Act.8-257 ファンデッド子爵家の波乱の婚約 scene.7
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
家族会議は混沌と化し、その光景をディマリアさんは凛々しい表情を崩さずに、カレンさんは微笑をたたえたまま、まるで見ることを宿命付けられているようにこの最早会議とは言えない泥沼を見守っている。
「お父様」
「……うっ、うむ」
「……お父様」
「わ、分かっているよ、アルマ……」
この泥沼の均衡を崩すためには、お父様が動くしかない。私を見つめ、視線を逸らそうとするお父様の眼には「どうしても私がやらなければダメなのかい」という臆病と怠惰が滲んでいて……でも、一家の長で父親なんですから、ここで頑張って下さいよと訴えると、ようやく、決意を固めた……のかな?
「……お、お、お前達、ちょっと落ち着かないか?」
遂に、遂にお父様が動いた……物凄い震え声で、しかも声が凄く小さい! 小さ過ぎる! 掠れていて、何を言っているのか辛うじて聞き取れるレベルです!!
頑張ってお父様! と思わずテーブルの下でぐっと手を握りしめながら、お父様の様子を見ますと、かなり冷や汗をかいている気がします。ただ、私の呼び掛けに応じて動いてくれた、それだけでも十分嬉しいです。
元々お父様は貴族らしいことが苦手なのでしょう(それは私も同じですが)、大人でも堂々とできるか、矢面に立てるかはまた別の問題で、それでもお父様は領主貴族として、全く得意ではない仕事をしてきたのではないでしょうか?
本当はとても弱くて、優しくて、頼りなくて、誰よりも多分静かに慎ましく生きていけたら良いとか、そんな感じなことを考えていたのではないでしょうか?
それが悪いとは思いません。私だって、圓さん達のように堂々と立ち居振る舞いはできませんから。
みんなから嫌われても、嫌われたことを歯牙にも欠けず、自分の信じた道を突き進む……それができる人とできない人がいて、私だってそんな風にはなれないと、どちらかといえばお父様のようにモブとして埋もれて生きていくんだろうなぁ、と思っています。……その割には結構トラブルに巻き込まれている気がしますが。
さて、そんな風に私が考えている中でお父様が声を掛けた二人と言えば、二人とも驚いているようですね。……普段どれだけお父様が声を上げないのかが察せられて、娘としては切ないです。
「ち、父上。いかがかなされましたか?」
「貴方、今は私とメレクが話しておりますので、少しお待ちくださいませ」
「い、いや……その、お前たち、もう少し落ち着いて話をしようじゃないか……。ええと、ええとだね」
そこで困って私を見ないでください! ファイトです、お父様!
ここぞというこの時も当主としての威厳は皆無ですが、それでもお父さまの言葉を二人がびっくりして聞いているので、とりあえずヒートアップしていた二人は落ち着いたようです。
メレクは不安そうにしているし、お義母様はちょっと怪訝な顔をしている……普段の様子が垣間見えるというか、きっとらしくないことをしているんだろうなぁ、と痛烈に感じます。
「まず……我々は今、揉めている場合じゃないと思うんだ。こうしている間にもパーバスディーク侯爵家がこちらに向かっているのだろうから、お客さまをお迎えする準備は私達当主夫妻の役目だ。……子爵夫人であるお前が、アルマにそれを連絡しなかったことについては、その真意がどういうものだったのかはここでは問わない」
「――ッ!? ――貴方!!」
「メレク、もう一度確認させてもらうよ。パーバスディーク侯爵様が、祖父としてアドバイスをしてくださる分には聞くけれど、パーバスディーク侯爵家としての意見であれば受け入れる気はないのだね?」
「は、はい!」
「……はぁ、本当に、なんということだ。……まさか、こんなことに……パーバスディーク侯爵様がどのように態度を見せられるかは分からない。私などでは政治的にも貴族的にも敵わない、経験豊富な方だからね。当然、もし先方がそのおつもりであれば今のメレクでは簡単に言いくるめられてしまうかもしれない。それならそれで最初から、パーバスディーク侯爵家の後ろ盾を得る、そう考えた方がずっと楽かもしれない……そうじゃないかな?」
「父上、僕は――」
「うん、メレクの言いたいことは分かるよ。メレクはメレクとしてファンデッド子爵家を思ってくれていることも。だけれどね、人には分不相応なこともある。我々は不器用で、そして優れてもいないのだから、地に足をつけて生きるべきだと私は私の父から教わった。それをお前にも伝えてきたつもりだ」
「確かに、地に足をつけて生きることも大切です。確かに、それを僕はお父様から学んできました。しかし、同時に僕は姉上の生き方を見てきました。しっかりと筋を通して行動してきたからこそ、皆様は姉上のことを認めたのだと思います。そして、ルーセント伯爵様が僕をお認めくださったのも、その二つの人生を見てきたからだと思います。僕はただ、きちんと、通すべきところに筋を通したいだけなのです。――母上は、どのようなお立場でものをお考えになられておられるのか、ここではっきりさせたいと思います。できれば、パーバスディーク侯爵家一行がご到着なさる前に」
「――メレクッ! これは全てファンデッド子爵家の繁栄のものなのよ!?」
