Act.8-274 ブライトネス王国に巣食う蛇の指先 scene.4
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「ここまで辿り着いたか。ゼームズはなかなか厄介だと思ったが……創造主と国王陛下を止めることはできなかったということか」
執務室の机に肘を置き、座っていたジェムは闇の魔力を固めた剣で机を真っ二つに両断し、ボク達と対峙した。
「ジェム様……いえ、ジェムッ! 貴方が私をあの地獄から引き揚げたのは、私を利用するためだったよね」
「いかにもだよ。フンケルン大公家は、これでも人心掌握に長けた家だと自負している。人の心を操るなど、造作もないことだ。少しだけ優しくしてやれば、僅かでも誠意を見せれば、すぐに私達の思い通りに動く。……それに、フンケルン大公家は敗者の家だ。政治に敗れた第三王子がお情けで与えられた大公家。凡人の兄二人よりも遥かに優秀だったにも拘らず、第三王子だった故に、更に身体が弱かったことも向かい風となり、結局王になれなかったロードスター=ブライトネスの怨念の籠った家。彼は誓った、王に相応しい自分を拒んだこの国に復讐すると、そのために必要な力と知恵を貸したのがアポピス=ケイオスカーンだ。以来、我々は蛇と共存し、少しずつ力を蓄えてきた。全ては、この国に最悪の悲しみをもたらすため。究極の憂いをもたらすため、我々、フンケルン大公家は耐えてきた、耐えて耐えて、耐えて耐えて耐えて! だが、まだ、足りなかった。ラピスラズリ公爵家に対抗できるほどの力を我々は手にしていなかったからだ。……こんなところで、我ら一族の繋いできた復讐の系譜が途絶えることは、この国に憂いをもたらすことができぬまま死ぬのは心苦しい。これは、足掻きだ。負けると分かっている男の、無様な足掻きだよ。――命喰の暗黒」
闇を纏ったジェムが、床を破壊する勢いで加速し、ラインヴェルドを狙って斬り掛かった。
――ッ!? 相当な速さだ! 圓式には及ばないけど、並外れた速度に加えて途方もない破壊力を有しているらしく、剣を抜いたラインヴェルドが剣身で受けた瞬間、物凄い力に圧倒されつつも、なんとかギリギリ鍔迫り合いで止められるというレベルまで追い詰められている。
「武装解除」
そして、このタイミングで武装解除魔法を使うのか。ラインヴェルドの双剣が吹き飛ばされ、纏っていた武装闘気を解かれて、武装闘気によって施されていた強化がそのまま攻撃となって跳ね返ってくる。
覇王の霸気を纏っていなかったからまだマシだったけど、壁に吹き飛ばされるほどではないもののかなり後ろに押されて、全身に鋭い剣傷のようなものを負い、武器も吹き飛ばされ、完全な無防備を晒している。
「――隙ありです!」
ラインヴェルドを狙って剣を振り下ろそうとした瞬間――左方向からカレンが武装闘気を纏わせたブーツで回し蹴りを頭に加え、そのまま壁まで吹き飛ばした。
「サンキュー、カレン……油断したぜ」
「陛下、こいつはかなり戦い慣れている。冥黎域の十三使徒より弱いと侮ると痛い目を見ることになるよ」
「……まさか、創造主様にそこまで褒めて頂けるとは」
……頭を半分くらい吹っ飛ばされている筈なんだけど、それでも立ち上がってくるって狂気だねぇ。
「命喰の暗黒……身体に加重負荷が掛かるほどのダメージを蓄積するのと引き換えに圧倒的な力を手にする捨身の強化技というところかな? 放っておいてもいずれ死ぬと思うけど、カレンの蹴りを喰らって脳味噌の半分くらい吹っ飛ばされてまだそうやって生存できているってことは……なかなか厄介だよねぇ。ってか、本当に人間?」
「……生きてはいませんよ? 私は暗黒魔法で私の魂を肉体から切り離し、私の魂を身体に憑依させて人形のように操っているのです。だからこそ、頭を潰されても体がいくら壊れても、動き続けられる限りは戦闘を続行できる! これが、闇魂操身――私の固有魔法です!」
肉体は最早操り人形と成り果て、完全に動かなくなるまでジェムの魂に操られ続ける。死ぬことはなく、身体が動くなるほど破壊されてようやく撃破ができるという……また、面倒な魔法だねぇ。とはいえ、攻略方法がないという訳でもないけど。
ラインヴェルドもそれに気づいたようで、拾った剣を鞘に収めたようだ。
「――魂霊崩壊」
真っ白な魔法陣が展開され、そこから一気に魂を滅するほどの聖なる光が放たれた。
これには流石のジェムも耐えきれず、身体を操っていた魂諸共消滅――更に、攻撃範囲に含まれていた天井の一部も吹き飛ばされ、地下二階へと続く穴がぽっかりと空いてしまった。
「……あっさり死んだねぇ」
「本当にそうね……なんというか、全く実感が湧かないわ」
「……もしかして、ジェムに自分の手で復讐したかった?」
「別にそのつもりは無かったわ。私とジェムじゃ格が違いすぎたし……私では、どの道復讐なんてできなかった。……井の中の蛙だったってことね、闇の魔力を得て強くなったと思っていたのに」
「もし、シーラさんが強くなりたいならジェムくらいは制圧できるレベルまで鍛えることはできるけどねぇ。でも、それをシーラさんが望むならって話。闇の魔力を得ただけの一般人で、好き好んでこの戦いの世界に分け入ってきた訳じゃないし、ラファエロを救って二人で戦いから遠ざかるのが、君にとっても、彼にとっても幸せだと思う。命懸けの戦いなんて、戦わないといけない人以外はするべきじゃないと思うからねぇ。君は、まだ戻れる」
