Act.8-262 ファンデッド子爵家の波乱の婚約 scene.12
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
カレンさんのことは一旦置いておくことにした。この人に関しては話せないことが多過ぎるから、また「権限無し」と言われるくらいなら空気のように扱った方がいい。
「どうです、メレク。お爺様とお話しは弾みそうですか?」
「姉上、少し意地悪くありませんか!」
「あちらはエイフィリプ=パーバスディーク様を親戚であり友人関係としてパーバスディーク侯爵家は推してくると思います。そこからルーセント伯爵様とどう繋がるのか、或いはパーバスディーク侯爵家とルーセント伯爵家とで既に繋がりがあるのかですが」
まあ、恐らくないでしょうけど。もし仮にあればとっくの昔に色々手筈が整えられていて、こちらに打つ手が無くなっているでしょうが。
「お義母様、大丈夫ですか?」
「ええ……でも、あの。私はどうしたら良かったのかしら」
「……え?」
「いえ、何でもないわ」
きっとお義母様はエイフィリプ様を連れてくることを聞かされていなかったのでしょう。だとしたら、お義母様も自分が軽んじられていることを実感したんでしょうね。しかも甥っ子が自分を下に見ているってことにも気づいている様子ですし……って、あれだけあからさまにやられればそりゃ気づくか。
お義母様が疲れたからと自室に戻られてから。サロンはなんとなく気まずい空気に包まれました。
無事、パーバスディーク侯爵様達とのファーストコンタクトを成し遂げ、更にファンデッド家の方向性を伝えることも成功したというのになんでしょう、この空気。
お父様は座ったまま、両手をテーブルの上で握りしめたまま私を困惑した目で見ていますし、その隣でメレクが緊張した面持ちでお父様の方を見ているのですが、何を切っ掛けに話そうかと思案している雰囲気がダダ漏れ。
……本当によく分からない図式です。とにかく、みんな言いたいことは言うべきなんじゃないかと。私も人に言えた義理ではありませんが。
「お父様、メレク、お疲れさまでした」
「姉上も。……本当にありがとうございました」
「……え?」
「本来なら、僕が父上と一緒に仕切るべき場を姉上がこのように準備してくださって、僕が堂々と発言するまでの時間をくださったことです」
「頭をあげて。そんな大したことはしていないのよ。私はただ侍女達に少しだけ教えただけだし、それで話し合いが少しでも和やかになればと思っただけなのよ?」
そもそも、私はほとんど何もやっていないのです。普段私が行っているお持てなしの中からできそうなところをファンデッド子爵家の侍女達に教えただけ。それも、カレンさんの功績の方が大きいです。
それに、王子宮料理長のライディンさんの助力、そして何よりここまで全てを見通していた圓さんの用意してくださっていたメモや、お菓子などのおかげというところが多分にあります。王宮に戻ったらしっかりとお礼をしなくてはと思うのですが……あの方が満足できるような品物を贈ることができるのか、その点はカレンさんと相談すれば良いでしょうか? ラピスラズリ公爵家の使用人ということで色々と圓さんの好みをご存知だと思いますし。
いずれにしても、私自身がしたことはただ指示を少し出しただけです。実際にお茶を淹れた訳でもなければお菓子も作っていませんし。
貴族の子女としての振る舞いの範囲内でパーバスディーク侯爵様と牽制の言葉をいくつかやり取りはしましたが、突っ込んだ会話にならなくて本当に助かったとか思っていますからね。
「いいえ、姉上がいらっしゃらなければこうは進まなかったと思うんです!」
「……えっ?」
メレク、離れて暮らしていた分、私のことを美化し過ぎてないかな?
仕事がデキる姉、程度で収まる程度の話(これも微妙だけど)もしかして弟の中で私の株が爆上がりしているとか、そんなことはないですよね!?
いや、待って!? お父様の件は私の知らないうちに圓さんを中心に偉い人達が関与して片付いていたけど、本当に偉い人たちが暗躍したおかげ私が実家にいる間に本当にサクサク解決したみたいなことになっているから、メレク視点から見たらもしかして私って超人扱い? いえ、あの時は圓さんが見かねてフォローに入っていましたし……ですが、圓さんは『貴女も王女宮筆頭侍女ならば、これくらいのことはできたんじゃありませんか? ねぇ、アルマさん?』と言っていましたし、それを間に受けていたら……見えますね、超人に。
「メレク? メレクはちゃんと今回、先程のように自分の意思を伝えたのだし……私がどうこうではないと思うのよ?」
「いえ……父上、僕はきっと頼りない息子だったに違いありません。でもこれからは父上に頼って頂けるよう、より精進して参ります。姉上、もし、あの。帰るまでにお時間があれば、お話しがしたいと思います……が、今は母上のことが気がかりですので……」
「え、ええ。お義母様のことをお願いね」
お義母様に関しては今回のことでは思うところが色々あるようですし、ここはメレクの方が話をしやすいかもしれません。
お父様はメレクに対しても何か言いかけて、口を閉ざして、次は私を見て、何かを言いかけてまた口を閉ざして。
メレクも何かお父さまに対して言いかけて……でも上手く言葉が見つからないのか、ぺこりとお辞儀をして出て行きました。
……なんでしょうね、もう少し上手く話し合うことができればいいのですが、いえ、それは私も同じですね。
気まずさを気にしていては何も始まりません。
私はディマリアさんとカレンさんの方を見て二人きりにして欲しいと伝えようとしましたが、彼女達は私が視線を向けただけで察したのでしょう、にっこりと微笑んで優雅な一礼をし、外に出て行ったんです。
わぁ、二人とも凄いなぁ空気読む能力高すぎない? それとも、私が分かりやすいのかしら?
