが起こるのはボクと王家が完全に敵対した時くらいだからねぇ。しかも、その際はラインヴェルド陛下がこちら側で参戦してくれると約束をしている。そうなれば、ラピスラズリ公爵家はこちら側でブライトネス王国と戦うことになるだろう。……残念かもしれないけど、ラピスラズリ公爵家との再戦の機会は今の所予定されていないよ。まあ、お望みならカレンさんとの再戦の機会を模擬戦の形で用意してもいいけど」
「……大丈夫ですわ。あのような恐ろしい方と戦って恐ろしい目には遭いたくありませんから」
「まあ、任務では危険なこともありますので、恐ろしいことの二度や三度、自分の力で切り拓いて頂く必要があるかもしれませんが。諜報部隊フルール・ド・アンブラル――『影の花』の目的はラピスラズリ公爵家では対処できない王国の中枢――王族の中に潜む毒も含めて対処することです。正妃シャルロッテ=ブライトネスの件以来、ボクはラピスラズリ公爵家の不完全な面を補う何かしらの方法を検討すべきだと感じておりました。その答えが、諜報部隊フルール・ド・アンブラルです。結成はまた後日となり、結成以後はこうして集まる機会も無くなると思います。皆様は隊長を務める方に報告しつつ、潜入任務などを遂行する。中にはかなりの長期間潜入を余儀なくされる方もいらっしゃるとは思いますが……勿論、それに見合う報酬をしっかりと用意させて頂くつもりです。皆様にはこの屋敷を出ると同時に新たな名前と身分が与えられますが、潜入任務ではそれとは別に名前や肩書きや役割を与えられます。時にマフィアの一員として潜入し、時にターゲットの貴族の侍女として雇われ、とにかくその内容は多岐にわたるため、この場でどのような内容になるかは断言できません」
「あの……ローザ様? 任務でほとんど家に戻れないということになりますと、折角報酬を頂いてもそれを使う時間がありませんわ」
「任務で所属している組織でも毎日働き詰めということはないでしょうし、仮にそうなった場合でもしっかりと何かしらのフォローはさせて頂きます」
流石に休まずに働けとは言わないよ。まあ、普通のビオラで仕事するよりは変則的な勤務になってしまうけどねぇ。
その後十日間、きっちりと必要なことを詰め込みながら寝食を共にし、十日目が終わる頃にはみんな立派な淑女になっていた。
互いにメイクをしあったり、ドレスを着付けしたり、楽しい時間だったなぁ。
これなら、きっと卒業試験の護衛任務も見事に合格してくれるだろう。
さて、約束の六時の夕食に間に合うように、時空魔法「三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-」を使って戻りたいところだけど、その前にもう一仕事しておこうか。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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