「……そうね、そうかもしれないわ。戦いから遠ざかって、あの子を闇から救い出して……その方が幸せかもしれない。……でも、私はきっと後悔すると思う。圓さん、私は貴女に沢山のものをもらったわ。敵対していた私を殺しても良かったのに、私を生かして気持ちを汲んで。私の代わりに復讐を果たしてくれた。過去は消えないけど、私が少しでも前を向いて進めるように。……私は、圓さん、貴女の力になりたい。どれだけ実力が隔絶しているのか分かっているつもりだけど……それでも」
「はぁ……まあ、シーラさんがそう決めちゃったんならボクに言えることはないかな。分かった、約束通りボクが鍛えてあげるよ。……その代わり、これだけは守って欲しい。自分の命を最優先にすること」
「分かっているわ」
「ってか、それってお前が一番心に留めておくべきことだぜ、ローザ。お前が一番、お前の命に無頓着じゃねぇか」
「ボクはちゃんと死なないように立ち回っているし、死んでも蘇生できるように立ち回っているよ。まだ、ボクはこの世界から消える訳にはいかないからねぇ……ハーモナイアが見せたかった景色を、ボクは彼女と一緒に見ていないから」
ラインヴェルドの表情が僅かに陰った……まあ、何故かは分かるんだけど。
「何をそんなに怯えているのか知らないけど、ボクは陛下達の前から消えたりしないよ。そりゃ、国外追放とかになったら仕方ないけど――」
「させねぇよ、お前は俺の、俺達の大切な仲間なんだから。……お前を俺の国から、絶対に追放させねぇ。例え、誰が相手でもだ。……だから、絶対に俺の前から姿を消さないでくれ……お願いだから」
そこまでボクのことを大切に思ってくれているって、なんだか照れ臭いねぇ。
きっと、大切な人を失うのが怖いんだと思う。メリエーナを守れなかったトラウマも、ラインヴェルドを異常に臆病にしてしまうことに関わっている。
だから、そのために繋がりを求めている。物理的な繋がりを……例え、ボクの気持ちを無視したとしても。
やり方は間違っているかもしれないけど、ボクはその気持ちが嬉しい。そこまで親友として、大切な人として尊重してもらえているんだからねぇ。
まあ、だからといって、アルベルトと婚約したりはしないけど。
――ボクにとっての一番は、やっぱり月紫さんだから。
◆
さて……これで終わりかな? っていう雰囲気だったんだけど、残念ながら、ジェムも今回の件の中ボスでしか無かったようで。
「おやおや? ゼームズからの信号が途絶えたので来てみれば、折角の研究所が制圧されてしまっているではありませんか? ヨホホホ! まあ、私のものではありませんので、何も問題はありませんけどね!」
鳥の嘴のようなマスクをつけ、全身をまるでパワードスーツのようなメタリックの装備で包み、その上から白衣を纏ったという奇妙な風体。
見るからに怪しい男が、地下二階へと開いた穴から地下三階に降りてきた。
「――冥黎域の十三使徒フランシスコ・アル・ラーズィー・プレラーティ、だねぇ」
「いかにも! 私が世界を夜明けへと導く天才科学者、フランシスコ・アル・ラーズィー・プレラーティです。ヨホホホ! しかし、まさか、私のことをご存知だとは思いませんでした」
「……聞いていたからねぇ、君の非道な実験のことは。中でも、一番は何人もの子供を攫って人体実験を行って一度だけ死を回避する『生命の輝石』を開発したという話だ。一度だけ死を回避する……そんな都合の良い話がある訳がない。それは、一人の子供の命を結晶化させ、それに死の運命を押し付けることで生存するという血塗られた研究の結果だ。……反吐が出るよ」
「ヨホホホ。子供達は皆、進んで大いなる世界の発展のためにその身を捧げてくださいました。全く心外ですねぇ、まるで、私が何の許諾も得ずに彼らの気持ちを踏み躙って非道な実験をしたみたいではありませんか?」
「……実際、そうなんじゃないの? 知的好奇心や、未来の発展のためならいかなるものも犠牲にする。身寄りのない孤児を言葉巧みに誘って誘拐し、実験の過程で被験者が苦痛を味わって死ぬことを逃げられない状況になってから明言する……そうやってきたから、彼らはその意味もロクに理解しないまま、いや、理解した時にはもう遅くどうしようもない状態に陥っていたんじゃないかな? ――心の底から孤児達を大切にし、同時にその孤児達を全く悪れずに、それどころか心の底から愛して、実験に協力してくれた子供達に、発展に貢献してくれた子供達に、心から敬意を表する。逝かれているねぇ……反吐が出るよ。ボクはねぇ、自分が外道だと理解していない善人ヅラした外道が一番嫌いなんだ。……瀬島一派と張るくらいのサイコパスか……ここで殺っておかないと犠牲が増え続けるだろうし、ここで仕留めさせてもらうよ」
『心霊隷属器』を使ったことはないようだし、ここでフランシスコを確実に殺せれば、これから彼によって残虐な死を迎える子供達は居なくなる。
絶対に逃さないと意識を集中しながら、『漆黒魔剣ブラッドリリー』と『白光聖剣ベラドンナリリー』を鞘から抜いて構えた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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