Act.8-259 ファンデッド子爵家の波乱の婚約 scene.9
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
「おお、こちらがファンデッド子爵の娘殿か! お噂はかねがね聞いておりますぞ。なんでも王子宮で筆頭侍女として勤め上げるだけでなく、数多の貴人に顔が利くという。是非に我が家とも、仲良くしてもらいたいものだ! 儂はパーバスディーク侯爵家当主、マキシアと申す。隣にいるのは次期当主で儂の息子のランジェロでその後ろにいるのは孫のエイフィリプじゃ。メレクの従兄ということになるな。良き友というよりは兄のようなものになれるかと急遽連れてきたのじゃが……まさか追い返したりはせんじゃろう?」
ニィと不気味に笑った老人は、目を細めてまるで値踏みをするようにしながら、まるで私を試すように、或いはお父様があたふたするのを嘲嗤うかのように手を差し出してきた。
意地悪な人であることは間違い無いわね。
「御自ら丁寧なご挨拶、痛み入ります。パーバスディーク侯爵様。ファンデッド子爵家長女、アルマと申します。ご存知の通り、王城にて王子宮筆頭侍女を務めておりますのでどうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
優雅に一礼して見せて、私が振り向いた所にいるディマリアさんを目で呼ぶ。
本当なら彼女を紹介する必要はないのかもしれないけれど、念には念を入れて。何かあってからでは色々、問題が生じてしまうからね!
「今回、王城から護衛騎士のディマリア殿が私の護衛についておられまして、ご紹介をさせて頂けますでしょうか? 特別今回の話し合いなどには参加することはございませんが、彼女が同席することも多いかと思いますのでよろしくお願い致します」
「ディマリアと申します、アルマ様の護衛としておりますので私のことはお気になさらずご歓談くださいませ」
とりあえず、これでまずは私の方に意識を向けさせることができたようです。いないものとして扱われては口を挟むこともできません。メレクはまだ緊張しているようですが、お父様とお義母様はちょっとほっとしているようです……そういうのはあんまり顔に出してはいけないのですが。
今回は護衛としてカレンさんもいますが、カレンさんは今回、ファンデッド子爵家のメイドとして活動するつもりのようで、仲良くなったメイドからメイド服を借りていました。今回の件にラピスラズリ公爵家が絡んでいるということは、パーバスディーク侯爵家に隙を与えてしまうことにも繋がり兼ねません。ラピスラズリ公爵家は本来、この件に関わりがないのですから。
ラピスラズリ公爵家……というより、圓さんは恐らく、今回の婚約とは別のところで何らかの思惑があってカレンさんを派遣しているのだと思います。そして、それは私にも話せないことなのでは無いでしょうか? とはいえ、それを探って更に問題が浮上しても困りますし、今はパーバスディーク侯爵家一行の対応に集中しなくては。
「お客様をいつまでも立ち話させては失礼です。飲み物の用意をさせておりますので、まずはそちらでお寛ぎ頂けますでしょうか。お孫様もお越し頂けたとのこと、お部屋の準備も直ぐに済ませますので」
「おお、それはありがたい。王子宮で侍女たちを束ねるその手腕、是非とも見せて頂きたいものですな!」
「まあ、お恥ずかしい。ここではただの子爵家の娘に過ぎませんが、のんびりとお過ごし頂けるよう尽力致します。折角メレクの祖父として今回のこと、お祝いに来て下さったとのお話ですから」
あからかまな挑発に、ジャブを返しておきますが、正直あんまり効いていないようですね。流石は老獪な妖怪……一筋縄ではいきませんか。
侍女を呼んでお客様方のお荷物を預かり、あちらの侍従達と共に客間の案内。
もうお一方増える可能性も想定して部屋を用意しておきましたが、連絡してこない時点で相当舐められていますね。
まあ、ここで喧嘩腰になっては思う壺。冷静に対応させて頂きますよ。
準備させておいたサロンには、ミッテラン製菓で買ったお土産や、圓さんがカレンさん経由で持たせてくれたお菓子の数々、ファンデッド家にある中では最高峰の茶器が用意されています。
侍女達に振る舞いの教育は最低限しましたが、付け焼き刃にしては上手くいったのではありませんか? 私も頑張りましたが、やはりこれはカレンさんのご尽力が大きいです。到着したその日から既に動き出していたようで、付け焼き刃とはいえ、ある程度のレベルには仕上がっていると思います。
「どうぞお座りくださいませ。飲み物が足りなくなりましたら、ご用意致しますのでご遠慮なく申し付けてください」
「感謝しよう、流石は王城で侍女をなさっておられることはある。ファンデッド子爵もさぞかし鼻が高かろう」
「いえ、いや、あはは……」
お父様、笑い方が物凄くわざとらしいです。カレンさんも表情には出していませんがかなり呆れているようですよ。
あまり付き合いは長くありませんが、かなり目の表情は豊かな方だと思います。露骨に死んだ魚の目になりますし。
思ったよりも本格的な持てなしを受けたことにパーバスディーク侯爵様が一拍置いてから満足そうに笑った。
パーバスディーク侯爵様のお好みは、温かいお茶にブランデーたっぷり。
お義母様の兄である次期当主は好みはホットココア。
そして、孫のエイフィリプ様の好みはクリームたっぷり砂糖たっぷりのコーヒー。
このうち、お義母様はパーバスディーク侯爵様の好みしか知らなかった。後は全て圓さんの情報だ。
