Act.8-263 ファンデッド子爵家の波乱の婚約 scene.13
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
お義母様とメレクはきっとまだ時間が必要でしょう。パーバスディーク侯爵様達は客室でお休みでしょうし、あまりうろうろしても良いことはなさそうです。
「アルマ様」
「ディマリアさん?」
「先程はお疲れ様でございました」
「いいえ。ディマリアさんもお役目とはいえ、休暇中にごめんなさい。もう今日は夕食まで何もないから私も自室で過ごそうと思うので、貴女もゆっくりしてくださいね」
「ありがとうございます。では、お部屋までお送りさせていただきます」
「……ありがとうございます」
流石に実家だから大丈夫ですよ、とは言いかけて素直にお礼を言いました。なんせパーバスディーク侯爵様もいらっしゃる訳ですし、ディマリアさんもこれはお役目な訳ですし、私が妙な遠慮をする方が失礼なんだなと思い直したのです。私が自分の職務として付き従っている時に必要ないって言われたとして、はいそうですか、という訳にはいきませんからね。
それに、ディマリアさんは職務であることだけでなく、私を気遣ってくれているその好意が私にも感じ取れるんです。だからそれは、お礼を言うべきです。
「今回、実は何故私が面識のないアルマ様の護衛として付くことになったのか、ずっと疑問でした。きっと、これはあの方を派遣したのと同じ、ローザ様の何らかの意図があったと思うのです。あの方はとても行儀見習いで来たばかりの貴族令嬢とは思えないほどの深謀遠慮な方ですから。……私はここに来てからずっと考えていたのですが。そして、もしかしたら、私にアルマ様にとって頼りになる人間の一人になって欲しいと思って派遣したのではないかと思いました」
「……私の、頼りにできる人間ですか」
「はい、アルマ様を好意的に捉え、必要な時にアルマ様の助けになれる、そんな人間です。ローザ様はアルマ様の不器用なところも、優しさも、仕事に向かう直向きさも、貴女様の様々なことを私に知って欲しかったのではないかと思います。そして、それがあのお茶会で私がとても苛立ちと怒り感じていることを実感して、とてもよく分かったのです。私も実は相当気が短い方でして……貴女に何かあるのでしたらば、剣を抜くことも吝かではないと、あの時のお茶会で感じました。どうぞそれを覚えておいてくださいませ」
「――えっ」
「それでは失礼いたします」
「――いやちょっと」
「夕食の時間には侍女と共にお迎えに上がります。どこかにお出かけになられる際はお声をおかけくださいませ」
「ディマリアさん?」
いや、ちょっと待って何でそんな物騒な話になるのよ!? 私のために剣を抜くってなんだ!?
まるでなにか起こるみたいなことは言わないで欲しいんですが! フラグはカレンさんだけで勘弁してください!!
しかし、どういうことなのでしょう? 私のことをディマリアさんがきっと気に入ると信じて、私の護衛に指名した? それは、つまりここまで計算づくだったということで……もう嫌、考えたくありません。
突っ立っているのも何ですし、今回の件のお礼も手紙でするのは味気ないですし、しっかりと顔を合わせてお礼を言いたいですし、さて困りました。
「と、思いまして……本をお持ち致しましたわ。きっと気に入ってくださると思いますのでどうぞ」
「うわッ!?」
思わず変な声を出してしまいましたよ。まさか、カレンさんが天井裏から頭を覗かせるなんて……忍者か、忍者なのか?
カレンさんが置いていったのは漫画でした。しかも、圓さんの新作のようです……もう準備がいいというか、至れり尽くせりというか、完全に私の思考読まれていますよね!? というか。
漫画ですか? そりゃ勿論楽しめましたよ! ブランシュ=リリウム先生の作品でしたからね! ってか、アニメ制作の百合姫白愛先生とフルール・ドリス先生と漫画家のブランシュ=リリウム先生が同一人物だということもかなりびっくりなのですが!?