「お父様。メレクの申し出をどう思われました?」
「ど、どうって……」
「もし、パーバスディーク侯爵様と二人の時にメレクを説得して欲しいと言われたら、どうなさいますか?」
「……」
「勿論、当主としてお決めになられるのでしたら私が口出しすべきことではないと分かっています。……でも、メレクは、私にとっても可愛い弟で、お父様にとって、可愛い息子でしょう?」
「――そ、それは、勿論そうだ」
「でしたら、私としてはメレクの意思を、尊重してあげたいのです。駄目ですか、お父様」
「駄目……ではないよ。ただ、パーバスディーク侯爵様がメレクの祖父君であることは事実だし、今まで共に過ごす時間が取れなかったというのも事実だと思うんだ。あの方は辺境方面への軍事関係の運輸責任者のお一人でもあられた方だから、大変お忙しい方で。私も部下としてあの方の下についていた時はその人の出入りの多さに驚いたものだったし」
「それはそうかもしれませんが、あの方が引退後にこの家に住まわれると知ったら、ルーセント伯爵様やオルタンス様は良い気分ではないと思います」
「それもそうなんだがね……はぁ、どうしたものかな? パーバスディーク侯爵様もあそこまでメレクがはっきり言ってくれたからきっと無理は仰らぬと思うけれどね。祖父として孫の成長をきっと今頃は喜んでくれていると思うんだ」
「それだとよろしいのですが」
……まあ、あの狸爺が諦めることはないんじゃないかと思う。というか、正直孫のことが大切だと思っているかも甚だ疑問なのよね? 私には、アレがただ地位だけを愛している可哀想な老人にしか見えない。圓さんから教えてもらった情報もあるから余計に。
家族なんて見ていない。全ては自分が地位を得るための駒。そのために、孫との時間を仕事に奪われた可哀想な老人を演じているだけ。
……しかし、パーバスディーク侯爵様は辺境方面への軍事関係の運輸責任者だったのですね。
その立場と、ラピスラズリ公爵家の存在意義を考えると、どうしても嫌な妄想が浮かびます。
――パーバスディーク侯爵様は他国と繋がりを持ち、ブライトネス王国を他国の手に落とそうとする売国奴だと判断されたのではないかという妄想が。
そんなことはきっと、無いと思います。彼はブライトネス王国における地位を――貴族位とその権力を必死に守ろうとしているお方です。そんなパーバスディーク侯爵様にとって、その屋台骨を揺るがすようなことは断じて行ってはならない行為である筈。
「……アルマは」
「え?」
「私が、知らないところで……立派に、育っていたのだなぁ」
「お父様?」
「お前は、『働くことが生き甲斐だと思う女性もいる』と言ったね。それが侍女達の前で指導している堂々とした姿から伝わってきたよ。パーバスディーク侯爵様と対峙している時も堂々としていた。メレクが、堂々とパーバスディーク侯爵様の前に立った時、私はメレクが大きくなったんだなあ、と今更ながらに思ったんだ。お前のことも、メレクのことも、私はまだどこかで、小さな子供のままのように思っていたのかもしれないなぁ」
「お父様」
「そんな筈、無いのになぁ」
「ですが、私とメレクにとって、お父様が大切なお父様であることは変わりません」
「ありがとう。いつも情けない姿を見せている気がするね。そんな父親で、ガッカリしてばかりだろう?」
「そんなことはありません。お父様は私の我儘を、いつだって困ったように笑って、受け入れてくださって。私が働くことを、分からないと言いながらも戻れとは一度だって仰りませんでした。自由にさせてくださいました」
困った子だなぁって、お義母様になんて言い訳しようか……なんて言いながら私を自由にさせてくれました。駄目な父親……というのとは、また少し違うのだと思います。
「パーバスディーク侯爵様にもしさっきのようなことを問われたら、メレクの好きにさせてやりたいと答えるよ。うちは弱小貴族なのに違いはないけれどね、だからこそ失うものもないし、いざとなったら私が方々に頭を下げて回ろうじゃないか。そういうのは得意なんだ」
「お父様……」
「今からでも、私はお前たちの父親として、父親らしいことをしてあげられるのかなあと思ったんだよ」
お父様はそう言うと、立ち上がって、私の頭をそっと撫でました。その優しさを感じて……私はこれまで沢山の優しさに包まれていたのだと、それに気づいていなかったのだと、実感しました。
「アルマ、私は頼りない父親だけれどね。お前が仕事に真剣に向き合って、そしてそれが認められて筆頭侍女という立場になって、しっかりやっている……それがようやく分かった気がするよ。すまない、気が付くのが、随分と遅かったんだ。お前の母さんにも、きっと叱られてしまうかなあ」
お父様と少しだけ分かり合えた気がして、子供みたいに思わずぎゅっとお父様に抱き着いたら、涙が私の頬を伝った。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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