……本当にあの人は何でも知っているわよね。カレンさんに持たせていたメモには、今回の持てなしに必要な情報が懇切丁寧に全て纏められていた。どんな諜報能力!? と思うけど、相手のことを調べ上げて最高のおもてなしをするという意味では良いことだと思う……この情報をどうやって調べ上げたのか恐ろしくて聞けないけど。
うん、お義母様もお父様も大して情報を持っていなかったんだと思いましたよ。
お父様も単純に上司ってのは偉いもの、逆らっちゃいけないものと考えて、平身低頭な割に職場ではほとんどパーバスディーク侯爵様と交流が無かったとか。それはどうなのかな? と思いますが、過ぎたことですし仕方ありません。
全員に飲み物が行き渡ったことを確認して、私は真正面に座するパーバスディーク侯爵様と視線を合わせました。あちらはお父様ではなく私の方に視線を向けておられました。
恐らくですが、『王子宮で筆頭侍女をしている先妻の娘』というのはあちらからしてみたらかなりやりにくい相手なんでしょう。お互い面識が無かったからこそ、余計に。
今回円卓の上座に当然パーバスディーク侯爵様。そして私は下座。だからこそ、真っ直ぐに視線も合うのですが……なんでしょうね、この楽しくない緊迫したお茶会。針の筵に晒されたいこんな場所、とっととおさらばしたいものですが、今日はそれができません。やるしかないのです。
本来でしたらお父様が家長としてお客様にお茶菓子などを勧めるものですが、お父様はどうにかこうにか笑顔を浮かべるばかり。ですが、私の視線に気が付いたのか、少しだけ慌ててお茶菓子を勧めてくださいましたのでようやく茶会が始まりました。
とはいえ、あちらの次期侯爵様とそのご子息はあまり良い表情ではありませんがね。お茶を飲んでとかお菓子を食べて不満そうな顔をしたという訳ではなく、ただこの状況が気に入らないってところでしょうか?
まあ、気に入らなくてもどうでもいいですが?
ご子息の手元で何か冒涜な飲み物が完成しています。蜂蜜に、ホイップに、砂糖を八杯……九杯? 糖尿一直線というか、味覚どうなっているのでしょうか? 圓さんのメモにありましたが、これはちょっとやべぇなぁ、と思います。そういうスタイルでも、普通お茶会でやるかな? 相手の用意したコーヒーを貶しているに等しい行為ですし、あまり良い印象を与えないことは承知していないのでしょうか?
「ほう、これはまた美味しい茶が出てきましたな。これもご息女が用意したのかな? ファンデッド子爵」
「は、いや、その……そう、です。はい! な、なぁ? アルマ?」
「はい、お父様。パーバスディーク侯爵様のお口に合ったようで、ようございました」
「うむ」
満足げに頷いて見せるパーバスディーク侯爵様の本心は分かりませんが(ここまで完璧に好みの品を出したので、かえって不審に思っているかも知れませんが)出だしは好調。
和やかな雰囲気を出しましたが、これに水を差したのが、やはりと言いますか、メレクの従兄にあたるエイフィリプ様でした。
分かりやすく私に嘲笑を向けています……非常にどうでもいい心配ですが、そんな感じで貴族社会を生きていけるのですかね?
まあ、あまりよろしくありませんが、ここで喧嘩を売ってはいけませんし、華麗にスルーします。
「お祖父様は優しいからな。こんな格下の家で準備された茶でももてなされてくださっておられる、そのことを忘れないでもらいたいものだ」
「エイフィリプ!」
流石に言葉が過ぎると父親が叱責すれば、彼は不満そうな顔を見せました。
一体どれだけファンデッド家を下に見ていらっしゃるんでしょうね? 叔母であるお義母様に対してもあまりよろしい態度ではありませんし……パーバスディーク侯爵家に高評価をつけることは無理だと思います。というか、貴族らしい強かさというものがあまり感じられませんし、品格というものもお三方とも備わっていないご様子。本当に貴族なのでしょうか? 甚だ疑問です。……おっと、失礼致しました。
「それは申し訳ございません。折角でしたので王子宮でも利用している茶葉を使用したのですが」
「……!? まさか、王子でん――」
「いいや、エイフィリプはお茶ではなく珈琲を飲んでおりますから、分からなかったのでしょうな。アルマ嬢のお心遣い、この老骨にはありがたいものでしたぞ。王宮で使用されている茶葉とはなんとも最高の持て成しではないか」
孫が何か余計な言葉を続けないように制しつつ、私を持ち上げる辺り、この老人はなかなかやはり一筋縄ではいかないなあ。まあ、私もあえて『王子宮でも利用している』と言っただけで王子殿下が飲んでいる、なんて言った訳じゃない辺りどっこいどっこいか。
まあ、王子宮の料理長を務めるライディンさんが持ってきてくれた王子宮で使っている茶葉なので、『王子宮でも利用している』というところは事実なんですけどね。
ちゃんとお持てなしは致しますとも、ファンデッド家の名誉がかかってもおりますし、『侍女』としての私が持てなすと決めた以上、手を抜くなど言語道断ですから。
ちなみに、豆の方を馬鹿にした場合は、ラインヴェルド陛下が最も好んでいるビオラ商会のブレンドコーヒーでしたので、更にダメージが大きかったでしょうね。
この豆、実はかなり緻密に計算された配合なようで、ミルクや砂糖を入れずともとても美味しく飲むことができます。それをまさにエイフィリプ様は冒涜しているようで……これを知ったら国王陛下はどう思うんでしょうね? カレンさんが報告とか……しないといいですが。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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