「――母上!」
「メレク、メレク。落ち着きなさい。……お前も、声を荒げるものではないよ。パーバスディーク侯爵様がお前に目をかけてくれるのが嬉しいのだとしても、今回はメレク主導の話でいこうねと私からも言ったじゃないか。お前もそれで良いって言ってくれたのは、あれは偽りだったのかい?」
「いいえ、いいえ。あなた。でもメレクは私たちの息子で、ファンデッド子爵家の跡取りなんですよ! もし、万が一誤ったことが起きて、ルーセント伯爵様から婚約を反古されるようなことがあったら――」
これはもう話が纏まらない。こうなったら、もう強引にでも話を持っていくしか。
全員が全員、感情を優先している。メレクも冷静に見えて怒りを見せているし、お義母様はこの調子だし、お父様は長いものに巻かれようとしているし……ここにファンデッド子爵家の娘という立場で参加すれば更に泥沼化する。
ここからは、筆頭侍女アルマ=ファンデッドとして考えて……できるだけ感情を切り離して……って、流石にそんな器用なことはできないけど。
そう、私が仕事をしてきたことは無駄じゃないしこういうところで役立てられるならば、それもまた一つの親孝行の形じゃないかしら? それで流石に私の生き方を認めてもらえるとは思っていないのだけど。
「お父様、失礼致します。まず、私達家族でお互いに言いたいことなどがあることは分かりました。ですが、残念ながら本日午後にはお客さまをお迎えせねばならないので時間は限られております。まずお父様の――ファンデッド子爵家ご当主の意向としては次期当主であるメレクの意見を大事にしたいということですね?それについてはお義母さまも賛同なされたと」
「そう、だね」
「え、ええ……」
お義母様が私の言葉に目を泳がせているけど、本音は賛同したくなかったのかな? まあ、とはいえ言質を取りましたし、今はそれで十分です。
時間は限られてるし、この状況でパーバスディーク侯爵家御一行をお迎えするのは良くない。
お客様が来るっていうことは事前に分かっていたのだから、きっと部屋の準備などは整っているでしょう、それに対してはもうお義母様にお任せするとして、私達は話を少しでも進めておかなければなりません。
「メレクの意向は先ほどと変わらず、ルーセント伯爵家とファンデッド子爵家の双方の話し合いによる婚儀の決め方ということで良いかしら?」
「はい!」
「ではファンデッド家としての方針は決定致しましたね。もう午後まで時間はございませんのでその辺りについて少し決めておいた方が無難と思います。パーバスディーク侯爵様がどのようなお考えでおられるかはお義母様は伺っておられますか? それに対して我が家の返答を定めておいた方がお互いに会話がしやすいと思うのですが……」
お義母様は、この状況が面白くないんでしょう。
パーバスディーク侯爵様に目をかけてもらえたってことを喜んでおいでの所に水を差されたようなものですから。でもファンデッド子爵夫人としての立場でものを考えて欲しいなって思うのです。
「……父は、メレクに助言とお祝いをすると……兄も連れて行くとしか聞いていないわ」
「そのお立場は?」
「知らないわ!」
ばんっと机を大きく叩いたお義母様は興奮した様子でしたが、大きく息を吐き出して私を睨みつけ、睨んでそして泣きそうな顔をして、最終的には俯いてしまいました。
正直、このタイミングでパーバスディーク侯爵家の思惑をぶちまけるのは悪手です。そもそも、根拠がないと否定されてしまえばそれでおしまいですし。
ならば、攻め方を変えましょう。
「ディマリアさん、一つよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「ルーセント伯爵様は以前近衛隊に所属しておられたと聞いております。ディマリアさんも面識が?」
「はい、ございます。大変気さくな方でございました。ただ、伯爵位を継がれるために退役なさってからは直接お声を頂くことはございませんが。今と同じくして気さくで明るく、人気のあるお方でした。ただし、当時隊長を務めていた王弟殿下との関係は猛犬とリードのようなもので、殿下と共にいる時はその明るさも鳴りを潜めて真面目で苦労人というイメージでしたが。大変剣の技量にも優れておいでで、若い騎士だとヴァルムト宮中伯令息、それと、当時隊長補佐を務めていたグスタフ伯爵と副隊長補佐を務めていたライファス伯爵と特に仲が良かったように思います」
つまり、近衛のホープで圓さんとの関係が噂されているヴァルムト宮中伯と、現王国宮廷近衛騎士団団長と現王国宮廷近衛騎士団副団長と仲が良かったということね。
「ただ、人の好き嫌いは大きかったように思います。向上心や自立心のない人間とは疎遠になっていくようなお方だったと、私は記憶しております」
「そうですか、ありがとうございます」
まあ、これでルーセント伯爵様の為人を知れたということですが、これが私達にとっても追い風になることがよく分かりました。
もし、メレクがパーバスディーク侯爵家の思い通りに動けば最悪婚約の解消ということになりかねないことがよく分かった訳ですから。
お読みくださり、ありがとうございます。
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