こちらでもブランシュ=リリウム名義で漫画を描いていらして、しかも購入していたのに、何故圓さんだという可能性に行き着かなかったのでしょう? どんだけ鈍感なのか。
漫画を読み終えてのんびりと余韻に浸りながら、あー、お茶が欲しいなと思って呼び鈴に手を伸ばしたところでやや乱暴なノック音が聞こえてきました。
「お入りなさい」
「し、失礼致しますお嬢様! あの、お嬢様に来て欲しいと旦那様が……!」
「お父様が? どうしたの?」
「あの、きゅ、急な来客がございまして」
「……来客?」
「は、はい!」
「一体、どなたが?」
「る、ルーセント伯爵様でにございます!!」
「え?」
一度は「なんで!?」と思いましたが……カレンさんが「そろそろあの方がご到着なされる予定ですからね」と言っていましたし……そのあの方というのがルーセント伯爵様なのでしょうね、間違いなく。
確かに、パーバスディーク侯爵様もこれで下手な動きに出れなくなった筈ですし、お父様からもパーバスディーク侯爵様の介入を阻止する意思を明言してくださいました。これでこの件に関してはほぼ問題が無くなったのですが……やっぱり、何というか、何者かの策略を感じます。あまりにもタイミングが良過ぎですし、カレンさんも到着をご存知だったようですし。
私が慌てて玄関ホールに行くと、そこには確かにルーセント伯爵様がおいででした。
お父様が突然の来客をどう迎えようかとおろおろしながら侍女達に指示を出しています。
「る、ルーセント伯爵様!?」
「おお、アルマ殿お久しぶりだ!」
にっこりと人好きのする顔で笑ったルーセント伯爵様がとてもフレンドリーに接してきますから、お父様がまた奇妙なものを見る目で見てきました。
……私は社交界デビューの折にご挨拶してるんだって手紙で伝えた筈だったのですか……あれですか、実際に目にするまで信じられないとかそういうオチですか。
「お久しぶりでございます、お越しになられたと聞いて驚きまして――」
「ああ職務で通りがかったところ、アルマ殿が帰省しておられると耳にしていたから寄ってみたんだ」
「ルーセント伯爵様が私に? 御用が?」
「いや、用はない。と、いうか私のことはクィレルで良いのだよ?」
「……えっ」
「ふふふ、私の大切な相棒殿の愛しい恋人であることだし、それに社交会で実に有意義な時間を過ごさせてもらった貴女を友人として思っているのだよ。だからこそこうして挨拶にも来たという次第だ」
「は……はあ」
え、友人認定ですか、そうですか。……というか聞き捨てならなかったことがあるのですが、相棒殿……つまり、王弟殿下の愛しい恋人って一体!? 私、そんな関係では。
いえ、素敵な方だとは思いますよ。ただ、あの方は浮名を流しているような方で、私のこともきっとお遊びの付き合いなのだと思います。こんなつまらない女のことを本気で好いている訳がございません。
「それにしても客人がおられたのかな、ファンデッド子爵殿」
「は、はあ……その、パーバスディーク侯爵様がメレクに会いに来てくださいまして。あの、ルーセント伯爵様と御家人の方もよろしければ粗茶となりますがいかがでしょうか? 少し暑さは和らいできましたが、まだまだ暑さは残っておりますし」
「む、良いのかな? それはありがたいことだ!」
お父様の申し出に、にっこり笑ったルーセント伯爵様がいる。まだ残暑も厳しいですし、飲み物くらい出しますよ? メレクにとって未来の義兄になられるお方ですし、当然です。
「クィレル様!」
「おお、メレク殿。お元気そうで何よりだ」
「はい、クィレル様も。お越しになられるとはついぞ知りませんでお出迎えが遅くなりました。申し訳ございません」
「はは、いやいや。急に訪ねてきた私が悪いのだよ」
穏やかな笑みを見せるルーセント伯爵様と、メレクが握手を交わす。
思っていた以上に二人は仲が良いのかな? それよりも、その前にお茶の準備か。と思ったけれどそれはもうお父様が指示しているし。
「アルマ、私はパーバスディーク侯爵様達に来客があったことをお伝えせねばならないから、ルーセント伯爵様をご案内しておくれ」
「は、はい!」
「メレクもだ」
「はい、畏まりました」
お父様は困った顔をして、しかし、パーバスディーク侯爵様に内緒にするのも変な話だし、このままルーセント伯爵様に立ち話をさせる訳にもいかない。どちらも蔑ろにしてはならないからここは役割分担だ。
家人の方々は侍女達に任せて、私はメレクと共に再びサロンの方へと案内することにしました。
幸いにもお茶菓子はさっきのお茶会の為に大量に用意しておりましたから問題ありませんし。
騒ぎを聞きつけたディマリアさんも慌ててやってきて、ルーセント伯爵様を見てびっくりしていました。
「ルーセント伯爵様!?」
「おう、ディマリアじゃないか。久しぶりだな」
「お久しぶりでございます」
丁寧にお辞儀したディマリアさんも、そういえば騎士時代のルーセント伯爵様に声を掛けてもらったことがあるって言っていたわね。
ルーセント伯爵様がお越しになることをディマリアさんも聞かされていなかったのか驚いていましたが、逆にルーセント伯爵様も僅かに驚きの表情を見せられていた気がします。つまり、どちらも相手がここに来ることは想定外だったということでしょうか?
「はは、突然来たからすっかりアルマ殿も驚かれてしまわれたようだなあ」
「それは、はい。その通りです」
「いや何、本当にただ寄っただけなのさ。折角お近づきになったのだから、できれば良い関係でありたいだろう?」
朗らかに、しかし目つき鋭く廊下の方へとルーセント伯爵様が視線を向けられたその先にはエイフィリプ様がいるのが見えましたが、直ぐにどこかへ行ってしまわれました。
まあ領主館とはいえそこまで広い邸宅ではありませんので、遠くへということはないでしょうが。
もしかして、パーバスディーク侯爵様がちょっかい出しているのを直接牽制しに来られたとか? ルーセント伯爵様ってとても優秀な方なですし、そんな人が自分の妹が結婚する相手の家で起きている問題とかに気付かないという方があり得ない話なのか。我が家では対処しきれないって思われてたのでしょうか? それはそれで落ち込みますよ。
しかし、ますます状況が分からなくなってきました。結局、このままだとラピスラズリ公爵家がカレンさんを派遣した理由が不明のまま盤上が磐石に整えられてしまう訳でして、勿論、それは私達にとっては最高の状況なのですが、だからこそ、不気味です。……カレンさんがただルーセント伯爵様がお越しになるまでの防衛線としてこの場に居た、とは考えにくいですし、そもそもカレンさんは自身の正体を隠しているので抑止力にはなり得ない。
ということは、やはりカレンさんには別の目的が?
「どうぞ、今お茶をお持ち致しますので」
「ああ、ありがとう」
「メレクも座っていて」
「ありがとうございます姉上」
侍女達にこの場を預けて、私はお茶の用意に向かった。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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